↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『みちくさ先生の魔法学園改革記』1年目1学期「いつも赤字続き」編  作者: 風待 行燈
第1章 『華麗ならぬ改革元年』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/18

第16話 言葉の届かない教室

 訓練場の端で、フェリクスは床の図面を、また描き直していた。


「だから、ここだ。ここで前衛が一歩下がれば、後衛の射線が通る」


 若い教師の指先が、床に引いた白線をたどる。


 その周りには、十人ほどの生徒が集まっていた。


 座り込んで図面を覗く者もいれば、仲間の肩越しに眺める者もいる。


 後ろの二人は、まだ小声で話していた。


 カイルが振り返る。


 二人は口を閉じた。


 フェリクスは白線に目を戻した。


「相手の攻撃を受け止め続ける必要はない。ここで受け流せば、後ろから――」


「承知しています」


 カイルが答えた。


「……では、一度やってみよう」


「はい」


「最初は、今説明した動きで」


「お願いします」


 返事は、いつもきちんとしていた。


 フェリクスは小さく息を吐いた。


 ダリオが肩を揺らして笑い、カイルに肘でつつかれた。


「何笑うとるんじゃ」


「いや、別に」


「ほいじゃ、位置につけ」


「おう」


「お前、笑いすぎじゃろ」


 今度はトーマが吹き出した。


 クラウディアだけが、何事もなかったように手袋を直していた。


 カイルたち五人が白線の内側へ入り、残りの生徒は壁際に下がった。




 合図と同時に、訓練用の標的が動き出した。


 ダリオが一歩踏み込み、土壁を立ち上げる。


 正面から飛んできた光弾が壁を削り、黄色い魔力の粒が散った。


 フェリクスは記録板から顔を上げた。


 ダリオが左足を引いた。


 壁の片側が崩れ、狭い通路が開く。


 その隙間を、カイルの魔法が抜けた。


 床から伸びた木の根が標的の脚を絡め取り、次の瞬間には炎が走る。


 標的が体勢を崩すより早く、ダリオの土が隆起して横から弾き飛ばした。


 三つの術式が、ほとんど間を置かずに重なった。


「右じゃ!」


 カイルが短く言った。


 トーマが動く。


 クラウディアも、言葉を待たずに位置を変えた。玉宝の前に残った下級生が、二人の背後へ寄る。


 最後の標的が倒れたとき、訓練場には土埃だけが残っていた。


 壁際から口笛が鳴った。


「そこまで」


 フェリクスが告げる。


 ダリオは壁を崩し、手についた砂を払った。


「悪うなかったじゃろ?」


「攻撃は速かった」


 フェリクスは答えた。


「ただ、ダリオ。壁を開けたとき、正面の標的はまだ動いていたね」


「はい」


「こちらが先に撃たれたら、あの通路を誰が守る?」


「撃たれる前に倒します」


 カイルが答えた。


「今の標的なら、それで間に合う。相手にも壁役がいたら?」


「横から崩します」


「その間、正面は開いたままだ。ダリオが塞ぎ直すのか、誰かが受けるのか。それを決めておきたい」


 ダリオはカイルを見た。


「わしが塞げばええじゃろ」


「おう。間に合わんかったら、わしが避ける」


 フェリクスは、カイルの後ろにいた下級生へ目を向けた。


「君が避けた後ろには、まだ味方がいる」


 カイルも振り返った。


 下級生は少し背筋を伸ばした。


「カイル先輩が動いたら、わしもずれます」


「ずれる方向は?」


「……空いとる方です」


 フェリクスは床に線を引いた。


「二人が同じ側へ避ければ、玉宝への道が空く。反対へ動けば、クラウディアの進路を塞ぐかもしれない。先ほどの隊形は、そのためのものだ」


 カイルは白線を見た。


「それでは、攻めるのが遅くなりませんか」


「攻撃が止まったときに戻る場所を決めるんだ。毎回、下がれと言っているわけではない」


「止まったら、そこから変えます」


 フェリクスは指先を止めた。


「その変更を、全員が同じように判断できるだろうか」


 カイルが仲間を振り返る。


