第26話 月夜の花火
㉖
「なんだ!?」
強烈な死の気配だ。今まで感じたことが無いほどに強く、鮮明なそれは、謁見の間の天井に隠されて見えない向こう側から近づいてくる。
「あら、気の早いことね」
嫌な汗が止まらない。べたつくものが全身から噴き出してくる。
死ぬ。その一言に思考が埋め尽くされる。
どうにか剣を構えるも、切っ先が震えているのが分かった。
「そうだ、ちょうど良いから、ルークの願いも叶えてしまいましょう」
ルークの願い? メリエーラ公爵が王になれるように動いてほしいというやつか。
それはいいが、どうしてこうも落ち着いていられるのか。気配の正体を知っているからか? いや、違う。対処できるからだ。当然だ。ルナは女神なんだから。
そうだ、落ち着け。焦る必要はない。焦ってはならない。これから先、俺はルナの騎士として神と対峙するんだ。この程度で取り乱してはいけない。
深呼吸を一つする。大きく息を吸って、吐く、その動作の中で、切っ先の震えが収まるのが見えた。
「ねえ、メリエーラ公爵とやらを王にするなら、誰が邪魔?」
ルークの願いを叶えると言っていたが、今それを聞いて何をするつもりなのか。白銀にうっすら輝きながらエーテルを練り上げる姿を見れば、何かの魔法を使おうとしていることは分かる。
ならば騎士らしく、命に従って必要な情報を提供するまでだ。
「ハデン侯爵、マレアノ公爵、オレガン公爵、それからメリエーラ公爵陣営だが、バレン男爵、ウルガ子爵あたりが邪魔だ。それ以外は俺も分からない」
「まあ、漏れた分は自分で対処してもらいましょう。アレク、メリエーラ公爵とその人達の屋敷の場所は分かる?」
「だいたいは」
「思い浮かべて。手を握って」
言われるままに白く綺麗な手を握る。思った以上に細いその手は、強く握れば折れてしまいそうだ。それに冷たい。しかしそこに想像も絶するほどの力を秘めていると知っている。
今もなお死の気配は近づいてきているが、不安に思うことはない。だから落ち着いて、彼らの屋敷を知っている限り全て思い浮かべる。
「補足した。それじゃあ、花火を打ち上げましょう」
「花火?」
「ええ。あなたのいた世界だと、お祝いにあげることもあるんでしょう?」
なるほどな、そういうことか。俺の復讐が一つ終わった、その祝いか。
「なら、盛大に頼む」
「ええ、任せて」
向けられた笑みは、いつか月の下で見たのと同じく妖しくて、そして優しい。吸い込まれてしまいそうな魔性の輝きをはらんでいることを除けば、今はもういない家族が見せてくれていたものと同じだ。
ルナはその笑みをすっと消すと、空いている手を死の気配へ掲げる。そして、練り上げた膨大なエーテルを解き放った。
白銀の輝きが視界を埋め尽くす。天井を消し飛ばし、空へ向けて昇る。
王都を、その周辺を、そして天を照らす月の輝き。その向かう先にあるのは、太陽のようにも思える金の光球だ。
死の気配の正体で間違いない。同時に理解した。あれは、十二柱のいずれかの神が向けたものなのだと。
銀と金がぶつかった。月と太陽が出会って、そして無数の火花を散らす。その様は、なるほど、花火だ。
「あれはレオニスお兄様の魔法ね」
「レオニス……。長兄か」
「さっき封印が解けた時にバレたの。あれは挨拶代わりでしょうね」
挨拶……。あれで挨拶か。この王都をいくつか纏めて消し飛ばしてしまえそうなほどの力を感じるというのに。
「さあ、ここからよ」
ルナが掲げた手を強く握るのと同時に、光球がはじけた。混じり合って銀一色に染まったそれらは、無数の欠片を四方八方に飛び散らせる。
まるで花火大会の締めに上げられる大玉のようで、流星群のようでもあって、思わず感嘆の声が漏れてしまった。
息をすることすら忘れる絶景。見とれていると足下が数度、大きく揺れる。
「まさか……」
「ええ。あなたが挙げた人たちの屋敷に落としたの。手応え的に生きてる人はいないと思うわ。メリエーラ公爵の屋敷の庭にも落としたから、疑いがかけられる可能性も低いでしょうし」
「……まさしく、神の御業、だな」
素直な感想にルナは、でしょ、とまた笑みを見せる。なんでもないことのように説明していた数秒前とは大違いのしたり顔だ。
花火の余韻がゆっくり消えていく。空に引かれた線もすぅっと見えなくなって、再び夜の静けさが戻った。天井の大穴を見上げても、降ってくるのは冷たい光ばかり。美しい月だけがこちらを見返してくる。
今頃外は大わらわだろう。扉の向こうからもうっすらと喧噪が聞こえてくる。
城内も、街も、どれほどの混乱の中にあるのか。
「脱出するなら今だな」
「ええ。そのまま国を出るの?」
「……いや、もう少し残る。ルークの願いはしっかり叶えてやらないといけないからな」
贖罪にするつもりはないけど、それが、友を殺した俺にできる数少ないことだから。
天井の大穴から外に出て、ちらとルークと晩餐を共にした部屋を見る。中の様子は窺えない。しかし一瞬、窓に笑みを浮かべた彼が映ったような気がした。




