第四十七話
「……人が多いわね……」
お祭りだから、そういうものなのかもしれない。
でも森育ちの私としては、まだまだ人混みというのは苦手で……。
この人混みを進んでいくのは抵抗があった。
「アシャンは人混みは苦手?」
「そう、ね……。人が多いと人に目が行ってしまって、自分がどこにいるかわからなくなりそうだから……」
小さく息を吐いた。
「なるほど。じゃあ、君を見失わないようにしないとだね」
レオが笑いながら言ったその言葉に、少し目を見開いた。
隣を歩くレオを見上げる。
「どうかした?」
「あ、ううん。別に……」
レオは、そう? と言い、歩いていく。
……以前のレオは、こういう時は手を繋ごうと言ってくれた。
迷子にならないように、って。
でも今は、その手に触れることはなく……、それが少しだけ寂しかった。
「アシャン!」
「っ!?」
人の波に押されそうになった時。
レオが片手で私の肩を、もう片手で私の腕を引っ張って抱き寄せた。
「大丈夫?」
「ありがとう……」
私の言葉を聞いた後で、レオはパッと手を離した。
レオの体温が離れた瞬間、胸の奥に何かがチクリと刺さった気がした。
「逸れないように気をつけて」
その目はすごく優しいのに。
どうしてこんなに、一人ぼっちな気になってしまうんだろう。
「お客さん! 一つどうだい? 美味しいよ!」
その声に反応して、屋台に並ぶ新鮮な果物に目を向けた。
「旅の人?」
「はい。そうです」
「だよねぇ! 奥さん、ここらじゃ見たことない綺麗な人なんだもの! この美人さんのために、ほら、旦那さんこれ買ってかない?」
宿屋でもそうだったけど、この街の人たちにはレオと私が夫婦に見えてるようだ。
私が言葉に詰まっていると……。
「残念。俺たちは夫婦じゃないよ」
レオが店主に返事をした。
「そうなの? お似合いなのに、もったいない!」
「そう言ってもらえると嬉しいけど、デリケートなことだからね」
「あらやだ! 私ったら、野暮なこと言っちゃったかしらね」
店主とレオが話す姿を、何とも言えない気持ちで見ていた。
その屋台を過ぎた先に、おばあさんが一人、あたりをキョロキョロと何か探しているかのように見渡していた。
「どうかしましたか?」
レオがおばあさんに声をかける。
「ああ……、これくらいのタオルを落としてしまって……」
「この辺りで?」
「うーん……、さっきあっちで歩いてた時は右手にちゃんとあったんだよ。それでそこに腰掛けて、少し休んで帰ろうとしたら無くなっていて……」
「なるほど。……ちょっと待っててください」
レオはそう言うと、おばあさんが座っていたと指差した周囲を探しはじめ ──
「これですか?」
「そう! それだよ、それ!」
ものの数分で、おばあさんのタオルを見つけた。
「娘が初めて買ってくれたものだから、ずっと大切に使ってたんだよ。あー、見つかって良かった!」
レオの手からタオルを受け取ると、おばあさんはギュッと抱き締めるようにタオルを包み込んだ。
「実はヴァルディアにいた時も、こういうこと何度かあったからね。探し物を見つけるのは得意な方なんだ」
私にだけ聞こえるように、レオはこっそり話してきた。
その言葉に一つ頷く。
「本当にありがとうね。あなたは優しい旦那さんを持ったわね」
おばあさんは私の方を見ながら、にこにこと笑って去って行った。
言葉に詰まり、チラッとレオに目をやると……。
「……」
レオも困ったような顔で、目を逸らしていた。
どこかモヤモヤとした気持ちを抱え、宿屋に戻る。
「俺が部屋にいるから、先にお風呂に行ってきなよ」
街道沿いの宿屋には、大衆浴場が備わっていて、旅人の疲れを癒やしてくれる。
山越えをしてきた私としては、お風呂は入りたい。
……でも……。
「私の方が時間かかると思うから、レオが先に入ってきて?」
「そう? なら、そうさせてもらうよ」
部屋の鍵は一つしかない。
だから交替で入ることにした。
レオが部屋から出た後で、テーブルに突っ伏した。
……レオは、はっきりと夫婦じゃない、と言った。
それは事実だから、間違ってはいない。
なのに、胸の奥に、小さな棘が残ったままだ。
以前のレオなら ──ああいう言い方は、しなかったと思う。
それに、手も繋がなくなった。
バイルと旅をするようになって、ようやくわかった。
あの頃のレオの優しさは、誰にでも向けるものじゃなく、きっと、私にだから、そうしてくれていたんだと思う。
……でもじゃあ、今の私は?
レオにとって、今の私は、どこにいるんだろう。
「お風呂終わったよ。君も入ってきて」
しばらくして部屋に帰ってきたレオと入れ替わりで部屋を出た。
……体と一緒に、心も綺麗になればいいのに。
そんなことを思いながら、久しぶりのお風呂に浸かった。




