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『みちくさ先生の魔法学園改革記』1年目1学期「いつも赤字続き」編  作者: 風待 行燈
第1章 『華麗ならぬ改革元年』

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第11話 どちらも捨てない


 訓練場の中央に、二つの的が並んでいた。


 一つは赤く、もう一つは青い。


「赤」


 セレナの声に、リシアが右手を上げた。


 小さな炎が飛び、赤い的に命中する。


「青」


 炎が消える。


 左手から放たれた水球が、青い的を濡らした。


「赤」


 再び炎。


「青」


 水。


「青」


 続けて水。


「赤」


 リシアの右手が動いた。


 だが、水球が消えるより先に炎を作ろうとして、指先の魔力が乱れた。


 炎は生まれず、小さな火花だけが散った。


「……もう一度お願いします」


「そろそろ休みましょう」


「まだできます」


「分かってるわ。でも、今は速さより正確さを見たいの」


 リシアは不満そうに手を下ろした。


 セレナは二つの的を片づけ、代わりに一つだけ置いた。


「今度は、私が結界を張るわ」


「結界を?」


「ええ。好きな方法で突破してみて」


 リシアは右手を上げた。


 炎が生まれる。


 セレナが張った薄い結界に、炎が当たって散った。


 もう一度。


 結界は揺れたが、破れない。


 リシアは左手を上げた。


 水球が飛ぶ。


 これも弾かれた。


「……どちらも駄目です」


「そうね」


 セレナは結界を維持したまま答えた。


「もう一度、考えてみて」


 リシアは黙った。


 炎では破れない。


 水でも破れない。


 ならば。


 右手に炎を作り、結界へ放つ。


 セレナが炎を受け止める。


 その瞬間、リシアは炎を消した。


 左手が上がる。


 水球が飛んだ。


 結界が大きく揺れた。


「あっ」


 リシアは目を見開いた。


 セレナが結界を解いた。


「今の、分かった?」


「……はい」


「今、炎を防ぐ方に魔力を寄せていたの。水を受けるには、配分を変える必要があったわ」


「その前に、水が当たったんですか?」


「ええ。うまく切り替えたわね」


 リシアは自分の両手を見た。


「同時には使っていないのに……」


「そう。二つ使えるからこそ、できることね」


 リシアは的を見つめた。


「もう一度、お願いします」


 セレナは笑った。


「ええ。今度は簡単には通さないわよ」





 その日の放課後。


 訓練場では、朱雀祭に向けた模擬戦が行われていた。


 観覧席には、授業を終えた生徒たちが集まっている。


 正式な大会ではない。


 互いに了承したチーム同士が、教師の立ち会いのもとで作戦や連携を試すための練習試合だった。


 ユリウスは、仲間たちを集めて作戦を確認していた。


「相手は結界型が二人いる。正面から押し切ろうとすると時間がかかる」


 ユリウスは地面に簡単な配置図を描いた。


「だから、最初にリシアの炎で中央へ圧力をかける。その間に左右から回り込む」


 リシアは頷いた。


「分かりました」


「君の炎なら、相手も無視できない。そこが狙いだ」


 ユリウスは仲間たちを見渡した。


「無理に突破する必要はない。相手の注意を中央へ集めれば十分だ。

左右の準備ができたら、僕が合図を出す」


 作戦は合理的だった。


 リシアも、それは理解していた。


 だが、胸の奥に小さな引っかかりが残った。


 炎。


 今回も、炎だけだった。


「ユリウス」


「何だい?」


「相手の結界が炎に強かった場合は、水に切り替えてもいいですか」


 ユリウスは腰に手をあて、戦術表を取り出した。


「状況によるね。ただ、今日は左右の連携を確かめたい。まずは決めた作戦で動いてほしい」


「……分かりました」


 ユリウスは頷いた。


「頼りにしているよ」


   



 模擬戦が始まった。


 リシアは前方へ進み、右手を上げた。


 炎が生まれる。


 相手チームの中央に、結界が展開された。


 リシアは炎を放った。


 結界が揺れる。


 相手の二人が、正面の防御に集中した。


 左右では、ユリウスの仲間たちが動き始めている。


 作戦どおりだった。


 リシアはもう一度、炎を放った。


 結界が揺れる。


 だが、相手はすぐに防御を立て直した。


 炎を受け止めることに慣れている。


 リシアは、その動きを見た。


 結界の表面が赤く光る。


 炎に対応するため、魔力の流れが変わっていた。


 今なら。


 リシアは右手を下ろした。


 炎が消える。


 左手が上がった。


 水球が飛ぶ。


 相手の結界が大きく揺れた。


「何っ!」


 相手の一人が声を上げた。


 結界の端が崩れる。


 それを見て、左へ回り込んでいた味方が飛び出した。


 だが、右の味方はまだ配置についていなかった。


「待って、まだだ!」


 ユリウスの声が響いた。


 相手の一人が中央の防御を離れ、左へ向き直った。


 飛び出した味方が牽制を受け、足を止める。


 リシアは、さらに水球を放とうとしていた手を止めた。


「リシア、中央を押さえて!」


「はい!」


 慌てて右手を上げる。


 だが、水の魔力を収めきれず、指先に火花が散った。


 ようやく炎が生まれたときには、相手はすでに結界を立て直していた。


 模擬戦は、その後も続いた。


 惜しくも、ユリウスのチームは僅差で敗れた。


    



