第5話 冒険者として
⑤
屋敷から近場の町までは数日掛かった。ルナの飛翔魔法で空を飛んで、だ。
以前なら半日も飛べば幾つかの街に辿り着けたんだが、王国騎士団のやつらがご丁寧に、村一つ残さず滅ぼしてくれたらしいからな。
その上、禁足地指定だ。このエンシルの町でその話を聞いた時は、改めて殺意を覚えた。
人の故郷を立ち入ってはならない穢れた地扱いなんてしやがって。本当に許せない。
「そろそろ機嫌、直したら?」
「……はぁ。それもそうだな」
ここでイライラしてても仕方ない。
一応は表に出さないようにしていたんだけど、五年も一緒に暮らしていたルナにはバレる。
気を取り直して周囲へ視線を向ける。
人通りはそこそこ。この規模の町にしては多い方か。
あとは、獣人がいない。
さっき宿を探していた時にも思ったことだ。
これはシーリング領が特殊だったのか、この五年でさらに偏見が強まったのか。
まあなんでもいいか。むしろ、感覚の鋭い彼らがいない方が都合が良い。
この町で何かをするつもりはないとはいえ、匂いなりなんなりでシーリング領跡の方から来たと知られたら面倒だ。
「それで、冒険者ギルドに行くんだったわよね?」
「ああ。ギルドに登録して、冒険者になる」
冒険者。騎士と同じく戦いを生業にする職だ。
騎士と違うところは、人間よりも魔物を主に相手にすることと、誰でもなれること。
それこそ神敵だろうが、月喰みの魔女だろうが、誰でも登録できて、ギルドが身分を保証してくれる。
これが重要だ。
「そうしたら、さっきみたいに無駄に高い通行料を払わなくて済むと」
そういうことだ。
町に入るのに、いちいち懐を痛めないで済む。
ついでに収入源にもなる。
まだ余裕はあるとはいえ、金は無限じゃないからな。
ああ、一つ訂正しておこう。
「無駄にではないぞ。治安維持のためには必要な額だ」
「そうなの? 人間って大変ねぇ……」
どこの馬の骨とも分からない人間を無闇に町に入れるのは危険だからな。
為政者としてはせめて、金がなくて犯罪に手を染めそうな人間だけでも弾きたい。
しかしルナのやつ、どうも世俗に疎いな。
一万年も封印されていたんだから当然なんだが……。
冒険者ギルドは、町の中央付近にあった。
大きな街だと、利便性やら何やらで門の近くにあることが多いんだけど、この規模の町だとそうでもないらしい。
中に入ってまず思ったのは、煩い、だな。
こんな時間から酒を飲んでる連中がいるようで、品のない笑い声が聞こえてきた。
出所は、奥の方か。
怒鳴り声も聞こえるな。
……正直、少し不快だ。前世のクソ親父を思い出す。
「……さっさと済ませましょうか」
「助かる」
故郷関連と前世の家族のことになると、どうも苛立ってしまうな。
せめてこの空気くらいは無視できるようになろう。
冒険者は誰でもなれる分、粗野な人間が割合多くなるのは仕方ない。
「家族という意味では同じなのに、どうしてこう真逆の反応をするのかしら」
「当然だ。あいつらと父様たちを一緒にする方がおかしいだろ」
「まあ、確かにアレは酷かった」
一度死んだあの時、ルナにはこちらの光景も見えていたらしい。
しかし、ここは不思議な場所だな。
大衆酒場のような小汚さや騒がしさと、役所の事務的な清潔さが共存している。
「新規登録は、あっちみたいね」
騒がしい声とは反対側。新人冒険者への配慮か?
