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『みちくさ先生の魔法学園改革記』1年目1学期「いつも赤字続き」編  作者: 風待 行燈
第1章 『華麗ならぬ改革元年』

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第8話 争奪戦の季節


 中間試験の結果が返された翌朝。


 魔法学園の廊下は、いつもより騒がしかった。


「おい、そこの一年!」


 呼び止められた少年が振り返る。


「お前、魔法実技は何点だった?」


「えっと、六十八点です」


「属性は?」


「陽火と陰土ですけど……」


「よし。放課後、第三練習場に来い」


「え?」


「神舞戦のチームに入れてやる」


 少年が返事をする前に、別の生徒が割って入った。


「待てよ。そいつには俺が先に声をかけてたんだ」


「今、初めて聞いたぞ」


「昨日から目をつけてたんだよ!」


「目をつけただけじゃ勧誘にならんだろ」


 二人は少年を挟んで睨み合った。


 少年は困った顔で、左右を見比べている。


 その横を、答案用紙を抱えたノアが通りかかった。


「……何をしてるんだろう」


「神舞戦の勧誘じゃ」


 答えたのはアルタンだった。


 いつの間にかノアの隣に立っている。


「この時期は毎年こうじゃ。知らんかったか?」


「知ってはいたけど、こんなに騒ぐものなの?」


「そりゃそうじゃろ。強い仲間がおるかどうかで、勝ち負けが変わるき」


 アルタンは廊下の向こうを指さした。


 そこでは、三人の生徒が一人の女子生徒を囲んでいた。


 エルフらしき美少女は何度も首を横に振っている。


「……断ってるみたいだけど」


「断る自由もあるき。じゃが、誘う方にも熱意がある」


「熱意って、あんなに囲まなくても……」


 そのとき、廊下の奥から怒鳴り声が響いた。


「だから、先に誘ったのはこっちだって言ってるだろ!」


「本人が決めることだろうが!」


 何かが床に落ちる音がした。


 続いて、短い悲鳴。


 アルタンが首を伸ばした。


「おっ」


「おっ、じゃないよ!」


 ノアが駆け出した。


 廊下の角では、二人の男子生徒が取っ組み合っていた。


 周囲の生徒たちは止める者と囃し立てる者に分かれ、騒ぎはますます大きくなっている。


「そこまでです!」


 鋭い声が響いた。


 フェリクスだった。


 生徒たちが一斉に振り返る。


「二人とも離れなさい。今すぐです」


 片方が手を離した。


 もう片方も、しぶしぶ相手の襟から指をほどく。


「神舞戦に出たい気持ちは分かります。しかし、暴力で仲間を決めるつもりですか」


「でも先生、こいつが――」


「事情は順番に聞きます。まず、怪我がないか確認しましょう」


 フェリクスは周囲の生徒にも声をかけ、廊下を空けさせた。


 騒ぎはひとまず収まった。


 ノアがほっと息をつく。


「よかった……」


「まだ朝じゃぞ」


 アルタンが言った。


「え?」


「今日一日で、あと何回あるかのう」


 ノアは答えられなかった。


 先ほどの少年は、いつの間にか別の上級生に声をかけられていた。


 ノアはその様子を少し眺めてから、手元の答案を鞄にしまった。


     *


「今年も始まりましたね」


 職員室で報告を受けたレオンは、苦笑した。


 机の向こうでは、フェリクスが疲れた顔で椅子に座っている。


「朝だけで二件です」


「二件?」


「一件は廊下での乱闘。もう一件は、勧誘を断った生徒を訓練場まで追いかけ回したそうです」


「……なかなか熱心ですね」


「熱心という言葉で片づけないでください」


「すみません」


 レオンは素直に頭を下げた。


 そこへグラディウスが書類を持って入ってきた。


「神舞戦の時期など、昔からこんなものだ」


「グラディウス先生」


「毎年、何人かは頭に血が上る。勝ちたいという気持ちまで否定する必要はないが、

 規則は守らせねばならん」


 フェリクスが頷いた。


「そのとおりです」


「もっとも、今日の二件で済めば上出来だろう」


「……まだ増えるんですか」


