第四十六話
背中に伝わるレオの体温が心地良くて、いつの間にか眠ってしまっていた。
──朝よ! ──
──嵐は去ったわ ──
賑やかな声が脳に響いて、ハッと目が覚めた。
ゆっくりとレオの方を見ると、寝顔は少し、眉間にシワが寄っている。
私を支えたまま、無理な体勢で眠っていたみたいだ。
……レオが、薬が苦手なのは、私のせい。
それはわかるけど……。
今回みたいに早めに気づけるとも限らないんだから、なんとかしないといけない。
……薬を飲ませた後で、私がいなくなったから?
記憶を失くしていても、薄っすらと嫌な感覚だけが残っているから、薬を飲むことを嫌がる……とか?
なら、私はもう、どこにも行かないと、思ってもらえればいいのかしら……?
「……ん……」
「レオ! 目が覚めた? 具合はどう?」
短く唸ったあと、ゆっくりと瞼を開けたレオの額に、そっと手を当てた。
熱も昨日よりは低そうに思う。
落ち着いたのかと、息を吐こうとした時。
そのとき、レオがずっと私を見ていたことに気づいた。
なに、と聞こうとしたその前に ──
「目が覚めて一番に、君から心配されるなんて幸せだと思ったんだ」
柔らかく微笑みながら、レオが言った。
そしてそのまま立ち上がった。
「んー! ……やっぱりきちんと横になってないから体が痛いね。アシャンは大丈夫?」
「私は、……大丈夫よ」
「なら良かった。……雨もすっかり上がったみたいだ。今日は少しは進めそうだね」
そう言って荷造りを始めるレオにならって、私も手を動かし始めるけど……。
……レオは、私から心配されることが幸せ、って言ったわ。
ならやっぱりレオは、記憶がなくても、私がいなくなったことが、どこかで引っかかっているのかもしれない……。
「君の薬のお陰で、このまま山越えできそうだよ」
その後は、天候が大きく荒れることもなく、無事山越えができた。
そして、山越えをしてしばらく馬を走らせた先に、ストーンフォードの街が見えてきた。
「……なんだか賑わってるわね」
「お祭りか何かな?」
ストーンフォードの街は、小さいながらも人の声と音楽で溢れ、活気に満ちていた。
レオが一瞬、何か考えこむような素振りを見せた、その直後。
「ちょっと心配だ。宿屋まで急ごう」
そう言ってきた。
頷き、先を歩き出したレオについて宿屋に到着した。
「今日はちょうどあと一部屋だったんだよ!」
レオが心配した通りだった。
今日から三日間、この街のお祭りがあり、宿屋もそれに合わせて混んでいた。
……一部屋しかないって、つまり……。
「お客さんたち、夫婦だろ? 祭りの時期だし、一部屋で問題ないね?」
宿屋の店主が部屋の鍵を準備し始めた。
事前にレオから聞いてた話だと、ストーンフォードには宿屋はここと後もう一軒しかない。
ここで断ってもう一軒の宿屋に行っても、部屋が空いてなかったら ──それこそ最悪だ。
「部屋に二人掛け用のソファはある?」
「そりゃ置いてるさ」
「なら決まりだ。ここにするよ」
「まいど! 祭りの時期は早いもん勝ちだ」
会話を進めるレオを驚いて見上げる。
鍵を受け取り、部屋に向かう直前、レオは私を振り返った。
「大きいソファがあるなら、俺がそこで寝るからさ。ここで宿屋に泊まれないことの方が痛手だ」
一瞬だけ、困ったような表情を見せてから、部屋に向かい歩き出した。
実際に部屋に入ってみると、レオが寝るにはソファは小さいように思えた。
「私がソファで寝るわ」
「駄目だよ。君はこれから精霊契約を控えてる。何が起こるかわからない以上、疲れは取れる時に取っていた方がいい」
レオが言うことは正しいような気もするけど、いまいちスッキリしない。
「まぁ、そんな話は後にしてさ。今は祭りを見に行かないか?」
荷物を置いたレオがにこやかに誘ってきた。
その誘いに乗り、お祭りを見に行くことにした。
「山の神と、水の恵みに感謝を、か……」
いたる所にある垂れ幕に書かれた文字を、レオが読み上げる。
このお祭りは、自然に感謝するためのもののようだ。
太鼓の音と笛の音が響き渡る。
たくさんの笑い声が辺りを埋め尽くしている。
「どうしたの?」
「……嫌な感じはしないんだけど、あの子たちの声が遠のいていて……」
でもそれは、ヴァルディアで起こったような嫌な感じはなくて。
ストーンフォードに入ってから、まるで、懐かしい場所に帰った子供たちが、先に駆け出して行ったかのように気配が遠のいていた。
「自然の恵みに感謝するお祭りみたいだし、楽しんでるのかもしれないね」
「そう、なのかな……。そうだといいわね」
そう言いながら、歩き続けるけど……。
まだまだこんなに人の多いところには慣れない私は、フッと人の波の切れ間に目を向けてしまう。
たまたま目を向けた先は、待ち合わせの場所だったのか、誰かを待っているような人が数人、祭りの賑やかさとは裏腹に、ひっそりと立っていた。
「恋人を待ってるんじゃないか?」
私の視線に気づいたのか、レオがそう言った。
なにもこんな人混みで待たなくても……。
私がそんなこと思った時。
「待つだけならいくらでも待つけど、」
レオが誰に言うでもなく、辛うじて聞き取れる程度の声で、ぽつりと呟く。
「置いていかれるのは嫌だな……」
それは私に向けられた言葉ではないのだと思う。
でもレオは ──
「そういえば、祭りってことは、普段の商品も品薄になってるかもな」
何か言おうと口を開こうとした時、唐突にレオが思い出したように言った。
次の街に移動するのに最低限のものを持ち歩いていくわけだけど、これだけ人が多いとその買い出しも捗らないかもしれない。
「予定よりも長くここにいることになるかもね」
少し困ったような顔で私を見るレオは、さっきの言葉は本当に私に言ったわけではないようだった。
……薬を飲むのが苦手になったレオ。
置いていかれるのは嫌だと呟いたレオ。
それの解決方法は、きっと同じものなんだと思う。
でもそれをどうやって伝えたらいいのか……。
頭ではわかっているのに、それを言葉にしようとすると、胸の奥が静かに詰まり言葉が出てこなかった。




