第5話 神の悪戯 その2
白い仮面。黒い煙。あれは、神の悪戯かもしれない。私は、先生に気付かれる前に、顔を父様へ戻した。
とすれば、恐らく、シカルアヒダの方で現れたものなんだろう。だから、知っているんじゃないかな? 先生は。神の悪戯を長年研究しているんだもんね。諸外国にも、度々足を運んでいるし。
シカルアヒダに行った時にでも遭遇して、その根拠も得ている、とかさ。で、それが両王家に関連する秘密の中で一緒くたにされていると。うん、ある。あるよ、これは。いやあ、もうちょっと早く思い付きたかったなあ。そしたら、先生に聞けてたのに。
まあ、あんなもの初めて見たし、初めて知った。それに、特種か禁種に指定されているって思っていたからね。疑問には思ったけど、これでもう深く考えるのを止めてた。
だけど、不可思議な事例なら、断定とまではいかなくとも、そうではないかと一度は考えそうなもの。これは、気付いた今だからこそ、言える部分もあるだろう。しかし、それでも思い当たる理由がある。
神の悪戯は、機密の中では下から三番目。甲種に該当する。そこに、様々な事例が記された文書があった。先生が教えてくれた伝説の類もそう。でも、私は、あの二つの記述を見た事がない。先生や父様たちが知っている以上、神の悪戯ならそこにあるはずなのにね。
よって、結び付けることは当然無理。無いものと、そんな事が出来るわけがない。似たような記述もなかったし。あと、見落としってわけでもないだろう。だったら、父様が「甲種で確認しろ」って言うよね。面倒くさいって言ってるくらいだ。自分で探せって言うわ。
そもそも神の悪戯とは、何もない所に炎や水玉が急に浮いて現れたりする。そういった自然の中でと言うか、人の意志が介入せず勝手に起きてしまう現象だ。例えば、豊胸の薬。これももまた、それらと同じ。勝手におっぱいが大きくなって、勝手に爆発するからだ。
話を聞いた限り、おっぱいの大きさを止めれるような人が操作する余地は、甚だ残念ではあるがなかった。でも、今朝見た二つって、人の力で操作しているよね? 白い仮面だけでなく、黒い煙の方もそう思えた。
先生が、珊瑚頭たちに問い質している。「お前たちを、ここに連れてきた者の名は、何だ?」と。これがあったから、神の悪戯かもって考えを、まず思い付かなかったんだ。うん、多分こんな感じだと思うわ。
しかし、こんな仮説を思い付いても、半信半疑さ。人の力で操作してる神の悪戯って、まあ――見た事ないもの。だけど、先生はそれを可能にしようと研究している。そして、さっき見せてくれた実験。あれを見た以上、否定なんてできない。半信に足る根拠になってしまった。
そういえば、あの薬もおかしい点があるのか。文書がないのは、あの二つだけじゃない。豊胸の薬についてもなんだっけ。あれも記述の一切がないんだよねえ。しかも、こっちは神の悪戯だと確定している。先生がそう教えてくれたからね。にも拘らずさ。
無いというのは、甲種より下にある乙種、丙種も同様だ。あと、この二つの中や他の甲種に、紛れ込んでいる可能性もないと思う。そうならないような、保管のされ方をしているからだ。それこそ、人の手で意図的にでもしない限りは無理だろうね。
だが、あれは、あの二つと違って、ただ単純に見落としていたってだけだろう。どの機密も、書物や石版、石碑の量は多いから。豊胸の薬も、おっぱい関連とはいえ、それは否定しない。血眼になってまで探してないし。
それに、機密と指定される以上、下になければ当然その上の特種か禁種の中に入っている。つまり、神の悪戯は、甲種以外にもあるということになってしまう。王家が関係していなくても、人の手で意図的に分けられて。
しかし、そうなると、これはおかしい。王家関連ってのは、私が言ってるだけだから、置いておく。だが、それでも説明がつかなくなる。先生が、昨日のような詳しい話を私に出来ない。特種か禁種の扱いになっているなら、まず始めに釘を刺す。だが、それはなかった。
しかも、あの場には、イージャンもいたんだ。シビアナは、この場にも同席出来るから良いとしても、あいつは駄目だ。夫婦と言ってもそれは別。立場は違う。本当に特種か禁種なら、退室させていたはずだ。
けど、それもなかった。だから、現時点で考えられるのは、やっぱり私が見落としているって線が濃厚かな。で、今朝の二つ、まあ他にも何個かあるようだが、それらはあくまで例外ってとこか。
