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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第三章

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第五十一話

ここからレオ視点です。

俺は自分でも、それなりに遊んできた自覚はある。

だからこうして女に触れることも初めてではない。

でも……。

こんなふうに、心の奥を掴まれるような感覚は、知らなかった。

行為そのものより、誰かの心に触れることがこんなにも満たされることなのだというのは、初めての経験だった。


「あなたの髪は綺麗だと思ったの」


そう言って俺の髪を梳く彼女は、誰より綺麗な瞳をしている。

俺が知る唯一の、宝石眼。

だからこそ、


「大丈夫よ、レオ。……だってあなたは精霊師……よね?」


そう言われフードを取った占い師の瞳を見て、言葉を失った。


「わかった? ほら、あなたはこっちよ」


呼び込みの女は顎で示しながら言う。

……つまり最初から、アシャンと引き合わせるつもりで呼び込まれたわけか。


「何かあったらすぐに呼んで」


そう言い、女の後に着いて天幕の外に出た。

俺が出た直後、天幕の入り口を下ろし、完全に中の気配を遮断させた。


「大丈夫よ。うちの旦那は、私一筋だから」


女は、自分の胸の辺りに手を当て笑う。


「どうだろうね。俺の彼女は人目を引くから」

「あら、案外のろけるタイプなんだ」

「相手を選んでそうしてる」

「それはいいことだわ」


軽口を叩きながらも、この女を盗み見るが ──

隙のない佇まい。

かなり場数も踏んでいそうだし、鍛えてるのがわかる。


「私もエリオスほどじゃないけど、ちょっとした占いできるのよ」


女は、値踏みするように俺を見ながら言う。

エリオス、と言うのが天幕の中にいた占い師のことだろう。


「そうね……。お兄さん、傭兵……というより、もっと影で動く感じの仕事じゃない?」

「それは占いというより、経験からじゃないか?」

「当たり、ってこと?」


軽く指で俺を差しながら、聞いてくる。


「正確には、元だ」

「元傭兵?」

「……傭兵、兼、情報屋」

「なるほど」


女は頷く。


「あなたは彼の妻兼、用心棒ってところか?」

「レイナよ」

「うん?」

「私はレイナ。中にいるのがエリオス。……あなたたちは?」


腰に手を当て、レイナが聞いてくる。


「俺はレオンハルト。彼女はアシャンティだ」


天幕の方に軽く視線を送りながら言った。


「それで私が妻兼、用心棒って奴。当たりよ。エリオスはてんでそういうのが駄目だから、力仕事は全部私がやるの」


やれやれ、とでも言いそうな身振りでレイナは言う。

いちいちジェスチャーが大きいが、敵意は感じない。


「それであなたは、彼女のこと、……どこまで知ってるの?」


俺が彼女を探る中、彼女は隠そうともせず、真っ向からそう聞いてきた。


「レイナは裏表がないと言われないか?」

「あー、それよく言われるのよ。やっぱりわかっちゃう?」


それはまるで、ラシャと話してるような感覚だ。

年齢も立場も違うはずなのに、不思議とレイナにラシャが重なる。


「探り合いってのが苦手なのよねー。だから単刀直入に聞いてるの。あなたは、彼女の生まれを知ってるの?」


物怖じなどせず、俺を見据えそう言うということは、仮にここで俺と敵対したとしても逃げる自信があるからこそだろう。

最も、アシャンが中にいる以上、そんなことは起こさないが。


「……俺の祖母が彼女と同じ出だ」

「へぇ! どうりで、元傭兵のわりに綺麗な顔してるわけだ!」


その一言だけでレイナには伝わったようだった。


「この街に来たってことは、もしかして里に向かうの?」

「どうして来たと思うんだ? 元からいたかもしれないだろう?」


レイナは「精霊師」という言葉を使わず、話を進める。


「おもしろいこと聞くわね。あなたたち、自分が思ってるよりもずっと目立つのよ。特に彼女! ここに住んでるなら、あっという間に有名人になりそうな容姿なのに、みんな初めて見るって顔してるもの。どう見ても旅の人でしょ?」


レイナの言葉に、思わず腕を組む。


「やっぱり、人目を引きやすいのも問題だな」

「でしょうね。お互い、苦労するわ」


ため息混じりに言った俺の言葉を、レイナは気にも留めず笑い飛ばした。


「だから彼はフードを被る仕事をしてるのか?」


何気ない言葉に、レイナは遠くを見るような目をした。


「それもあるけど……。失ったものを埋めることをできるのは、結局、同胞だけなのよ。だからエリオスは、まだどこかにいるかもしれない仲間を信じて、流しの占い師をしてるの」


そこまで言うと、レイナは腰に手を当て、少し俯いたまま、息を吐いた。


「でもそれも今回で最後よ」

「……最後? どうして?」


レイナは顔を上げ、困ったような顔をした。


「私たちももう若くないしね。さすがにいつまでも旅を続けるのは、ね……。だからそろそろ老後を考えてどこかに定住しよう、って話してるの」

「なるほど」


レイナの言葉に頷いた。

彼女は贔屓目で見ても俺よりも歳が上だろう。

女で用心棒をしながら旅を続ける、その現実を、俺は今、改めて理解した。


「あなたたちは?」


別にレイナに本当のことを言う必要はない。

でもどこか、自分と被る環境に身を置く彼女には、誤魔化す気になれなかった。


「グレンデル山脈を越えた、街道をしばらく進んだ先の村で薬師をしてる。……この先も、その道を安心して進むために、ここに来た」

「それは彼女の選択?」

「そうだ」

「……そう」


レイナはフッと笑う。


「私たちは見守ることしかできない。でもだからこそ、側で守ることはできるわ。あなたも後悔しないようにね」

「……俺は後悔しないために、今ここにいる」

「そうね。……大切な人のために、お互い体には気をつけましょう」

「肝に銘じるよ」


拳を出してきたレイナに、コツン、と拳をぶつけて答える。

交わした拳の静かさとは裏腹に、祭りの喧騒が耳を掠めた。

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