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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第一章

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第二話

帰宅後、じじ様、ばば様に宝石眼かを確認してきた男の話をした。

……私に両親はいない。

物心ついた頃には、この二人に育てられていた。


「ここも危ないのかもしれんな……」

「里から、だいぶ離れているのに……」


じじ様とばば様は口々に言う。

かつて精霊師の里が襲われた時のことをよく知っている二人は、私を隠すように育ててくれていた。

だから森での出来事を、酷く警戒した。

助けてくれた便利屋さんの話もしたけど、あまりいい顔をしなかった。

しばらくはあまり出歩かないようにしようと、その日は眠りについた。


それから数日後──


あれから、外出は控えていた。

薬草も採りに行けず、町にも売りに行けない。

じじ様たちの心配はわかるけど、少し、本当に少しだけ、窮屈に感じ始めていた。


──今日はいっぱい雨が降るわ──


空を見上げると、確かに雲が多い気はするけど雨が降りそうな気配はない。

でも精霊は嘘をつかない。


「今日はあんまり外に出ない方がいいかも」

「あら、そう? なら外でやらなきゃいけないことは早めに終わらせましょう」

「手伝うね」


嘘をつかない、ということは、


「やっぱり降ってきたね」


雨が降るということで。

その日はそのまま家にいることにした。

のんびりと過ごしていた時、


ドンドン


ドアをノックする音が聞こえた。


──彼だわ──


精霊の声に不思議に思いながら、玄関に向かった。


「……はい? 」

「すみません。近くの町から来たんですが、急に雨が降ってきて……。止むまでの間、雨宿りさせて頂けません、か……って、君はこの前の、」

「便利屋さん!」


ドアを開けた先には、先日私を助けてくれた便利屋さんが立っていた。


「まさかこんな風に会えるなんて思ってもいなかったから、ハンカチを忘れてしまった。いつでも渡せるように、綺麗に洗ってあるんだけどね」


緑色の瞳を細めて、便利屋さんは言う。


「アシャン? ……お知り合い?」


驚いて立ち尽くしていた私に、ばば様が声をかけてきた。


「ほら、この前助けてくれたって言った便利屋さんよ」

「はじめまして。雨が降ってきてしまい、しばらく雨宿りをさせて頂けたらと思って来ました」

「あらまぁ、ずいぶん濡れてるじゃない! 入ってもらって」


ばば様の言葉に、便利屋さんを家の中へ招いた。

部屋の中にいたじじ様が、いつも持ち歩いている折りたたみナイフが入っているポケットに、そっと手を当てたのが見えた。


「降り始めたと思ったら一気に土砂降りになってしまい、村まで戻るに戻れず……」


じじ様とも挨拶を交わした便利屋さんは、申し訳なさそうな顔で言った。


「……お前さんは、騎士か何かか?」


便利屋さんの腰に下がっている剣を見て、いつも以上に気難しい顔をしながら、じじ様が聞いた。


「そんな高尚な者じゃないです」

「傭兵か」


じじ様の言葉に眉をハの字にさせて、レオは笑った。


「剣士に苦い思い出でも?」

「若造に言うことなぞ何もないわい」

「ごもっともです」


どう好意的に見てもツンケンした態度のじじ様を、便利屋さんはさらりと受け流していた。


「先日、アシャンが助けてもらったとか……」

「たまたま通りかかっただけなんですけどね」


ばば様に返事をした後で、便利屋さんは私の顔を見た。


「君はアシャンて言う名前なの?」

「……アシャンティ、だけど、アシャンて呼ばれてるわ」

「じゃあ俺もアシャンて呼んでいい? 君に似合う、いい名前だね」


便利屋さんは柔らかく笑う。

名前を呼ばれた。

ただそれだけなのに、胸がどきりと跳ねた。


「オホン!」


じじ様が咳払いをした。

便利屋さんが困ったように笑ったのに気がついた。


「それにしても、なかなか雨が止まないですね」


──今日は止まないわよ──


「今日はもう止まないわ」


便利屋さんの声に、脳内に響いた声を、考えるよりも早く口にしていた。


「……アシャンは天気に詳しいの?」


レオは一瞬だけ不思議そうな顔をした後、穏やかに笑った。

その顔を見て、しまったと思った。

普通は、いつまで雨が続くか、わからないんだ……。


「ずっとここに居れば、どのくらい降りそうかくらいわかる」

「あー、なるほど。森の住人だから森の天気がよくわかるわけだ」


じじ様がとっさにフォローを入れてくれたけど……。

便利屋さんとあんまり話さない方がいいかもしれない……。


