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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第三章

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第五十七話

翌朝 ──


痛いほどの、冷涼な空気、と言えばいいのか……。

清々しさを通り過ぎた、厳かな空気の中で、精霊師の里の朝を迎えた。


「里の祭壇で、って話だけど、場所はわかるの?」


昨日里を散策した時には、それらしい場所は見当たらなかった。


「うん。エリオスにも確認したし、私も薄っすら覚えているわ。……祭壇は、少し歩いた先にあるの」


そう言って真っ直ぐ前を見つめるアシャンの後を、俺はついて歩いた。

少し前を歩くアシャンは、ただ黙って歩を進める。

その先にあったのは ──


「滝?」


里を流れる川に繋がっていた、滝だった。


「そう。外の人が見たらただの滝。でも……」

「あ、おい!」


アシャンは靴を脱いだかと思うと、濡れることも厭わず滝へと踏み出した。

それも ──水の上を歩いて。


「大丈夫。よく見ると一ヶ所だけ、浅瀬になっているの。来て」


水の上で俺を振り返り、微笑むアシャン。

彼女が踏み出したあたりを目を凝らして見ると、確かに、その部分だけ砂利や土が盛り上がっていた。


「驚いたな……。本当に水の上を歩いているみたいだ」

「でしょう? ……私たちは月に一度ここに来て、星の恵みに祈りを捧げていたわ」


滝に近づくにつれ、水飛沫が微かに服を濡らし始めた。


「レオ、よく見ててね」


そう言った直後、アシャンは滝の中に消えた。

一瞬、何が起こったのか理解できずにいた。


「レオ! 大丈夫よ、そのまま進んで!」


間違いなく、滝の奥からアシャンの声が聞こえる。

なら、このまま進むしかない。

ふぅ、と息を吐き、滝へと足を踏み出した。


「ね? 大丈夫だったでしょ?」


滝の轟音が、すぐ背後で響いている。

だが俺もアシャンも、さほど濡れていない。


「光の加減で流れているように見えるだけなの。この場所に、水は落ちていないのよ」


「この先は危ないから」と言い、アシャンは靴を履き始めた。

それにならい、俺も手に持っていた靴を履く。

……里があれだけ荒れていたのだ。

契約に必要な祭壇も、とっくに壊されていると思っていた。

だがここなら、当時も見つからなかったはずだ。

滝の奥は、まるで洞窟のようになっているのに、どこからか光が差し込み、明かりがなくても足元が見える。

そして進んだ先 ──


「これは……」


青白い光に照らされた、一際明るい空間に出た。

息を飲むほど美しい、海とも空とも違う青が視界いっぱいに広がる。

岩肌に目を向けると、鉱石が松明代わりにその空間を青白く照らしていた。


「ここが、精霊師の里の本当の中心地。光の祭壇よ」


中央にある青い鉱石で作られた台座。

その壁面には、俺の腕輪と、レイナの匂い袋に刻まれていたものと同じ系譜の紋様が刻まれている。


「あの日、ここに逃げ込めて助かった人もいるってエリオスが言ってたけど……。ここは本当に、私の記憶のままだわ」


台座に近づきながらアシャンが言う。

その少し後に続いて、俺も台座に近づいた。


「契約方法は、わかるの?」


アシャンがゆっくりと俺を振り返った。


「……すごく不思議なんだけど……。さっきからずっと、あの子たちが祝詞を唱えてるの」


その言葉に呼応するように、空気がわずかに震えた気がした。


「エリオスから聞いていたものとは少し違うけど……でも、この台座に触れながら、それを唱えるんだと思う」


アシャンは俺を見ながら口にした。


「大丈夫。俺はここにいるから」


そう言った俺に、アシャンは力強く頷き、台座に向き合った。

アシャンがゆっくりと、台座に両手を置く。

そして ──


「理は揺るがず

意志は逸れず

契りはここに在る」


アシャンが祝詞を口にした。


「星は巡り

月は満ち

太陽は息吹を与え」


その声は確かにアシャンのものなのに、重なり合う別の響きを帯びていた。


「風は想いを運び

水は記憶を映し

火は心を灯し

大地は還る場所を抱く」


祝詞を唱えているのはアシャンしかいないのに、まるで何人もいるかのように声が分かれて聞こえる。


「境はほどけ

光は証となる」


そして再び、彼女一人の声へと戻る。


「この響きを知る者よ

我が声に触れ

ここに至れ」


最後の言葉を口にした直後。

台座が、それまでとは比べものにならないほど強く青白く輝いた。

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