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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第三章

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第四十八話

お風呂も終わって、部屋に戻ると ──


「……何してるの?」


レオがソファで横になっていた。


「さすがに疲れたから、横になって寛いでたんだ」


何事もないようにレオは言う。


「さっき私が用意していた枕と毛布でしょ?」

「俺のためかと思って、早速使わせてもらったよ」


レオがお風呂に入ってる間、私がソファで寝る用に枕と毛布でソファを陣取っていたのに。


「だから私がソファで寝るって言ったじゃない」

「君には俺が、女の子をソファで寝かせて、自分はベッドで大いびきかくような男に見えてるの?」


枕を下に敷き、立てた肩肘に顔を乗せ、レオは私を見てくる。


「君も山越えして疲れてるだろう? 早く休むといい」


レオの声は、とても優しい。

その瞳も穏やかで、包み込んでくれるような柔らかさをしている。

……なのに。


「……いつまで、そうするつもりなの?」


すごく突き放されている気がするのは、どうしてだろう?

確かに最初にレオから離れたのは私だ。

でも今こうしてまた、一緒にいることを決めたのだから……。


「いつまで、って、」

「ずっとそうやって、私との間に見えない線を引くの? ……ねぇ、レオ。あなたにとって、今の私はなに?」


レオは驚いた顔をしながら起き上がった。

何度か口を開いては閉じて、唇をキツく結んだ。


「……ごめんなさい、なんでもないわ。今のは忘れて」


何も言わないレオに、そう告げてベッドに入ろうとした。


「アシャン!」


直後、レオに腕を掴まれた。


「……ごめん、ちょっと落ち着こう。……少し、座って話そう」


そう言われて、レオと二人、ベッドの端に腰を下ろした。


「まずは、俺の言動で君を不快にさせたなら謝るよ、本当にごめん」


話し出すレオの顔を見れず、そのまま部屋の隅を見ながら耳を傾けた。


「俺が君のことを好きな気持ちは変わらない。それはきっと、記憶を失くす前からずっと。……でも」


レオは、一瞬躊躇うように言葉を切った。


「……俺はね、アシャン。自分の中で君を、何もできない守らなければいけない女性として決めつけて見ていたのかもしれないと思ったんだ」


そこで初めて、レオの顔に目を向けた。

レオは本当に申し訳なさそうにしている。


「君は、俺が思っていたより、ずっとしっかりしている女性だよ。俺が『守らなければいけない』って思う必要がないほどにね」


そしてどこか、寂しそうな、悲しそうな顔をしていた……。


「俺はもしかしたら……守るって言葉に隠れて、君に必要とされなくなるのが、怖かったのかもしれない」

「私は、っ!」


私はそんなこと思わないって言おうとした瞬間、レオが私の唇に触れるか触れないかの位置に人差し指を立てた。


「……君に会いに行く前、マックスに言われたこと……それから、バイルに言われたことを思い出してさ。……俺は、君を守るって名目で、閉じ込めてたんじゃないかな?」


私が黙ったことを確認して、レオは手を退かし話し続けた。


「俺はね、アシャン。今も君のことが好きだよ。君を誰にも渡したくない。……でもだからって、今の俺は、君を閉じ込めたくないし、閉じ込めた世界に、いてほしくない」


そして優しい緑色の瞳を細めて、私を見つめてくる。


「……って、思っていたら、君との距離を測りかねていたのは事実だ。君は俺と恋人じゃないと言ってたし、どのくらい近づいていいのか……情けない話だけどね。正直戸惑ってるんだ」


目を逸らして、困ったように笑いながら言った。


「ただこれだけは言える。俺は君の側にいたいし、君が君のために決めたことの手伝いがしたい。それはたぶんきっと、ずっと変わらないよ」


もう一度、私を見つめて柔らかく微笑んだ。


「……あなたには、もう十分守ってもらっているわ」

「そうだと嬉しいね」

「でも今は、守られるだけじゃなく、私はあなたの隣に立って歩きたいし、私もあなたを守りたいと思うわ」


レオは、初めて逢った時から、私の瞳が綺麗だと言ってくれた。

でも本当に綺麗な瞳をしているのは、レオだと思う。

深い森の中で、日差しを受けた草木のような柔らかい緑色の瞳は、きっとどの色よりも優しくて温かいはずよ。


「それに……」

「それに?」

「……あなたに触れてもらえないのは、嫌」


目を伏せながら、お腹の辺りで、両手をキツく結んだ。


「……どうしたの?」


何も言わないレオに目を向けると、レオは眉間にシワを寄せてグッと目を瞑っていた。


「なんで今言うかな」


呟くように言った直後、レオは立ち上がった。


「そういうことを言う時は、きちんと予告してくれ」

「え? 予告……?」

「少なくともこんな状況で言うことじゃないだろう?」


そう言うとレオはソファに向かおうとした。


「待って! どういうこと?」


今度は私がレオの腕を掴んで止めた。

その行動に、レオは大きく息を吐いた。


「あのね、アシャン。俺は君を好きだと言っただろう?」

「ええ、言ってくれたわ」

「好きな女とベッドの上に座ってる男に向かって、触られないのは嫌だなんて、無防備すぎる」


それはどこか怒っているようにも聞こえる言葉で……。


「……予告したらいいの?」

「そうしてくれると助かる」

「なら予告するわ」

「え?」

「……あなたに触れてほしいし、あなたに触れたいの」


そう言ってレオの胸に飛び込んだ。


「…………待ってくれ。これはさすがに度を越してる」


レオの声が戸惑っているのがわかる。


「……て、」

「何?」

「どうして、あなたは触れてくれないの?」


その一拍の間の後で、レオの腕が私の背に回った。


「後悔しても知らないからな」

「しないわ。あなただもの」


レオは小さく一つ、息を吐いた。


「本当に君は……」

「なに?」

「……俺の全てを持っていく」


呟くように言い、レオは私を抱き上げた。


「君は天使か何かな見た目なのに、とんだ小悪魔だね」

「……レオにだけよ」


抱き上げられ目線が近くなったレオの頬に手を当てた。


「それは光栄だ」


そう言って微笑んだ彼に、どちらからともなく顔を近づけた。

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