第6話 エラクツォーネ
「――以上だ」
父様は、神の呪いについて一通りの説明を終えた。そして、湯呑に手を伸ばす。
「はあ……」
私は、眉間を揉みながら、溜息を吐く。終わったか……。父様の話は、過去の事例だ。どういう状況でその現象が現れたか、というよりも現象そのものってとこか。それを一つ一つ教えてもらった。
始めは、わくわくしながら聞いていたその説明も、すぐにそんな気分ではなくなる。淡々と述べられていく事例。それに唖然としながら、最後まで聞き入ってしまっていた。
いや、参った……。怪談でも、聞いているような気分だったな。未だに、それらの現象が信じられない。神の悪戯について知った時も、「いや、嘘だろこれ」と思うものはあった。だが、それより――。
代償というべきか、その結果が酷い。酷過ぎる。死んだ方が、まだましだと思えるものばかりだった。聞かない方が良かったと思える程に。
例えば、『火葬舞踏』という神の呪い。体が燃えて骸骨になり、それでもまだ生き続けているかのように、炎を纏って動き回る呪いだそうだ。何だよそれ。怖すぎるだろ。
「父様、今言ったことは本当にあったのですか?」
別に、父様本人を疑っているわけじゃないが――、いや、やっぱり疑ってんのか。だから、もう一度聞きたくなって、口を突いて出てしまう。
「多分な。実際この目で確認したわけではない故、全てが全て絶対とは言わぬ」
「そうですか……」
まあね。かなり昔のもあったから、そう言わざるを得ないか。
「だが、目にしたものもある」
「え? どれです?」
父様は、湯呑を卓に置いた。それから、答える。
「『団陀螺腕』だ」
「え!? ホントですか!?」
「ああ」
「ひええ~……」
団陀螺腕というのは、まず自分の手の爪が全て緑に変色する。この症状が出て両手を組むと、もう二度と解けない。そして、小指の隣に新しい指が生えてくるらしい。これが列になってどんどん増え、肩の方まで登ってくる。その指も組まれながら。
これが終わると、次は腕が捻じれ始める。骨を砕きながらその回数が増えるにつれ、腕が太くなり膨れ上がっていく。巨木よりも。そして、体全体が捻じれ、その腕に飲み込まれる。で、最終的には、巨大な一本の腕になるんだとか。
超怖い。ホント超怖いんですけど。ていうか、意味が分からんわ。何で、指が生えるの? 何で、捩じられるだけで、巨大化していくんよ……。
ちなみに、教えてもらえたのは、このような現象があったというだけ。豊胸の薬の様に、発現させる方法までは判明していないらしい。
「はあ……」
背もたれに体を預け天井を見上げると、もう一度溜息が零れる。いや、ホント参った。こんな事が実際に起きているなんてねえ……。
私は、こんな感じでおっかなびっくりだが、皆は驚いた風でもない。和やかではないが、平然というか特段変わった様子もなく、父様の話に耳を傾けていた。聞けば、ステライ、爺、先生は、今の話を知っているんだそうだ。
そして、もう一人同じく平然としている者がいる。私は、隣で静かにお茶を飲むシビアナに、そのまま顔を横に倒す。
「…………」
うーん。全然動じてませんねえ……。ま、元よりそんな性格だ。それに、以前からこの手の話には耐性がありそうな事言ってたから。どうって事ないのかも。
「…………」
じっと無言で見つめる。
「この世界は、残酷なまでな驚異で満ち、そして溢れています」、か――。
シビアナが、昔そう言っていた事を思い出す。いや仰る通り、世の中不思議な事だらけですわい。おっぱいが爆発するってのも驚いたが、その比じゃないね。まあ、これは何て言うか、方向性がまた違うけど。私は、背もたれから体を離し、顔を逆に向け見上げる。
「せんせ」
「ん?」
「追加。あります?」
「ふむ……」
腕を組んで、長い髭を何度か伸ばしてから口を開いた。
「今の所、思い付かんな。知っておいた方が良いのは、ジャムシルドが言ったもので十分だろう」
「そですか」
「まあ、後で思い出すかもしれぬ。その時は相談しよう」
「はい。お願いしまっす」
そう言って、首を戻すと、そのままかくんと落とした。追加で聞けるとしても、今はいいよね……。すると、ステライの笑い声が聞こえる。
「ふふ! 姫様、口調が」
「分かってるよ。聞き疲れちゃったの」
嫌々、頭を持ち上げて答えた。気が抜けた時の様に、かるーい感じになっていたのは、自覚がある。私が、こんな感じになっているのは、神の呪いが異常過ぎるのもある。だけど、やっぱ想像しても、何でそうなるのか意味不明な事だらけだったからかな?