「増える」


 即答だった。


 レオンは窓の外を見た。


 中庭では、上級生らしい集団が一人の生徒に声をかけている。


 その少し離れた場所では、別の集団が様子をうかがっていた。


「それほど大切な行事なんですね」


「当然だ」


 グラディウスは書類を机に置いた。


「神舞戦は、個人の魔力だけで勝てるものではない。

 誰と組むか、どう戦うか。生徒たちは、その難しさを身をもって学ぶ」


「なるほど」


「ただし、殴り合いを推奨しているわけではないぞ」


「そこは分かっています」


 レオンが笑うと、フェリクスは深いため息をついた。


     *


 昼休み。


 食堂の一角で、フェイとメイが向かい合っていた。


 机の上には、パンとスープ、それから小さな金属製の筒が置かれている。


「ここを変えたら、もうちょい熱が逃げる思うねん」


「せやけど、そしたら中の結晶がずれるで」


「固定具を変えたらええやろ」


「それ作る時間があらへん」


 二人は昼食よりも金属筒に夢中だった。


 そこへ三人の上級生が近づいてきた。


「ちょっといいか」


 フェイが顔を上げる。


「なんや?」


「メイって、君だよね?」


「うち?」


「ああ。魔法実技の授業で見たんだ。魔力量Bランクで強化型も変化型も使えるんだろ?」


「使えるけど」


「神舞戦のチームは決まってる?」


「まだやで」


「だったら、一度うちの練習に来ないか。実際に動きを見せてもらいたいんだ」


 メイはフェイを見た。


「兄ちゃん、どうしよ」


「自分で決めたらええやん」


「せやけど、こっちの実験もあるし」


「一日くらい、わし一人でもできるわ」


 上級生が嬉しそうに言った。


「じゃあ、放課後に第三訓練場でどう?」


「うーん……見に行くだけでもええ?」


「もちろん」


 メイは頷いた。


 三人は集合時間を伝えると、別のテーブルへ向かっていった。


「神舞戦かあ」


 メイが呟いた。


「兄ちゃんは誰かに誘われた?」


「いや」


「そっか」


 メイはそれ以上聞かず、冷めかけたスープを飲んだ。


 フェイは金属筒を手に取った。


「ほな、固定具の話やけどな」


「うん」


「ここの幅を、あとちょい……」


 言いかけて、フェイは手を止めた。


 食堂の入口から、また別の生徒たちが入ってきた。


 彼らは周囲を見渡し、目当ての相手を見つけると足早に近づいていく。


 フェイはじっと、その様子を見ていた。


「兄ちゃん?」


「ああ、なんでもない」


 金属筒を机に戻す。


「続き、工房でやろか」


「もう食べへんの?」


「食べたで」


 皿には、パンが半分残っていた。


     

 午後の授業が終わる頃には、校内のあちこちに勧誘の紙が貼られていた。


 必要な属性。


 希望する学年。


 練習予定。


 中には、勝利を約束するような大げさな文句もある。


 ノアはその一枚の前で足を止めた。


『優勝を目指す者、求む』


 短い言葉だった。


 その下には、募集する役割がいくつか書かれている。


 ノアは一つずつ読んでいった。


 放出型。


 結界型。


 強化型。


 必要な魔力量の目安も記されていた。


 ノアは最後まで読んでから、ぐらりと横へ移動した。


 隣の掲示にも、似たような条件が並んでいる。


「おい、ノア!」


 声をかけられ、振り返った。


 同じ授業を受けている男子生徒だった。


「ちょっとそこ、見せてくれ」


「あ、うん」


 ノアが場所を譲ると、少年は掲示を眺めた。


「第三訓練場か。よし、行ってみよう」


「誘われたの?」


「ああ。昨日、上級生に声かけられてさ」


「そうなんだ。よかったね」


「まだ決まったわけじゃないけどな」


 少年は笑って手を振り、廊下を駆けていった。


 ノアも小さく手を振った。


 そのあと、もう一度掲示を見た。


 魔力量の目安の数字が、目に入った。


 しばらくして、ノアは鞄の紐を握り直した。


 廊下の向こうから、楽しそうな声が聞こえてくる。


 ノアはその声とは反対の方向へ歩き始めた。


     

