第五十四話
ある程度祭りを楽しんだ後で、翌日からの野営に備え、早めに宿に戻ることにした。
……と、言うのは建前で。
本音は、あの腕輪の意味を知ってから、どこか気まずさがあって早々に部屋に戻ってきた。
この腕輪を、いつ、どんな状況で買ったのかは思い出せない。
でもまさか……『我が最愛 ──この思いがあなたを守る剣にも、盾にもなろう』なんて意味がある物だと思って買ったはずがない。
アシャンがくれた腕輪もそうだ。
彼女は、ただ安心して暮らせるようにと思って買ってくれたはずだ。
それがまさか、『あなたの安住の地が、私の隣であるように』なんて意味だとは。
つまり俺たちは、無意識のまま、その時のお互いへの思いを引き当ててしまったわけだ。
しかも俺には、その当時の記憶がない。
これが気まずくなくて、なんだと言うんだ。
そもそも彼女は、再会したあの日、これは俺に返した物だと受け取らなかった。
今さらそんな意味を知って、余計に受け取りにくいだろう。
「あの……、まだ腕輪、持ってたのね……」
部屋に二人きりになったことで、躊躇いがちに、言葉を選びながらアシャンが口を開いた。
外では彼女もどこかよそよそしかったから、二人きりになったことで意を決したらしい。
「……自分のを外せないのに、捨てたりなんてできないだろう?」
そう言うと、アシャンは伏せた目を揺らした。
「勘違いしないでほしいんだけど……買った時は、本当にそんな意味だって知らなかったし……あなたも、そんなつもりじゃなかったと思うの」
「俺もそう思うよ。……だから、気にしなくていい」
いつもよりも早口で言うアシャンに、苦笑いが出た。
俺のその姿を見た直後、アシャンがどこか悲しそうに俯いた。
「あなたは……」
「うん?」
「その腕輪、……どうするの?」
それは今俺が身につけているものではなく、俺が持ったままの方の腕輪のことだろう。
「……正直、特に考えてなかった」
アシャンは、胸の辺りで両手を握りしめた。
そして小さく息を吸い込んだ。
「それ、……その腕輪の意味を聞いて、どう思った?」
「どう? ……そんな意味があるとは思わなかったから、驚いたけど」
彼女の言わんとすることがわからず、どこか口ごもるように答えていた。
「私は別に、あなたに守ってほしいとか思ってないわ」
「ああ、うん。それは前に言ってたね」
「だからそう言う意味でほしいわけじゃないのよ。そうじゃないけど、」
「けど?」
「……それが、あなたの愛って意味なら……私が持っていた方が、いいんじゃないかしら」
アシャンは顔を赤くし、目を潤ませて俺を見てきた。
…………可愛すぎじゃないか?
「…………嫌なら、別にいいんだけど……」
咄嗟に言葉が出てこなかった俺を見て、何かを勘違いしたアシャンは、あからさまに肩を落とした。
「俺のお願いを聞いてくれるなら、君にあげるよ」
「……お願い……? なに?」
眉を下げてそう聞くアシャン。
「俺に着けさせてくれる?」
そう言いながら、腕輪をアシャンに見せた。
一瞬、驚いた顔をした後で、恥ずかしそうに俯きながら、手を出してきた。
その細い腕に、俺はパチン、と音を立てて腕輪をはめた。
「これで俺の愛は、君の物だ」
そう言った俺に、アシャンはもう片方の手で腕輪を包み込むように触れ、柔らかく微笑んだ。
その姿を見た瞬間、考えるより先に彼女を抱き寄せていた。
「俺の安住の地は君の隣だよ」
「……そうだと嬉しいわ」
腕の中のアシャンが、小さく笑ったのがわかった。
翌朝 ──
昨日の言葉通り、宿までエリオスとレイナが来てくれた。
「昨日エリオスと話し合ったんだけど、ヴァルディアを目指すことにしたの」
レイナが口の端を上げながらそう言う。
それを聞いたアシャンが、パチンと、手を一つ打った。
「それが良いわ! あそこはすごく大きな街だから、いろんな人がいるの。私の目も、ちょっと珍しいくらいで、あまり気にされなかったから、きっとエリオスも目を隠さずに過ごせると思うわ」
嬉しそうに言うアシャンの言葉に、エリオスが力強く頷いた。
「それにお嬢さんが成功したら……、きっと恐れずに生きられるようになる」
エリオスの言葉の意味は、俺にはっきりとはわからなかった。
──ただ、アシャンが精霊契約で何かを成そうとしている
それだけは、はっきりと伝わってきた。
自然とレイナに目を向ける。
レイナは何も言わず、力強い眼差しで俺を見ていた。
……彼女は言っていたな。
俺たちは見守ることしかできない、と……。
これもその一つなのだろうと思うと、どこか侘しいような気もするが、その対価が側で守ることなのだとしたら、この侘しさすら、必要な感情なのだろう。
「あなたは強いな」
「そりゃあもう20年近くになるもの」
俺の言葉にレイナが笑った。
「じゃあ、あなたたちも気をつけて」
アシャンがどこか名残惜しそうに別れの言葉を口にする。
「お嬢さんたちも。……火と水の恵みがあらんことを」
エリオスの言葉に、アシャンがハッとした顔をした。
直後。
「風と大地に包まれますように」
アシャンの言葉を聞いたエリオスが、一瞬、悲しそうに顔を歪めた後で、懐かしそうに微笑んだ。
その姿に見送られ、かつて精霊師の里があった渓谷へと歩を進めた。




