第五十話
ご飯も食べ終わり、今日もお祭りに行くことにした。
「そこのお姉さん! そう、あなたよ、あなた!」
レオに手を引かれ歩いてる時、不意に声をかけられた。
振り返ると、私より歳が上の、人懐っこい笑顔の女性がいた。
「あなた、占い興味ない?」
その女性は、腰に大きめのナイフを差している。
近づいてきた女性に、レオが私の腕を引き、その人との間に入るように少しだけ前に出た。
「女の子は占いが好きじゃない? どう? こっちの彼との相性なんかも見てるけど」
レオの方を指差しその人は言う。
ただ、目だけは私を捉えたままだった。
「あなたが占いをするのか?」
「まさか! 占うのはうちの旦那。私は呼び込み」
「男の占い師か……」
「これが結構当たるって評判なのよ」
レオとその人が話してる時。
──この人、少しだけあなたと似た匂いが混じってる気がするわ ──
それは以前、この子たちがレオの時に感じた匂いとは違った言い方で。
……匂いが「混じってる」ってことは、長い時間、精霊師の近くにいて匂いが移った、とか?
もし本当にそうならこの人の近くに、精霊師がいるかもしれない。
「私、行ってみたいわ。ダメ?」
見上げたレオは、困ったような顔で私を見た後で、小さく息を吐いた。
「女の子はこういうの本当に好きだね」
「決まりね! じゃあ着いてきて!」
その後ろを歩いてすぐ、天幕のある出店に辿り着いた。
──この中よ! この中から、あなたと同じ匂いがしてくるわ! ──
「あなた、すごく綺麗な目をしてるわね。私の旦那には負けるけど。……お客さん連れて来たわよー!」
中に入ると、お香の煙が微かに揺れていて。
煙の先で、マントのフードを目深に被った人が、クロスのかかったテーブルを挟んで座っていた。
──この人間よ! 同じ匂いがする! ──
「あなたはこっちよ」
「……同席させない気か? どうして?」
「あのねー、こういう繊細な話は当事者同士で話した方がいいでしょ?」
「当事者ってなんの?」
レオはたぶん、警戒している。
でも ──
「大丈夫よ、レオ。……だってあなたは精霊師……よね?」
私のその言葉に、占い師はフードをゆっくり取った。
フードの下に隠されていたのは、海のように真っ青なサファイアのような宝石眼。
「わかった? ほら、あなたはこっちよ」
「……何かあったらすぐに呼んで」
レオはそう言って天幕の外に出て行き、客引きの女性が入り口の幕を下ろした。
香の匂いが立ち込める薄暗い部屋の中で、もう一度、不思議なほど綺麗に光っている青い色を見た。
「お嬢さんは、とても珍しい色の宝石眼を持ってるね」
その声は中性的で、透き通っていた。
「あなたは、契約した精霊師?」
頷きながら彼の方へ近づくと、正面のイスに座るよう促された。
「僕の名前はエリオス。15の歳で精霊契約をして、それからしばらくして里が襲われた。お嬢さんの名前は?」
「……アシャンティ。里が襲われたのはたぶん……3歳くらいの時だから、あまり覚えてなくて……」
エリオスは、そうか、と小さく呟いた。
「お嬢さんは自分が何故助かったのかは、わかる?」
初めて自分以外の宝石眼を見るからか……エリオスに見つめられると、なんだか吸い込まれそうな感覚になる。
見つめられているというより、同じ深さに引き込まれているような気がした。
「母様が、里のはずれにあったじじ様のところに私を連れて行った時に里で異変があって、じじ様たちに逃げろって私を託して、母様だけ里にいる父様たちの元へ向かったと聞いたわ」
レオの優しい緑色の瞳とは違う、薄明かりの中でも光る、神秘的な海の青。
「なるほど……。お嬢さんは、たまたまそのじじ様のところに行ったから助かったわけか」
一瞬だけ、エリオスは言葉を探すように視線を落とした。
「……なら、僕と同じだ」
「同じ?」
「僕もあの日、たまたま里の外にいた。精霊に導かれたわけでもない。祈ったわけでも、選ばれたわけでもない。……本当に、ただの偶然だ」
エリオスは目を伏せた。
「里にはもう、戻ってはいけないと本能が告げていた。だから燃え盛る里を背に、わけもわからず着の身着のまま逃げて、もう駄目だと思った時、助けてくれたのがレイナだよ」
エリオスは天幕の外を指差しながら言った。
「そこからずっと、側にいてくれる。僕の守り人のようにね」
「女性が守り人なの?」
その言葉にエリオスはおかしそうに笑った。
「レイナはね……僕が精霊に頼る前に、全部片をつけてしまう人なんだ。お嬢さんの恋人には、さすがに負けるかもしれないけどね」
レオは、白狼団をまとめていたくらいだし、バイルもそう言っていたから、きっと強いんだと思う。
でもそのレオに対して、負ける「かも」と言うくらいなら、レイナさんも強いんだと思った。
「昨日もお嬢さんたちは祭りにいただろう? ……僕たちの容姿は人目を引きやすいし、……何より、僕の精霊が囁いていたからね、お嬢さんの存在を。だから隣にいる彼が守り人で、レイナも彼を強いと思う、って言ってたんだけど」
「けど?」
「今日見たら、単なる守り人じゃなく……大切な人だったのかと思ってね。そりゃあ強いだろうし、何に変えても守ろうとするだろうと思ったんだよ」
──番になったからよ──
その言葉が脳内に響いてきて、体温が上がっていくのがわかった。
「今は静かにしてて」
小声で呟くように言うと、精霊の気配が薄くなっていった。
不思議そうな顔をしたエリオスに、咳払いをして誤魔化した。