しっかし、神の悪戯かあ……。そんなのとやり合うのか。やれやれ……。まだ確定しているわけではないが、本当にそうだとしたら、もうどうしようもない。どんな突拍子の無い事でも、受け入れるしかなくなる。
しかも、襲撃に使ってるくらいだ。絶対とは言わないが、それなりの信頼性はあったはず。出来るか出来ないか、それすら分からないものを、流石に使わないだろう。首を傾げたくなるような襲撃の仕方でもさ。
それに、他にもあるみたいだし。で、相手はその発現する方法を知っているわけでしょ? 豊胸の薬みたいに。今もその村に行けば爆発するかは不明だが、確か条件は判明していた。
でも、その方法はどう知り得たんだろうね? それは偶然か。はたまた必然か。どちらかは、勿論よく分からない。でも、複数個持っているっていうんなら、一つある可能性を思い付く。
収集――。つまり、いたんだよ。先生と同じような考えを持った人間が、シカルアヒダにも。そして、同じように神の悪戯の情報を集めているんだ。これはあり得る。
うーん。だとしたら厄介だよねえ。あの二つも、豊胸の薬とは別の意味で、やばそうなものだったし。他にあるのだって、そういうのかもしれないわけで。
「さて。まずは白い仮面だが――」
父様がそう言いながら、やっと湯呑を置く。それを見て気を取り直した。さあ、父様。答え合わせといきましょう。私が閃いたその答え。あれは、ずばり! 神の悪戯だ!
「あの仮面――」
どきどき。
「あれは『神の呪い』。『穴暗仄尉』と呼ばれるものだ。自分の顔が剥がれ、仮面になる。その仮面を使えば、遠く離れようとも会話が出来る上、見聞きも出来る。だが、代わりにその顔は、およそ人のものと言えぬ程に、変わり果てるがな」
…………。
「――はい?」
思っていた答えと違う。でも、惜しい。半分は合ってた。「神の」までは。いや、そうじゃない。え? 今、何て言ったの? 神の呪い? あなぐら?
「黒い煙の方は、詳細までは分からぬ。だが、これも神の呪い『影喰み衣』の一種だろうな。自分の体が自分の影に食われ黒く変色し、そのまま煙のようになって全て消え去る。そして――」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
知らない言葉が、訳の分からないまま次から次へ飛び出てくる。だから、慌てて止めた。
「何だ?」
「いや、何なんですか、神の呪いって? あなぐら? かげはみ?」
この答えは、ステライが教えてくれた。
「姫様。神の呪いとは、人の身に降りかかった神の悪戯の事です。その中でも、自身や周囲を深刻な危険に晒し害する現象を指します」
その説明に、口を開けて唖然とする。何それ……。
「初めて聞くんですけど……」
しかも呪いって……。悪戯どころの話ではない。
「ふん。やはり出遭った事はないか。ならば、当然だ。神の呪いは、神の悪戯と違い、その全てが禁種に該当する。実際にその目で見なければ、この名も知らぬお前が知る由はない」
父様が平然と言う。うっそおーん。
「せ、先生……」
自然と隣に顔が向いていた。
「神の呪いって――、知ってました?」
「すまんな」
おずおずと尋ねると、頷きながら肯定された。
「い、いえ」
そりゃあ、知ってるか……。神の悪戯の、いわば第一人者だ。
「爺も?」
「知ってますな」
ですよねー。ステライが知ってるんだもん。
「シビアナもか?」
「いえ、私は知りませんでした」
「あれ? そうなの?」
「はい」
へー。何か意外。いやまあ、禁種だから当たり前っていえば、そうだけどさ。
「はあああー……」
しかし……。私は、息を長く吐きながら、長椅子の背もたれに、ゆっくりと背中を預ける。神の呪いかあー。そんなのあったかあー……。
この驚きのせいで、思考が纏まらなくなってしまった。そんな気分を振り払いたくなり、目の間にあった湯呑に手を伸ばす。そして、その湯呑を口に運び、お茶を飲んだ。そのお茶は、温くなっていたが、おかげで飲みやすい。一気に全部飲み干した。
「はあ……」
溜息を吐いて、湯呑を卓に戻した。すると、シビアナが近くにあった土瓶を手に持ち、空になった私の湯呑にお茶を注ぎ始める。
「ほっほっ。流石の姫様も、こればかりは驚いておるようですな」
クロウガルが、顎髭を撫でながら言う。
「いや、爺……。これは驚くって」
神の悪戯には、他にも種類がありました。それは、神の呪いと言います。しかも、禁種指定で何だかやばそうです。この、いきなりなまでの新事実。そんなのを叩き付けられちゃあねえ……。神の呪いとか……。いやホント、何だよそれって感じ?
