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リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件  作者: 粟生木 志伸
第五章 おっぱい暴走編
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第7話 事の起こり

「さて――。事の起こりは、今からおよそ二十年前。あいつが、あの薬を手に入れた事から始まる」


 そう言った後の、父様が見せた表情は冴えない。うんざりした感も、強まった気がした。


「あの時の事は――。まあ……、今でも覚えていてな……」


 冴えない理由は、これか。当時の事を思い出しているようだ。ええー。何があったんだよ……。私は興味もあったが、得体の知れれぬ不安を感じ始めていた。


 これは多分、母様の事をもうあまり覚えていないからだろう。亡くなってから、既に十年以上経つ。しかも、私は物心が付くか付かない程度の幼さだったのだ。シビアナとは違う。そのシビアナや父様たちより、記憶が薄れても仕方がないと思う。


 あと、父様たちは母様の話を殆どしない。こういう機会は、実は滅多にないのだ。これも、記憶が薄れるのに、拍車を掛けているんじゃなかろうか。シビアナもそうなるかな? あまり多くは語りたがらないよね。尋ねても、暈した感じで返ってきた。


 ただ、お調子者で天真爛漫だった。そんな感じだったのは覚えている。そんな感じなのはね。で、このお調子者で天真爛漫だった――というのが、不安の元なんだろう。どういう事をしでかしたのか、色々あり過ぎて予想がつかないのだ。この二つの意味って、そんな感じだもの。


「あれは夕方。余が公務を終え、一人で自室へ戻った時だった」


 父様が、表情そのまま顔を上げ、宙を見ながら話を続けていく。


「前室を抜け、応接間へ続く扉を開けようとすると、人の気配がする。中を見れば、案の定、あいつがいてな」

「ん?」


 何か――、言い方が変じゃない? 誰かが来ているなら、前室にいる侍従官が教えてくれるよね? だったら、人の気配とか言わない気がするんだが。


 あ、いなかったのかな? 全員、執務室の方にいたとか。うーん。でも、そうなると母様は中に入れないよね。鍵が掛かっていたはずだ。


 それに例え、母様がその鍵を持っていたとしても、廊下には近衛騎士か王宮兵士がいる。なら、そっちから伝えられるだろうし……。そんな疑問を持った声と察してなのか、父様の顔が私に向けられた。


「余の部屋の真下辺りが、あいつの部屋であろう?」

「え? はい――。確か、そうでしたね」


 で、父様は六階。私たちは五階だ。けど、それが何? 関係あんの?


「そのせいもあってな、用事がある度に、ちょくちょく窓から侵入してきておったのだ。その窓の鍵を外から開けてな」

「へ? 窓から、ですか?」

「ああ。一々、階段まで行き、戻ってくるのが面倒くさいなどと、抜かしおってな……」

「ええー……」


 何してんの、母様……。ていうか、警備の上でも問題があると思うんですけど。王妃とは言え、国王の私屋に無断で入っているわけだし。


 でも、んー? こんな感じの話を、どこかで聞いたような。窓……。私は、その記憶を探ろうと首を傾げる。すると、先生の重々しい声が耳に届いた。


「窓からか……。思い出すな。リリシーナが幼少の頃、似たような事をやったのを……」


 それが聞こえて、自ずと先生を見上げる。私? 

 

「あー。そう言えば、あったわねえ……」

「そうじゃったのう……」


 ステライと爺が、懐かしげに呟く。あ。そうか。思い出した。以前、ミストランテのお婆から聞いたんだ。私が小さい時、そんな事があったんだって。多分、それの事だ。


「あれは――。二歳か三歳、そこらだったか?」

「うむ。その頃だったはずだ」


 先生が、父様に答える。そうそう。私も、それくらいだって聞いたね。


「これも、余とお前、二人で応接間にいた時だったな」

「そうだ。窓をばんばんと叩く音が聞こえ――。そちらを見やれば閉められた窓の外で、リリシーナが無邪気に両手を振っておった」


 外壁は、石造りだからね。その石と石の隙間に、手や足を引っ掛けて登ったらしい。大人じゃ難しくなるが、子供の指ならその隙間にちゃんと入る。うん、やっぱ私の聞いた話と同じみたいだ。


