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『みちくさ先生の魔法学園改革記』1年目1学期「いつも赤字続き」編  作者: 風待 行燈
第1章 『華麗ならぬ改革元年』

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第7話 誰も知らない


 試験開始から、七分。


 カイルはペンを置いた。


 答案用紙には、名前と、いくつかの数字が書かれている。


 まだ一問目の途中だった。


 カイルは問題用紙を裏返し、椅子にもたれかかった。


 教室の前では、フェリクスが試験監督をしていた。


「カイル君」


 呼ばれても、カイルは顔を上げない。


「まだ時間は十分にありますよ」


 返事はなかった。


 フェリクスは、無意識に眉を寄せた。


 隣の列では、ダリオが問題用紙を眺めている。


 ぐるりと周りを見たあと、彼もペンを置いた。


 カイルが横目で見る。


 ダリオは小さく肩をすくめた。


 その後ろでは、トーマが頭を抱えていた。


 問題用紙を裏返してみる。


 何も変わらない。


 もう一度、表に戻す。


 やはり、何も変わらない。


 トーマは天井を見上げた。


 クラウディアは、淡々と答案に書きこんでいった。


 カイルたちの様子を気にすることもなく、黙々とペンを動かしている。


 教室には、紙をめくる音だけが響いていた。


    



 リュケイオン王立魔法学園の試験は、必ずしも学年ごとに行われるわけではない。


 必修科目の多くは学年別だが、選択科目には学年を問わず履修できるものが多い。


 同じ授業を受けていれば、一年生も五年生も、同じ問題に向き合う。


 そのため、試験期間中の教室には、年齢も背丈も違う生徒たちが当たり前のように並んでいた。


 今日は最終日、魔術基礎理論の中間試験の真っ最中。


 教室の後方には、まだ幼さの残る二年生がいる。


 その隣には、背の高い五年生が座っている。


 学年が違っても、問題は同じ。


 ただし、答案に向かう姿勢まで同じとは限らない。


 フェリクスは、教室を見渡した。


 必死に問題を解く生徒。


 何度も計算をやり直す生徒。


 早々に諦めたように机を見つめる生徒。


 そして、窓の外を眺めるカイル。


 フェリクスは、静かに息を吐いた。


     



「カイル君」


 試験が終わった廊下で、フェリクスが声をかけた。


 カイルは足を止めた。


 振り返りはしない。


「少し話があります」


 返事はなかった。


「答案をほとんど書いていませんでしたね」


 カイルは黙っている。


「分からない問題があることは、悪いことではありません。ですが、途中で考えることをやめてしまえば、できるようになる機会も失います」


 カイルは窓の外を見た。


「カイル君。聞いていますか?」


「……」


 フェリクスは言葉を選んだ。


「君なら、もっとできるはずです」


 カイルの目が、わずかに細くなった。


 だが、何も言わなかった。


「私は、君のことを心配して――」


 カイルは歩き出した。


「待ちなさい。まだ話は終わっていません」


 そのとき、ダリオが口を開いた。


「先生、次の試験が始まるけえ」


 フェリクスは時計を見た。


 確かに、次の試験開始まで時間がなかった。


「……分かりました。ですが、話は終わっていませんからね」


 カイルは振り返らなかった。


 ダリオが、フェリクスに軽く頭を下げる。


「すんません」


 そして、カイルの後を追った。


     



「また怒られとったな」


 ダリオが笑った。


 カイルは黙って歩いている。


「フェリクス、真面目じゃのう」


 返事はない。


「……まあ、悪い先生じゃないんじゃろうけど」


 カイルが、ちらりとダリオを見た。


「何じゃ?」


「……別に」


「そうかい」


 ダリオは笑った。


 その後ろから、トーマが追いついてきた。


「おい! お前ら、次の試験って何だっけ?」


「理系科目じゃ」


「……終わった」


「まだ始まっとらんわ」


 クラウディアもやってきた。


「何騒いでんのよ」


「いや、次の試験が理系って聞いてさ」


「時間割くらい見ときなさいよ」


「お前、真面目に試験受けてたよな」


「試験なんだから、当たり前でしょ」


「へえ、意外だな」


「何が意外なのよ」


 クラウディアは呆れたように言った。


「ほら、早く行くわよ。遅刻したら面倒なんだから」


 トーマは慌てて鞄を持ち直した。


「待てよ、クラウディア!」


 カイルとダリオは、その後ろをゆっくり歩いた。


    



