第13話 六人目の仲間
昼休みの職員室で、レオンは机の上に五枚の紙を並べていた。
ノア。
フェイ。
メイ。
アルタン。
リシア。
朱雀祭に向けて、彼のもとに集まった生徒たちだった。
魔力量が極端に少ないノア。
理論は得意だが、実技が苦手なフェイ。
実技に優れる一方、考えるより先に動くメイ。
幻術を得意とするアルタン。
炎と水の両方を使いたいリシア。
それぞれの長所は、少しずつ見えてきた。
問題は、それをどう組み合わせるかだった。
「ずいぶん熱心ね」
声をかけられ、レオンは顔を上げた。
セレナが、教科書を抱えて立っていた。
「朱雀祭の準備ですか?」
「ええ。まだ人数も足りませんが」
レオンは紙を揃えた。
「皆さん、得意なことがずいぶん違いますから」
「それは大変そう」
「面白くもありますよ」
セレナは小さく笑った。
だが、そのまま立ち去ろうとはしなかった。
「……レオン先生」
「はい」
「ちょっと……相談してもいいかしら」
レオンは椅子を向けた。
「もちろんです」
セレナは抱えていた教科書に目を落とした。
「昨日、獣人族の奴隷制度について授業をしたの」
「ええ」
「生徒たちはよく考えてくれたわ。
質問もたくさん出たし、私としては、いい授業になったと思っていたんだけれど……」
そこで言葉が途切れた。
「授業のあと、アミラさんに声をかけたの」
レオンは黙って聞いていた。
「歴史の話題が負担になっていないか、心配になって。
次の授業では配慮することもできる、と伝えたのよ」
「そうでしたか」
「でも、アミラさんは……みんなと同じように勉強したいって」
セレナは困ったように笑った。
「私、何か間違えたのかしら」
レオンはゆっくりと顎をさすった。
「アミラさんは、授業そのものを嫌がっていたんですか?」
「……いいえ」
セレナは首を振った。
「むしろ、熱心に聞いていたと思うわ。ノートもきちんと取っていたし」
「それなら、授業はアミラさんにとっても、学ぶものがあったのかもしれませんね」
「……そうね」
セレナは教科書を抱え直した。
「でも、それだけではない気がするの」
レオンは頷いた。
「ええ。私にも、そこから先は分かりません」
「レオン先生にも?」
「本人に聞いてみなければ、分からないことばかりですから」
セレナは意外そうな顔をした。
レオンは机の紙に目を落とした。
「もっとも、聞き方を間違えることもありますけどね。私もよく失敗します」
「……そうだったわね」
セレナは、アルタンのことを思い出したようだった。
レオンも笑った。
「ちょうど今、アミラさんにお話ししてみようと思っていたところなんです」
「アミラさんに?」
「ええ。朱雀祭の練習に参加してもらえないかと」
セレナは目を丸くした。
「魔法の成績は、あまりよくなかったはずだけど」
「そうですね」
レオンは机の端に置いていた別の紙を取り上げた。
「でも、体育の成績は非常に優秀なんです。一度、動きを見てみたくて」
「……なるほど」
セレナは頷いた。
「うまくいくといいわね」
「まずは、本人がどう思うかですね」
レオンは立ち上がった。
食堂の隅で、アミラは一人で昼食を取っていた。
周囲では、朱雀祭の話題が飛び交っている。
誰がどのチームに入った。
どの教師が指導する。
どこが優勝候補なのか。
アミラは、黙ってスープを飲んでいた。
「アミラさん」
顔を上げると、レオンが立っていた。
「は、はい!」
慌てて立ち上がろうとする。
「そのままで大丈夫ですよ。ちょっと、お話してもいいですか?」
「……はい」
「朱雀祭のことなんですが」
アミラの耳が、ぴくりと動いた。
「私が指導するチームで、一度練習に参加してみませんか?」
「……わ、わだすが、ですか?」
「ええ」
アミラは目を丸くした。
「で、でも、わだす、魔法が……」
「成績は確認しています」
レオンは頷いた。
「そのうえで、お願いしています」
「……わだす、あんまり役に立たねえと思います」
「それは、やってみないと分かりませんよ」
アミラは俯いた。
レオンは穏やかにゆっくりと声をかけた。
「まずは見学でも構いません。合わないと思ったら、断ってください」
「……見学だけでも、いいですか」
「もちろんです」
アミラは小さく頷いた。
「……行ってみます」
「ありがとうございます。放課後、訓練場で待っていますね」
放課後の訓練場では、フェイが地面に大きな図を描いていた。
「つまりな、相手が正面に結界を張った場合、左右からの攻撃を同時に仕掛けることで……」
「お兄ちゃん、また長い!」
メイが口を挟んだ。
「最後まで聞き!」
「聞いてる間に試合終わるわ!」
アルタンは、その横で小さな石を転がしていた。
石は二つに見えたり、一つに戻ったりしている。
「ほう、これはなかなか……」
「アルタン君、聞いてます?」
ノアが尋ねた。
「もちろんじゃ!」
「今、何の話でした?」
「……石の話かの?」
「違います」
そこから十分に距離をとって、リシアが炎と水を交互に出していた。
右手に炎。
左手に水。
切り替えるたびに、小さな音が響く。
レオンが手を叩いた。
「皆さん、集まってください」
五人が集まった。
その後ろに、アミラが立っていた。
「今日は、見学の生徒がいます。アミラさんです」
アミラは小さく頭を下げた。
「……よ、よろしくお願いします」
「よろしく!」
メイが真っ先に答えた。
「背ぇ高いなあ!」
「メイ!」
フェイが慌てて注意した。