「はあ……。あれには、流石に儂も凍り付いたな。心底、肝を冷やした……」

「ああ……」


 先生と父様は目を伏せ、どこか沈痛な印象を受ける面持ちとなった。然もありなん。父様の部屋は六階。落下したら、どうするんだって話だからね。しかも、二階は各階の倍、一階は三倍くらいある。実質、八階か九階ほどの高さだ。


「それから――。急いで窓を開け、お前がリリシーナを抱きかかえた後――」


 先生は、伏せた目を戻して父様に向けた。


「そうだ。下から高笑いがすると見下ろせば――。一階でシビアナと一緒にいたあいつが、してやったりと愉快そうに、余たちへ向かって手を振ってきた」

「うむ」


 ああ、何だ。私が落ちてもいいように、一応下にいたのね。これは覚えてなかったな。まあ、そこまで詳しく教えてくれてないし、聞かなかったから。


 やっぱねー、子供の頃に私がこんな事やったんだって言われても、へーそうですかって感じにしかならないもの。だから、あまり真面目に聞く気は起きなかったのだ。


「いつものあれよ。すぐに分かったわ」


 父様が、毒突いたように言う。


「うむ。間違いなく、儂らへの悪戯だった」

「ああ。しかし、リリシーナを抱えたまま、お前と二人して飛び降り、これはどういう事だと一応問い質してみれば――。はあ……」


 うんざりした気持ちを全て出し切るよう、父様は大きく溜息を吐く。それから、吐き捨てる様に言った。 


「これは、ヴァイン家に古くから伝わる、この年頃でせねばならぬ習わしの一つだ、などと悪びれもせず平然と抜かしおったからな。余たちへの悪戯が成功して満足した、毎度のあの顔をしてだぞ? 説得力なぞ、あって堪るか。絶対に嘘だったはずだ」

「そうだったな。あと、一階から登らせたら、六階まですいすい登って行ったと、爆笑しておったな」


 爆笑……。


「余たちは、全く笑えんかったわ」

「うむ。儂は、周りにいた侍従官たちの顔が、それとは対称的に泣きそうで青褪めていたのも、印象に残っておるよ」


 先生がそう言うと、父様が投げ遣り気味に首を振る。


「あいつ相手では、どうにもなるまい。言い包めれられて、止めようにも止めれなかったのだろう」

「違いない。ミストランテの婆様は、おらんかったしな……」


 何だ、いなかったのか。ミストランテは、確かその当時、母様の側付筆頭侍従官だったはず。だから、一緒にいそうなんだけど。ま、いたらこの話はなかったか。止めてただろうし。


「いや、シドー。それも計算尽くよ。何かしらの手を使い、遠ざけておったはずだ」

「うむ。であろうな……」

「ああ……」


 父様たちは、静かに頷き合った。ええー……。あのお婆相手に、どうやったんだよ。すっごい気になる。ていうか、何気に豪い言われ様だな、母様……。


「それで、その後、大喧嘩になったんでしたねえ。私は、途中からしか見てませんけど」

「儂は、最後の方じゃな」

「ええ。そうでしたね」


 ステライと爺が言う。あー。お婆だけじゃなく、爺もいなかったんだ。で、これって、先生やステライがいても、どうにもならなかったって事でしょ? じゃあ、駄目かな。国王と王妃に強く物を申せそうなの、他にいないんじゃない? 


 大喧嘩になったってのは聞いていた。けど、そこまで発展したのは、この二人がいなかったせいかもね。


「ふん。ならぬ方がおかしいわ。本当に落ちたらどうする? その時、万が一受け止められなかったら、どうする? だが、その様な事は二の次だ。思い付いた悪戯をただ実行するためだけに、あの様に危険な事をさせた。そうに違いないのだからな」


 ほう。私は、その出汁に使われたと。って、可愛い娘に何させてんのよ、母様。だけど、父様は大喧嘩してでも、それをきちんと咎めていたのか。ふうん……。父親らしい事も、ちゃんとしてたんだねえ。これは好印象。なら、少しは見直してやろう、父様よ。そう思ったのだが。


