第三十九話
異常なほど体が重い。
まるで深い海の中を漂っているような感じだ。
体と同じくらい、重い瞼を開けると、泣いているアシャンが目に写った。
怪我をしてしまったのかと、手を伸ばそうとしても、辛うじて動いたのは肘から下だけだった。
「レオッ! 気がついたのね! 大丈夫!?」
月明かりに照らされたダイヤモンドの瞳は、本当に綺麗だと思った。
朦朧する意識の中で、彼女が怪我をしていないことに、心底安堵した。
「少し苦いけど、我慢してね」
触れた唇の感触だけは、確かに残った。
それが何を意味するのか、考える余裕はなかった。
少しの苦味と、体の中に入ってくる冷たい水の感触は、生きていることを主張しているようだった。
「……あなたのこの瞳、大好きよ」
瞼の重さに耐えきれなくなった時、心地良い眠りにつけそうな言葉が耳に入ってきた。
「ねぇ、レオ。私、あなたに会えて良かった」
それは俺もだ。
あの日の森で、君を見た瞬間のことを、今でもはっきり覚えている。
どうしてこんなにも惹かれるのか、理由はわからない。
ただ、最初から——ずっと、君を目で追っていた。
「次に目が覚めたら、もう危ないことはなくなってるわ」
……だから。
「だから今はゆっくり休んで。……私ももう行くわ」
いつもと違う君に、すぐに気がついた。
「レオ! まだ起き上がっちゃダメよ!」
鉛を抱えているかのように、体が言うことを聞かない。
そして徐々に意識が切れかけているのがわかる。
「……大丈夫。きっと、よく眠れるから」
優しい手のひらが瞼に触れる。
その声が、どうしてこんなにも冷たく聞こえるのか、考える余裕はなかった。
「……今まで、ありがとう。元気でね……」
もう起きるだけの力がない。
「あなたからもらった物は全部、置いていくんだから……これも、置いていかないとね……」
意識を完全に手放す直前、
「……これも、返すわ……」
泣いている声よりもずっと、
「もう、あなたは、私を守らなくていいんだから」
悲しそうな声を耳にした。
「レオ! ……大丈夫?」
その声に意識を呼び覚ます。
……また、夢を見ていたらしい。
断片しか覚えていないのに、胸の奥だけが妙に重い。
ただ一つだけ、はっきりと思い出したことがある。
……俺は、守っているつもりだったのに。
「……ずっと、君に守られていたんだね」
自分を犠牲にしてまで、俺の身を守ろうとした。
真上を向くと見えたアシャンの頬に触れた。
心配そうに揺れているダイヤモンドの瞳はやっぱり、他のどんな色よりも綺麗だ。
「本当に大丈夫?」
なかなか起き上がらない俺に、アシャンは不安そうに覗き込む。
「うーん、どうだろうなぁ」
「どこか痛むの?」
「いや、そうじゃなくてさ」
少しだけ視線を逸らして、俺は続けた。
「今大丈夫って言ってしまったら、君が膝枕してくれなくなるだろう?」
そう言った俺に、一拍間を開けた後。
「うわっ!?」
「しっ、信じられないわっ! 私本当に心配したのよ!」
バッ、と足をずらされ、支えを失った俺の頭が床にぶつかった。
「あなたのそういうところ、本当に変わらないわ! やっぱり記憶があるんじゃないの!?」
記憶があろうがなかろうが、俺は君に甘えてしまう。
怒る君の姿を、目を細めて眺めていた。




