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『みちくさ先生の魔法学園改革記』1年目1学期「いつも赤字続き」編  作者: 風待 行燈
第1章 『華麗ならぬ改革元年』

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第5話 小さな光の発明家

 

 その頃、学園の実習室は、大人たちの苦労など知らず、今日もいつも通り騒がしかった。


 最初は、ほんの一瞬だった。


 机の上で、小さな光が灯った。


「……ついた」


 フェイが呟いた。


「ついたで、兄ちゃん!」


 メイが跳び上がる。


 淡い黄色の光は、二人の顔を照らした。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 ぱちん。


 光が消えた。


 同時に、装置の隙間から白い煙が立ち上り、何かが弾けるような音とともに、ガラスの割れる音が響いた。


「……あかん」


「また煙出たなあ」


「また、言うな」


「だって昨日も出たやん」


「昨日とは原因が違うねん」


「煙は一緒やで?」


 フェイは反論しようとして、やめた。


 確かに煙は一緒だった。




 リュケイオン王立魔法学園では、中間試験が近づいていた。


 廊下には試験範囲の掲示が並び、図書室の席は朝から埋まり、

 食堂では食事をしながら教科書を読む生徒が増えていた。


 もっとも、全員が勉強しているわけではない。


「兄ちゃん、魔法理論の試験、来週やで」


「分かっとる」


「昨日もそう言うてた」


「ちゃんと分かっとる」


「ほな、教科書どこ?」


「……そこらへん」


 メイは実習台を見回した。


 工具。


 銅線。


 魔晶石の欠片。


 焦げた布。


 用途の分からない歯車。


 そして、紙の山。


「どこにもあらへんで」


「……昨日まではあったんや」


「昨日、兄ちゃんが机の脚の下に挟んでた本、あれちゃう?」


 フェイは机の下を覗いた。


 脚の一本が短い実習台を支えているのは、分厚い『魔法理論概説・第三学年』だった。


「……あったわ」


「よかったなあ」


「よくないわ!」


 フェイは慌てて本を引き抜いた。


 実習台が傾いた。


 積み上げてあった部品が、一斉に滑り落ちる。


 がらがらがらっ!