「やるなら、せめて四階までであろう? それなのに、六階まで上げよってからに、あの馬鹿は……」


 と、苦々しくぶつくさと零し始めた。いや、その差は何なの? 二、三歳くらいなら、四階でも危険でしょ? 実質、六階だよ? そこまで行ったら、あんまり変わらんっての。


 ステライは、口許を隠して苦笑い。爺は、眉間を揉んでいる。先生を見れば、何か自分と意見が違うって、きょとんとしてるかな? シビアナは、いつもの様に微笑んでいるが。


 全く……。折角、やるじゃんって思ったのに。その途端、変な事を口走るんだもの……。父様の見直し案は、即座に棄却。差し戻された。ぽい。


 しっかし、母様って悪戯好きだったんだねえ。知らなかった。でも確かに、お調子者で天真爛漫って感じがするね。ただ――、これもどこかで聞いたような話だな。悪戯好きか……。


「ん゛、んん゛……」


 先生が、口許に拳を当て、バツが悪そうに咳ばらいをした。


「すまぬ、ジャムシルド。話を逸らしてしまったな。戻してくれ」

「はあ……。そうだな、分かった」


 そう頷く父様は、これ以上変な事を口走らせたくないであろう、先生の意図には気付いていないようだ。すみませんね、先生。うちの父がいつもご迷惑を。


 でも、ホント思いっきり逸れたよね。まあ、母様の話は珍しい。色々と知れて良いけど。お婆の話じゃあ、私がどんな事をしたかってのが主体だった。こういう風に、母様がって感じじゃない。


 その分、興味を持って聞きやすかったかな? 自分の事じゃないからね。あと、当時の様子を知らない私でも、想像しやすかったと思う。これは、その当事者たちが、交えて話すんだからってのも、あるんだろうけど。お婆のは、又聞きだったようだし。


「それで……。応接間だったな。その応接間への扉を開けてみれば、だ」


 父様が、腕を組み直して言う。


「すると、すぐにあいつの佇む後ろ姿が、目に飛び込んできた。それを見て、いつもの様に咎めようとしたのだが、先に向こうが振り向いてな。そして、互いの目が合った、その直後だった」


 ほう、何だろ? 興味の湧いた視線を向ける。


「何を思ったのか、いきなり微笑むと、あいつは一瞬で逃げ出しおったのだ。寝室に続く扉開け、奥に向かってな。声を掛ける暇もない」


 逃げ出したんかい……。


「まあそれ故、放っておくかと、一瞬その考えがよぎったのだが……。はあ……」


 一つ大きな溜息を吐いて答える。


「あいつとは、幼少の頃からの付き合いだ。故に、余は知っていた。ああいう顔をする時はな、良からぬ事を企んでいると。あれは、その一だ」

「その一?」


 首を傾げ、私が尋ねる。


「ああ。兆候は、他にも何種類かあってな」

「は、はあ……」

 

 そうなんだ……。つまり、その二、その三があるのだろう。


「しかし、その結果は、あいつにとって最高であっても、余たちとっては最悪。さらに、当然の如く、周りも迷惑を被る――。今の話の通りよ。そうなる事が殆どだ。そして、逃走するあいつの両手には、見た事もない箱があった。これも、すぐに思い出してな……」


 あー……。漂い始める何とも言えない微妙な気配。そして、


「非常に、嫌な予感がした」


 と、父様は疲れ切ったように言った。でしょうね。


「余は、急いで後を追った。扉が開け放たれた寝室に入ると、床の上にその箱が蓋を開けて、無造作に一つ転がっている。そして、その先には、瓶を口に向けて傾けようとする、あいつの姿があったのだ。絶対に飲ませてはならぬと、直感したわ」


 でしょうね。


「すぐさま腕を掴み、瓶を取り上げて、これは何だと問い詰めた。最初は、頑として口を割らなかったが、最後は渋々といった様子で、ようやく白状したのだ」

「それが、あの豊胸の薬だったという訳か……」

「ああ、そういう事だ……」


 父様が、顎を摩る先生に答える。ふーん。こういう経緯だったんだねえ。しかし、母様って、結構あれな人だったんだな……。だが、今まで抱いていた印象が、変わる事はあまりない。許容範囲というか想定内だ。


「しかしな、シドー」

「うん?」


 父様に呼ばれ、先生の摩る手が止まる。


「まだこの後に、もう一悶着あってな」

「む……。そうなのか?」

「ああ」


 え? あるの? 取り上げたら、お終いじゃないのかな? だが、ここで私は思い出した。あ、そっか。シビアナに四本とか気になる事言ってたけど、それってまだ出てきてないもんね。


