第三十三話
それから数日間は、引き継ぎと部屋の片づけに追われた。
自室を終え、隣の部屋にも手をつける。
もっと感傷的になるかと思っていたが、もう自分の中で決めきっていたからか、思ったほど手間取ることはなかった。
「レオン」
すっかり片づいた部屋を後にしようとした時、ガルドに呼び止められた。
「……お前なら自力でも辿り着けそうだが、これは俺からの餞別だ」
渡されたのは、一枚の紙切れだった。
「そこにバイルがいる。……アイツの姉もな」
紙には、バイルのいる村までの道筋が簡潔に書かれている。
「中立を保つんじゃなかったのか? 」
いつもの調子で、軽く口にした。
「……お前が寝てる間、出て行ったことに気づくのが遅れたのは俺のせいだ。本人の意思だったとはいえ、もっとやりようはあっただろう」
少し間を置き、ガルドは視線を逸らす。
「……だからまぁ、俺なりの謝罪だ」
困ったように笑うガルドを見て、コイツもコイツで、ずっと考えていたんだろうなと思った。
「ありがたく、もらっていく」
そう言うと、ガルドは小さく笑った。
そして階下に降りると、マックスたちが待っていた。
「お前らが見送ってくれるなんて、嬉しいよ」
そう言った俺に、いつもの軽口は返ってこなかった。
「……じゃあ、お前らも元気でな」
そう言って立ち去ろうとした瞬間 ──
「俺は! やっぱりまだ、本人が決めたことなら、それでいいと思ってんすよ」
振り返ると、マックスが真っ直ぐこちらを見ていた。
「だってそうでしょう!? こんなヤローばっかのとこに閉じ込めてたら、可哀想っすよ! 本人だって、もっと自由にしたいに決まってるじゃないっすか!」
……そう言えば前にも、マックスから言われたことがあったな。
束縛がどうとか、なんとか……。
「何より! 俺だって、あんな美人と二人で出かけてみたかったんすよっ!!」
マックスは至極真面目な顔で、そう言い切った。
「……お前は、何を言ってるんだ?」
「だってそうでしょ!? ほぼ頭と一緒か、バイルが張り付いてるかのどっちかで、ここでの飯も二人で食えやしなかったんすよ!? 会いに行くつもりなら、まずそのゴテッゴテの独占欲、どうにかしてくださいって!!」
マックスの言葉に、俺だけじゃなく、周りにいた連中も笑っていた。
「……お前の忠告はありがたく受け取らせてもらう」
俺の言葉に、マックスは満足げな顔をした。
「じゃあ、元気でな」
「もし戻ってきても、俺の下っすからね」
「そうならないようにする」
最後の最後まで、場を和ませてくれる奴だ。
マックスのおかげで、清々しい気持ちでこの街を出られそうだった。
──ガルドから渡された紙には、まず西の街道沿いを、馬で八日ほど進むようにと書かれている。
……俺が怪我をしてから、もうすぐ一年になろうとしていた。
もし、自分の意思で出て行ったのだとしたら、今さら俺が会いに行くことを、望まないかもしれない。
……それでも。
「さて、行くか」
自分の中で決着をつけるため、長年住み着いた街を後にした。
それからしばらく、街道をひた走った。
思えばこうして一人で馬を走らせるのも久しぶりだ。
移動も野営も、アイツらと一緒だった。
そんなことを思っていたからか、その夜は懐かしい夢を見た。
祖父に頼まれ、祖母の故郷を探していた頃の夢。
そう ──
白狼団の始まり、精霊師の里を探していた頃の夢を見た。
「……そう言えば、確か精霊師の瞳は特徴的だって言ってたな」
起きてからもやたらと、頭に残っていた言葉 ──精霊師。
確かその瞳は ──
「宝石眼」
そう呟いた瞬間、いつかの夢で見た、光を放っているような瞳が、脳内で蘇った。
「……君は、精霊師なのかもしれないな」
誰に言うでもなく呟いた言葉は、夜の闇に溶けていった。
そして、八日街道を走った先の街から、さらに街道を外れて一日半。
「……ここか……」
小さな村に辿り着いた。
しらみつぶしに民家を当たっても、直ぐにバイルに行き当たりそうだと思った、その時。
「レオンさん!」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、バイルが立っていた。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
バイルは俺を頭と呼ばず、レオンさんと呼んだ。
それはつまり ──
「ガルドさんから連絡が着てます。……思ったよりも早かったですが」
俺が白狼団を抜けたことを、すでに知っていたからだろう。
「俺には、連絡したなんて言わなかったけどな」
「まぁ……こっちにも、いろいろ考える時間が必要だと思ったんでしょう」
それは、バイルの姉に、ということだろう。
「俺から聞きたいのは一つだけです。レオンさん、……あんたは記憶が戻ったのか?」
バイルは真っ直ぐに俺を見ながら言った。
「いいや、戻ってない」
「なら、どうして?」
「……いつの間にか出来てしまった穴を埋めるために来た。それじゃ理由にならないか?」
バイルは黙って俺を見ていた。
そして視線を逸らし、堪えるように大きく息を吐いた
「言っとくけど、本人には言ってないんで。いきなりあんたが現れたら驚くだろうけど、後は上手くやってくださいね」
「……会わせてくれるのか?」
どうやって話を切り出すか考えてた俺は、どこか呆れたような顔をしたバイルに苦笑いした。
「案内しますよ。……姉のところに」
そう言って歩き出したバイルの背を、俺は黙って追った。