 試合後。


 ユリウスは仲間たちを集めた。


「お疲れさま。悪くない試合だったと思う」


 彼は一人ずつ動きを確認した。


 左から飛び出した仲間には、合図を待つように伝える。


 それから、リシアを見た。


「リシア。さっきの水への切り替えだけど」


「……はい」


「判断自体はよかった。あの結界を崩せたのは見事だったよ」


 リシアは顔を上げた。


「でも、作戦とは違った」


「……はい」


「切り替える前に、一声ほしかった。みんなが知っていれば、崩れたところを狙う準備もできたと思う」


 リシアは黙って聞いていた。


 ユリウスは責めるような口調ではなかった。


「僕も、切り替える場合の動きまで決めておくべきだったね。

 君の水が悪いわけじゃない。ただ、神舞戦はチーム競技だから」


「分かっています」


「次は、仲間とタイミングを合わせよう」


 リシアは頷いた。


 短く間を取って、尋ねた。


「……私の水も、作戦に入れてもらえませんか」


 ユリウスは考え込んだ。


「もちろん、必要なら使ってもらうよ」


「必要なら、ですか」


「うん。ただ、君には炎で中央を支えてもらうのが、一番安定すると思っている」


 リシアは俯いた。


「水も、もっと使えるようになりたいんです」


「その気持ちは分かる。でも、朱雀祭まで時間がない。今から作戦を大きく変えるのは難しい」


 それも、もっともな話だった。


 ユリウスは勝つために、仲間たちの役割を考えている。


 その判断を、間違いだとは思わなかった。


 それでも。


「……しばらく、考えさせてください」


 リシアは言った。


 ユリウスは頷いた。


「分かった」




 翌日。


 リシアはユリウスを呼び止めた。


「お話があります」


 ユリウスは彼女の表情を見て、静かな場所へ移動した。


「チームのこと?」


「はい」


 リシアは小さく息を吸った。


「朱雀祭のチームから、抜けさせてください」


 ユリウスはすぐには答えなかった。


「……理由を聞いてもいいかな」


「炎も水も、両方使いたいんです」


「昨日も言っていたね」


「はい。どちらか一つに決めたくありません」


 ユリウスは腕を組んだ。


「僕は、君の水を使うなと言ったつもりはないよ」


「分かっています」


「ただ、今のチームでは炎を中心に考えた方が、勝つ可能性が高いと思っている」


「それも、分かっています」


 リシアは顔を上げた。


「でも、私は……」


 言葉が止まった。


 炎は、母から受け継いだもの。


 水は、父から受け継いだもの。


 どちらも、自分の一部だった。


「……炎だけで役に立てれば、それでいいとは思えないんです」


 ユリウスは穏やかに黙っていた。


 やがて、小さく息を吐いた。


「そうか」


「ごめんなさい」


「謝る必要はないよ」


 ユリウスは首を振った。


「僕は、今の役割を固めて朱雀祭に臨みたい。君は、両方を使って戦えるようになりたいんだね」


 リシアは頷いた。


「……はい」


「残念だよ。君がいれば、うちはもっと強くなれると思っていた」


「ありがとうございます」


「でも、無理に引き留めても仕方ないね」


 ユリウスは爽やかな笑顔を浮かべた。


「次に対戦するときは、遠慮しないよ」


 リシアも、わずかに笑った。


「私もです」





 数日後の放課後。


 リシアは訓練場の隅で、妙に変わった模擬戦を見かけた。


 参加している生徒は、まだ正式なチームというわけではないらしい。


 レオンが指導していた。


「フェイ君、今の作戦はどうでしたか?」


「理屈の上では、うまくいくはずやったんですけどなあ」


 フェイが頭を掻いた。


「メイが予定より早う動いてしもうて」


「だって、お兄ちゃんの説明、長いんやもん!」


 メイが言い返した。


「説明は大事やろ!」


「試合中にそんな長い説明、聞いとれへんわ!」


 少し離れた場所で、アルタンが笑っていた。


「いやあ、面白かったのう!」


「アルタン君も、味方まで幻術で惑わせないでくださいね」


 レオンが言った。


「ありゃ? そうじゃったかの?」


「そうです」


 レオンは苦笑した。


 その横で、ノアが小さな光を作っていた。


 光は数秒で消える。


「すみません。もうちょっと長くできれば……」


「いえ、今のタイミングはよかったですよ」


 レオンが答えた。


「短い光でも、使い方によっては相手の注意を引けますから」


 リシアは足を止めた。


 どう見ても、連携が取れているとは言い難い。


 それでも、誰もが自分の得意なことを試していた。