「兄ちゃん!」


「分かっとる!」


 二人は同時に床へ飛び込んだ。


 部品が散乱した実習室に、沈黙が続いた。


「……メイ」


「何?」


「試験勉強、しよか」


「せやな」




 学園の授業は、すべての生徒が履修する必修科目と、

 指定された分野から選ぶ選択科目、さらに各自の興味で履修する自由選択科目に分かれていた。


 魔法学園という名前ではあるが、必修科目の大半が魔法に関するもの、というわけではない。


 歴史、数学、語学、自然科学。


 学年が上がるほど、学べる分野は広がっていく。


 そのため、生徒によって試験の時間割も違っていた。


「兄ちゃん、今年も機械設計取ってるん?」


「当たり前や。去年の続きがある」


「魔法理論と試験日、同じやん」


「時間は違うやろ」


「勉強する時間は同じやで」


「……痛いとこ突くなあ」


 メイは自分の時間割を広げた。


 二年生の必修科目に加え、材料加工の基礎を選択している。


「うちは加工実習の試験もあるんや」


「そっちは得意やろ」


「実技はな。筆記があかん」


「なんでや。ちゃんと作れるやないか」


「作り方は分かるねん。でも『加工方法を文章で説明せよ』って言われると、

何書いたらええか分からへん」


「図描いたらええやん」


「文章で、言うてるやろ」


「……難儀やな」


 二人は顔を見合わせた。


 それから、同時にため息をついた。





「試験勉強で困っちゅう人は、おらんかえ!」


 廊下から威勢のいい声が響いた。


 アルタンだった。


 両腕いっぱいに紙束を抱えている。


「主要科目の予想問題集! 一冊三十銅貨、二冊なら五十銅貨!」


「また商売かいな」


 メイが顔を出す。


「また、とは失礼じゃのう。これは学習支援事業ぜよ」


「売っとるだけやん」


「勉強する人を助けゆうがじゃき、立派な支援じゃろ?」


 アルタンは胸を張った。


 その後ろから、ノアが顔を覗かせる。


「こんにちは。何をしてるんですか?」


「発明や」


「試験勉強や」


 フェイとメイが同時に答えた。


 ノアは目を瞬かせた。


「……どっちですか?」


「両方や」


「どっちも進んでへんけどな」


 アルタンは実習台の上を見た。


「何これ?」


「魔導灯や」


「灯り?」


「せや。魔力を持たん人でも、魔術師に頼らず使える照明を作りたいんや」


「へえ!」


 アルタンの目が輝いた。


「それ、売れるがじゃないか?」


「まだ売れへん」


「いくらで作れるが?」


「まだ分からへん」


「何時間点くが?」


「……三秒」


「三秒!?」


「正確には、三秒くらいや」


「それ、灯りっちゅうより合図じゃないがか?」


 メイが吹き出した。


「うちもそう思う!」


「笑うなや!」


 フェイは赤くなった。


「三秒点いたんやで。昨日までは一秒も点かへんかったんや!」


 ノアが装置を覗き込む。


 小さな魔晶石を中心に、細い金属線が複雑に巻かれていた。


「これ、魔力を中にためてるんですか?」


「いや、ためるんやなくて、流れを整えてるんや。魔晶石に刻んだ術式が光を作るんやけど、どうも途中で流れが乱れる」


「乱れる?」


「せや。せやから熱が出る。熱が出るから部品が傷む。部品が傷むから、もっと乱れる」


「悪循環ですね」


「……そういうこっちゃ」


 アルタンが顎に手を当てた。


「ほんなら、もっと大きな魔晶石を使うたらどうじゃ?」


「高い」


「じゃあ、太い金属線は?」


「今度は光らへん」


「別の金属は?」


「試した」


「何種類?」


「……十七」


 アルタンは黙った。


 メイが笑う。


「兄ちゃん、こういうことだけは根気あるねん」


「こういうことだけ、言うな」




「ずいぶん賑やかですね」


 扉のところにレオンが立っていた。


「レオン先生!」


 ノアが振り返る。


「廊下まで声が聞こえていましたよ。何かあったんですか?」


「兄ちゃんの発明が、また煙出したんです!」


「メイ!」


「煙?」


 レオンの表情が変わった。


「火傷はしていませんか?」


「大丈夫です。実験は止めて、装置も冷ましてあります」


 フェイが答えた。


「そうですか。それならよかった」


 レオンは机の上の魔導灯を眺めた。


「これは何に使うものですか?」


「魔導灯です。魔術師やなくても使える照明を作りたいんです」


「なるほど。どんな場所で使ってもらいたいんですか?」


「どんな場所……」


 フェイはうろたえた。


「家とか、店とか……夜に明かりが欲しい場所です」


「それなら、使う人は毎回、魔晶石を交換するんでしょうか?」


「……いえ。できれば、交換せんでも長く使えるようにしたいです」


「持ち運ぶこともありますか?」


「そら、できた方がええです」


「熱くなっても大丈夫ですか?」


「それはあかん!」


 メイが即答した。


「持った人が火傷してまう!」


 レオンは頷いた。


「では、明るさだけでなく、持ちやすさや安全性も大切ですね」


 フェイは黙って装置を見つめた。


 今まで、どうすればもっと明るく光るかばかり考えていた。


 もちろん、熱の問題も分かっていた。


 だが、それは回路の不具合として考えていた。


 使う人が持ったとき、どうなるのか。


 そこまでは、あまり想像していなかった。


「……兄ちゃん」


 メイが小声で言った。


「何や」


「持つとこ、作り直そか」


「……せやな」


 レオンは微笑んだ。


「ところで、皆さん」


「はい?」


「来週、中間試験ですよね?」


 四人が固まった。


「……もちろん、分かってます」


