2.止まない雨
帰宅後、じじ様ばば様に、便利屋さんが連れて行った男の話をした。私の瞳を宝石眼か聞いてきたと……。
「ここも危ないのかもしれんな……」
私に両親はいない。物心ついた頃には、この森で二人に育てられていた。
「里から、だいぶ離れているのに……」
かつて精霊師の里が襲われた時のことをよく知っている二人は、私を隠すように育ててくれていた。
だから今日の出来事を酷く警戒している表情をした。助けてくれた便利屋さんの事も話したけど、あまりいい表情にはならなかった。
しばらく私は一人で出歩かないようにと言われたけれど……。
どこかモヤモヤした気持ちのまま、その日は眠りについた。
それから数日後 ──
言われた通り、私はあれから外出を控えていた。薬草を採りに行けず、町に売りにも行けない。
じじ様たちの心配はわかるけど、少し、本当に少しだけ、窮屈に感じ始めていた。
──今日はいっぱい雨が降るわ──
その言葉に空を見上げた。確かに雲が多い気はするけど、雨が降りそうな気配はない。
でも、精霊は嘘をつかない。
「今日はあんまり外に出ない方がいいかも」
「あら、そう? なら外でやらなきゃいけないことは早めに終わらせましょう」
「手伝うわ」
嘘をつかない、ということは、
「やっぱり降ってきたね」
雨が降るということで。そのままじじ様、ばば様と、のんびりと家で過ごすことにした。
ドンドン
もうそろそろ日も落ちるという頃、玄関ドアをノックする音が聞こえた。
──彼だわ──
彼って? と、精霊の声に首を傾げつつも、玄関に一番近かった私が立ち上がった。
「……はい?」
「すみません。近くの町から来たんですが、急に雨が降ってきて……。止むまでの間、雨宿りを……って、君はこの前の、」
「便利屋さん!」
ドアを開けた先には、先日私を助けてくれた便利屋さんが立っていた。
「まさかこんな風に会えるなんて思ってもいなかったから、ハンカチを宿屋に置いたままだ。いつでも渡せるように、綺麗に洗ってあるんだけどね」
銀の髪の間から覗く綺麗な緑色の瞳を細めて、便利屋さんは言う。
「アシャン? ……お知り合い?」
驚いて立ち尽くしていた私に、ばば様が声をかけてきた。
「ほら、この前助けてくれたって言った便利屋さんよ」
「はじめまして。雨が降ってきてしまい、しばらく雨宿りをさせて頂けたらと思って来ました」
「あらまぁ、ずいぶん濡れてるじゃない! 今拭くものを持ってくるわ。アシャン、入ってもらって」
ばば様の言葉に、便利屋さんを家の中へ招いた。
部屋の中にいたじじ様が、いつも持ち歩いている折りたたみナイフが入っているポケットに、そっと手を当てたのが見えた。
「降り始めたと思ったら一気に土砂降りになってしまい、村まで戻るに戻れず……」
じじ様とも挨拶を交わした便利屋さんは、申し訳なさそうな顔で言った。
「……お前さんは、騎士か何かか?」
便利屋さんの腰に下がっている剣を見て、いつも以上に気難しい顔をしながら、じじ様が聞いた。
「そんな高尚な者じゃないです」
「傭兵か」
じじ様の言葉に眉をハの字にさせて、レオは笑った。
「剣士に苦い思い出でも?」
「若造に言うことなぞ何もないわい」
「ごもっともです」
どう好意的に見てもツンケンした態度のじじ様を、便利屋さんはさらりと受け流していた。
「先日、アシャンが助けてもらったとか……」
「たまたま通りかかっただけなんですけどね」
ばば様に返事をした後で、便利屋さんは私の顔を見た。
「君はアシャンて言う名前なの?」
「……アシャンティ、だけど、アシャンて呼ばれてるわ」
「じゃあ俺もアシャンて呼んでいい? 君に似合う、いい名前だね」
便利屋さんは柔らかく笑う。
名前を呼ばれた。ただそれだけなのに、胸がどきりと跳ねた。
「オホン!」
じじ様が咳払いをした。便利屋さんがどこか困ったように笑いながらじじ様に目を向けた。
「それにしても、なかなか雨が止まないですね」
──今日は止まないわよ──
「今日はもう止まないわ」
便利屋さんの声に、脳内に響いた声を、考えるよりも早く口にしていた。
「……アシャンは天気に詳しいの?」
彼は一瞬だけ不思議そうな顔をした後、穏やかに微笑みながら聞いてきた。
その顔を見て、しまったと思った。普通は、いつまで雨が続くか、わからないんだわ……。
「ずっとここに居れば、どのくらい降りそうかくらいわかる」
「あー、なるほど。森の住人だから森の天気がよくわかるわけだ」
じじ様がとっさにフォローを入れてくれたけど……。余計なことを言わないように、便利屋さんとあんまり話さない方がいいかもしれない……。
「じゃあ今日は泊まっていく?」
そんなことを思っていた私の耳に入ってきたばば様の提案に、私もじじ様も驚いてばば様の顔を見た。
