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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第三章

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第五十五話

渓谷に向かってしばらく進んだ頃、異変に気づいた。

精霊師ではない俺でも、はっきりと感じられる。

周囲には、苔むした岩が点在している。

木々は静かに立ち並び、葉が風に揺れる音だけが聞こえる。


「すごく不思議な感じがする場所だわ……」


明らかにそれまでとは空気が変わった。

冷涼感、という言葉がしっくりくる澄んだ空気が、体を包み込んでいる。


「不思議ってどんな?」

「そう、ね……。例えるなら、ここにいるのに、なんだかふわふわ浮いているような感じというか……」


アシャンには俺とはまた違った感覚があるようだ。


「やっぱり里が近いから?」

「たぶん……。あの子たちがすごく、ソワソワというかウキウキというかしてて、騒がしいのになんだか静かなの」


騒がしいのに静かって、どういうことだと思うが、恐らくその矛盾が出るような不思議な感覚と言うことだろう。


「……少なくとも道に迷って途方に暮れることはなさそうだな」


俺の言葉にアシャンが少し首を傾げた。


「里までの道が今も変わらずあるとは思っていなかったんだ。……でもこの感覚のする方に向かえばいいってことだろう?」


その言葉に、アシャンは「そうね」と頷いた。

精霊師の里に近づくということは、それだけ危険が伴う可能性もあると思っていた。

だが実際は、例えるなら聖域に足を踏み入れるようなこの感覚を、万人が受けるのであれば、容易に近づける人間はいないのではないか?

かつては滅ぼされるほどの侵略を受けたが、かなり計画的でなければ、この地に悪意を持ち込むこと自体が難しそうだ。

俺自身も、腰に下げているこの剣が、ひどく場違いに思える。

周囲の木々は静かに立ち並び、風すら遠慮がちに吹いている。

蹄の音が、やけに大きく聞こえる。

まるで、この場所全体が生きているかのようだ。

……そう思わざるを得ない場所、空間を進み続けた。


渓谷に入って二日目 ──


その間、俺たちは不思議な感覚の中を進み続けた。

アシャンは精霊たちと話しながら、道を確かめている。

俺はただ、彼女の指示に従うだけだ。

そしてその夜。


「明日には里があった場所に着けるみたい」


アシャンが焚き火の揺れる火を眺めながらそう言った。


「予定よりもだいぶ早いな」

「それなんだけど、あなたが……何かお願い? したから、道が拓けたって言ってるんだけど、何かしたの?」


伺うように俺を見ながら、アシャンが聞いてくる。

……俺がお願い?

それ自体はピンと来ないが、心当たりは一つだけある。


「もしかしてこれのことかな?」


そう言ってレイナから渡された匂い袋をアシャンに見せた。


「エリオス特製の匂い袋で、レイナからはこれを持っていれば弾かれないと言われた」


アシャンはその袋を手に持って、しげしげと見つめた。


「……この模様が、道を拓いてくれたみたい」


匂い袋の表面に刺繍されている独特の模様。

それは俺の腕に嵌められている腕輪の模様とはまた違う、不思議な模様だった。


「この模様の意味がわかるの?」

「正確にはわからないけど……。あの子たちが、ここに記されてるあなたの意思が届いたって言ってるわ」


アシャンから匂い袋を受け取り、俺ももう一度、じっくりと眺めた。


「俺はてっきりこの匂いが何かあるのかと思ってたけど」

「それはたぶん、あの子たちが好きな匂いだから、まず匂いから仲良くしたいって意思表示をしてるんだと思うわ」


レイナにはこれの対価として、白狼団のピンを渡したが、そんな意味があるものなら安すぎたかもしれない。

そう思いながら、匂い袋をしまった。

焚き火が小さく燃えている。

その光が、アシャンの顔を柔らかく照らしていた。

周囲は静かで、パチパチと薪の弾ける音だけが聞こえる。


「……そんなに場所が変わったわけでもないのに、ここの夜空は他のどの場所で見るよりずっと、綺麗に感じるわ」


夜も更けてきた頃、アシャンが空を見上げながらぽつりと呟いた。

それに釣られて、俺も夜空を見上げた。

手を伸ばせば触れられそうなほど、星が密集している。


「そうだね……。ここの星は今にも降り注いできそうだ」

「もし本当に空から星が降ってきたら素敵だわ」


穏やかな声でアシャンがそう言った直後。


「あっ……」


一つ、また一つと、本当に空から星が降り始めた。


「……そういえば、今はそんな時期だったな」


秋の収穫の時期は星が多く流れる。

それを思い出した俺に、アシャンは一つ息を吐いた。


「そう、よね……。今がその時期だからよね。……私が望んだからじゃないわ」


胸に手を当てながら言う彼女に手を伸ばし、側に来るように促した。


「大丈夫だよ。君が望んだからじゃない」


そう言う俺に、アシャンはもたれかかるように体を預けてきた。


「明日は、里に着くと思うから……。明後日には精霊契約ができるはずなの」

「うん」

「契約をする前に、明日は少し……里を見てみたくて……。ちゃんと、見た方がいいかと思ったから」

「いいよ。そうしよう」


俺の言葉にアシャンは「ありがとう」と小さく答えた。

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