第25話 友の父
㉕
しばらくじっと見つめても、再生しない。ようやく、勝ったんだという実感が湧いた。
間違いなく俺の勝ちだ。幻覚ではない。夢でもない。
仇を討ったんだ。みんなの仇を。
そう思うと急に力が抜けて、座り込みそうになる。けどまだ休むわけにはいかない。すべきことは残っている。
どうにか足に力を込めなおして、凍り付いた玉座の横で怯える王たちの元へ向かう。凍てついた玉座に近づくと、俺とダグラエルを閉じ込めていた結界が消えた。
王と第一王妃は玉座を封じた氷の背に隠れ、体を震わせていた。彼らの瞳を揺らしているのは、恐怖だろうか。男の瞳はルークによく似た青で、背後に隠す女の髪も見覚えのある金色をしている。
「使えぬ騎士団長だ。賊の一人も討ち取れぬか」
口を開いたのは男の方だった。吐き捨てられたその言葉に、胸の内が乱されるのを感じる。剣を握る手に無意味に力が入って、衝動のままに魔剣を叩きつけたくなった。
「賊よ、貴様はシーリングの者だと話していたな。どうだ? 今私に頭を垂れるならば、全ての罪を許し、新たな騎士団長として迎え入れよう。悪い話ではあるまい?」
なおも愚弄するのか。俺を、ダグラエルを。
その怯えきった目で、従えと言い、ダグラエルを役立たずだと罵る。こんな男が、一国の王なのか。父様を、母様を、領地のみんなを殺せと命令した王なのか。
ルークとは似ても似つかない。血の繋がりを疑いたくなる。
しかし残念ながら、二人の目の色がその連なりを示している。
「言いたいことはそれだけか?」
辞世の句の一つでも聞いてやろうとしたのが間違いだったのかもしれない。この手にかけた友の両親だと無用な情を持ってしまった。
怒りを押し殺し絞り出した言葉に、男は不格好で不敵な笑みを作ってみせる。
「ああ、そうだ」
気がつけば剣を振り上げていた。切りつける前にそれに気がつけたのは鍛錬のたまものだろう。無意識に相手の所作を観察する癖が働いた。致命的となる前にそれを見抜いた。
王が何かを掲げながら王妃を突き飛ばそうとするのが見えた。赤い宝石をはめ込んだブローチのように見えるそれは、王のエーテルを吸い上げながら光を強めていく。
そのブローチがどんな魔道具であろうと、発動前に刃が届く。そのはずなのに直感が警鐘を鳴らしてやまない。
「ダメ!」
直感を肯定したのはルナが上げた切羽詰まった声だ。
しかし止められない。代わりに無理矢理に軌道を変える。突き飛ばされた王妃に当たったのは、単純に彼女の運が悪かった。
意図しない形で雑に断ってしまった王妃の体が血しぶきをまき散らす。まだ辛うじて息があるようだけど、倒れ込んだ青い絨毯がみるみるどす黒く染まっているのを見れば、すぐにショック死するだろうことが分かった。
その間にブローチの輝きが弱まり、そして消える。どうやら効果時間を過ぎたらしい。
「くっ……」
最後に一矢報いるつもりだったか。状況からして、持ち主の命をトリガーに魔法を発動するものだったんだろう。ルナのあの焦りようなら俺を殺せるような威力の魔法だ。
玉座の氷も破壊できるとふんだろうな。そこから王妃を逃がす為に突き飛ばしたんだ。
「お前たち王族の誰一人、生かすつもりはない」
王妃に向けて魔法の火球を放つ。既に意識を失っていた彼女は、悲鳴の一つもあげないままに炎に包まれた。
間髪入れずに剣を振るい、ブローチを持つ手を切り飛ばす。
「ああああっ!?」
痛みにもだえ苦しみ、絨毯を汚す王を冷え切った目で見下ろす。これで切り札は使えない。まだ何かできるなら、やってみせろと、言外に伝える。
王はまた、俺に怯えの眼差しを向けた。それだけじゃない。憎しみも込められている。いっそ睨んでいると言った方が適切かもしれない。
絨毯の僅かに焦げた臭いが鼻を突くなか、どれくらいそうしていたのか。不意に視線が弱まって、下に向けられた。震えていた体からも力が抜けて、肩が下げられる。
酷く小さくなってしまった老人が一人、そこにいた。