「そうさせて頂けると助かります」
便利屋さんは柔らかく微笑んだ。
……良く笑う、穏やかな人だわ。
「アシャンを助けてくれたのに、こんな雨の中帰せないわ」
驚いて言葉が出ない私と、眉間のシワがさらに深くなったじじ様に、ばば様は有無を言わせなかった。
「これ美味しいですね。香草が効いてる」
「アシャンが作ってくれたのよ」
「君は料理が上手いね」
笑顔で言う便利屋さんの言葉に、自然と俯いてしまった。
夕食の席で便利屋さんは、レオンハルトさんと言う名前だと教えてくれた。
「ならレオンハルトさんは、傭兵団の人ということなのかしら?」
「兵団というほどでもないですよ。幼馴染となんとなく作ったものに、少しずつ人が増えていっただけですから」
「傭兵なんぞ、ガラの悪い輩がする仕事だ」
「手厳しいなぁ」
そうは言いながらも便利屋さんは、じじ様の言葉を笑って流していた。
それから少し、便利屋さんが自分の話をしてくれた。私の知らない森の外の話をしてくれる便利屋さんに、私も、それからばば様も、興味津々で話を聞いていた。
夕食後ーー
「あら大変。薪が足りないかもしれないわ。アシャン、取ってきてくれる?」
「うん、わかった」
「俺も手伝うよ」
薪を取りに行こうとしたら、便利屋さんが近づいてきた。
「すぐそこだから、大丈夫だけど……」
「でも一人より二人の方が早く終わるだろう?」
──あなたを助けたいのよ! 優しいわ──
精霊の囁きに、一瞬答えに詰まったけど……。
「じゃあ……、こっち」
便利屋さんに手伝ってもらうことにした。
雨の音だけが聞こえる。サーッと心地良い音をあげながら、水が跳ね、大地が受け止める。そんな優しい空気だけが、辺りを包んでいた。
「この森は静かで良い場所だね」
──そりゃあ、私たちがいるもの! 良い場所に決まってるわ! ──
その言葉に、クスリ、と笑ってしまった。
「なに?」
「……ううん。外の人にも良さがわかるんだって思ったの」
1つずつ薪を手にしては、便利屋さんに渡す。
「君はここが好き?」
──当たり前じゃない! ──
「……うん。好き……」
ここが嫌なわけじゃない。むしろいろいろな話し声が聞こえる素敵な場所だから大好き。
でもこのままずっと、この森で暮らしていくのはどこか……窮屈じゃないかな? だから「ずっといたいか?」と聞かれたら、ちょっと答えに困る。
喉までせり上がってきた言葉を、口をキュッと結んで飲み込んだ。
そして話題を変えようと、便利屋さんに話しかけた。
「便利屋さんは、」
「レオンハルト」
いつの間にか隣に来ていた便利屋さんの顔を見上げた。
「みんなからは、レオンて呼ばれてる。アシャンも気軽に名前を呼んで」
優しい雨と薪の匂いが鼻を擽った。
「レオン、より、……レオ、は?」
穏やかな笑顔をよく見せる彼。便利屋さんは、確かに強いと思う。でも、私が見た彼は強いけど……、それ以上に優しい。
「レオ? そう呼ぶ人はいないけど、アシャンが呼びやすいように呼んでいいよ」
彼には、猛々しい呼び名よりも、柔らかで温かい響きがよく似合うと思った。
「それで? 俺が何?」
「……レオ、は、ハナムの町の人じゃないわよ、ね? どこから来たの?」
精霊たちも言っていた。レオは顔が整っている、って。
私は普段森でじじ様、ばば様としかいないけど。それでもレオのような人がこの森のすぐ近く、ハナムの町にいたら、わかるんじゃないかと思う。
「ヴァルディアは知ってる?」
「……名前くらいは」
「俺はその交易都市から来たんだ」
ばば様は昔子供たちにちょっとした勉強を教えてたらしい。だから森にいても、いつかの時に困らないようにって、最低限のことはばば様が教えてくれた。
その一つに、この王国の地図もあって、ヴァルディアはこの森の近くにある中で、一番人の多い大きな街だと聞いた。
この森のすぐ側の町とは全然違うんだ、って。
「ヴァルディアから、人探し?」
「ああ……。うーん……、詳しいことは言えないけど……。近頃誘拐事件が増えててね。その関連、てところだよ」
「……誘拐されるのは、女の人だけ?」
「いいや」
レオは腰に手を当て、私を見た。
「誘拐されるのは、綺麗な女の人だけだよ」
「綺麗な女の人……」
「そう。君みたいなね」
レオは当然のことを言うような口調だった。
──愛を囁いているのかしら? ──
──あなたのこと、綺麗って言ってるんだわ! ──
その言葉に、カァッと顔に熱が集まった。
「か、からかわないで!」
「からかってなんかいないんだけどな」
「薪もこれくらいでいいから戻りましょう!」
「了解」
背を向け、家の中に戻ろうとした私の背に、レオの笑い声が響いた。