「ああ。それと、殿下」
傾けた土瓶を戻しながら、シビアナが言った。お茶の入った湯呑みの中からは、薄らと細長い湯気が立ち上り、すぐに消えていく。
「ん? なに?」
「白い仮面というのも、私は初耳ですね」
そう言いながら、湯呑みにお茶を注ぎ終えると、土瓶を静かに卓へと置く。
「あ……」
言われて気付いた。そうだよね。こいつは、遅れて来たから知らないのか。それに、研究所では、髪の毛とおっぱいで一杯一杯になって伝えずじまい。王宮に帰ってからも、執務室にいなかったし。伝える時間はなかったからなあ。
煙の方を言わないという事は、これは知っているようだ。ササレクタは教えんな。レイセインかイルミネーニャか。それとも、グスコか。外壁門にいたあの三人の内、誰かだろう。
「ごめんな。言おうにも、機密っぽかったから」
でも、忘れてなかったら話していた。先生も言っていたが、私が今朝見た事はまだ黙っていろとは言われていなかったからね。
「ふふっ。いえ、心得ております」
両方の意図を、汲んでくれているだろう。そんな微笑みを見せながら言った。にしても、平然としているなあ。いつも通りのシビアナだ。流石と言うか何と言うか、驚いている様子はない。となると――。
もしかしたら、気付いていたかもしれないな。神の悪戯は、別に分けられているものがあると。そう言われても、すんなりと納得できる。
こいつの情報収集能力は半端ない。それを専門とする月鏡院に匹敵するくらいだ。しかし、一体どういう伝手を使ってやっているのか。これは教えてくれない。尋ねても、いつも、はぐらかされてしまうんだよね。まあ、見当が付いているっちゃあ、付いているんだが……。でも、これ以外にも絶対あるだろうし……。
けど、それでもテオルンは、その網を掻い潜ったんだっけ。うん……、ホント恐ろしい子だよ、あの子は……。自覚はないのだろうけど、シビアナの隙を突いて癇に障るような事を、悪気なくあっさりとするんだもん……。
私は、シビアナに振り向けていた顔を戻す。そして、入れてくれた湯呑に、もう一度手を伸ばし、右手を添えながら左手の上に置く。それから、一口飲む。
すると、驚きが徐々に治まり、ようやく落ち着きが戻ってくる。話が、どの辺りで止まっていたかも思い出せた。そこで、改めて父様に尋ねる。
「じゃあ、向こうはその神の呪いって奴を、他にも複数持っていると」
「ああ。可能性はあるだろうな」
だろうな? なんだ、そのあるかないか分からない、憶測っぽい言い方は? 他にもあるって言ってたのにさ。
「えーっと、父様。他にも教えてくれるんですよね?」
「まあな。だが、あの二つとは違い、今から教えるのはこの王国にあるものだ。故に、シカルアヒダのものとは限らぬ。それをよく踏まえておけ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。こちらで判明しているのは、あの二つだけだ。後は、シカルアヒダに直接聞いてみるしかあるまい」
げー……。不明なのかよ。うんざりするな。いや、そうも言ってられないか。
「だったら、うちにあるのは全部教えて下さいよ。それは、必要な情報でしょう?」
向こうが持っているその中に、うちが保管しているのと同じものがあるかも知れない。なら、どれでもいいように全部知っておくべきだ。
「詳細も、勿論お願いします。父様が無理なら――」
封・印・殿! 封・印・殿!