 トーマは肩をすくめた。


「まあ、今のは分かったけどのう」


「今のは、じゃろ」


 クラウディアが言った。


 カイルは少しだけ眉を上げた。


「ほいじゃ、次も見とけ」


「そういう話じゃなかろう」


 クラウディアは呆れたように笑った。


 フェリクスは記録板に目を落とした。


 標的を倒すまでの時間は、想定より短かった。


 その隣に、開いた通路の位置を書き込んだ。



 休憩に入ると、ダリオは訓練場の隅に腰を下ろした。


 カイルは壁にもたれ、さっきの標的の動きを指でなぞっている。


「次、左から来たらどうするん?」


 ダリオが尋ねた。


「お前が塞ぐんじゃ」


「わしばっかりじゃのう」


「得意じゃろ」


「そりゃそうじゃけどの」


 ダリオは笑った。


 壁際で見ていた生徒の一人が近づき、二人の間にしゃがみ込んだ。


「さっきの、壁を開けるんが見えんかったわ」


「見えん方がええんじゃ。相手にも分からんじゃろ」


「味方にも分からんかったら困るじゃろうが」


「お前は後ろから見とったけぇよ」


 ダリオは床に指で線を引いた。


 カイルがその横に、もう一本線を足す。


 いつの間にか、ほかの生徒も二人を囲んでいた。


 クラウディアは少し離れたところから、その輪を眺めていた。


「クラウディア」


 トーマに呼ばれ、彼女は顔を上げた。


「さっきの連携、どう思うた?」


「速かったのう」


「それだけか?」


「あんたが右へ動くんも、ちょっと早かったよ」


「……褒めとるん?」


「もちろんよ」


 クラウディアは笑った。


 トーマは何か言いたげだったが、結局、自分の手袋を直し始めた。


 向こうではダリオが立ち上がり、カイルに水筒を渡していた。


 カイルは受け取ると、ろくに礼も言わず話を続ける。


 ダリオも、気にした様子はなかった。


 クラウディアの口元が、ほんの少し緩んだ。


「……どうかしたんか?」


「ううん。何でもないよ」



「もう一度、確認しよう」


 休憩が終わると、フェリクスは生徒たちを図面の周りに集めた。


 床には、先ほどとは違う線が増えている。


「次は、最初の壁が破られたところから始める。攻め返す前に、この位置まで下がってほしい」


 前衛の位置から、玉宝の斜め前へ線を引く。


「ダリオが次の壁を作る間、トーマが正面を牽制する。クラウディアは右を見てくれ。カイルは左だ」


 カイルは黙って図面を見ていた。


「それで両側を塞げれば、後ろの者が一人で相手を受けずに済む」


「その間に、相手も立て直しませんか」


「そうだね。だが、こちらも五人で迎えられる」


「壁を破った直後なら、向こうも崩れとると思います。そこを攻めた方が早いです」


「その攻め方は、先ほど見せてもらった。今度は戻れるかを確認したい」


 フェリクスはカイルを見た。


「まず一度、この手順で動いてくれ。その後で比べよう」


「はい」


 カイルは答えた。


 フェリクスが標的の準備に向かう。


 その背中を見送りながら、トーマが小声で言った。


「お前、もうちいと物の言い方があるじゃろ」


「何がじゃ?」


「……そういうとこじゃ」


 カイルは首をかしげた。


 クラウディアが小さく笑う。


「先生も、ちゃんと考えとってんじゃけぇ」


「分かっとるわ」


「ほいじゃ、たまには最後まで聞いてみんさい」


「聞いとるじゃろ」


「そうじゃね。途中までは」


 ダリオが噴き出した。


 カイルは面倒そうに顔をしかめたが、それ以上は何も言わなかった。



 二度目の訓練では、最初の土壁が破られた。


 崩れた壁の向こうで、標的が次の光弾を構える。


「ダリオ、左じゃ!」


 カイルが前へ踏み込んだ。


 ダリオの術が左側の標的を押し戻す。その横をトーマが駆け抜け、クラウディアも前へ出た。


 玉宝の前には、下級生が一人残っていた。


 フェリクスが下がるよう指示した位置を、カイルたちは通り過ぎていく。


 光弾が放たれる前に、正面の標的が倒れた。


 続いて、右の標的も横倒しになる。


 壁際から歓声が上がった。


「今の、もういっぺんやろうや」