「じゃあ今日は泊まっていく?」


その提案に、私もじじ様も驚いてばば様の顔を見た。


「そうさせて頂けると助かります」


便利屋さんは柔らかく微笑んだ。

……良く笑う、穏やかな人だと思った。


「アシャンを助けてくれたのに、こんな雨の中帰せないわ」


驚いて言葉が出ない私と、眉間のシワがさらに深くなったじじ様に、ばば様は有無を言わせなかった。


「これ美味しいですね。香草が効いてる」

「アシャンが作ってくれたのよ」

「君は料理が上手いね」


笑顔で言う便利屋さんの言葉に、自然と俯いてしまった。

夕食の席で便利屋さんは、レオンハルトさんと言う名前だと教えてくれた。


「ならレオンハルトさんは、傭兵団の人ということなのかしら?」

「兵団というほどでもないですよ。幼馴染となんとなく作ったものに、少しずつ人が増えていっただけですから」

「傭兵なんぞ、ガラの悪い輩がする仕事だ」

「手厳しいなぁ」


そうは言いながらも便利屋さんは、じじ様の言葉を笑って流していた。

それから少し、便利屋さんが自分の話をしてくれた。

私の知らない話をしてくれる便利屋さんに、私も、それからばば様も、興味津々で話を聞いていた。

夕食後。


「あら大変。薪が足りないかもしれないわ。アシャン、取ってきてくれる?」

「うん、わかった」

「俺も手伝うよ」


薪を取りに行こうとしたら、便利屋さんが近づいてきた。


「すぐそこだから、大丈夫だけど……」

「でも一人より二人の方が早く終わるだろう?」


──あなたを助けたいのよ! 優しいわ──


精霊の囁きに、一瞬答えに詰まったけど……。


「じゃあ……、こっち」


便利屋さんに手伝ってもらうことにした。

雨の音だけが聞こえる。

水が跳ね、大地が受け止める。

そんな音だけが、辺りに響いていた。


「この森は静かで良い場所だね」


──そりゃあ、私たちがいるもの! 良い場所に決まってるわ! ──


その言葉に、クスリ、と笑ってしまった。


「なに?」

「……ううん。外の人にも良さがわかるんだって思ったの」


1つずつ薪を手にしては、便利屋さんに渡す。


「君はここが好き?」


──当たり前じゃない! ──


「……うん。好き……」


ここが嫌なわけじゃない。

むしろいろいろな話し声が聞こえる素敵な場所だから大好き。

でもこのままずっと、この森で暮らしていくのはどこか……窮屈だ。

だから「ずっといたいか?」と聞かれたら、ちょっと困る。

その言葉が喉までせり上がってきたけど、口をキュッと結んで飲み込んだ。

そして話題を変えようと、便利屋さんに話しかけた。


「便利屋さんは、」

「レオンハルト」


いつの間にか隣に来ていた便利屋さんの顔を見上げた。


「みんなからは、レオンて呼ばれてる。アシャンも気軽に名前を呼んで」


雨と薪の匂いが辺りを包み込んでいた。


「レオン、より、……レオ、は?」


穏やかな姿をよく見せる彼。

便利屋さんは、確かに強いと思う。

でも、私が見た彼は強いけど……、それ以上に優しい。


「レオ? そう呼ぶ人はいないけど、アシャンが呼びやすいように呼んでいいよ」


彼には、猛々しい呼び名よりも、柔らかで温かい響きがよく似合うと思った。


「それで? 俺が何?」

「……レオ、は、町の人じゃないわよ、ね? どこから来たの? 」


精霊たちも言っていた。

レオは顔が整っている、って。

私は普段森でじじ様、ばば様としかいないけど、それでもレオのような人が町にいたら、わかるんじゃないかと思う。


「ヴァルディアは知ってる?」

「……名前くらいは」

「俺はその交易都市から来たんだ」


ばば様は昔子供たちにちょっとした勉強を教えてたらしい。

だから森にいても、いつかの時に困らないようにって、最低限のことはばば様が教えてくれた。

その一つに、この王国の地図もあって、ヴァルディアはこの森の近くにある中で、一番人の多い大きな街だと聞いた。

この森のすぐ側の町とは全然違うらしい。


「ヴァルディアから、人探し?」

「ああ……。うーん……、詳しいことは言えないけど……。近頃誘拐事件が増えててね。その関連、てところだよ」

「……誘拐されるのは、女の人だけ?」

「いいや」


レオは腰に手を当て、私を見た。


「誘拐されるのは、綺麗な女の人だけだよ。君みたいな」


──愛を囁いているのかしら? ──

──あなたのこと、綺麗って言ってるんだわ! ──


その言葉に、カァッと顔に熱が集まった。


「か、からかわないで!」

「からかってなんかいないんだけどな」

「薪もこれくらいでいいから戻りましょう!」

「了解」


背を向け、家の中に戻ろうとした私の背に、レオの笑い声が響いた。

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