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『みちくさ先生の魔法学園改革記』1年目1学期「いつも赤字続き」編  作者: 風待 行燈
第1章 『華麗ならぬ改革元年』

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第3話 小さな商人と大きな拳

  王立魔法学園の中央回廊には、昼休みになると小さな市場が現れる。


 もちろん、正式な市場ではない。


 生徒たちが教科書を貸し借りし、余った文房具を交換し、試験の情報を売り買いする。


 その一角で、ひときわ小さな少年が声を張り上げていた。


「さあさあ、今週の実技試験対策じゃ! 出題傾向から術式の注意点まで、これ一冊でばっちりぜよ!」


 アルタン。


 三年生。


 ホビット族の少年だった。


 背丈はノアの胸ほどしかない。だが、声の大きさでは誰にも負けていなかった。


「一冊三十銅貨! 二冊なら五十銅貨! 今なら特別に、先生の口癖一覧も付けるぜよ!」


「それ、何に使うの?」


 通りかかった女子生徒が尋ねた。


「試験で役立つがよ」


「口癖が?」


「『ここは重要です』と言うたところには、だいたい印が付いちゅう」


「……それって、普通に授業を聞けばよくない?」


「それを言うたら商売にならんき!」


 周囲から笑いが起きた。


 アルタンは笑顔で本を差し出した。


「ほら、見てみいや。ちゃんと整理しちゅうろう?」


 女子生徒は数ページめくった。


「あ、これ結構分かりやすい」


「じゃろ?」


「一冊ちょうだい」


「毎度あり!」


 アルタンは銅貨を受け取り、小さな鞄へしまった。


 その様子を、離れた場所から三人の生徒が見ていた。


「……またやっとるわ」


 眼鏡をかけた小柄な男子生徒が呟いた。


 フェイだった。


 三年生。


 ドワーフ族の少年である。


 背は低いが、手は大きい。指先には、工作でついた細かな傷がいくつも残っていた。


「アルタン先輩、商売うまいなあ!」


 隣で、メイが目を輝かせた。


 二年生のドワーフ族の少女だ。


 フェイよりさらに小柄だが、よく動く大きな目と、落ち着きなく揺れる髪が印象的だった。


「でも、あの資料って、授業のノートをまとめただけやろ?」


「それが売れるんやから、すごいんやろな」


 フェイが答えた。


 もう一人、二人の隣に立っていたノアが、感心したように言った。


「僕、あんなふうに人前で話せないな……」


「ノアは緊張しいやもんなあ」


 メイが笑った。


「うん……」


「でも、魔法の練習は頑張っとるやん!」


「……ありがとう」


 ノアは照れくさそうに笑った。


 そのとき、アルタンが三人に気づいた。


「おお! ちょうどええところに!」


 鞄を抱えて駆け寄ってくる。


「フェイ、例の道具はできたがか?」


「……まだや」


「まだ?」


「昨日頼まれたばっかりやろ!」


「商売には速度が大事ぜよ」


「作る方にも都合があるんや!」


 フェイが眉をひそめた。


 アルタンは、あっさり笑った。


「まあ、急がんでもええき。できたら教えてくれや」


「どっちやねん……」


 メイが吹き出した。


「何作っとるん?」


「紙をきれいに切る道具や」


 フェイが答えた。


「アルタンが、資料をもっと早う作りたい言うてな」


「へえ! 便利そう!」


「まだ試作中やけどな」


 アルタンは胸を張った。


「完成したら、わしの商売も大きくなるぜよ!」


「アルタン先輩、もう十分売れとるやん」


「まだまだじゃ。目指すは学園一の商人ぜよ!」


 ノアは感心する。


「すごいなあ」


「ノアも何か売ってみるか?」


「僕が?」


「そうじゃ。得意なことを商売にするがよ」


「……得意なこと、か」


 ノアは自分の右手を見る。


 アルタンも、その手に目を向けた。


「光の術式、昨日より長うなったがじゃろ?」


「……うん。四秒」


「一秒も伸びたがか!」


「でも、まだ四秒だよ」


「昨日より長いなら、ええことじゃろ」


 ホビットの少年はうなずきながら話す。


「商売も魔法も、一日で大儲けとはいかんきね」


     