「……子供らは、苦しまずに逝ったか?」
さっきまでとは違う、弱々しくも落ち着いた声音だ。
「極力苦しませないようにはした。そういう趣味は無いからな」
「そうか。ならば良い。……いや、一つだけ言わせてくれ」
「なんだ」
今更謝罪の一つでもしてくるつもりだろうか。そんなもの、意味がないのに。
「ルーカスの友になってくれて、ありがとう。けっきょく最期まで、上手くあの子を気にかけてやれなかった」
「……死後の世界でなら、時間はいくらでもある」
「ふふ、そうだな」
静かに目を閉じた老人の首にめがけ、クレリプスを振り下ろす。刃には一切の抵抗を感じることがなく、ゴトンと鳴ったくぐもった音で確かに切り落としたのだと理解した。
王の心臓の鼓動にあわせて首から血が噴き出して、絨毯や衣を染める。それはまるでこの国の未来を暗示しているようにも見える。
この国がこれから先、どんな色に染められようと、俺にはどうでも良い。ルークの最期の望み通りメリエーラ公爵が王となれるよう動きはするが、その結果には興味がない。
謁見の間に再び静寂が戻った。血と焼ける布と肉の匂い以外には、冷気の肌を刺す感覚しか残っていない。
「本当に、終わったんだな……」
思わず漏れた呟きを聞くのは、恩人で、主たる月喰の魔女。目的を同じくする、歴史から抹消された十三番目の女神、ルナリスだけ。
他にはもう、誰もいない。仇である王達や騎士団長はもちろん、友も、家族も、領民達も、誰一人いなくなった。
あの世から見ていてくれただろうか。
父様、母様、ルーク。俺はとうとう、みんなの仇を討ちました。きっと褒めてはくださらないでしょう。悲しませているかもしれません。
それでも、俺は剣を収めません。この剣は、そのまま神々へ向けます。みんなを死に追いやり、ルナを封じた神々に。
「アレク」
「……ああ。分かっている」
遠慮がちにかけられた声に意識を引き戻されて、クレリプスを握り直す。ここに来た最期の目的を果たさなくてはいけない。
神々に復讐するために。
自身の力を封じる鍵、ダグラエルが振るった純白の宝剣を手に、ルナが正面に立つ。これを壊せば、封じられているルナの権能、生命の権能が主の元に還る。
息を整え、魔剣クレリプスを構える。銀の刃にシーリング家の黒髪と、ルナの騎士であると示す血色の瞳が映った。
「いくぞ」
「ええ」
大上段に掲げ、そして唐竹を割るように振るう。ダグラエルが構えていた時には一切砕ける気配のしていなかった白い刃は、その一振りで砕かれ、破片をまき散らした。
直後、凄まじい力の爆発を感じた。ルナからつい目を細めてしまうほどの強い銀が溢れだす。月の光もかき消され、星々の瞬きも霞むような輝きだ。やや遅れて、俺の内にも莫大な力が流れ込んでくる。
俺ではまだ抑えきれない力が物理的な風となって荒れ狂う。それに乗った宝剣の欠片が頬をかすめ、鋭い痛みがはしった。
咄嗟に頬を抑えれば、僅かな赤が指先に滲む。しかしその痛みはすぐに消え去って、血も止まってしまった。
「ダグラエルが使っていたのと同じ力よ。片鱗でしかないけれどね」
片鱗……。それはそうか。ダグラエルは封印から漏れ出た僅かな力を利用していたに過ぎないのだろうから。
ルナが調整してくれたのか、流れ込む力が弱まって、暴風も収まる。残ったのは、風と氷に荒れた謁見の間と、三つの死体だけだ。
気がつけば、額に汗が浮いていた。制御しようとするだけで、それだけ負荷がかかったんだ。
これから先、神々を相手にするなら、この程度息をするように扱えるようになっていなければならない。これでもまだ、彼らと同等の力を持っているはずのルナの全力からは遠いのだから。
「頑張らないとな」
「期待してるわ」
意図を察した上で向けられたその言葉は、俺のやる気を引き出すには十分だったらしい。落ち着きかけていた胸の内の炎が再び燃え上がったのを感じる。
何はともあれ、この城ですべきことは終わった。さっさと出てしまおう。
そう思って、歩き出した瞬間だった。




