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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第三章

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第四十三話

一週間後 ──


長期の旅支度を終え、再びアシャンとバイルの家の扉を叩いた。


「レオ! いらっしゃい」


そう言って家に招き入れたアシャンの顔にはもう、迷いは見当たらない。

しばしの別れを前に、姉弟で良い時間を過ごせたんだろう。

アシャンは部屋から荷物を持ってくると、二階に上がっていった。

入れ違いにバイルがやってくる。


「お前に伝えておくことがある」


そう言って先日購入した地図を広げた。


「俺たちはこれから、この街道を二週間進む。そこからグレンデル山脈を目指す」


地図上の険しい山脈の部分を指で辿った。


「十日かけて山越えしたら、ストーンフォードの街に向かう」


そして、地図の余白に目を向ける。


「……問題はここからだ。五日ほど街から逸れた先、ネリス峡谷の先に、かつての精霊師の里がある」


俺の言葉にバイルが反応する。


「……何が問題なんです?」


地図から顔を上げたバイルが聞いてきた。


「言っただろう? 『かつての精霊師の里』だと。……元々地図にも載っていなかった場所な上、滅ぼされてからはほとんど人が立ち入っていないんじゃないか?」

「それだけ道なき道を進む、ってことですか……」


バイルは拳を顎に当て、考えるような仕草をした。


「そもそも地図に載っていないなら、なんでレオンさんは知ってるんです?」

「……言ったことなかったか? 俺の祖母が、そこの人間だったんだ」


バイルは目を丸くした。


「なら、あんたも精霊師の血が……」

「理屈ではそうなるな。……でもまぁ、宝石眼でもないし、あくまで血が薄っすら入ってる程度だろう」

「……なるほど」


バイルは納得したように、頷きながら言った。

そして一瞬、地図に視線を落とした後、困ったような顔で俺を見てきた。


「あんたらが惹かれあったのは、必然だったのかと思ってしまったんです」

「……随分可愛らしいこと言うようになったな」

「あの人と一緒にいれば、レオンさんもそうなりますよ」


バイルは大きく息を吐いた。


「俺は、レオンさん以上に強い奴は知らないから、あんたなら大丈夫だと思うけど、気をつけてくださいね」

「……お前の姉は、しっかり連れて帰るから安心しろ」


バイルが小さく笑った。


「それで? 君はいつまでそこにいるの?」


階段の二段目あたりで佇んでいたアシャンの方を向いて声をかけた。


「ご、ごめんなさい……、話の邪魔をしちゃいけないと思って……」


申し訳なさそうに現れたアシャンに、バイルは大きく息を吐いた。


「あんま驚いてないけど、姉さんは知ってたんだ? レオンさんが精霊師の血を引いてるって」


バイルはアシャンを見ながら聞いた。


「前に……ヴァルディアに行く前に、ちょっと……」

「へー……。俺は君に話してたのか」


アシャンの言葉に、逆に俺が尋ねた。


「あの時は、精霊師であることを知られてはいけないって、あなたにも黙ってたんだけど……。あなたは、自分にも精霊師の血が入ってるから、って。だから力になりたい、って言ってくれて」