 昼休みの終わりが近づいた頃。


 中央回廊の向こうから、数人の上級生が歩いてきた。


 カイルたちだった。


「じゃけえ、肩が上がっとる言うたじゃろ」


 カイルがつぶやいた。


「分かっとるわ!」


 ダリオが答える。


「ほんなら直せや」


「直そうとしとるんじゃ!」


「さっきも上がっとったで」


「見とったんなら、はよう言えや!」


「今言うとる」


「そういうことじゃなかろうが!」


 短髪の女子生徒が苦しそうに腹を抱える。


「もう、アンタたち朝からそればっかり!」


「笑うなや!」


「だって、昨日から何回同じ話してんのさ」


 その横では、姿勢のいい男子生徒が悠然と歩いていた。


「ふむ。技術の習得には反復が必要だからね。僕ほどの才能があれば、一度の助言で十分だが」


「アンタ、昨日の実習で転んでたじゃん」


「……あれは床の状態を確認していただけだ」


「寝っ転がって?」


「全身でだ」


 女子生徒がまた笑った。


 カイルは呆れたように前を向いた。


 その視線が、アルタンたちに止まる。


「……何しよるんじゃ」


 アルタンは顔を上げた。


「商売ぜよ」


「見りゃ分かるわ」


 ダリオが答えた。


「こんなところで店広げて、邪魔じゃろ」


「通れるようにしちゅうき、問題ないがよ」


「口の減らんやつじゃのう」


「商人は口が商売道具じゃき」


 アルタンはにっこり笑った。


 ダリオが眉をひそめる。


「……何じゃ、その顔」


「商売用の笑顔ぜよ」


「腹立つのう」


「そう言わんと、一冊どうじゃ?」


 アルタンは冊子を差し出した。


「今週の試験対策、三十銅貨!」


「いらんわ」


「二冊なら五十銅貨!」


「話聞いとるんか!」


 女子生徒が吹き出した。


「いいじゃん、ダリオ。買ってやれば?」


「何でわしが!」


「昨日負けたんだから、勉強した方がいいって」


「まだ言うか!」


 アルタンの目が輝く。


「おお、昨日の模擬戦の人じゃったか!」


「……あ?」


「レオン先生に負けた人!」


 ダリオの顔が引きつった。


「お前……」


「見ちょったぜよ! あの先生、すごかったのう!」


 ノアが慌ててアルタンの袖を引いた。


「アルタン、もういいよ……」


「何じゃ?」


「その話は……」


 ダリオは大きく息を吐いた。


「……まあ、負けたんは事実じゃけえ」


 アルタンはおやっと、意外そうな顔をした。


「おお、潔いのう」


「うるさいわ」


 騒がしい生徒が横から口を開いた。


「お前、魔力量は?」


「わしか?」


「ほかに誰がおるんじゃ」


「Aランクぜよ」


 周囲がすっと静かになった。


 ダリオが目を丸くした。


「……A?」


「そうじゃ」


「その体で?」


「体の大きさは関係ないろう」


 アルタンは胸を張った。


「わしは幻術なら、ちょっとしたもんぜよ」


「幻術?」


 ダリオが聞き返した。


「ほかは?」


「使えん」


「……は?」


「幻術以外は、さっぱりじゃ」


 ダリオが吹き出した。


「何じゃそりゃ!」


「笑うことないろう!」


「Aランクで幻術だけって、どんな偏り方しとるんじゃ」


「偏りも才能のうちぜよ!」


 アルタンが言い返した。


 ダリオは、ホビット族の少年を見下ろした。


「それで、実戦じゃどうするんじゃ」


「幻術で勝つ」


「相手に見破られたら?」


「見破られんようにする」


「それだけか」


「それだけで十分ぜよ」


 ダリオは鼻で笑った。


「……楽なもんじゃのう」


 アルタンの笑顔が消えた。


「何がじゃ」