「ふっ。しかし、それは非常に嫌な予感がするな、ジャムシルド?」

「ふん。抜かせ」


 先生が、にやりと冗談めかしく言うと、父様もにやりと一笑する。そして、多分その一悶着を思い出しているのだろう。その両隣にいる爺とステライの顔は、それを紛らわすように、それぞれ苦笑いになっていた。


「さて――。では、話そう」

「頼む」


 先生が頷いて答えると、父様は再び語り始めた。


「あいつに白状させて、あの薬がどんなものかそれを一通り聞いた余は、さっさと処分すると即決した。それを察したのだろう。どうするのか、その場で聞いてきてな。そこで、その旨を伝えれば、捨てる前に毒の検査をしろと。そして、それで問題がなければ飲ませろと、必死になって喰らいついてきたのだ」


 か、母様……。


「はあ……。その姿が、目に浮かぶようだな……」

「ふふふ!」


 先生が、くたびれたように顔を顰めると、ステライがくつくつと笑う。


「まあ……。あまりにも煩いのでな、毒の検査はしてやった。そして、調べ終わって、毒ではないと判明した後。その中身が、かなり残ってしまったのだ。あいつは、そうなると分かっていたのだろう。瓶を早く返せ、薬を早く飲ませろと、怒りながらしつこく迫ってな……」


 まあ、そうなりますねえ。


「だが、元よりだ。毒ではなかったとはいえ、得体の知れぬような薬を、飲ますわけにもいかぬ。調べさせれば、胸が急激に大きくなるというのは、嘘ではないようだったからな。故に、どうにかして、あの薬を諦めさせる必要があった」


 神の悪戯だもんね。しかも、人体に影響が出ている。今だから分かる事だが、神の呪いの可能性もあったってわけか。だったら、慎重になるのも頷ける。


「しかし、捨てようにも捨てれぬ。これに気付いた。また新しいものをと必ず買いに走る故、意味がないのだ。そして、その時には、より多くの人間を巻き込んで、事を大きくする。それも厭わぬだろう。説得を聞く耳なども、もちろん持ってはおらぬ。まあ、つまり飲まなければ、絶対に納得せぬのだ。あいつは、そういう奴だった」

「うむ……」

「ですねえ」

「ほっほっほっ。そうでしたな」

「ふふっ。はい」


 先生、ステライ、爺。そして、シビアナがうんうんと頷く。なんか、また豪い言われ様ですよ、母様……。


「そこで、余たちは中身をすり替えてから、返す事にしたのだ。味や色、粘り気などをそっくり似せてな」

「なるほど……」

「へえー」


 先生と私が、感心したように呟いた。ふむ。って事は、もちろん――。


「じゃあ、母様って偽物を飲んだんですね?」

「まあな」


 父様が、その通りだと頷くと、ステライと爺も同じく頷いていた。ふうん……。結局、空いていた瓶は、母様が飲んだやつなのか。でも、それは真っ赤な偽物だったと。


――ああ。昨日シビアナが飲んでいないと言ってたのは、こういう意味でもって事ね。父様が取り上げたのと含めて両方か。


「これは、ばれていないと思っていた。証拠はない。薬の味も知らぬはずだ。毒の混入を考えられる理性が、残っていたくらいだからな。それに、飲んだ事を何度も自慢げに、ステライへ話してもいたらしい」

「ええ。そうでしたね」

 

 ステライが、卓にあった湯呑みに両手を添え、膝の上に置く。うん。確かにその様子なら、ばれてなさそうだ。偽物と気付いていれば、自慢げには話さないだろう。すぐさま父様に食って掛かり、大喧嘩でもしそうだ。


「しかし、まあ――。あの薬の効果は、出なかったのだ。おかげでその後、不機嫌なのがしばらく続いたがな……」


 父様は、どこか言い淀んでいる様に見えた。何か含みがあるね。ホントに近い事はあったのかも。八つ当たりみたいな感じでさ。憂さ晴らしに、さっき聞いたような悪戯を何度か喰らってても、今ならすんなり納得できちゃうかな。


「ふふ。そうもなりますよ、陛下」


 ステライが微笑む。


「エラクツォーネ様は、おっぱいが大きくなるのを、とても楽しみにしておられましたから……」


 静かにしみじみとそう言って、一口飲んだ。哀しいね。そんな言い方をされると、その後に起こったであろう悲劇の結末を思い、とても哀しくなってくる。


 しかも、私はその結末がどんなものか、そしてそれ以上の事も、身を以て知っているのだ。ここにいる誰よりも、共感出来てしまう。ううっ、母様……。上げて落とされて、さぞお辛かった事でしょう。憎悪で、その身を焦がされたでしょうね……。