「レオは守り人じゃないわ。……守り人だったじじ様が、亡くなる時にレオに私を頼んだから……」
「……なるほど。お嬢さんのじじ様は血縁者ではなく、守り人一族の人間だったんだね」
エリオスは納得したように頷いた。
「……あなたはあの日、里に何が起きたのか知ってるの?」
私の問いに、エリオスの青い瞳の温度が、下がった気がした。
「……一言で言うなら、精霊師狩りだ。そう呼ばれてた」
エリオスは目を伏せ語る。
「助かったのは幼い子供だけ。当時の隣国の王様が洗脳して力を我が物にしようとした。でも……」
「……でも?」
エリオスは一瞬、言葉に詰まった後、息を吸い込んだ。
「彼らの誤算は、精霊師は大人になれば自然になれると思っていたことだ。……契約前の子供たちは、契約方法もわからないまま連れて行かれ、……力を使えないまま、消えていった」
エリオスの声が、少しだけ震えていた。
その言葉を聞いた私は、ヒュウ、と吸い込んだ息が喉に引っかかり、うまく吐き出せなかった。
……その消えていった中に、私もいたかもしれないと思うと、血の気が引いた。
「で、でも、私やあなたみたいに生き残ってる人もいるのよね?」
まるで縋るかのように、エリオスにそう聞いていた。
「……もちろん。お嬢さんのような人に会いたくて、僕は旅の占い師なんてしてるんだから」
そう言うと、エリオスはとても柔らかく微笑んだ。
「お嬢さんはここに来たということは、もしかして里に行こうとしてる?」
「……ええ、そのつもりよ」
「それは精霊契約のためかい?」
エリオスは決して責めるような口調ではないけれど。
私の全てを見透かそうとするように、エリオスは青い瞳を細めた。
「……ちゃんと、自分の力を制御できるようにしたいの」
「ここで出逢ったのも何かの縁だ。お嬢さんの身の上を聞いてもいいかな?」
エリオスは占い師というだけあって、不思議と警戒させない何かがある気がする。
……ううん、それは占い師どうこうではなく、精霊師としての血が、そう感じさせているのかもしれない。
ぽつり、ぽつりと、レオを怪我させてしまったこと、その時の強い願いであの子たちがレオの中から私の記憶を消してしまったことを話した。
「……驚いたな。契約前の状態で、そんな力を使えるなんて……」
エリオスのこの言葉で、やっぱりあれは異質な出来事だったのだと思った。
「だから契約して、きちんと自分で制御できるようにしたいの」
エリオスは小さく、なるほど、と呟いた。
「お嬢さんを狙ったのは、里を滅ぼした国の貴族の仕業だろうね」
「……そんなこともわかるの?」
「旅をしてると、いろんな話を聞くから」
エリオスが言うには、精霊師の存在、その力は今はおとぎ話の一つになっているそうだ。
ただ力の有無に限らず、精霊師は容姿が秀でた者が多いらしい。
「だから男でも女でも、宝石眼と思われる目を持つ人間を攫おうとしてた貴族はいたよ」
「……そんな……」
エリオスの言葉に、喉が詰まる。
「ただ宝石眼なんて、実際に見なければわからないだろう? だから手当たり次第、それっぽい人間が攫われてっていう事件はあった」
「……過去形なの?」
そう言った自分の声が、震えているのがわかった。
「この国の貴族の令嬢まで狙われてしまい、その貴族が、裏で人を使って始末したらしい。……あくまで噂だけどね。……けどもう、愛玩として狙われることはないと思うよ……今はね。欲深い連中が、完全に消えたとは思ってないけど……」
エリオスは目を伏せながらそう言った。
「でも今は無理に契約の選択をする必要はないと思う」
エリオスの瞳が、私を捉えて言う。
「これはあくまで僕の意見だけど……。この力は、人が持つにはあまりに重すぎると、僕は思ってる。確かにこの力があったから、レイナに出逢えた。……けどもう二度と、あの悲劇を繰り返してはいけないと思う。力は時に、恐怖に変わる。目に見えない物ならなおさらね」
真っ直ぐに私を見つめる瞳は、私を通して過去を見ているように思えた。
「お嬢さんの力は恐らく、僕が今まで出逢った精霊師の中でも群を抜いていると思う。現に契約した精霊師には、精霊の姿がわかるけど、お嬢さんの周りの存在は、僕にはわからない。それだけ異質で……力の強い精霊である可能性が高い」
そこまで言うと、エリオスは一度息を吐いた。
「だからこそ、力の制御をと思う気持ちはわかるけど、力そのものを持たない選択肢も残されていることに気づいてほしい」
「力を持たない選択肢……」
私の言葉に、エリオスは頷いた。
「精霊にも階級があってね。僕は下級精霊と契約したから、大した力はないけど。きっとお嬢さんは、上級精霊を……もしかしたら精霊王と契約できる器だろう。……だからこそ、僕は勧められない」
決めるのはお嬢さんだ、とエリオスは再び目を伏せた。
「あなたは、精霊師は……私たちは、世界に必要ないと思う?」
「この世界に、必要のない人間なんていないよ」
エリオスは柔らかく微笑む。
「お嬢さんも僕も、レイナや外にいる彼も、この世界に必要で、この世界の一部だ。……ただ、この世界の一部として生きるなら、要らない物もある。……少なくとも僕は、そう思わずにはいられなかった」
エリオスの言葉に、空気が少しだけ、冷えたような気がした。
「明日もここにいるから、何かあればまたおいで。契約のことも、あるいは別の道でも。僕で力になれるなら、話を聞くから」
天幕から出る直前、振り返って見たエリオスの瞳は、青い煌めきをフードの下に隠されていた。




