1.同じ血の匂い
初投稿です。
完結まで毎日投稿予定。
お手柔らかにお願いします。
──彼にはもう、あなたの記憶はないんだから ──
無邪気な精霊たちの声が脳内に響いた。
──あなたは彼が傷つかないように、強く強く願ったわ──
──でもあなたがいる限り、彼は傷ついてしまう──
──だから彼の記憶からあなたを消して、あなたがいなくなれば、彼は安心して暮らせるの! ──
楽しそうな明るい声とは裏腹に、残酷な言葉に心がきゅうっとなる。
「……私、なんてことを……」
願ったわけじゃない。
祈ってもいない。
だけど私は、私の記憶だけを、彼の中から消してしまった。
「本当に、ひとりぼっちになっちゃった……」
見上げた夜空には、細い細い月がひとりぼっちで浮かんでいた。
ーー半年前。グローグの森ーー
ここで育った私にとっては庭のようなこの森は、薬草の宝庫だ。今日もいつものように薬の材料となる植物を獲りに来た。
誰かが怪我をした時、誰かが病気で倒れた時、私の作る薬が役に立つ。それが、この森で生きる私の、小さな誇りだった。
──誰か来るわ──
脳内に囁くような声が響いた。
姿は見えないけど、私にしか聞こえない精霊たちの声。
──嫌な感じの人間よ──
──気をつけて──
複数の声が忙しなく脳内で騒ぎ立てる。
私は持ち歩いていた小型ナイフを、胸の辺りで握りしめた。
──右よ! ──
その声にバッ! と勢いよく右を向いた。
振り向いた私とほぼ同時に、私のより大きなナイフを持った男が木陰から出てきた。
「……こんな森の中で、当たりを引くとはツイてる」
私の顔を、……特に瞳を、まじまじと見たあとで、男はニヤついた。その表情に、自然とナイフを持つ手に力が入った。
「なぁ、お嬢ちゃん。お前のその瞳は、宝石眼か?」
宝石眼ーーその言葉にドキリと胸が跳ねた。
私の……ダイヤモンドのような光を放つこの瞳のことは、決して人に知られてはいけないと、じじ様たちに言われていた。
「まぁどっちでもいい。お前くらい上玉なら、高く売れる」
そう言って男が一歩、一歩と近づいてくる。
手のナイフを、咄嗟に男の方へ向けた。
「ははっ! そんなので威嚇して、お嬢ちゃんが刺すってか?」
──もう一人、近づいてくるわよ──
仲間が来るのかもしれない。今のうちに逃げないと。後ずさりながら、そう思った。
その時ーー
「これはこれは。物騒な場面に出くわしてしまったな」
声の方に目をやると、もう一人、銀髪の男が立っていた。
「……痴話喧嘩だ。邪魔すんじゃねぇ」
「随分と血の気の多い痴話喧嘩だ」
銀髪の男は小さく笑う。
「とりあえず二人とも、そのナイフをしまうのはどうだろう」
「うるせぇ! お前には関係ねぇだろ!」
「それはどうかな。もしかしたら関係あるかもしれないだろう?」
そう言って、後から来た男は私の方を向いた。
「……この男、君の知り合い?」
銀の髪の隙間から覗く緑の瞳を細めて、その人は聞いてきた。
首を横に振ることで、彼に答えた。
「知らないそうだが、お前の言い分は?」
銀髪の男が、私から最初に来た男の方へ目をやった。
「だからつまんねぇ痴話喧嘩だ、って言ってんだろ? 拗ねてるだけだ。ほら、こっちに来い」
そう言って私に近づいてくる男に、思わず一歩、後ずさった。
「あー、そうだ。せっかくここで会ったんだし、俺の人探しに手を貸してくれないか?」
「人探しだと?」
銀髪の男の言葉に、ナイフを持った男はピタリと動きを止め、銀髪の男の顔を見た。
「最近、この辺りで人さらいが起こるらしいが……犯人に心当たりは?」
「……はっ! 知らねぇなぁ」