何と言うか、自分の中の常識とぶつかり合って消耗したと言うか……。再現しようと頑張って想像するのに、持てる知識を総動員して理屈を一々捏ねたからだね。その分、疲れちゃったのよ……。
「ふん。この程度で情けない。全て聞くのではなかったのか?」
父様が、突き放すように挑発してくる。おーおー、言ってくれますなあ。
「じゃ、明日にでも全部教えて下さい」
「駄目だ」
即座に返されました。ちぇ。これだもんな。じゃあ、言うなっての。そう思いながら、私は湯呑を手に取った。
ていうかさ、何で今まで教えてくれなかったのよ。出遭ってたらどうなってた事か。危機管理がなってないんじゃありませんこと? お父様? まあ、今更言っても仕方がないけどさ。
私は、湯呑に口を付ける。さてさて。では、ここで一つ質問をしておこう。神の呪いがあると言う事で、気になることが出来たんだ。んで、私から聞くのはこれでお終い。後は、シビアナに振るつもり。
何かね、お腹は空いてきたんだけど、もうお腹一杯と言うか。それに、質問するのにも、その質問を思い付かないといけないから疲れる。だから、任せてしまおうって思ってまっす。
大体にして、この形式だと何かしら漏れがある。私ならね。これに気付いた。でも、シビアナならそんな事もないだろうさ。
「父様」
「何だ?」
私は、向けられたその顔に、最後の質問をする。
「神の呪いって、うちの王家に関わるんですか?」
そう言って一口飲む。穴暗仄尉と影喰み衣とか言うやつは、シカルアヒダのものらしいが、他のはこの国にあるもの。これってつまり、彼の国は関係なく、うちだけで単独。それだけで、禁種指定されているって事じゃない? 私の予想は外れて、両王家の秘密じゃあなかったって事だ。
で、もし本当に、うちの王家に関わるからって事なら、何故そうなるかと言えば、まあ――考えられる理由は一つ。
「ふん。逆に、何故関わっていないと思える? お前の髪は何だ? 神の悪戯であろうが」
うわー。言い切っちゃたよ、この人。そりゃあね、薄々そうだろうなとは思ってましたけど。今まで正式に言われたことはなかったが、これで確定。
そう、私だ。王家の女性の髪に宿るこの力。これと関係しているから。しかも、人の意志が介入して、操作出来るものになるのか。
でも、面と向かってスパッと言われると、心にグサッと来るものがあるわ。多少動揺しているんだと自分でも分かる。もうちょっとさ、優しい言い方ってもんがあるでしょうよ。やんわりとさあ。
これについても、もう少し早く言って欲しかったかな? ちょっとした場でも設けてね。そこで「実は、お前の髪は――」みたいな。「いいか、リリシーナ。心して聞け」みたいなさ。でも、そんな事もなしに、あっさり言うんだもん。
「何だ、その不満そうな顔は?」
「いえ、別に……」
父様に言われて、下唇を尖らせていると気付いた。口許を直して答える。うーん。こう何て言うか、厳かさが足りんのよ。厳かさが。自分としては、ちょっと物足りない感じがしていた。ま、あったらあったで面倒くさかったか。
「私の髪は呪いじゃないの、ステライ?」
父様は、神の悪戯と言ったが。どう違うのか知りたくなったから、追加で聞いてみる。
「はい。その身に深刻な悪影響がない場合は、そう呼びません」
「そっか……」
じゃあ、やっぱり合ってるじゃん。髪が透明になった挙句、おっぱいまで小さくなってんだよ? 紛う事なき呪いじゃんか。ええー……、呪われてんの、私? そして、どうやら神の呪いが、また新しく追加されそうだ。
