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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第二章

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第四十二話

物音に目を開ける。

一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。

頭上に誰かの足が見えたから、ゆっくりと視線をあげた。


「……確かに話し合えとは言ったけど、まさかこんなところで一緒に寝るほど話し合ってたとは思わないじゃないですか」


バイルの呆れた声が耳に入ってきた。


「勝手に部屋に入るのもどうかと思ったし、だからと言って一人でお前の部屋に戻るのもどうかと思ったからな」


寝起きの掠れた声で答えた俺に、バイルは、そうですね、と小さく息を吐いた。


「姉さん! いつまで寝てる気だ? もう昼になるんだからいい加減起きろ!」


息を吸い込み、一際大きな声でバイルが言った。


「……う……ん……」

「姉さん!」

「うーん……バイル? ……なんだか体が痛いんだけど」

「おはよう、アシャン。君は案外、朝が弱いのかな?」


目を擦りながら起き上がったアシャンに声をかけた。

昨日の話し合いと、今の状況がすぐに繋がらなかったようで、目を丸くして俺を見てきた。


「私あのまま寝てしまったのね!? こんなところで寝たんだから、痛いわけだわ! 起こしてくれたらいいのに!」


体を起こしながら、赤い顔したアシャンを見た。


「さすがにあの状況で起こすことはできないさ。かと言って君の部屋も知らないから、そのまま俺もここで寝ることにしたんだ」

「それは、そうかもしれないけど、」

「どーでもいいけど、腹減ったから飯にしよう。ほら、姉さんもサッサと顔洗って着替えてこい」


シッシッと、手で追い払うような仕草をしたバイル。


「だっ、だいたいバイル! あなた、どこに行ってたのよ!? レオが来ること知ってて黙ってたのよね!?」


どういうつもりだと言わんばかりに、アシャンがバイルの前に立って言う。


「……姉さん」

「なによ?」

「腹減ったって言ったよな? 俺」


その言葉にハッとして、後で聞くからとアシャンは二階に消えた。


「本当に……」

「はい?」


思わず漏れた声に、バイルが反応した。


「……本当に姉弟のようだな。お前がいてくれて良かったよ。……ありがとう」


そう言った俺に、バイルは一瞬、驚いた顔をした。


「……正直言うと、あんたから怒られるのも覚悟してたんですけどね」

「怒る? なんで?」

「……覚えてないだろうけど、好きな女に対するレオンさんの態度見てたら、そう思っても仕方ないと思いますよ?」


バイルは横目で俺を見ながら言ってきた。


「あー……、マックスも言ってたな。会いに行くならゴテゴテの独占欲どうにかしろって」

「それを言えてしまうのが、マックスさんらしい」


バイルは苦笑いする。


「あんな風に過保護に守っているだけじゃ、いつか駄目になるのは目に見えてた。記憶操作されて、レオンさんは大変だったかもしれないけど、結果的に良かったんだと思います」


バイルは真っ直ぐ俺を見た。


「話し合いの内容はわからないけど、やっとレオンさんと姉さんが対等になれたように見える」


お前はこんな風に笑うこともできるのか。

そう思うほどの柔らかい笑顔で、バイルが言った。


「精霊師契約……」


バイルが飯を作ってくれてる間、俺もアシャンも顔を洗うなどの支度を済ませた。

そして朝食も兼ねた昼食の時、アシャンがバイルに打ち明けた。


「うん。きちんと……あの子たちを、制御できるようにしたいの」


バイルの目を見て、アシャンは言う。


「そりゃあ、姉さんがそう決めたならそうすればいいけど……、今すぐは駄目だろ」

「どうして!?」


バイルの反対に、アシャンは眉間にシワを寄せた。


「だってここの購入料、どうする気だよ?」


反対するような何があるのかと思ったら、とても現実的な問題があったようだ……。


「それは後どのくらいかかる?」


バイルは腕を組み、しばらく考えるような表情をした。


「まぁ……今の感じで返してくなら、二年くらいかな?」

「……二年も……」


アシャンはあからさまに肩を落とした。


「……一つ、提案あるんだけど」


バイルが右手を軽く上げながら言う。

俺たちが視線を向けたのを確認した後で、バイルは口を開いた。


「一度きちんと調合レシピを作ろう。そしたら姉さんがいなくても、俺一人でなんとかやっていける」

「……調合レシピって、なら今は、どうやって作ってるんだ?」


俺の問いに、バイルは肩を竦めた。


「全部感覚なんですよ。精霊が匂いでわかるらしく、それくらい、あと少し、まだ足りない……感覚で混ぜてるけど、それだといつまで経っても俺が独り立ちできない」

「まぁ……確かにな」

「いい機会だし、きっちり分量計った奴残そう。そしたらしばらく姉さんが不在でも、」

「待ってよ! ……バイルはついてきてくれないの?」


不安そうな顔をするアシャン。

それを横目に、バイルは頬づえをつきながら、小さく息を吐いた。


「いいか? よく考えてくれ。ここは姉さんの『帰る場所』なんだ。どこでどうやって契約するのか知らないけど、そのために、ここを失くすわけにはいかないだろう? 薬師としても、ようやく利益が出てきたのに、それを中断させたらまた一からやらないといけない」

「そ、れは、わかるけど……」


そこまで言うと、バイルは体をイスの背もたれまで引き、目を伏せた。


「……俺がここに残って、薬師の仕事をもう少しどうにかしてやるから、姉さんはレオンさんと二人で精霊契約をしてきてくれ」


バイルはそう言いながら、俺に目を向けた。


「それこそ、二年もかかるわけじゃないんでしょう?」

「……そうだな。以前本で読んだ通り、精霊師の里で契約するなら場所を知っている。ここからならゆっくり行ったとしても、半年くらいで往復できるはずだ」

「なら決まりだろう?」


今度はアシャンを見ながらバイルは言う。


「……でも、精霊師の里に行くとしても、そこからどうするかは私もわからないし……」


もっと時間がかかるかもしれない、とアシャンは言う。

それでも ──


「俺はここで、姉さんがいつ帰ってきてもいいようにしておくから。……レオンさんとなら、安心して行けるだろ。行ってこいよ」


バイルが譲ることはなかった。


「調合レシピを全部作ってからとなると、どのくらい日数がかかる?」

「そう、だな……。普段計量してないから、慣れるまでを多く見積もっても、需要のある薬のレシピを全て作ったとしても五日あればイケると思います」


まだどこか納得していないような顔をしているアシャンの肩に手を乗せた。


「て、ことだから、俺はまた一週間後に来るよ」

「え?」

「どこに行くんです?」

「長旅になりそうだから、それなりの準備を先にしておきたい」


なるほどと、バイルは頷く。

それとは対照的に、アシャンは俯き出した。


「あなたたちは決めるの早すぎだわ……」


ぼやくように言う。


「……バイルの提案は、ずっとここで暮らすために必要なことだと思うけど?」

「わかってるけど……、半年もなんて、……あなた、大丈夫?」


アシャンは、それはそれは心配そうにバイルを見た。


「……もしかして姉さんは、俺の心配をして、そんなに渋ってるのか?」

「当たり前じゃない! 一人で大丈夫なの?」

「…………あんたに生活の心配をされる日がくるなんて……」

「ははっ!」


頭を抱えたバイルを見て、思わず笑いが漏れた。


「良い弟ができたね」


一瞬、言葉に詰まった後で、アシャンはどこか恥ずかしそうに微笑んだ。

次から最終章に入ります。

最後までおつきあい頂けたらと思います。

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