「あ、いや、悪い意味ちゃうで!」
アミラは困ったように、はにかんだ。
アルタンは彼女を見上げた。
「わしより、ずいぶん大きいのう」
「アルタン君と比べたら、たいていの人は大きいですよ」
ノアが言った。
「それもそうじゃ!」
アルタンが笑った。
アミラの耳が、少しだけ動いた。
「では、今日は簡単な連携練習から始めましょう」
レオンは訓練場に、いくつかの的を置いた。
「ノア君の合図に合わせて移動し、リシアさんが相手役の動きを牽制します。
メイさんは的に接近してください」
フェイが手を上げた。
「先生、先に配置を決めた方がええんちゃいますか?」
「もちろん、考えてみてください」
「ほな、まず相手の結界を想定して……」
「お兄ちゃん、また図を描くん?」
「必要やろ!」
「先に一回やってみようや!」
結局、メイの意見が通った。
レオンが相手役に立ち、生徒たちの進路を塞いだ。
ノアが小さな光を作り、合図を出す。
「今です!」
メイが勢いよく走り出した。
「メイ、右や!」
フェイが指示を飛ばす。
「分かってる!」
メイは右へ飛んだ。
だが、着地した場所に、アルタンの幻術が広がっていた。
「うわっ!」
メイが足を止めた。
「アルタン! また味方を騙してる!」
「さっきまで、そこには誰もおらんかったんじゃ!」
「走ってるんやから、動くに決まってるやろ!」
リシアが水球を放ち、相手役の動きを牽制する。
しかし、フェイの指示とタイミングが合わず、攻撃は空振りに終わった。
レオンは一度、練習を止めた。
手元の紙に何かを書き込む。
「……なるほど」
訓練場の端で、アミラがその様子を見ていた。
みんな、失敗している。
それでも、誰も練習をやめようとはしない。
「アミラさん」
レオンが声をかけた。
「よければ、試しに参加してみませんか?」
「……わ、わだすが?」
「ええ。今度は魔法を使わず、的まで移動してみてください」
アミラは迷った。
メイが手を振った。
「やってみいな!」
「……は、はい」
アミラはゆっくりと前へ出た。
レオンは訓練用の小さな光球をいくつか浮かべた。
「この光球を避けながら、向こうの的まで進んでください。触れても痛くはありませんから」
アミラは頷いた。
最初の光球が飛んだ。
アミラは、すっと体を傾けた。
光球が横を通り過ぎる。
二つ目。
一歩踏み込み、難なく避けた。
三つ目。
今度は低い位置から飛んでくる。
アミラは軽く跳んだ。
着地と同時に、前へ進む。
動きに無駄がなかった。
「……え?」
メイが声を上げた。
四つ目、五つ目。
アミラは速度を落とさず、光球の間を抜けていく。
最後の光球を避けると、的の前に立った。
「……お、終わりました」
アミラが振り返った。
フェイは口を開けていた。
「……速っ」
「めっちゃ速いやん!」
メイが叫んだ。
アミラは慌てて首を振った。
「い、いえ、そんな……」
アルタンが笑った。
「いやあ、見事じゃったのう!」
「ほとんど止まりませんでしたね」
ノアも頷いた。
リシアはアミラの足元を見ていた。
「方向を変えるときも、姿勢が崩れていませんでした」
アミラはますます小さくなった。
レオンは手元の紙を見た。
体育の成績。
そこに書かれていた数字は、間違っていなかった。
「アミラさん」
「は、はい」
「今の動き、もう一度見せてもらえますか?」
「……同じことを、ですか?」
「ええ。今度は、光球の数を二、三個ほど増やします」
アミラは頷いた。
「……分かりました」
訓練場の入口に、セレナが姿を見せたのは、その頃だった。
別の授業の片づけを終え、職員室へ戻る途中だった。
中から聞こえる声に、足を止めた。
「アミラ、左や!」
「いや、そっちちゃう!」
「お兄ちゃん、指示が遅い!」
「今のはメイが先に叫んだからやろ!」
にぎやかな声の中心に、アミラがいた。
光球を避け、的の前へ走り込む。
着地したところで、メイが駆け寄った。
「今の、めっちゃよかったで!」
「……そ、そうですか」
「せやけど最後、もうちょい右に行けたんちゃう?」
「……あ、はい。次、やってみます」
アミラは、いつの間にか朗らかな表情を浮かべていた。
セレナは入口に立ったまま、その様子を眺めた。
「セレナ先生」
レオンが気づいた。
「お疲れさまです」
「ええ。ずいぶん楽しそうね」
「失敗ばかりですけどね」
レオンは笑った。
「でも、面白いことが分かってきました」
「アミラさんのこと?」
「ええ。足が速いだけじゃありません。相手の動きを見るのも上手なんです」
セレナは訓練場へ目を向けた。
アミラが、フェイの説明を聞いている。
フェイは地面に線を引き、身振りを交えて何か話していた。
アミラは真剣な顔で頷いている。
「……そうみたいね」
セレナが言った。
「先生、次はどうします?」
ノアが呼んだ。
「今、行きます」
レオンはセレナに軽く頭を下げ、訓練場へ戻っていった。
セレナは、もう少しだけその場に残った。
練習が終わる頃には、空が赤く染まっていた。
フェイは地面に座り込み、ノートを広げていた。
「これは、作戦を考え直さなあかんな……」
「何が?」
メイが覗き込んだ。
「今まで、移動の速さを考慮しとらんかったんや」
「そら、アミラがおらんかったからやろ」
「そうやけどな!」
アルタンはアミラの周りを歩きながら、何かを考えていた。
「速い者が動くと、見る者の目も動く……ふむ」
「アルタン君、何を考えてるんですか?」
ノアが尋ねた。
「ちょっとした商売の種じゃ!