 レオンは一人ひとりの話を聞きながら、次の作戦を考えている。


 リシアは、しばらくその様子を見ていた。


 やがて、思い切って声をかけた。


「レオン先生」


「おや、リシアさん」


 レオンが振り向いた。


「どうしました?」


「……朱雀祭のチームについて、お話があるんです」


「はい」


「私も、参加させてもらえませんか」


 レオンは嬉しそうにほほ笑んだ。


「それはありがたいですね」


「ただ……」


 リシアは言葉を探した。


「私は、炎と水の両方を使いたいんです」


「ええ」


「同時には使えません。でも、どちらも使えます」


 レオンは頷いた。


「それは助かります。作戦の選択肢が増えますね」


 リシアは顔を上げた。


「……両方、使ってもいいんですか」


「もちろんです」


 レオンは不思議そうに答えた。


「ただし、チームの作戦も守ってくださいね。炎から水に切り替えるなら、仲間にも分かるようにしておかないと」


 リシアは不器用そうに笑った。


「……はい」


「では、早速試してみましょうか」


   

 その日の最後の模擬戦。


 リシアは、レオンの指導する生徒たちと一緒に訓練場へ立った。


 向かい側では、先ほどまで練習相手を務めていた生徒たちが、再戦の準備をしていた。


「リシアさん、まずは炎で正面をお願いします」


 フェイが言った。


「分かりました」


「相手が炎に対応してきたら、水に切り替えてください」


 リシアは顔を上げた。


「……水に?」


「せや。そこが狙いや」


 フェイは地面に簡単な図を描いた。


「相手の防御が切り替わる一瞬に、メイが横から入る。アルタンはその動きを隠してくれ」


「任せちょき!」


 アルタンが胸を張った。


「ノア君は、水が当たったら光で合図をお願いします。メイは、それを見てからやで」


「分かってるって!」


「はい!」


 ノアが頷いた。


 リシアは仲間たちを見た。


 炎で相手を引きつける。


 水で防御を揺さぶる。


 その先に、仲間が続く。


 リシアは、もう一度配置図に目を落とした。


 レオンが手を叩いた。


「では、始めましょう」


 模擬戦が始まった。


 リシアは炎を放つ。


 相手の結界が正面に展開された。


 一度。


 二度。


 炎を受け止める結界の表面に、赤い光が走った。


 リシアは右手を下ろした。


 炎が消える。


 左手が上がった。


 水球が飛ぶ。


 結界が揺れた。


 その瞬間、ノアの光が小さく瞬いた。


「今や!」


 メイが飛び出した。


 アルタンの幻術が、その姿を一瞬だけ隠す。


 相手の防御が遅れた。


 メイの攻撃が結界の端を捉える。


「やった!」


 リシアが思わず声を上げた。


 だが、次の瞬間。


「アルタン! 味方の位置が見えへん!」


 フェイが叫んだ。


「ありゃ!」


 幻術が広がりすぎていた。


 メイの視界まで幻に覆われる。


「えっ、どっち?」


 踏み出す先が見えず、足がもつれた。


「ちょっと、何してんの!」


「すまん、すまん!」


 幻が消えたときには、相手チームが反撃に転じていた。


 最終的に、模擬戦はレオンたちの敗北に終わった。


 

 試合後。


 フェイは地面に座り込み、頭を抱えていた。


「あとちょいやったのに……」


「お兄ちゃんの作戦、途中まではよかったやん」


 メイが言った。


「途中まではなあ」


 フェイがため息をついた。


 アルタンは頭を掻いた。


「すまんかった。次は、味方が見えるようにするき!」


「それ、最初から頼むわ!」


 フェイが言い返した。


 ノアは小さく笑っていた。


 リシアも、つられて笑った。


 負けた。


 作戦も途中で崩れた。


 それでも、不思議と悔しさだけではなかった。


 炎を使った。


 水も使った。


 その両方が、仲間の作戦に必要だった。


 レオンが近づいてきた。


「どうでしたか、リシアさん」


 リシアは恥ずかしそうに、にこりとした。


「……楽しかったです」


「それはよかった」


「でも、負けてしまいました」


「ええ。次は、もう少しうまくやりたいですね」


 リシアは頷いた。


「はい」


 夕暮れの訓練場に、まだ生徒たちの声が響いていた。


 リシアは、自分の両手を見た。


 炎を放った右手。


 水を放った左手。


 まだ、二つを同時には使えない。


 けれど、今日初めて。


 その両方を、仲間が必要としてくれた。


---第11話完---

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