第三十八話
「ここがバイルの部屋よ。鍵もかかるから」
「君の部屋も?」
「あ、当たり前でしょ!」
そう言ってアシャンは、夕飯を作ると、先に階下に降りて行った。
バイルの部屋は、白狼団にいた頃と似ていて、アイツらしい簡素な部屋だった。
「さて、と……」
バイルの部屋にあったイスに腰を下ろし、ひとり息を吐いた。
……精霊と契約していないのに、願うだけで動かしてしまう存在。
それが全てではないだろうが、狙われる理由としては十分だ。
……だから前の俺は、守ると決めたんだろう。
その瞬間が思い出せないのが、少しもどかしい。
でもまあ ──理由なんて、後付けでいい。
見た目は好みだし。
泣かれると放っておけないし。
多分、俺の方が先に惚れていた。
それで十分だ。
「問題は今の距離感だよな……」
アシャンは恋人じゃなかったと言ったが、バイルやガルドたちの言動から、それに近い関係だったはずだ。
けど、どこかに俺への罪悪感がある気がして、今の態度や距離感が、どうにも噛み合わない。
バイルの部屋の机に肘をつき顔に手を当てた。
直後、自分の左腕の腕輪が目に入ってきた。
「……少し、試させてもらおうかな」
白狼団の部屋を出る時に持ってきた、捨てられなかった女物の腕輪を、荷物の中から取り出した。
そして夕飯が出来たという声が聞こえたので、腕輪をポケットに忍ばせ階下に向かった。
「君は料理も上手いね」
出されたスープは、拠点一階で出していた物よりもずっと素朴な味だが、不思議と落ち着く。
「そう言えば、これは君のだったりする?」
食事も終わりに差し掛かった頃、ポケットから腕輪を出してアシャンに見せた。
「怪我した時にいつの間にかベッドにあったんだけど、違う?」
俺の言葉に、アシャンは目を泳がせた。
「…………わ、たしのでは、ないわ」
そのまま言葉を詰まらせながら答えた。
……こういうところも、嫌いじゃなかったはずだ。
「そうか。君のかと思ったんだが……もしかしてラシャのイタズラだったのかな?」
ラシャの名前に反応し、体が小さく揺れた。
「うーん……。捨てるのもなんだかスッキリしないし、ラシャに送り返そうか」
「ダメよっ!」
アシャンは勢いよくイスから立ち上がった。
「……そ、れは、ラシャ、さん、の物じゃないから……送ったら迷惑だわ……」
俯きながらイスに座り直した。
「……俺も左手に、同じような腕輪してるんだけど」
服の袖を少し捲って、腕輪を見せた。
「自分じゃ何故か外せなくてね。……外せない、というより、外したくないんだ」
アシャンは黙ったまま俯いている。
「だからもしかしたら、もう一つの方は君のかと思ったんだけど……それでも、違った?」
唇を噛んだ後で、ゆっくりと口を開く。
「……それは、あなたに返した物だから、もう私の物じゃないわ」
悲しげに俺の方を見ながら、アシャンはそう言った。
「でもこれは俺がするには小さいし、アシャンに持っていてほしいんだけど?」
「……ダメよ。受け取れないわ」
そう言って、彼女は両手を胸の前で強く握った。
「俺は君から受け取っているのに?」
そう言うと、アシャンは少し驚いた顔をして俺を見てきた。
「自分では買わないデザインでさ。君からの贈り物だと思ったんだ」
「……そ、れは……」
「でもよく見るとこの模様、違うんだよな……。お互いに買ってお揃いにしたわけじゃないのかな……」
呟くように言った後、まじまじと自分の腕輪と、手に持っている腕輪を見比べる。
素材や作りは同じだが、模様だけが微妙に違う。
お揃いと言うには、どこか引っかかる違いだった。
「……それは西部で作られた腕輪のお守りだから……」
ぽつりと漏らした言葉に、アシャンがようやく重い口を開けた。
「お守り? どんな意味の?」
「…………あなたのは、安全に暮らせますように、って……」
「……なるほどね」
さっきもアシャンは言っていた。
俺が安心して生きていけるように願った、と。
だからこれはもう間違いなく、彼女からの物なんだろう。
「じゃあこっちは?」
女物の腕輪を持ち上げ、アシャンに聞く。
ただ知りたい。
そう思っただけだった。
「…………あなたは、私が守ります」
本当に泣きそうな顔で、彼女は口にした。
「お店の人には、そう聞いたわ」
直後 ──
──レオは、私があげたら身につけてくれる? ──
脳内に声が響いた。
──君からもらったら、肌身離さず身につけるよ──
「っ、」
「……レオ?」
──同じような意味で、あんたにおすすめがあるよ──
頭が割れるように痛い。
今までの比ではないほど、鋭い痛みに覆われる。
「レオ! 大丈夫!?」
──これはね、あなたは私が守ります、って意味があるんだ。その剣で生涯守ってやんな──
そのすぐ後だ。
血で染まりかけた視界の先で、驚いたような、泣きそうな顔をした君を見たのは。
震える声で俺の名前を呼んだ君を見て、そして、俺は意識を手放したんだ ──




