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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第二章

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第三十四話

「ここが俺たちの自宅兼作業場です」

「……作業場?」


バイルが連れてきたのは、村はずれにある一軒家だった。


「薬師だから。俺はその見習いです」


そう言われて改めて見ると、庭先の畑には様々な薬草が育っていた。


「ここは薬草を育てるのにピッタリだし、一番近くの町には半日くらいで行ける。だから、ここにしたんです」


そこまで言うと、バイルが立ち止まった。


「ここに姉さんがいる。この時間なら、薬を調合してるはずだ」


バイルの言葉に改めて家に目をやる。

自然と鼓動が早くなっていくのが、自分でもわかった。


「ここから先はあんた一人で行ってください」

「……いいのか?」

「そこまで首突っ込むのは、さすがに野暮でしょう?」


バイルは苦笑いした。

その後一つ咳払いをする。


「あんたらはちゃんと話し合うべきだ。何を思ってどうしたいのか、お互いの話を。……俺は今日は帰らないから、気が済むまで、とことん話し合ってください」


そう言ってくるりと背を向けた。


「あ、でも」


バイルは歩き出す直前で、俺を振り返った。


「……あんま泣かせないでくださいね。あの人が泣くと、薬草の育ちが悪くなるんで」


それが姉への情なのか、薬草への心配なのかは、わからなかった。

それだけ言って、バイルは足早に去って行った。


一つ、息を吸い込んで、ドアの前に立つ。

鍵を開けておいたから、そのまま入ってくれと言っていた。

その言葉通り、ゆっくりとドアノブが回り、扉が開いた。

中に一歩足を踏み入れると、薬草の独特な匂い。


「バイルー? 帰ってきたのー?」


声がする方へ、吸い寄せられるように足が動いた。


「ねぇ、この蓋ちょっと開けてくれないかしら? ……っ、さっきからやってるんだけど……っ、固くて開かないの」


こちらに背を向け話すその後ろ姿が目に飛び込んできた瞬間、胸が震えた。

……間違いない。

俺はずっと、彼女を探していた。


「ねぇ、バイル。聞いてる?」

「俺が開けよう」


振り返った彼女の手にある瓶を受け取り、蓋を開けた。


「どうぞ?」


そう言って差し出した瓶に目もくれず、彼女は驚いた顔で俺を見ていた。


「…………どう、して……」


絞り出すような、震えた声だった。

正面から彼女を見る。

……夢の中のことでさえ、鮮明に覚えていた光。

この世のどの色よりも、綺麗な色の瞳をしている。


「俺はずっと、君を探していた」


不安そうに揺れるその瞳へ、思わず手が伸びそうになる。


「君は俺を、知ってるよね?」

「……しっ、知らないわ!」


一拍置いて、彼女は俯き、手をきつく握りしめて絞り出すように言った。

嘘が下手な彼女の一つ一つの仕草が、俺にはひどく懐かしく感じた。


「俺はね、一年近く前に大きな怪我をしたんだけど……。そこからずっと、夢を見ていたんだ」

「え……?」


もう一度、驚いた顔で俺を見てくる。


「いつも、女の子が泣いてる夢」


彼女が息を吸い込んだのがわかった。


「どうしたのか近づこうとしても近づけない。そもそも誰が泣いてるのかも、目が覚めたら覚えていない。毎日のように、そんな夢を見ていた」


彼女が口に持っていった手が、微かに震えている。


「その夢を見始めてからずっと……、理由のわからない空虚さが消えなかった。この穴はなんなのか、どうして穴が開いたのか、そんなことはわからなかったけど、このままだと自分を見失いそうだと思ったんだ」


彼女の瞳が、どんどん潤んでいくのがわかる。

もう溢れ落ちる寸前だ。


「だから、自分が自分でいれるように、ここに来た。……君は俺を、知ってるよね?」


そこまで言うと、堪えきれなかった涙がひと粒、流れ落ちた。


「……っ、ごめんなさい、私、」

「待って」


俯いて泣き出した彼女は、俺の言葉に少し顔をあげた。


「話し出す前に一つだけ確認したいんだけど。……俺は、君に触れて涙を拭うことが許される存在なのかな?」


その言葉に一瞬、驚いた顔をした後で、彼女は柔らかく微笑んだ。

その笑顔を答えと受け取り、気づけば彼女を抱き締めていた。

彼女の体は、手に馴染むような感覚だった。

やっと、あるべきものに手が届いたような、そんな気持ちになった。

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