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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第三章

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第四十六話

背中に伝わるレオの体温が心地良くて、いつの間にか眠ってしまっていた。


──朝よ! ──

──嵐は去ったわ ──


賑やかな声が脳に響いて、ハッと目が覚めた。

ゆっくりとレオの方を見ると、寝顔は少し、眉間にシワが寄っている。

私を支えたまま、無理な体勢で眠っていたみたいだ。

……レオが、薬が苦手なのは、私のせい。

それはわかるけど……。

今回みたいに早めに気づけるとも限らないんだから、なんとかしないといけない。

……薬を飲ませた後で、私がいなくなったから?

記憶を失くしていても、薄っすらと嫌な感覚だけが残っているから、薬を飲むことを嫌がる……とか?

なら、私はもう、どこにも行かないと、思ってもらえればいいのかしら……?


「……ん……」

「レオ! 目が覚めた? 具合はどう?」


短く唸ったあと、ゆっくりと瞼を開けたレオの額に、そっと手を当てた。

熱も昨日よりは低そうに思う。

落ち着いたのかと、息を吐こうとした時。

そのとき、レオがずっと私を見ていたことに気づいた。

なに、と聞こうとしたその前に ──


「目が覚めて一番に、君から心配されるなんて幸せだと思ったんだ」


柔らかく微笑みながら、レオが言った。

そしてそのまま立ち上がった。


「んー! ……やっぱりきちんと横になってないから体が痛いね。アシャンは大丈夫?」

「私は、……大丈夫よ」

「なら良かった。……雨もすっかり上がったみたいだ。今日は少しは進めそうだね」


そう言って荷造りを始めるレオにならって、私も手を動かし始めるけど……。

……レオは、私から心配されることが幸せ、って言ったわ。

ならやっぱりレオは、記憶がなくても、私がいなくなったことが、どこかで引っかかっているのかもしれない……。


「君の薬のお陰で、このまま山越えできそうだよ」


その後は、天候が大きく荒れることもなく、無事山越えができた。

そして、山越えをしてしばらく馬を走らせた先に、ストーンフォードの街が見えてきた。


「……なんだか賑わってるわね」

「お祭りか何かな?」


ストーンフォードの街は、小さいながらも人の声と音楽で溢れ、活気に満ちていた。

レオが一瞬、何か考えこむような素振りを見せた、その直後。


「ちょっと心配だ。宿屋まで急ごう」


そう言ってきた。

頷き、先を歩き出したレオについて宿屋に到着した。


「今日はちょうどあと一部屋だったんだよ!」


レオが心配した通りだった。

今日から三日間、この街のお祭りがあり、宿屋もそれに合わせて混んでいた。

……一部屋しかないって、つまり……。


「お客さんたち、夫婦だろ? 祭りの時期だし、一部屋で問題ないね?」


宿屋の店主が部屋の鍵を準備し始めた。

事前にレオから聞いてた話だと、ストーンフォードには宿屋はここと後もう一軒しかない。

ここで断ってもう一軒の宿屋に行っても、部屋が空いてなかったら ──それこそ最悪だ。


「部屋に二人掛け用のソファはある?」

「そりゃ置いてるさ」

「なら決まりだ。ここにするよ」

「まいど! 祭りの時期は早いもん勝ちだ」


会話を進めるレオを驚いて見上げる。

鍵を受け取り、部屋に向かう直前、レオは私を振り返った。


「大きいソファがあるなら、俺がそこで寝るからさ。ここで宿屋に泊まれないことの方が痛手だ」


一瞬だけ、困ったような表情を見せてから、部屋に向かい歩き出した。

実際に部屋に入ってみると、レオが寝るにはソファは小さいように思えた。


「私がソファで寝るわ」

「駄目だよ。君はこれから精霊契約を控えてる。何が起こるかわからない以上、疲れは取れる時に取っていた方がいい」


レオが言うことは正しいような気もするけど、いまいちスッキリしない。


「まぁ、そんな話は後にしてさ。今は祭りを見に行かないか?」


荷物を置いたレオがにこやかに誘ってきた。

その誘いに乗り、お祭りを見に行くことにした。


「山の神と、水の恵みに感謝を、か……」


いたる所にある垂れ幕に書かれた文字を、レオが読み上げる。

このお祭りは、自然に感謝するためのもののようだ。

太鼓の音と笛の音が響き渡る。

たくさんの笑い声が辺りを埋め尽くしている。


「どうしたの?」

「……嫌な感じはしないんだけど、あの子たちの声が遠のいていて……」


でもそれは、ヴァルディアで起こったような嫌な感じはなくて。

ストーンフォードに入ってから、まるで、懐かしい場所に帰った子供たちが、先に駆け出して行ったかのように気配が遠のいていた。


「自然の恵みに感謝するお祭りみたいだし、楽しんでるのかもしれないね」

「そう、なのかな……。そうだといいわね」


そう言いながら、歩き続けるけど……。

まだまだこんなに人の多いところには慣れない私は、フッと人の波の切れ間に目を向けてしまう。

たまたま目を向けた先は、待ち合わせの場所だったのか、誰かを待っているような人が数人、祭りの賑やかさとは裏腹に、ひっそりと立っていた。


「恋人を待ってるんじゃないか?」


私の視線に気づいたのか、レオがそう言った。

なにもこんな人混みで待たなくても……。

私がそんなこと思った時。


「待つだけならいくらでも待つけど、」


レオが誰に言うでもなく、辛うじて聞き取れる程度の声で、ぽつりと呟く。


「置いていかれるのは嫌だな……」


それは私に向けられた言葉ではないのだと思う。

でもレオは ──


「そういえば、祭りってことは、普段の商品も品薄になってるかもな」


何か言おうと口を開こうとした時、唐突にレオが思い出したように言った。

次の街に移動するのに最低限のものを持ち歩いていくわけだけど、これだけ人が多いとその買い出しも捗らないかもしれない。


「予定よりも長くここにいることになるかもね」


少し困ったような顔で私を見るレオは、さっきの言葉は本当に私に言ったわけではないようだった。

……薬を飲むのが苦手になったレオ。

置いていかれるのは嫌だと呟いたレオ。

それの解決方法は、きっと同じものなんだと思う。

でもそれをどうやって伝えたらいいのか……。

頭ではわかっているのに、それを言葉にしようとすると、胸の奥が静かに詰まり言葉が出てこなかった。

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