「駄目だ」
もう、またあ!? いや、流石にこれは納得できない。教えてもらわないと困る。いきなり神の呪いってのが発現したらどうなるか、一切見当が付かない。だから、全部だ全部! 封印殿だ! あくまで抗議を――!
「父様――!」
「王女として、今回の件で必要なものは、ちゃんと教えてやる」
うぐ。そう言われると返しにくい。
「遭遇したら厄介なものばかりだ。お前は、まずそれをしっかりと覚えておけ」
「…………」
でもさ、そんなの分かんないじゃん。もしかしたら、選んだのとは別の奴が出てくるかもしれないじゃん。
「いいな?」
「…………」
何が、「いいな?」だ。納得できるわけないだろ?
「リリシーナ」
「先生?」
返事をしないで父様を睨んでいると、呼ばれたので顔を向ける。
「今から伝えられる内容の中で、もし儂が足りぬと思えば、後でジャムシルドと相談して追加を検討する」
おお! 流石は先生!
「ありがとうございます!」
「無論、儂が知っているものに限るがな」
「あ」
そうなるよね。ったく、だから全部教えろよ、父様のけち!
「だがな、リリシーナ」
「はい?」
「重要なのは、神の呪いというものが存在する。という事だ」
んん? どういうこと?
「この国にあるものが全てではない。向こうは、それ以外の、儂らの知らぬ神の悪戯や神の呪いを持っている。その可能性の方が高いと、考えざるを得んだろう?」
これは、つまり――。うちにあるのは、あくまでこの国を含めた周辺地域のものが、殆どになるからって事か。遠方のシカルアヒダだと、その周辺から外れてしまう。
確かに、甲種にある神の悪戯はその傾向だ。そして、シカルアヒダの神の悪戯はなかったと思う。だけど、神の呪いの方はあった。それが、父様が今言ったもので、先生が出遭ったものなんだろう。白い仮面はササレクタもか。
「まあ、そうですね……」
「うむ。情報はどの道足りん。では、お前はどうすべきだ?」
「私、ですか?」
「そうだな」
うーん。それは……。
「どうあっても、行き当たりばったりになるって言うんなら……。心構えだけは、しっかりしておけって事です?」
「うむ。その通りだ」
お、合ってたか。でも何だか、襲撃があった時に、ササレクタと話した事を思い出しちゃったな。あの時も、こんな感じだったよね。
「この先何があるか分からぬ。だが、お前は、王女らしくどっしりと前を見据えておれ」
「は、はい」
あの、先生……。女の子にね? どっしりって言うのは如何なものです? 私は素直に同意できなかった。うーん。どっしり王女はやだなあ……。
「他に大切なのは、準備とその場の判断などだが――。ふっ、これはシビアナの役目となるか」
先生が私の隣に目を向ける。それにシビアナが、悠然とした笑みで答えた。そうか。こいつがいれば、いつもの戦略が使えるもんね。これに気付いた事で、何とかなる気がして来た。
おかげで、不満な気持ちが不安と一緒にが、すうっと抜けていく。やっぱり、味方だと心強い。味方だとね。
「ま、ともあれ説明を聞け。初めて知る話なのだ。いきなり全部を知ったとしても、飲み込めぬだろう。儂が知る分だけでもな」
「う。そうなんです?」
「うむ」
この言い方だと、事例の数は結構あるのかな?
「そうだな……。神の呪いがあるという事に慣れる――、とでも言うべきか。まずは、そこからだろうな。それに、少しずつの方が覚えやすいというのもある」
まあ……、それもそうかあ……。
「分かりました。じゃ、とりあえず……」
「うむ。まあ、説明を聞いてみろ」
「は、はい」
やれやれ、先生に説得されてしまったな。では、父様。改めて、神の呪いとやらを教えてもらいましょうか! 不謹慎かもしれないが、ちょっとわくわくしてきた。知らない事を知るのは、やはり興味がある。でも、足りなかったら絶対追加だからね!
しかし、そんな浮ついた気分は、すぐに消え去る事になる。それどころではない。ずっと聞き入ってしまっていた。神の呪いとは、とんでもない物ばかりだったのだ。