ま、とは言っても、今聞いたのと比べればね。それに解決策があるらしいから。だが、やはり良い気分ではない。この事実が、心内から離れなくなってしまった。やれやれ。さっさと解決策を聞いて、この呪いから解放されたいわ。
さて。と言う訳で、そろそろいいだろう。日も高い。もうすぐお昼だ。そのお昼の用意をしている賑やかない雰囲気が、料理の香りと一緒になって、ここにまで微かに伝わって来ていた。
ではでは、今から殆ど怒られない策を、実行に移そうじゃないか。ふふん。何、簡単な話だ。これから怒られれば、すぐにお昼ご飯。そのままなし崩し的に、説教も終了と言う塩梅だ。これが最良であろう。
解決策は、許可だけ貰えばいいんだよ。その詳しい説明は、後から先生に聞けばいい。シビアナの質問も、お昼からお願いしよう。んじゃ、ちゃちゃっと怒られて、ちゃちゃっと許可を貰いましょかー。そう決めた私は、湯呑を一気に飲み干し始める。すると、ステライがまた笑い出した。
「ふふふ! ですが、姫様」
「ん?」
湯呑を傾けながら、視線を向ける。
「おっぱいが爆発して、死に至るようであったなら。それは、神の呪いと呼ぶべきでしょうね?」
「ごぶん゛っ!?」
顔が上向いていたせいで、口に含んでいた分のお茶が、天井に向かって噴き出た。
「ごほっごほっ――!」
私は、咳き込みながら、慌てて顔を逸らす。は、鼻があ! 私の鼻があああ! 噴出すのを止めようと口を閉じたら、お茶が鼻に入って痛い。
「うふふふふ!」
「ふふふふ!」
ステライとシビアナの笑い声が聞こえる。くそう! 完全に不意を突かれた! おのれええ、ステライ!
「姫様。鼻からお茶を吹き出すとは。行儀が悪すぎますぞ!」
『ぶふっ!』
クロウガルに咎めらると、ステライとシビアナの噴き出す声が同時に聞こえる。はあああああ!?
「ごほっ!? じっ! おまっ! ごほっ――!」
咳き込みながら睨み付けた。爺! ふざけんなよ! お前の方が、礼儀がなっとらんのんじゃ! 事実でも、そんな事わざわざ晒すな、ぼけ! 滅茶苦茶、恥ずかしいだろうがっ!
こういうのは、言葉にせず隠す。言わない。見て見ぬふりをする。女の子に対する基本的な礼儀である。
「ああ、鼻水が両方からもう……」
『ぶふうっ!』
また二人が噴き出し、私の心を抉る。
「だっ! ごほっ――!」
黙れ! もうそれ以上何も言うな、くそじじい! そう叫びたいのだが、咳き込んでて出来ない。
「リ、リリシーナ……」
あ。涙目になりながら見上げれば、先生の肩の辺りの服が染みになっていた。
「ずびばぜん゛、ごほっ、ごほっ……」
ご、ごめんなさい、先生。ちょっと掛かっちゃったね……。ええっと――、手巾、手巾。私は、懐に手を伸ばす。
「殿下」
すると、当然の如く距離を空けていたシビアナが、座ったまま腰をずらしながら戻ってくる。その手には、手巾が取り出されていた。二枚ある。
「ごほっ。あ、あんがと。先生」
「う、うむ」
出来れば私が拭きたいんだけど、そんな余裕はなかった。手巾を受け取り、一枚は先生へ。もう一枚で口周りを拭う。そして、シビアナがもう一枚手巾を取り出し、私の膝や座席に掛かったお茶を拭いてくれた。
「ご、ごめんよ……」
「いえ」
手間を掛けさせて申し訳ないと謝るが、やや釈然としない。自分が持っているのは使用済み。それを使うのには、躊躇いがあったから、確かに助かったけどさ。でも、もう少し早く出せたんじゃないの? お前、ちょっと眺めてたよね?
