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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第三章

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第五十二話

それからしばらくして天幕の入り口が開いた。


「アシャン!」

「エリオスとの話は終わった?」


レイナとほぼ同時に、中から出てきたアシャンに声をかけた。

アシャンが頷くと、レイナは天幕の中に入っていった。


「……何か言われたの?」


天幕に入る前と比べ、アシャンの顔色が悪く、纏う空気が、少しだけ重くなった気がした。


「……ごめんなさい、少し疲れたから、宿で休んでいいかしら?」


首を振りながら答えるその仕草が、ひどく小さく見えた。


「それはもちろんいいけど……大丈夫?」

「……ええ……大丈夫……」


小声でそう言って、アシャンは俯き加減に宿へと歩き出した。

宿に戻ると、すぐ休めるように先にお風呂に入ってくると言い、アシャンは部屋から出て行った。

レイナは、失ったものを埋められるのは同胞だけだと言っていたが、失ったものの大きさがわかるのは、きっとエリオスだけだろう。

それはわかるんだが……。


「ああもあからさまだとなぁ」


誰に言うでもなく、一人ぼやいた。

彼女の態度を見るに……俺には、まだ踏み込ませてもらえないらしい。

……とりあえず、適当に食べる物でも用意することにした。

テーブルに並べ終わった頃、アシャンは風呂から戻った。

この短時間だ。

さっぱりするには足りなかっただろう。

もう少し一人でいさせた方がいいと思い、「適当に食べていてくれ」と伝え、交替で部屋を出ることにした。

いつもよりもゆっくりと風呂に入り、でもこれ以上長湯をして戻らないのも、それはそれでアシャンが心配になってきて、部屋に戻った。


「どうしたの? 灯りもつけないで」


窓辺で、祭りの喧騒をぼんやり眺めていたアシャンに声をかけた。


「……みんな、家族と……大切な人と過ごせて楽しそうだと思ったの」


部屋に明かりを灯して、窓辺のアシャンに近づいた。


「そうだね。明日で最終日だし、気が向いたら、俺たちも行こうか?」


そう言った俺に、アシャンは何も答えず、窓の外を見た。


「そのままそこにいると冷えるよ。こっちにおいで」


窓辺に座っていたアシャンに手を伸ばす。

一瞬躊躇う素振りをみせたが、ゆっくりと俺の方へ手を伸ばしてきた。

手が触れた瞬間、アシャンが逃げないのを確かめてから、そっと抱き寄せた。

そのまま二人で、ソファに腰掛ける。

アシャンは俺の膝の上に、自然と収まるように座った。

そして俺の肩に頭を乗せるように身を委ねてきた。


「あなたは、知ってた?」

「何を?」

「……精霊師狩りという言葉を……」


ぽつりぽつりと、呟くような小声でアシャンは言う。


「……昔、里を探してた時に聞いたな」


ひんやりと冷えきっていたアシャンの手を右手で包み込んだ。


「私たちは……狩られるほどの悪いことをしたのかしら……」


悲しむでもなく、ただそう口にするアシャンの体を、左手でしっかり抱き寄せた。


「人は弱い生き物だからね……。自分にはない力が怖くて仕方ないんだよ。だからその力を無くそうと、残酷な選択をしてしまう人間もいる」

「……あなたもそう?」

「え?」

「……レオも、精霊師の力は怖いと思う?」


頭を起こし、俺の目を見ながら聞いてくるアシャンの瞳は、不安そうに揺れていた。


「君は悪いことには使わないだろう? ……少なくとも、俺が知ってる君はね。だから怖くはないさ」

「でもあなたの記憶が消えてしまったのも事実よ」

「それでもだよ。……それは、精霊が君の助けになろうとして起こってしまったことだ。だから怖いとは思わない。……でも……」

「でも?」


アシャンの額に、自分の額をくっつけた。


「正直に言うと、……君にその力を使ってほしくはないと思ってる」


これだけは、きちんと伝えておかなければいけないと思ったことを、ようやく口にした。

アシャンは俺の胸の辺りに置いていた手をきつく握り締めた。


「……エリオスが言ってたわ。自分は、ただ偶然助かっただけだって。……私も同じよ。たまたま、じじ様のところにいただけ」

「うん」

「でも……連れて行かれた子供たちは、何もできないまま消えていったって」

「うん」

「みんなわけもわからず連れて行かれて……。力さえあったら助かったかもしれないのにっ……!」

「……うん」

「でもこの力は人が持ってちゃいけないって、エリオスがっ」


そこまで言うと、アシャンは言葉を続けられず、堪えきれない涙を零した。


「私は力がほしいわけじゃないの。制御できるようにしたいだけよ」

「……大丈夫。君が選んだ道に、俺が連れて行くから」


俺の肩に顔を埋め、泣くアシャンの背を、ソッと撫で続けた。

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