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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第三章

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第四十九話

翌朝 ──

お祭りだからか、朝からどこからか聞こえる騒がしい音に、ゆっくり目を開ける。


「……」


目の前に、レオの寝顔が広がった。

穏やかな寝顔を見て、無意識にレオの髪に手が伸びた。

銀色の細く柔らかい髪。

月の光のような髪だと思った。


「それは朝から俺を誘惑してるってこと? 」


何度か髪を梳いていたら、パチリとレオが目を開け言った。


「違うわ。……あなたの髪は綺麗だと思ったの」

「髪だけ? 俺は君の全てが綺麗で可愛いと思ってるのに?」

「なにそれ」


笑いながら唇を寄せてくるレオ。

……きっとこれが、愛おしいということだ。


「……ん……ち、ちょっとレオ、」

「何?」

「なにじゃないわ! もう朝よ! 起きなきゃでしょ!」


私の体に覆いかぶさってきたレオの体を押しながら言う。


「あれ? 知らない? 祭りの日は昼まで寝てていいんだよ」

「そんなこと初めて聞いたわ!」

「そう? じゃあこれからはそれを二人のルールにしようか」


そう言うとレオは私の首筋に顔を埋めた。

レオは「二人のルール」と言った。

それはもう、私が感じていた線を引かないと言うこと。

そのことがとても擽ったく感じた。

胸の奥が温かくなるような感じがして、精霊たちが遠くでざわめいているような気がした。


「本当にお昼まで寝てるなんて、信じられない」


ベッドの上で、急いで身支度を整える。


「だから後悔しても知らないって言っただろう? 」


ベッドから起き上がったレオは、困ったような顔をしていた。


「別に後悔はしてないわ。でもそれとこれとは別よ」

「それは申し訳ない」


レオは柔らかく笑う。

なんだか私一人で慌ててるみたいで、その顔から、スッと視線を逸らした。

服も着れたし、私もベッドから立ち上がろうとした時。


「きゃっ!」

「アシャン! ……大丈夫?」


上手く立ち上がれず、よろけてしまった。

その私の腰をレオが支えて、倒れずに済んだ。


「……なんだか体が重いわ」


筋肉痛ではない。

山越えの疲れとは、明らかに違う種類の重さだった。


「山越えが効いてるのかな?」


レオがわざととぼけた顔で言う。


「それもあるかもしれないけど……」


私は顔を背けた。

本当の理由は、もちろん違う。

レオも分かっているはずなのに。


「ちゃんと朝ごはん食べて、回復しないとね」


そう言って、レオは優しく笑った。


「もうお昼ごはんよ」

「そうか。二食分食べなきゃだね。じゃあ行こう」


私の方に手を差し伸べたレオ。

その大きく優しい手を取って、部屋から出た。

宿の一階でご飯を食べている時。


──なんだか空気が違うわ ──


あの子たちの声が戻ってきた。


──甘くなってるんじゃない? ──

──もしかして番になったのかしら ──

──きっとそうよ! ──


「うるさいな!」

「……ごめん、うるさかった?」


小声で精霊に言ったことに、レオが反応した。


「ちっ、違うの! レオじゃなくて、」

「あ、もしかして戻ってきた?」


すぐに察してくれたレオに、頷いて答える。


「なんて言ってるの?」

「…………空気が甘くなってる、って」


顔に熱が集まるのを感じながら答えたら、レオはおかしそうに笑った。

だいたい番だなんて、動物の夫婦に使う言葉を使うなんて。


「それは否定できないな」

「もう! レオまで何を言うの!」


ニコニコと笑っているレオを軽く睨んだ。


「だいたい、今までどうして消えてたのよ」


誰に言うでもなく呟いた言葉の返事は、脳内に響いてきた。


──懐かしい場所に来たから、なんだか楽しくなっちゃったの! ──

──お祭りも楽しいわ! ──


精霊は口々に言う。

……懐かしい場所、ってことはやっぱり、私はかつて、この街を通って、山越えをしたんだろう。


「どうかした?」

「……あの子たちも、懐かしい場所だからって、お祭りを楽しんでるみたい」

「それはいいね。まだこの街にいる予定だし、もっと楽しんできていいよ」


──優しいわ! ──

──いつでも優しいわよ──

──いいえ、今日は特に優しいわ──

──やっぱり番になって機嫌がいいのよ──


「ちょっと黙って!」


思わず叫ぶように言った私に、クスクスと笑いながら精霊たちの気配が遠のいた。

目の前のレオも、一瞬驚いた顔をしたけど、すぐにまたおかしそうに笑った。

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