アミラが走れば、みんなそっちを見るじゃろ。その間に何を出せるかと思うての」
「そんなにうまくいきますかね~?」
「考えるだけなら自由じゃろ!」
リシアはアミラに近づいた。
「さっきの動き、すごかったです」
「……あ、ありがとうございます」
「私が水で相手の足を止められれば、もっと動きやすくなるかもしれません」
アミラは顔を上げた。
「……わ、わだすが、動くんですか?」
「はい。よかったら」
アミラは勢いよく手を挙げた。。
「……や、やってみたいです」
リシアは微笑んだ。
「じゃあ、次に試しましょう」
レオンは生徒達を見守りながら聞いていた。
日が暮れ始めた。
「皆さん、今日はお疲れさまでした」
メイが手を上げた。
「先生! 次はアミラも一緒にやるんやろ?」
レオンはアミラを見た。
「それは、本人に決めてもらいましょう」
アミラは驚いたように顔を上げた。
「……わ、わだすが、ですか?」
「ええ。今日の練習は、どうでしたか?」
アミラは急に黙り込んだ。
メイが何か言いかけたが、フェイが袖を引いた。
誰も急かさなかった。
やがて、アミラは小さく口を開いた。
「……た、楽しかったです」
レオンは微笑んだ。
「それはよかった」
「……でも、魔法は、あんまり……」
「それは、これから練習しましょう」
アミラは頷いた。
数秒、間を置いて、もう一度口を開いた。
「……わ、わだすも、ここにいていいですか」
「当たり前やん!」
メイが真っ先に答えた。
フェイが頷いた。
「今の動きがあれば、作戦の幅が広がるわ」
「歓迎じゃ!」
アルタンが笑った。
「よろしくお願いします」
ノアも頷いた。
リシアは微笑んだ。
「一緒に頑張りましょう」
アミラは、わずかに目を伏せた。
「……あ、ありがとうございます」
レオンは手を叩いた。
「では、これで六人ですね」
「先生、登録は七人やろ? レギュラー五人に、サブ二人で」
「ええ。ただ、今すぐ七人揃える必要はありません」
「ほな、しばらく六人で練習するんやな」
「そうしましょう。まずは、皆さんの連携を考えるところからです」
「七人目が来るまでに、うちらが強うなっとけばええんや!」
メイが笑った。
「それもそうじゃのう!」
アルタンが頷いた。
アミラは、そのやり取りを静かに聞いていた。
六人。
まだ、全員がうまく連携できるわけではない。
けれど、今日から同じチームだった。
生徒たちが帰ったあと、レオンは訓練場の的を片づけていた。
「お疲れさま」
振り返ると、セレナが立っていた。
「セレナ先生。まだいらしたんですか」
「ええ。ちょっとだけ、練習を見ていたの」
セレナは訓練場を見渡した。
「アミラさん、楽しそうだったわね」
「ええ。私も驚きました。あんなに身軽だとは」
レオンは的を持ち上げた。
「フェイ君たちも、いろいろ考え始めたようです」
「そうね」
セレナは、さっきまでアミラが立っていた場所を見た。
「私も、もう少し……」
そこで言葉を止めた。
「どうしました?」
「ううん。何でもないわ」
レオンはそれ以上尋ねなかった。
「よかったら、これを一つ持ってもらえますか?」
セレナは、差し出された的を受け取った。
「ええ、もちろん」
二人は並んで、器具庫へ向かった。
廊下の向こうから、生徒たちの笑い声が聞こえてくる。
セレナは一度だけ、訓練場を振り返った。
それから、レオンの隣を歩き出した。
---第13話完---