 午後の魔法実技試験。


 カイルは、開始の合図と同時に動いた。


 陽木。


 陽火。


 陽土。


 三つの属性を素早く切り替え、指定された標的へ魔術を放つ。


 木の枝が標的の動きを止める。


 炎がその周囲を走る。


 土の壁が立ち上がり、反撃を遮った。


 最後の標的が崩れたとき、試験開始からほとんど時間は経っていなかった。


 見学していた生徒たちが声を上げた。


「速っ!」


「今、何回切り替えた?」


「すげえ……」


 カイルは手を下ろした。


 担当教師が記録用紙に何かを書き込む。


「結構です。次の方」


 カイルは演習場の端へ戻った。


 ダリオが笑う。


「やっぱ実技は違うのう」


 カイルは小さく肩をすくめた。


「筆記もそれくらい真面目にやりゃええのに」


「……うるせー」


「分かっとる、分かっとる。言うただけじゃ」


 ダリオは笑った。


 やや離れたところで、フェリクスが記録用紙に目を落としていた。


 カイルの実技は、確かに優秀だった。


 術式の切り替えも速い。


 魔力の使い方にも無駄が少ない。


 だからこそ、フェリクスには分からなかった。


 どうして、あれほどの能力を持ちながら、筆記試験には向き合おうとしないのか。


「……惜しいな」


 思わず、呟いた。


 隣にいたベルナルディが顔を上げた。


「カイル君のことですか?」


「はい」


「実技は見事でしたね」


「ええ。ですが、あの態度では……」


 フェリクスは言葉を切った。


 ベルナルディは、何かを思い出すように言った。


「難しい生徒だな」


「本当に」


「君は難しい仕事を押し付けられたが無理はしすぎないように」


「……もちろんです」


 フェリクスは記録用紙を閉じた。


「でも僕は教師ですから」


     



 その日の夕方。


 職員室では、試験答案の整理が進んでいた。


 フェリクスは、カイルの答案を机に置いた。


 ほとんど白紙に近い。


 隣には、実技試験の評価表がある。


 そこには、高い評価が並んでいた。


「……どうしてなんでしょうね」


 フェリクスが呟く。


「何がですか?」


 レオンが声をかけた。


「カイル君です」


 フェリクスは答案を見せた。


「実技では、あれほど優秀なのに」


 レオンは紙を眺めた。


「そうですね」


「筆記では、ほとんど何も書かないんです」


「……なるほど」


「勉強が苦手なのかと思っていました。でも、実技での判断は速い。術式の理解も、決して浅くないはずです」


 フェリクスは眉を寄せた。


「なのに、なぜ……」


 レオンはゆるりと顎をつかんだ。


「本人には聞いてみましたか?」


「もちろんです」


「何と?」


「……何も」


 フェリクスは苦笑した。


「ほとんど答えてくれません」


「そうですか」


「私の話を聞いているのかどうかさえ、分からないことがあります」


 レオンは、じっと答案を見つめた。


「……そうかもしれませんね」


「先生は、どう思われますか?」


「まだ、分かりません」


 フェリクスは顔を上げた。


「分からない、ですか」


「ええ。試験の答案だけでは、分からないこともありますから」


 フェリクスはささやくように言った。


「……それは、そうですが」


「ただ、フェリクス先生が心配されるのは、もっともだと思います」


 レオンは答案を返した。


「できることがあるのに、試そうともしない。それを放っておくのは、教師として難しいですよね」


「はい」


「でも、どうして試そうとしないのか。それは、まだ分かっていません」


 フェリクスは、白紙の答案を見た。


 しばらくして、静かに頷いた。


「……もう少し、話してみます」


「ええ」


 レオンは微笑んだ。


「ただ、無理はなさらないでください」


「分かっています」


 フェリクスは答えた。


 その声には、少なからぬ疲れが滲んでいた。


     



 翌朝。


 廊下で、フェリクスはカイルを見つけた。


「カイル君」


 カイルは足を止めた。


「ちょっと、話をしませんか」


 返事はない。


「昨日の試験について、いくつか聞きたいんです」


 カイルは、フェリクスを見た。


 ほんの一瞬だけ。


 そして、何も言わずに歩き出した。


「カイル君」


 フェリクスが呼ぶ。


 だが、カイルは振り返らなかった。


 隣を歩いていたダリオが、とりなすように曖昧な表情を浮かべた。


「……すんません、先生」


 フェリクスは、二人の背中を見送った。


 廊下には、朝の光が差し込んでいた。


 試験は終わった。


 けれど、教師と生徒の間にある問題は、まだ何一つ終わっていなかった。



 ---第7話完---


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