第五十二話
それからしばらくして天幕の入り口が開いた。
「アシャン!」
「エリオスとの話は終わった?」
レイナとほぼ同時に、中から出てきたアシャンに声をかけた。
アシャンが頷くと、レイナは天幕の中に入っていった。
「……何か言われたの?」
天幕に入る前と比べ、アシャンの顔色が悪く、纏う空気が、少しだけ重くなった気がした。
「……ごめんなさい、少し疲れたから、宿で休んでいいかしら?」
首を振りながら答えるその仕草が、ひどく小さく見えた。
「それはもちろんいいけど……大丈夫?」
「……ええ……大丈夫……」
小声でそう言って、アシャンは俯き加減に宿へと歩き出した。
宿に戻ると、すぐ休めるように先にお風呂に入ってくると言い、アシャンは部屋から出て行った。
レイナは、失ったものを埋められるのは同胞だけだと言っていたが、失ったものの大きさがわかるのは、きっとエリオスだけだろう。
それはわかるんだが……。
「ああもあからさまだとなぁ」
誰に言うでもなく、一人ぼやいた。
彼女の態度を見るに……俺には、まだ踏み込ませてもらえないらしい。
……とりあえず、適当に食べる物でも用意することにした。
テーブルに並べ終わった頃、アシャンは風呂から戻った。
この短時間だ。
さっぱりするには足りなかっただろう。
もう少し一人でいさせた方がいいと思い、「適当に食べていてくれ」と伝え、交替で部屋を出ることにした。
いつもよりもゆっくりと風呂に入り、でもこれ以上長湯をして戻らないのも、それはそれでアシャンが心配になってきて、部屋に戻った。
「どうしたの? 灯りもつけないで」
窓辺で、祭りの喧騒をぼんやり眺めていたアシャンに声をかけた。
「……みんな、家族と……大切な人と過ごせて楽しそうだと思ったの」
部屋に明かりを灯して、窓辺のアシャンに近づいた。
「そうだね。明日で最終日だし、気が向いたら、俺たちも行こうか?」
そう言った俺に、アシャンは何も答えず、窓の外を見た。
「そのままそこにいると冷えるよ。こっちにおいで」
窓辺に座っていたアシャンに手を伸ばす。
一瞬躊躇う素振りをみせたが、ゆっくりと俺の方へ手を伸ばしてきた。
手が触れた瞬間、アシャンが逃げないのを確かめてから、そっと抱き寄せた。
そのまま二人で、ソファに腰掛ける。
アシャンは俺の膝の上に、自然と収まるように座った。
そして俺の肩に頭を乗せるように身を委ねてきた。
「あなたは、知ってた?」
「何を?」
「……精霊師狩りという言葉を……」
ぽつりぽつりと、呟くような小声でアシャンは言う。
「……昔、里を探してた時に聞いたな」
ひんやりと冷えきっていたアシャンの手を右手で包み込んだ。
「私たちは……狩られるほどの悪いことをしたのかしら……」
悲しむでもなく、ただそう口にするアシャンの体を、左手でしっかり抱き寄せた。
「人は弱い生き物だからね……。自分にはない力が怖くて仕方ないんだよ。だからその力を無くそうと、残酷な選択をしてしまう人間もいる」
「……あなたもそう?」
「え?」
「……レオも、精霊師の力は怖いと思う?」
頭を起こし、俺の目を見ながら聞いてくるアシャンの瞳は、不安そうに揺れていた。
「君は悪いことには使わないだろう? ……少なくとも、俺が知ってる君はね。だから怖くはないさ」
「でもあなたの記憶が消えてしまったのも事実よ」
「それでもだよ。……それは、精霊が君の助けになろうとして起こってしまったことだ。だから怖いとは思わない。……でも……」
「でも?」
アシャンの額に、自分の額をくっつけた。
「正直に言うと、……君にその力を使ってほしくはないと思ってる」
これだけは、きちんと伝えておかなければいけないと思ったことを、ようやく口にした。
アシャンは俺の胸の辺りに置いていた手をきつく握り締めた。
「……エリオスが言ってたわ。自分は、ただ偶然助かっただけだって。……私も同じよ。たまたま、じじ様のところにいただけ」
「うん」
「でも……連れて行かれた子供たちは、何もできないまま消えていったって」
「うん」
「みんなわけもわからず連れて行かれて……。力さえあったら助かったかもしれないのにっ……!」
「……うん」
「でもこの力は人が持ってちゃいけないって、エリオスがっ」
そこまで言うと、アシャンは言葉を続けられず、堪えきれない涙を零した。
「私は力がほしいわけじゃないの。制御できるようにしたいだけよ」
「……大丈夫。君が選んだ道に、俺が連れて行くから」
俺の肩に顔を埋め、泣くアシャンの背を、ソッと撫で続けた。




