第三話
レオはじじ様の部屋で休むことになった。
……なった、というか、じじ様が一方的に決めていた。
じじ様とレオが部屋に向かったことを見届けて、ばば様に話しかけた。
「……前に会った時、彼のことをあの子たちが、私と同じ血の匂いがするって言ってたの」
「血の匂い……? 精霊師一族の血が入ってるのかしら」
ばば様は考えるような仕草をしながら答えた。
「彼は宝石眼ではないわ」
「でも血を引いていても、宝石眼ではない人もいたわよ。それに彼、精霊師としてもおかしくないくらい、整った顔をしている子よ」
ばば様がお茶目にウィンクして言う。
精霊師は、容姿が優れてる人が多い、らしい。
……だって私は、自分以外の精霊師を知らないんだから、なんて言ってみようもない。
「そう、いうのは、よくわからないわ……」
「……そうね。あなたの世界は、これから広がっていくんだものね」
でもそれは、この森を出ることよ?
その言葉を飲み込んで、眠りについた。
翌朝──
「おはよう、レオンハルトさん。良く眠れた?」
ばば様と朝ご飯の準備をしていると、レオが起きてきた。
「はい、お陰様で。ありがとうございます」
朝からレオの柔らかい声が耳に響く。
ふと目が合ったら「おはよう」と、声を出さずにレオの口がゆっくり動いた。
なんだかそれがくすぐったくて、心の中で「おはよう」と返しつつ、頭を一つ下げることで答えた。
「レオンハルト。お前さんも顔を洗って来い」
じじ様がレオの名前を呼びながら言った。
「ロアンさんも良く眠れたんじゃないですか?」
それに答えるように、じじ様のことを『ロアン』と名前で呼ぶレオ。
……いつの間にそんな仲に?
少し首を傾げながら、レオを水場へ連れて行った。
「昨日、腰を痛そうにしてたから、寝る前にマッサージしてあげたんだよ。そしたらすっかり気に入られたみたいだ」
そんな私に気づいたのか、おどけたようにレオが言ってくる。
「じじ様が誰かに気を許すなんて、初めて見たわ」
「そう? 気難しそうに見えるのはきっと、君のことが心配だからだろう?」
優しい人だよ、とレオは囁くように言った。
戻って朝食を済ませたら、レオが身支度を始めた。
町に戻って仲間と合流するそうだ。
「連絡もせずに泊まったから、早めに戻らないとね」
町に戻ったら、レオとはもう会わないんじゃないかな……。
そう思うと、なんとも言えない小さな胸のひりつきを感じた。
それを感じ取ったかのように、
「次こそハンカチを返すよ。じゃあ……、またね」
レオは一瞬、こちらを振り返った。
そして踵を返し、そのまま去って行った。
「気持ちの良い空気を持った子ね」
「まんまと入り込んできおった……。ああいうのこそが、厄介なんだ」
「嬉しいくせに」
笑いながらそう言ったばば様。
私もじじ様が、どこか嬉しそうに見えた。
その翌日──
「町に食料を調達しに行ってくる」
「なら私も薬を売りに行くわ」
じじ様は一瞬、険しい顔をした。
「ずっと閉じ込めておくわけにはいかないでしょう?」
「……フードを被って、あまり目を人に見せないようにな」
ばば様の言葉に、深くため息を吐きながらじじ様は言った。
「大丈夫。わかってるわ」
安心させるように頷いたことで、じじ様と二人で町に行くことになった。
いつものように、待ち合わせ場所を決めてそれぞれの目的地に向かった。
「だからこの傷薬、前のと比べて効きが遅いから」
「でもねぇ……。最近仕入れ回数が減って、今これしかなくて……」
お店に入ると、カウンターで店主が話し込んでいた。
「ああ! 噂をしたら、だ! 待ってたんだよ、あんたのところの薬が1番人気で売り切れちまって」
「すみません。今日は多めに持ってきました」
「助かるわー!」
「……アシャン?」
フードで顔を隠すようにしていた私は、店主と話している人物がわからなかったけど……。
──彼だわ! ここにいたのね! ──
「……レオ!」
その名を口にした瞬間、胸が震えた気がした。
「やっぱり! ここで会えるなんて、ラッキーだな」
すぐに私に気づいたらしいレオに、声をかけられた。
「君が薬を卸してるの?」
「そう。高値で買ってくれるから」
「この子の腕は確かだからね」
──私たちが教えてるんだもの。誰よりも良い薬に決まってるわ ──
カバンから出した薬をカウンターに並べて行くと、横からひょい、とレオが手を伸ばした。
「これ傷薬?」
「あ、うん。そうよ」
「じゃあこれ一つ、ここに卸す二倍の値で買い取るよ」
驚いてレオを見上げると、おかしそうに笑っている。
「良い薬を求めてここに来たのに売り切れてて困ってたんだ。そこにちょうど薬師が売りに来たから、それを買うだけだ。問題ないだろう?」
店主を見たら、困った顔をしながらも黙認してくれるようだった。
「決まりだな。じゃあこれ、貰うよ」
そう言って、レオは銀貨六枚を渡してきた。
「これだと多いわ!」
「なら多い分は俺の気持ち」
さらりと言われたその言葉の意味を考えるより先に、どくん、と胸が跳ねた。
「知ってる? 偶然に三度出逢ったら、それはもう運命だ、って話」
冗談めいた口調なのに、私を見つめる緑色の瞳はとても真剣に思えた。
──やっぱり愛を囁いているわ ──
──あなたのことが好きなのよ! ──
脳内に響く精霊たちの声の意味を理解した直後、カーッと顔が熱を帯びた。
「そっ、そういうことは、簡単に言うものじゃないわ!」
「そうそう。女口説くなら、店の外でやっておくれ」
店主から代金を差し出しながら、片手でシッシッと追い払うような仕草をされた。
気恥ずかしさと、いたたまれなさから、胸がいっぱいになり、代金を手に慌てて店を出た。
「ねぇ待って。まだ話が途中だけど」
なぜか一緒に店を出てきたレオにそう言われた。
「からかうつもりなら、……もう十分よ!」
私の言葉にレオは驚いた顔をした。
──からかってなんかいないわ ──
──彼、あなたに運命を感じたのよ! ──
レオは一瞬、考えるような仕草をして、
「……アシャンはこの後、時間ある?」
そう聞いてきた。
──デートかしら? ──
──デートよ、きっと! ──
「……す、こし、なら、ある……けど?」
囃し立てる声に、言葉が詰まる。
「なら少し俺に時間をくれる? ハンカチは後々宿に取りに行くとして、泊めてもらったお礼もしたいし」
「そ、れは、別に……」
「それにからかってるわけじゃない、って、証明したいしね」
見上げたレオの顔は、とても優しい目をしていた。
──嘘をついてないわ ──
──彼は大丈夫よ ──
その後押しを受けて、胸の奥が少しだけ熱くなり、こくり、と一つ頷いた。