「それから、おっぱいが大きくならないと分かった後……。自分を騙した奴らは絶対許さないとか、何の脈絡もなく発作的に仰ってましたねえ。あれは怖かったです……」


 ステライが、今度はぼやくように言った。


「儂も、あれは怖かったわい……」

「ふん、全くあいつは……」


 どうやら、爺と父様も見た事があるご様子。うんうん……。そうでしょうとも。そうでしょうともよ。いや、なるって。絶対そうなるって。


 これは、仕方がないよ。それくらい許してよ。私だってそうさ。ふとした瞬間に思い出すんだよ。怒りが込み上げてくるの。だろう? なあ、神よ? お前には必ず復讐してやる。そう! 絶対にな! 


「――まあ、ともかくだ」


 私が、一人誓いを新たにしていると、父様が気を取り直す様に言う。


「あいつは、薬をもう一度買おうとはしなかった。悪かった機嫌も直り、あの騒ぎは何だったのかと言うくらい大人しくなってな。そして、そのままあの薬の事件は、あいつの恥ずかしい醜態もあり、半ば封印される形で王宮から強制的に忘れ去られていったのだ」

 

 そう言い終えて、卓に手を伸ばした。ほう、闇に葬りましたか。まあ、王妃が巻き起こした騒動だからねえ。


「ふー……。やれやれ。そのような事があったとは……」

「まあな……」


 呆れ気味の先生に答え、父様は湯呑みを口に運び傾けていく。私も、湯呑を取って一口飲んだ。ふーむ。しかし、先生のこの様子を見るに、やっぱり初耳だったんだねえ。これはつまり、シビアナも調査は頼んだが、この話はしてなかったって事だ。


 まあ、その調査には必要ないから――、になるのかな、これは。それに、この話は自分からではなく、父様たちの口から聞くべきだ、とでも思って控えたのかもね。うーん。だけど、そもそも何で知らないんだろうか。 


「先生」

「ん?」

「今の話、知らなかったんですよね? どうしてです?」


 当の本人が隣にいるんだ。直接聞く方が早いと尋ねてみたが、予想もしてみる。そうだな、研究のために外国へ行ってたとか? あ。シカルアヒダかもしれないね。


 私は、答えを聞こうと、湯呑を置いて先生の顔を見上げる。だが、その目を見て、どきりとした。――え? 深い悲愴の色が映っている。そうとしか思えなかった。しかし、それもほんの一瞬。瞼が上がると、すぐに消える。


 何だ、見間違えか。ビックリした……。そして、先生が、特段変わった様子もなく答えてくれた事で、もう気にならなくなった。


「ふっ。儂は、その当時、王都を長い事離れていてな。各地をずっと転々としておったのだ」

「ああ、長期。なるほど、それで……」

「うむ。そういう事だ」

 

 やっぱり、そんな感じだったか。事件は、その留守中に起きていたんだね。そして、それが長期に及んでしまったせいで、他の誰かから聞くって事もなかったわけだ。その間に、闇の中へと葬られてしまったのだろう。うん、納得納得。


 しかし、そっちはそれで納得したが、別の事が気になる。一体、四本とは何だったのか。結局、出てこなかったもんね。


 まあ、それが何を指すかは、流石に見当が付いているが、あとはさっぱりだ。なら、ちょっと聞いてみようかと顔を向けるが、それは同じだったようだ。


「――で、ジャムシルド。話は、これで終わりなのではあるまい?」


 先生が、先に聞いてくれた。すると、父様は口に付けた湯呑を傾けるのを、ぴたりと止める。そして、そこから一気にぐいっと飲み干すと、


「――ああ、そうだ。話は、これで終わらぬ」


 そう言って、「トン!」と片手で空の湯呑み置き、卓を鳴らした。


「一か月前。瓶が複数あったと分かり、前提が崩れた。事の様相は、大きく変わってしまったのだ。そして、ミストランテも改めて調査をした結果。あいつは、余たちが与り知らぬ所で、色々とやらかしていたと判明したのだ」


 そう。ここからが事の真相。そして、ここからが、私の知らない母様の、月鏡院前最高責任者――トゥアール・エラクツォーネ・ヴァインの本領発揮だったのである。

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