第四十九話
翌朝 ──
お祭りだからか、朝からどこからか聞こえる騒がしい音に、ゆっくり目を開ける。
「……」
目の前に、レオの寝顔が広がった。
穏やかな寝顔を見て、無意識にレオの髪に手が伸びた。
銀色の細く柔らかい髪。
月の光のような髪だと思った。
「それは朝から俺を誘惑してるってこと? 」
何度か髪を梳いていたら、パチリとレオが目を開け言った。
「違うわ。……あなたの髪は綺麗だと思ったの」
「髪だけ? 俺は君の全てが綺麗で可愛いと思ってるのに?」
「なにそれ」
笑いながら唇を寄せてくるレオ。
……きっとこれが、愛おしいということだ。
「……ん……ち、ちょっとレオ、」
「何?」
「なにじゃないわ! もう朝よ! 起きなきゃでしょ!」
私の体に覆いかぶさってきたレオの体を押しながら言う。
「あれ? 知らない? 祭りの日は昼まで寝てていいんだよ」
「そんなこと初めて聞いたわ!」
「そう? じゃあこれからはそれを二人のルールにしようか」
そう言うとレオは私の首筋に顔を埋めた。
レオは「二人のルール」と言った。
それはもう、私が感じていた線を引かないと言うこと。
そのことがとても擽ったく感じた。
胸の奥が温かくなるような感じがして、精霊たちが遠くでざわめいているような気がした。
「本当にお昼まで寝てるなんて、信じられない」
ベッドの上で、急いで身支度を整える。
「だから後悔しても知らないって言っただろう? 」
ベッドから起き上がったレオは、困ったような顔をしていた。
「別に後悔はしてないわ。でもそれとこれとは別よ」
「それは申し訳ない」
レオは柔らかく笑う。
なんだか私一人で慌ててるみたいで、その顔から、スッと視線を逸らした。
服も着れたし、私もベッドから立ち上がろうとした時。
「きゃっ!」
「アシャン! ……大丈夫?」
上手く立ち上がれず、よろけてしまった。
その私の腰をレオが支えて、倒れずに済んだ。
「……なんだか体が重いわ」
筋肉痛ではない。
山越えの疲れとは、明らかに違う種類の重さだった。
「山越えが効いてるのかな?」
レオがわざととぼけた顔で言う。
「それもあるかもしれないけど……」
私は顔を背けた。
本当の理由は、もちろん違う。
レオも分かっているはずなのに。
「ちゃんと朝ごはん食べて、回復しないとね」
そう言って、レオは優しく笑った。
「もうお昼ごはんよ」
「そうか。二食分食べなきゃだね。じゃあ行こう」
私の方に手を差し伸べたレオ。
その大きく優しい手を取って、部屋から出た。
宿の一階でご飯を食べている時。
──なんだか空気が違うわ ──
あの子たちの声が戻ってきた。
──甘くなってるんじゃない? ──
──もしかして番になったのかしら ──
──きっとそうよ! ──
「うるさいな!」
「……ごめん、うるさかった?」
小声で精霊に言ったことに、レオが反応した。
「ちっ、違うの! レオじゃなくて、」
「あ、もしかして戻ってきた?」
すぐに察してくれたレオに、頷いて答える。
「なんて言ってるの?」
「…………空気が甘くなってる、って」
顔に熱が集まるのを感じながら答えたら、レオはおかしそうに笑った。
だいたい番だなんて、動物の夫婦に使う言葉を使うなんて。
「それは否定できないな」
「もう! レオまで何を言うの!」
ニコニコと笑っているレオを軽く睨んだ。
「だいたい、今までどうして消えてたのよ」
誰に言うでもなく呟いた言葉の返事は、脳内に響いてきた。
──懐かしい場所に来たから、なんだか楽しくなっちゃったの! ──
──お祭りも楽しいわ! ──
精霊は口々に言う。
……懐かしい場所、ってことはやっぱり、私はかつて、この街を通って、山越えをしたんだろう。
「どうかした?」
「……あの子たちも、懐かしい場所だからって、お祭りを楽しんでるみたい」
「それはいいね。まだこの街にいる予定だし、もっと楽しんできていいよ」
──優しいわ! ──
──いつでも優しいわよ──
──いいえ、今日は特に優しいわ──
──やっぱり番になって機嫌がいいのよ──
「ちょっと黙って!」
思わず叫ぶように言った私に、クスクスと笑いながら精霊たちの気配が遠のいた。
目の前のレオも、一瞬驚いた顔をしたけど、すぐにまたおかしそうに笑った。