「ちょうどあいてる。すぐに終わりそうだな」
もう昼過ぎだからな。一刻も早く依頼を受けたいやつらが大半な冒険者志望は、朝の内に登録を済ませるらしい。
「すみません。冒険者登録をしたいのですが」
「えっ、あ、はい。お二方ですか?」
「はい」
当然のように敬語を使ったけど、女性の今の反応、冒険者志望だと珍しいのかもしれない。
とはいえ、貴族時代に関わった冒険者は大概敬語をある程度使えていたし、わざわざ粗雑な言動に合わせる必要もないだろう。
「では、こちらの用紙に名前と特技、それから従魔などがあればそちらも記入をお願いします。代筆は必要ですか?」
「いえ、大丈夫です」
ルナにも現代の文字については教えてある。さすが女神だけあって、すぐに覚えてくれたから楽だった。
名前は、当然シーリング姓は名乗れないとして、アレクシオも止めておこう。ならアレクか。
特技は剣術だけ。冒険者ギルド基準なら魔法も書いて良い水準だろうが、悪目立ちしてもいけない。
……これだけか。日本の学校の生徒が記入するような書類でももっと書くことがあるぞ。
よくもまぁ、これだけで身分の保障をしてくれるな。そのためのランク制度なのかもしれないが。
「書けたわ」
「こちらもだ」
ルナは、本名のルナリスで登録するのか。まぁ、十三番目の女神や月喰みの魔女の名を知る人間もいまい。
特技はやはり魔法。むしろ、それ以外に何を書くのか。
近接戦闘の心得は一切無かったからな。
一応簡単に教えはしたけど、実戦で下手に使うような段階ではない。
「はい、確認しました。規則についての説明は聞かれますか?」
「お願いします」
依頼する側で知りうる情報しか持っていないからな。
「――規約についてはこんなところですね」
なるほど。まぁ、良識の範囲で行動していれば問題無さそうだ。
冒険者の位階、単純な実力とギルドがその冒険者についてどれほど保証するかを示すランクについては、以前から知っての通り。
最低がFランクでAランクまで順に上がっていき、最高がSランクだ。
どうして日本であったような飛び方をするのかは分からない。案外、俺以外にも転生者がいたのかもしれないな。
「最後に、ランク認定制度について説明します。こちらは、登録時点での戦闘力や知識に応じて、相応のランクまで飛び級できる制度です」
そんなものが。
たぶん、元騎士なんかの、何かしらの理由でそれまで冒険者になっていなかった人間が後から冒険者に登録するってことが少なからずあるんだろう。
実際、うちにいた騎士でも引退後に、小遣い稼ぎもかねて冒険者ギルドの登録すると言っていた者がいた。
「といっても、ギルドの信用の問題があるので、どれほど実力があってもBランクまでしか認定できませんが」
Bランク……。
さっきBランクから貴族の依頼を受けられると言っていたな。たしかに、父様の依頼を受ける冒険者で一番低いランクがBだった。
情報収集目的で貴族に近づくこともあるだろうし、できればBランクになっておきたいところだ。
「こちらは利用されますか?」
「はい、お願いします」
「では、認定試験の日程をご案内しますね」
定期的に行われていて、次は四日後か……。
試験内容は、筆記が冒険者に必要な魔物や薬草の知識と、貴族を相手にする上での教養。
それから実技がその時々か。
これは、俺は楽勝では?
伯爵家の跡継ぎとして、その辺りはみっちり叩き込まれている。
薬草は毒対策も兼ねていたし、魔物の知識についても封印を守るために必要なものとしてある程度教えられた。
問題はルナだけど……。
「私も大丈夫だと思うわ」
ちらりと見ただけで意図を察してくれるのはありがたい。
それに、たしかに、五年暮らす中で薬を作ったり食料になる魔物用の罠を作ったりしていた。
なら大丈夫か。
……いや、待てよ?
こいつは俺が教えるまでこの時代の文字を知らなかった。
つまり、今の呼び名も知らない可能性がある。
とりあえず申し込みだけして場所を変えよう。
「――ルナ、一応確認するが、一万年前と今とでは物の呼び名が変わってる可能性があることは、理解してるよな?」
「ええ、もちろ、ん……」
済ました顔が、固まった。それから赤い瞳が中空を彷徨って、どことも知れない場所で止まる。
この反応は、分かった上で失念していたな?
「ルナ……」
「……ごめんなさい、アレク。その……」
「試験の日まで勉強、だな」
頭はいい癖に、ときどき抜けてるんだよな、こいつ……。
はぁ。