「幻術だけ使うて、あとは口で勝ったつもりか」


「……」


「実戦じゃ、そんなもん通用せんこともあるんじゃ」


 甲高い声の生徒が横から言った。


「まあ、魔力量が多けりゃええっちゅうもんでもないしのう」


 アルタンは鞄を抱え直した。


「そっちこそ、魔力量だけで人を見よるがか?」


「誰もそんなこと言うとらんじゃろ」


 ダリオは声を一段と荒げた。


「言うちゅうように聞こえたき」


 アルタンは畳みかけた。


「魔法が得意な人もおれば、商売が得意な人もおる。自分の得意なことで頑張ればええろう?」


「金がないなら、稼ぐ方法を考えたらええ。工夫すれば、道はいくらでもあるがよ」


 カイルの目が細くなった。


「……もう一遍、言うてみい」


 ここまで黙って聞いていたカイルが急に口を開いた。


「え?」


「今、何言うた」


「金がないなら、工夫して――」


「黙れ」


 低い声だった。


 アルタンは眉をひそめた。


「何じゃ、急に」


「何も知らんくせに、偉そうに言うな」


「わしだって、商売で努力しゆうがよ!」


「……」


「稼げんのを、努力せん言い訳にするんは違うろう?」


 ダリオが口を開いた。


「おい、アルタン。もうやめとけ」


「何でじゃ?」


「ええけえ、やめとけ」


 カイルは黙っていた。


 短髪の女子生徒も、笑うのをやめていた。


 そのとき、威勢のいい生徒が口を挟んだ。


「まあ、努力の話なら、まずは自分の実力を考えるべきだろうね」


 アルタンが振り向いた。


「何が言いたいがじゃ」


「Aランクで幻術しか使えない君と、Fランクの二人。なかなか面白い組み合わせじゃないか」


 ノアが俯いた。


 フェイも黙りこむ。


「魔力量十二だって? それでは魔術師になるのも大変だろう」


「……やめてよ」


 メイがつぶやいた。


「何だい?」


「そういう言い方、ひどいやん!」


 口数の多い男子生徒は肩をすくめた。


「事実を言っただけだよ」


「事実なら何言うてもええんか!」


 フェイが声を荒げた。


 アルタンは、ゆっくり鞄を地面に置いた。


「……取り消せ」


「何を?」


「今の言葉ぜよ」


「なぜ?」


「わしの友達を馬鹿にするな」


 彼らは笑った。


「友達? 落ちこぼれ同士で仲良くしているのかい?」


 アルタンの顔から表情が消えた。


「……もう一遍言うてみい」


「アルタン!」


 ノアが袖をつかんだ。


 アルタンは、その手を振りほどいた。


 回廊の壁際に、清掃用の木の棒が立てかけられていた。


 アルタンがそれをつかんだ。


「おい!」


 ダリオが叫んだ。


 アルタンは棒を振り上げた。


 目の前にいる男子生徒へ踏み出す。


 だが、その間にカイルが入った。


「やめえ!」


 アルタンの振り下ろした棒を、カイルが腕で受けた。


 鈍い音がした。


「――っ!」


 カイルが顔をしかめる。


 次の瞬間。


 カイルの拳が、アルタンを打った。


 小さな体が横へ飛ぶ。


 アルタンは石畳に転がった。


「アルタン!」


 ノアが叫んだ。


 棒が床を滑っていく。


 カイルは一歩踏み出した。


 アルタンが起き上がろうとする。


「……まだ、やるがか」


 アルタンは、カイルを睨みつけた。


 カイルの拳が握られた。


「カイル!」


 ダリオが腕をつかんだ。


「もうええ!」


「離せや」


「もう終わっとる!」


 短髪の女子生徒がアルタンの方へ駆け寄った。


「ちょっと! 大丈夫!?」


 アルタンは答えなかった。


 ノアとメイが、そのそばにしゃがみ込む。


 フェイは、落ちた棒を見つめていた。


     