笑いを噴き出したりする暇があったら、さっさと手巾を渡して欲しかった。そしたら、鼻とか隠せてたのに。感覚的なものだが、私が懐に手を伸ばそうとした瞬間、奴は動いた。そんな気がする。
つまり、この醜態を、ぎりぎりまで堪能したかったのだ。しかしながら、筆頭としての立場もある。何の対処もせず、このままにしておく訳にはいかない。よって、堪能出来る限界を見極めつつ、職務も果たせる瞬間に動いた。そんな気がしてならなかった。てか、絶対これ。
「この大馬鹿者が。あんなものに手を出しおってからに」
「う゛……」
父様に睨まれ、やや怯んでしまう。いやー。そう言えば、知ってるんだっけか。でも、よく今まで黙ってたよね。確か、一月前――薬を飲んだ時には、シビアナが既に報告したって言っていたはず。それからずっとでしょ? すぐにでも呼び出され、怒られても不思議はないんだけどね。
「しかし、よく見つけられましたなあ、姫様。寝台の底に隠してあったのでしょう?」
ちっ、爺め。一言文句でも言ってやりたい気分だ。しかし、何を言っても、鼻水を垂らした私が悪いと返される。また恥ずかしい思いをするだけだ。ここは、余計な事を言わずに返すのが吉。
私は、口許などを拭き終わり、呼吸を整え苛立ちを鎮める。そして、手巾を仕舞ってから、爺に答えた。
「寝台から転がり落ちた時に、偶然見つけたんだよ……」
「なるほどのう。そうでしたか」
顎鬚をなぞりながら、何度か頷く。ふっ。そして、爺よ。これが不幸の始まりなのだ。とほほーい……。
「はあ……。全く、あいつは……」
父様が、眉間に皺を寄せ目を瞑りながら、胸の前で腕を組んだ。そして、皺を残したまま目を開いて言う。
「シビアナから、あの瓶と箱を見せられた時は、本当に頭が痛くなったわ。別の箱をわざわざ新しく作り、寝台の底に隠す。まさか、そこまでしているとは思わなかった」
ん? 何か変な言葉が、聞こえてきたよね。
「父様。別の箱を作った、ですか?」
「ああ。――む? シビアナ、話しておらぬのか?」
シビアナが、首を振る。
「いえ。ですが、概要を端的に、ですね」
「そうか」
ふむ……。私は、昨日のことを思い返す。言われてみれば、確かに少しだけだったか。詳しく聞いてないよね。
「いいだろう、余が教えてやる。シビアナにも話しておらぬ事があるしな」
「私も、ですか?」
シビアナが首を傾げる。
「ああ。余たちも、昨日知った事だ。伝える暇がなくてな。すまぬ」
「いえ、そんな……」
「まあ、お前が知らぬ分は、一言で済む。先に伝えておこう」
何だろ? ――あれ? 爺とステライが、困ったような顔になっているのに、私は気付く。父様は、両腕を組み直し、「はあ……」と溜息を吐きながら顔を伏せた。そして、その顔を持ち上げて口を開く。
「シビアナ」
「はい、何でしょう?」
シビアナが姿勢を正すと、父様が一言だけ伝える。
「四本だった」
四本? これを聞いて隣を見ると、シビアナが瞬きもせず動かなくなっていた。だが、すぐに顔を伏せ小刻みに震え出す。笑いを堪えている時のあれだ。横顔が、そうなっている。そして、遂に我慢できなくなったのか、
「ふふふふ――!」
と、口許を隠し笑い始めた。だが、大笑いというわけではない。私には、その笑いを必死に抑え込もうとしているように見える。お、おお……。どうしたんだよ、急に?
事態が呑み込めない。爺とステライを見れば、困ったような苦笑いに変わっていた。父様はうんざりとしたまま。先生を見上げれば、こちらは不思議そうにシビアナを見ている。その視線が私に移り、互いに首を傾げる。うーん。この感じだと、先生も事情が分からないみたい?
「と、父様?」
顔を振り向け尋ねる。
「お前には、始めから教えてやる」
「は、はい」
「シドーも聞いておいてくれ。あの馬鹿がしでかしていた、事の真相をな」
「エラクツォーネがか?」
「はあ……。ああ、そうだ」
私と先生は、もう一度顔を見合うと、シビアナが笑い終えた。
「ふう……。皆様、申し訳ございません」
「良い」
父様が首を振る。そして、話を始めた。
「さて――。事の起こりは、今からおよそ二十年前。あいつが、あの薬を手に入れた事から始まる」