 同じ頃。


 学長室には、三人の男がいた。


 机の向こうに座る学長マッテオ。


 その正面には、理事長であり大領主でもあるエドガーと、王国宰相ロデリックが腰を下ろしている。


 窓の外からは、遠く生徒たちの声が聞こえていた。


「今年も賑やかですな」


 マッテオが穏やかに言った。


 エドガーは窓へ目を向けた。


「鳳雛週間が近いからな」


「ええ。生徒たちも落ち着かなくなる頃です」


「落ち着かない、で済めばいいが」


 エドガーの声には、わずかに呆れが混じっていた。


「若者が勝利を求めて競い合う。それ自体は健全なことだ」


 ロデリックが言った。


 落ち着いた、よく通る声だった。


「だが、競争には規律が伴わねばならん。王国がこの学園に期待しているのは、優れた魔術師を育てることだけではない」


「承知しております」


 マッテオが答えた。


「指導は徹底いたしましょう」


 ロデリックは頷いた。


 エドガーが手元の書類を開く。


「さて。本題に入ろう」


 書類には、学園の収支状況がまとめられていた。


 しばらく紙をめくる音だけが続く。


「……相変わらず厳しいな」


 エドガーが言った。


「ええ」


 マッテオの返事は短かった。


「神舞戦の準備もある。これから支出はさらに増えるだろう」


「必要な経費ではありますが」


「それは分かっている」


 エドガーは書類を閉じた。


「千年続いてきた行事だ。軽々しく縮小しろとは言わん。

 しかし、続けるための方法は考えねばならない」


「その点については、王国としても同じ認識だ」


 ロデリックは書類に目を落としたまま続けた。


「この学園が積み重ねてきたものは、王国にとっても大きな財産だ。

 目先の収支だけで、その価値を損なう判断は望ましくない」


 エドガーが顔を上げた。


「では、宰相閣下は現状の維持を?」


「そうは言っていない」


 ロデリックは静かに答えた。


「価値あるものを守るためにこそ、変えるべきところは変えねばならん。

 何も変えずに続けられるのなら、そもそも我々がこうして集まる必要もないだろう」


 エドガーは束の間、ロデリックを見ていたが、やがて頷いた。


「……おっしゃるとおりですな」


「レオン先生が始めた取り組みについては、どうなっている?」


 王国宰相が学園長に尋ねた。


「まだ始まったばかりです。成果を判断するには、もう少し時間が必要でしょう」


「そうか」


 ロデリックは頷いた。


「新しい試みには、時間も失敗も必要だ。私は現場の判断を尊重したい」


「ありがとうございます」


「ただし、結果を確かめることも忘れてはならん。善意だけで制度は維持できないからな」


 マッテオは静かに頭を下げた。


 エドガーが再び書類を開く。


「次の理事会では、各方面の意見も聞こう。

教育の問題も、財政の問題も、ここにいる三人だけで決めるべきことではない」


「異論はない」


 ロデリックが答えた。


「多くの立場から意見を集めることには意味がある。だが、最後には責任を持って判断しなければならん。そのための理事会だ」


 窓の外から、ひときわ大きな歓声が響いた。


 エドガーが眉を寄せる。


「……今度は何だ」


 マッテオが窓の外を覗いた。


 中庭で、二つの生徒集団が向かい合っている。


 その間に、教師らしい人影が駆け込んでいった。


「どうやら、また勧誘のようですな」


「まったく……」


 エドガーは額に手を当てた。


 ロデリックも窓へ目を向けた。


「熱意を持つのは結構。だが、その熱意を正しく導くのが君たち教師の仕事だ」


 マッテオは穏やかに頷いた。


「ええ。そのとおりです」


 その頃、中庭では。


「ですから、手を出してはいけません!」


 フェリクスの声が響いていた。


 レオンはその隣で、逃げようとする生徒を呼び止めている。


 朱雀祭は、まだ始まってもいなかった。


---第8話完---


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