「全員、その場を動くな!」


 鋭い声が回廊に響いた。


 グラディウスだった。


 長年、実技指導を担当してきたエルフ族の教師である。


 銀色の髪の間から、細く尖った耳が覗いていた。


 その後ろから、もう一人の教師が歩いてきた。


 ベルナルディ。


 柔らかな表情をした、年配の教師だった。


 「カイル、まずは落ち着きなさい」


 穏やかにカイルとダリオをアルタンたちから引き離した。


 グラディウスは、まず倒れているアルタンを見た。


「負傷者か」


「……はい」


 ノアが答えた。


「どこを打った」


「顔と、背中を……」


「医務室へ連絡しろ。無理に立たせるな」


「はい!」


 メイが駆け出した。


 グラディウスは床に落ちた棒を見た。


「これを使った者は誰だ」


 沈黙が落ちた。


「……わしです」


 アルタンが痛々しく答えた。


「理由は後で聞く」


 グラディウスは棒を拾い上げた。


「殴った者は?」


 カイルが前へ出た。


「……わしです」


「名前を」


「カイルです」


「学年」


「五年」


「相手は三年生だな」


「……はい」


 グラディウスはカイルを見つめた。


「上級生として、恥ずかしくないのか」


 カイルは答えなかった。


「先生」


 ダリオが口を開いた。


「先に棒で殴りかかったんは、そいつです」


「それも確認する」


 グラディウスは言った。


「だが、反撃なら何をしてもよいということにはならん」


「……」


「全員、後ほど事情を聞く。勝手に帰ることは許さん」


 その横で、ベルナルディがアルタンのそばにしゃがんだ。


「痛みますか?」


「……痛いぜよ」


「そうでしょうねえ」


 ベルナルディは穏やかに言った。


「頭は打ちましたか?」


「……分からん」


「では、医務室で診てもらいましょう」


 アルタンは小さくうなずいた。


 ベルナルディは、そばにいたノアにも声をかけた。


「君も、ずいぶん驚いたでしょう」


「……はい」


「大丈夫。先生たちがいますから」


 ノアはうなずいた。


 グラディウスが周囲を見渡した。


「見物は終わりだ。全員、授業へ戻れ!」


 生徒たちが散っていく。


 ベルナルディは、その背中を見送りながら言った。


「元気があるのは、悪いことではないんですがねえ」


「元気と暴力は別です」


 グラディウスが即座に答えた。


「ええ、もちろん」


「今回は、棒まで使っているのです。大怪我になっていてもおかしくなかった」


「そうですね」


 ベルナルディは静かにうなずいた。


「だからこそ、まずは双方の話を丁寧に聞きましょう」


 グラディウスは、何も言わなかった。


     


 騒ぎを聞いて駆けつけたレオンが医務室へ入ると、アルタンは寝台に横になっていた。


 頬には湿布。


 腕にも包帯が巻かれている。


 ノア、フェイ、メイが、そのそばにいた。


「具合はどうですか?」


 レオンが尋ねた。


「……商売は、しばらく休業ぜよ」


 アルタンが答えた。


「それは困りましたね」


「……ほんまに困るがよ」


 フェイがため息をついた。


「当たり前やろ。棒なんか振り回すからや」


「……分かっちゅう」


「分かっとるなら、最初からやめとき!」


 メイも怒った。


「アルタン先輩、無茶しすぎや!」


「……ごめん」


 アルタンは小さく言った。


 ノアが俯いた。


「僕のせいで……」


「違う」


 アルタンが答えた。


「わしが勝手に怒ったがじゃ」


「でも……」


「ノアは悪うない」


 レオンは椅子を引き、寝台の横に座った。


「アルタン君」


「……はい」


「事情は、グラディウス先生から聞きました」


 アルタンは目を伏せた。


「棒で殴りかかったそうですね」


「……はい」


「危険なことです」


「……分かっちゅう」


「相手が大怪我をしていたかもしれません」


「……はい」


 しばらく沈黙が続いた。


 レオンは続けた。


「友達を馬鹿にされて、腹が立ったんですね」


 アルタンは顔を上げた。


「……はい」


「その気持ちは、分かります」


「……」


「ですが、棒で殴っていい理由にはなりません」


 アルタンは黙っていた。


 やがて、かすかにうなずいた。


「……ごめんなさい」


「謝る相手は、私だけではありませんね」


「……はい」


 レオンは、じっとアルタンを見つめた。


「ところで、アルタン君」


「はい」


「魔力量は、Aランクだそうですね」


「……はい」


「得意な魔法は?」


「幻術ぜよ」


「ほかには?」


「……使えん」


「そうですか」


 レオンはうなずいた。


 アルタンは、寝台の上で拳を握った。


「先生」


「はい」


「魔法の強さって、魔力量で決まるがですか?」


 レオンは、すぐには答えなかった。


「……どうして、そう思うんです?」


「わし、Aランクなのに……」


 アルタンは言葉を探した。


「……あいつに、勝てんかったき」


 ノアが顔を上げた。


 フェイも、メイも黙っている。


 レオンは、アルタンの包帯を見た。


「今日は、魔法で戦ったわけではありませんよ」


「……そうじゃけど」


「それに、勝つことと、強いことは、必ずしも同じではありません」


 アルタンは眉をひそめた。


「……難しいのう」


「そうですね」


 レオンはおどけて、眉をひそめた。


「私も、まだ考えているところです」


 アルタンは、やっと笑顔になった。


「先生でも、分からんことがあるがか」


「山ほどありますよ」


「……そうながか」


 レオンは立ち上がった。


「まずは怪我を治しましょう。話の続きは、それからです」


「……はい」


 レオンが扉へ向かう。


 その背中に、アルタンが声をかけた。


「先生!」


「はい?」


「……わし、強うなれるろうか」


 レオンは振り返った。


「どうでしょうね」


 アルタンはかなり不満そうな顔をした。


 レオンは微笑んだ。


「ただ、幻術の使い方なら、まだいくらでも考えられそうですね」


 アルタンは目を見開いた。


「……ほんまに?」


「ええ。今度、見せてください」


 アルタンは、重々しくうなずいた。


「……分かったぜよ」


     