──嘘よ! ──
──この人間、嫌いだわ──
「そうなのか? 若く、綺麗な女性を狙ってるそうだから、お前かと思ったんだけどな?」
「……さっきからごちゃごちゃとうるせぇ男だ。怪我したくねぇなら、さっさと失せろ」
それまで私に向けていたナイフを、銀髪の男に向けた。私も思わず、ナイフを握る手に力が籠もった。
「そりゃあ、怪我はしたくないけどね」
そう言うが早いか、銀髪の男は素手でナイフの男に飛びかかった。
「こうもあからさまに胡散臭い男を放置して帰れるわけないだろう」
ほんの一瞬の出来事。
飛びかかったと思った瞬間、ナイフが空中に跳ね上がり、男の体は地についていた。
「……うっ……ぐっ……」
「予告してから攻撃するほど優しくないんでね。隙のあるうちに倒す主義だ。……ねぇ、君ハンカチか何か持ってない?」
私にそう聞いてくるから、持っていたハンカチを彼に差し出した。
銀髪の男はそのハンカチで、倒れた男の手を、後ろ手に器用に縛り上げた。
「……さて。君はここら辺の子かな?」
倒れている男を足で踏みつけている行動とは裏腹に、穏やかに笑いながら聞いてきた。
──優しい匂いがするわ──
──あなたと同じ、血の匂いがする──
今の踏みつけているという行動はどうかと思う。だけど精霊たちに「優しい」と言われる人は少ない。それに精霊たちは、匂いでよく人を判断するけど、私と同じ血の匂い、って……。
「もしかして俺も怪しまれたりしてるのかな? 」
黙っていた私に、男は頬を掻きながら言う。
「怪しい人間じゃないよ。俺は通りすがりの……便利屋ってところ」
──大丈夫。嘘は言ってないわ──
その言葉に、小さく息を吐いた。
「便利屋さんは、人探しのためにこんな森の中に来たの?」
「ははっ!」
私の言葉に、穏やかに、柔らかく男は笑う。何故笑ったのかと、その男を見上げ、真正面に捉えた。優しく細められた目が、私の瞳を捉えた瞬間、少しだけ驚いたように見開かれた。
でもその直後、また柔らかく穏やかな表情を向けられた。
「……君はとても綺麗な瞳をしてるね」
「え?」
「光の加減で、すごく輝いて見える」
その言葉に、咄嗟に目を逸らした。
青みがかった黒い長めの前髪を、瞳が隠れるように何度も触った。
「俺はコイツを連れてかなきゃいけないから、そろそろ行くけど、一人で帰れるかい?」
便利屋さんの言葉に頷いて返した。
「しばらくはこの森を出たところにある町の宿屋にいるから、用があったら訪ねておいで。ハンカチも返したいしね」
男の手をキツく縛り上げているハンカチの存在を、そこで思い出した。
「その時に、君の名前を教えてくれると嬉しいな」
そう言って便利屋さんは、縛り上げた男を連れて帰って行った。
──優しい空気の人間だったでしょ? ──
「……まぁ……優しい雰囲気の人だったね」
男を倒したあの一瞬の出来事や、そのまま逃げないように踏みつけていたところとかは、決して優しいだけじゃないと思うけど……。
でも、便利屋さんがいた場所は、穏やかな空気が流れていた。
──彼、顔が整ってたわ──
精霊の一人が楽しそうに口にした。
「しっ、知らないわよ! そんなこと」
──あなた顔が赤いわよ──
「うるさいな!」
精霊たちの笑い声が聞こえる。
──でもそれより──
精霊の一人が考えるような口調で言う。
──あなたと血の匂いが同じだったわ──
──だから彼は大丈夫よ──
「……その血の匂いって、」
私が聞き返そうとした時。穏やかな風が、髪を靡かせた。
──遅くなる前に帰りましょう?──
疑問を残しつつも精霊たちに促されるまま、家路についた。