 フェイが答えた。


「それなら安心しました」


 レオンはそう言って、実習室を出ていった。


 扉が閉まる。


 いくらかの沈黙の後、アルタンが呟いた。


「……今の、試験勉強せえっちゅう意味じゃろ?」


「たぶん」


 ノアが答えた。


 メイは兄を見た。


「兄ちゃん」


「……分かっとる」





 その日の夜。


 実習室には、再び四人の姿があった。


 試験勉強は、一応した。


 もっとも、始めて十分もしないうちに、フェイが教科書を閉じた。


「……あかん。ここ、何回読んでも分からへん」


「兄ちゃん、さっきも同じとこ読んでたで」


「分かっとるわ」


「そこ、式の順番を入れ替えると分かりやすいですよ」


 ノアが隣から声をかけた。


「え?」


 ノアは紙を一枚取り、途中の計算を省かずに書き始めた。


「この式は、先にこちらを求めるんです。そうすると……」


「……ああ! そういうことか!」


 フェイが顔を上げる。


「ノア、教えるん上手いなあ」


「いえ、僕も最初は間違えましたから」


「ほな、うちのも見て!」


 メイが答案を差し出した。


「加工方法を文章で説明するん、苦手やねん」


「それなら最初に作業の目的を書いて、それから手順を説明するといいと思います」


「なるほど!」


 アルタンも椅子を寄せてきた。


「ノア、こっちの問題も頼めるかえ?」


「いいですよ」


「……おまん、先生になれるがじゃないか?」


「えっ?」


 ノアは驚いたように顔を上げた。


 三人は、もう次の問題を広げていた。


 それからしばらく、実習室には紙をめくる音と、時折交わされる質問の声が続いた。


 フェイが式を解き直し、メイが文章を書き直し、アルタンが問題集の誤植を二つ見つけた。


「ノア、こっちはどうや?」


「そこは合ってます」


「よっしゃ!」


「ノア、うちの文章は?」


「さっきよりずっと分かりやすいです」


「やった!」


「ノア、これも教えて!」


「アルタン、それは答えが次のページに載ってますよ」


「……ほんまじゃ」


 笑い声が上がった。


 ノアも一緒に笑った。





「……ちょっとだけ、試してええか?」


 休憩時間になると、フェイが言った。


「ちょっとだけやで」


 メイが答える。


 実習台の上には、組み直された魔導灯があった。


 持ち手には断熱材が巻かれ、熱を逃がすための隙間も増えている。


「見た目、だいぶ変わりましたね」


 ノアが言った。


「メイが直してくれたんや」


「兄ちゃんの最初のやつ、持つとこまで熱うなってたからな」


「……あれは試作品や」


「これも試作品やろ?」


「そうやけど」


 フェイは言い返せなかった。


 ノアが装置に手を近づける。


「僕、何か手伝えますか?」


「ほな、魔力の流れを見てもらえるか?」


「はい」


 フェイは魔晶石に、ごく少量の魔力を流した。


 小さな光が灯った。


「ついた!」


 メイが身を乗り出す。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 光は消えない。


「……四秒」


 フェイが数える。


 五秒。


 六秒。


 七秒。


「兄ちゃん!」


「まだや。まだ喜ぶな」


 八秒。


 九秒。


 十秒。


 ぱちん。


 光が消えた。


 四人は、しばらく黙っていた。


「……十秒」


 ノアが呟いた。


「十秒や!」


 メイが叫んだ。


「さっきの三倍以上やで!」


「三倍言うても、十秒やけどな」


 フェイは苦笑した。


 アルタンが腕を組む。


「十秒じゃ、まだ売れんのう」


「分かっとるわ!」


「けんど、三秒よりはええろう」


「そらそうや」


「ほんなら、明日は二十秒を目指したらどうじゃ?」


「簡単に言うなあ」


 フェイは装置を手に取ろうとして、慌てて手を引っ込めた。


「あっつ!」


「兄ちゃん!」


「……まだ熱いわ」


 メイが呆れた顔をする。


「そこ、全然直ってへんやん」


「……せやな」


 フェイは笑った。


 メイも笑った。


 ノアも、アルタンも笑った。


 やがて四人は机を囲み、また装置を覗き込んだ。


「兄ちゃん、ここの部品、もうちょっと離したらどうやろ」


「それやと魔力の流れが……いや、待てよ」


「ノア、さっき光が消える前、何か見えた?」


「少しだけ、流れが揺れた気がします」


「揺れた?」


「はい。僕が手を近づけたときにも、少し……」


「……手を?」


 フェイが顔を上げた。


 ノアはもう一度、装置に手を近づけた。


 消えていたはずの魔晶石が、かすかに明滅した。


「……あれ?」


 フェイは目を細めた。


「今、何も流してへんで?」


「僕も魔術は使ってません」


 メイが覗き込む。


「壊れたん?」


「……分からへん」


 フェイは紙を引き寄せた。


 そして、何かを書き始めた。


 「兄ちゃん、試験勉強は?」


 「……これだけ記録したらやる」


 「ほんまに?」


 「ほんまや」


 メイは疑わしそうに兄を見た。


 だが、すぐに自分も紙を一枚取った。


 「ほな、うちは部品の位置、描いとくわ」


 「頼む」


 窓の外では、夜の闇が校舎を静かに包んでいた。


 実習室の机には、まだ熱を持った小さな魔導灯が置かれている。


 フェイは図面に線を引いた。


 メイはその横に、部品の形を書き足した。


 二人の作業は、夜が更けるまで続いた。




 ---第5話完---




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