どこか懐かしむように、アシャンは視線を落とした。

……なるほど。

どうやら俺は、なんとしてもヴァルディアに連れて行きたくて必死だったらしい。

それくらいのことを、彼女に話していた。


「ちなみにそれは、君と出逢ってからどのくらい経ってからの話?」

「え? えぇーっと……、三度目に会った時に森に帰れなくなって、その時かしら?」


たったの三回で、そこまで話した理由なんて、今の俺には、もうわからない。

でもその時にはもう、彼女の側を離れる気はなかったんだろうな……。

そして表に出て、アシャンが馬に荷を乗せた。


「君も馬に乗れて助かったよ」


荷を満載した馬に、二人で乗るわけにはいかなかった。


「ずっと森で暮らしてたもの。馬に乗るくらい、当たり前よ」

「……姉さんは、人間より動物相手の方が上手いんで。その辺は心配しなくていいですよ」


バイルが俺の側にきて、ぼそりと囁くように言った。

……なるほど、精霊師はそういう存在なのかもしれない。


「じゃあ……、気をつけてね」

「いや、それは俺の言葉だろ。俺はここで待ってるだけなんだから。姉さんも一人で突っ走って、レオンさん困らせるなよ」

「わかってるわよ! ……いってきます」


そう言ってアシャンが騎乗する。


「もし、半年待って何も連絡がなかったら、ストーンフォードの街に連絡してみろ」

「わかりました。……そうならないように、気をつけて」

「お前もな」


バイルの肩を軽く叩いた後で、俺も騎乗した。


「じゃあ、行こう」


アシャンが頷いたのを確認し、馬を走らせた。

乗馬技術がどのくらいか確認する意味も込めて、最初はゆっくり走らせていたが ──


「これなら予定より早く進めそうだ」


徐々にあげた速度にもついて来れるし、問題なさそうだった。

振り返ると、もうだいぶ小さくなったバイルの姿が見える。

その姿に見送られ、村を後にした。


アシャンと並走することしばらく──


「今日はここで休もう」


日暮れ前、これ以上進むのは得策じゃないと判断して、馬を止めた。

アシャンはその言葉に、キョロキョロと辺りを見回している。


「どうしたの?」

「え? ああ、うん……あの子たちがね。……あ、あの小道よ。あの先、開けてて水場もあるって」


よく見ないと見落としてしまいそうな小道を指差しアシャンは言う。


「……なるほど。君には見えるわけか」

「うん?」


アシャンが少し首を傾げながら、俺を見上げてきた。


「考えていたよりずっと、心強い旅になりそうだと思ってね」


その言葉に一拍置いて、アシャンは少し照れたように、誇らしげな微笑みを浮かべた。

そして彼女の言う道を進むと、木々が途切れた先に、澄んだ水面が現れた。


「……うん、君の言う通りだ。今日はここにしようか」


そう言って馬から降り、テントの準備を始める。


「へぇ……こういうこともできるんだね」

「バイルから教わったの。火の起こし方とか、安全な野営地の見分け方とかね。あの子たちも興味津々で聞いてたわ」


クスクスと笑いながら、アシャンは自然に隣に来て、テント張りを手伝ってくれた。


「……俺は少し、勘違いしていたのかもしれない」


火を起こし、簡単に食事を取っている時に口にした。

俺の言葉に、アシャンはきょとんとした顔で見てきた。


「君はなんて言うか……、見た目がどちらかと言うと守らなきゃ、って思わせるところがある。正直、何もできないと言われても、不思議じゃなかった」

「……私だって、必要なことはちゃんとできるわ」


アシャンは口を尖らせながら言う。


「そうだね。君は俺が思ってた以上にいろんなことを知ってるよ」


それに対して、安心するより先に、どこか寂しさを覚えている自分がいるのが不思議だった。


「今日はテントで我慢してもらうけど、街道に入ればしばらくは宿屋があるからそこを利用しよう」


アシャンが頷いたのを確認してから、話を進める。


「野営の時は俺が火の番をするから、」

「ダメよ。交替でしないと、あなたが倒れてしまうわ」

「いやでも、」

「大丈夫。それもバイルと何度も経験してるもの! 何かあったり、誰か近づいて来たらあの子たちが早めに教えてくれるし!」


胸の辺りで拳を作り、アシャンは大きく頷く。


「ははっ。そうだな、君の言う通りにするよ」


思っていたより、彼女はずっと、頼もしい。


「もう一度、訂正するよ」

「……うん?」

「君は有能な相棒になってくれそうだ」


そう言って左拳をアシャンに向けた。

彼女は不思議そうに俺の手を見る。


「これはバイルに教わらなかった? こういう風に手を出して」

「……こう? ……っ!」


ためらいがちに出された拳に、コツン、と軽く合わせた。


「これから半年、良い旅にしよう」


そう言った俺に、アシャンは、もちろんと言って笑った。

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