 医務室を出ると、廊下にはグラディウスとベルナルディが立っていた。


「レオン先生」


 グラディウスが声をかけた。


「今回の件について、報告書をまとめています」


「ありがとうございます」


「棒を使った暴行です。軽く扱うわけにはいきません」


「ええ」


「相手が上級生であろうと、先に手を出したのはアルタンです。そこは明確にしておく必要があります」


「同感です」


 レオンはうなずいた。


「カイル君の反撃についても、状況を確認したいですね」


「もちろんです」


 グラディウスは厳しい表情のまま答えた。


 ベルナルディが、穏やかに口を開いた。


「二人とも、ずいぶん興奮していたようですからねえ」


「だからといって、規律を緩めるわけにはいきません」


 グラディウスが言った。


「ええ、それは分かっていますよ」


 ベルナルディは微笑んだ。


「ただ、叱られたあとで、自分から考える時間も必要でしょう」


「考える前に、守るべき規則があります」


「そうですねえ」


 ベルナルディは、全く声を荒らげなかった。


 レオンは二人の話を聞いていた。


「……お二人とも、ありがとうございました」


 グラディウスがレオンを見た。


「レオン先生。あなたも、生徒に甘くなりすぎないように」


「気をつけます」


「この学園には、守らなければならない基準があります」


「ええ」


「それを曖昧にすれば、ほかの生徒にも示しがつきません」


 グラディウスは一礼し、廊下を歩いていった。


 ベルナルディは、その背中を見送った。


「真面目な方でしょう?」


「ええ」


「昔から、ああなんですよ」


 ベルナルディは笑った。


「でも、あの方がいなければ、演習場はもっと危ない場所になっていたでしょうねえ」


「そうかもしれません」


 廊下の先で、グラディウスが振り返った。


「ベルナルディ先生。次の授業が始まりますよ」


「ああ、そうでしたね」


「……ほんまに、先生は昔から変わりませんね」


 グラディウスが呟いた。


 ベルナルディは、楽しそうに笑った。


「お互いさまでしょう」


「……失礼します」


 グラディウスは再び歩き出した。


 ベルナルディも、ゆっくりとその後を追った。


 レオンは、いっとき、二人の背中を見送っていた。    


 夕暮れ。


 中央回廊には、昼間の賑わいが嘘のように静けさが戻っていた。


 アルタンが店を広げていた場所には、もう何もない。


 事情聴取を終えたカイルは、回廊の柱にもたれていた。

 

 右腕には、薄い包帯が巻かれている。

 

「……カイル」


 ダリオが声をかけた。


「何じゃ」


「腕、大丈夫か」


「大したことない」


「……そうか」


 沈黙が続いた。


「お前、あの棒、避けられたじゃろ」


 ダリオが言った。


「……」


「何で受けたんじゃ」


 カイルは答えなかった。


 ダリオも、それ以上は聞かなかった。


 やがて、短髪の女子生徒が駆け寄ってきた。


「アンタたち、まだいたの?」


「……帰るところじゃ」


 カイルが答えた。


「じゃあ早く行こうよ。あのバカ、また余計なこと言いそうだし」


 後ろから、姿勢のいい男子生徒の声が響いた。


「聞こえているぞ! 僕は常に適切な発言を――」


「はいはい」


「最後まで聞きたまえ!」


 ダリオが笑った。


 カイルは柱から背を離した。


「……行くぞ」


 四人は、夕暮れの回廊を歩いていった。


 その姿を、校舎の窓からレオンが見ていた。


 机の上には、今日の騒動についての報告書。


 そして、明日の職員会議の資料が置かれている。


 レオンは窓から目を離し、報告書を開いた。


 生徒の名前。


 学年。


 魔力量。


 違反行為。


 処分の検討。


 整然と並んだ文字を、しばらく眺める。


 それから、ペンを取った。


 王立魔法学園の一日は、まだ終わっていなかった。


――第3話・完――


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