 カイルがダリオを振り返る。


「左を塞ぐん、ちいと遅かったのう」


「次は間に合うわ」


「カイル」


 フェリクスが呼んだ。


「はい」


「今は、下がる動きの確認だと伝えたはずだ」


「前が空いたので」


「空いた場合でも、一度戻ってほしいと説明した」


 カイルは倒れた標的を見た。


「……はい」


 フェリクスは標的を元の位置に戻した。


 次の一回でも、カイルは壁の向こうへ出た。


 その次はトーマが先に動き、カイルが続いた。


 フェリクスは記録板の端を押さえ直した。


「ここで交代しよう。後ろで見ていた五人、入ってくれ」


 生徒たちが入れ替わる。


 カイルは壁際へ戻る途中、次に前衛へ入る生徒を呼び止めた。


「さっきのとこ、壁が割れたら右を見とけ」


「おう」


 フェリクスは、そのやり取りを見ていた。


 新しく入った五人が、開始位置につく。


 彼はもう一度、戻る場所を指し示した。


 


 夕方、最後の標的が片づけられた。


「今日はここまでだ。明日は最初に、防御側の動きを確認する」


「はい。ありがとうございました」


 カイルが頭を下げた。


 ダリオたちも、揃って礼をする。


「ほいじゃ、明日は少し早う来るか」


 扉へ向かいながら、ダリオが言った。


「おう。今日の右側、まだ詰められるじゃろ」


「トーマ、付き合うてくれん?」


「またわしか。まあ、ええけど」


「わしらも来てええ?」


「来いや。人数おる方がええじゃろ」


 クラウディアが何か言って、生徒たちの間に笑い声が広がった。


 フェリクスは記録板を閉じた。


 扉が閉まるまで、誰もこちらを振り返らなかった。


 彼はしばらく立ったままでいたが、やがて床に残る白線を消し始めた。


 記録板の、防御隊形を確認する欄には、横線だけが引かれていた。


 その下には、土壁が崩れた時刻と、カイルが動き出した時刻が書き込まれている。


 フェリクスは白線を消す手を止めた。


 最初の訓練では、カイルの方がわずかに早かった。


 壁が開くのを見てから動いたのではない。


 彼はダリオが立っていた場所を見た。


 左足を引いた位置が、床に薄く残っていた。


 



 職員室に戻ると、机の上には採点を待つ答案が積まれていた。


 その横には翌日の授業計画と、個別指導を希望する生徒の名前を書いた紙がある。


 フェリクスは上着を椅子に掛け、まず答案を開いた。


 一枚ずつ採点し、間違いの多かった設問に印をつける。最後の一枚を終えると、授業計画の該当箇所を書き直した。


 次に個別指導の予定を確認する。


 空いている時間は、昼休みの後半だけだった。


 彼はそこに一人分の名前を書き込んだ。


「……フェリクス先生」


 顔を上げると、セレナが書類を抱えて立っていた。


「まだお仕事ですか」


「ええ。少し残っています」


「そう、ですか」


 セレナは机の上を見た。


 採点済みの答案。個別指導の予定表。そして、訓練場から持ち帰った記録板。


「あの……明日の個別指導は」


「予定どおり行いますよ。先ほど時間も確保できました」


「……そうですか」


 セレナは書類の角を揃え直した。


「そのことで、何か?」


「いえ。その……もう、遅いので」


 フェリクスは窓の外を見た。


「そうですね。先生も、お気をつけて」


「……はい。お先に失礼します」


 セレナは小さく会釈し、出口へ向かった。


 扉の前で一度足を止めたが、フェリクスはもう記録板を開いていた。


 小さく扉の閉まる音がした。


 フェリクスは顔を上げた。


 しばらく出口を見てから、再び机に向かった。


 ダリオが左足を引いた位置を、図面に書き込む。


 そのときカイルがいた場所から、何が見えていたのか。


 フェリクスは二人の間に、線を一本加えた。


 線を消した。


 もう一度、引き直した。


 廊下の灯りが一つ消えても、彼の机にはまだ明かりがついていた。


――第16話・完――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。