第1話 王との謁見
「じゃあ、ローリエ。私たちは行くから」
笠椰海の内鳥居の前まで来ると、私は振り向いて彼女に伝える。
「は、はい! あ、いえ、あの……」
「ん?」
控え目だが、呼び止められた。
「えっと……。リリシーナ様……」
ローリエは、胸元で握った両手の指をまごまごと動かして、それを見ている。もじもじとして、何か言い出すのを躊躇っている感じを受けた。
「どうしたの、ローリエ?」
尋ねてみると、意を決したように顔を上げる。
「あ、あの! 先程は、ご挨拶もせず……、その……」
ああ。何だ、それね。
「良いって良いって。気にしないで」
「あ、ありがとうございます!」
そう言って、一気に姿勢を前へ倒してお辞儀をした。そんな事を気にしていたのか。でも、あの状況じゃあね。私の事に気付かないのは仕方がないよ。
「ふふっ!」
ローリエの隣にいる先生が、何故か笑いを噴き出した。んん?
「何です、先生?」
「いや、そのな」
「シ、シドー様!」
ローリエがぎょっと慌て始める。先生の言葉を遮ろうとしているのか、手をあわあわさせながら動かす。
「大丈夫だ。逆に伝えておいた方が良い」
何だろ?
「先生?」
「ああ、すまぬ」
先生は、一旦ローリエを見て頷く。すると、やや落ち着ついたようだ。赤い顔を俯けたが、あわあわさせていた両手が止まり、お腹の辺りで握る。その様子を見ながら、先生は答えを教えてくれた。
「実はな――」
「はい」
「お前がその格好だから、本当に侍従官だと勘違いしていたらしい」
「へ?」
私は、目をぱちくりとしてしまう。
「ももももも申し訳ございません!」
ローリエが、また勢いよく頭を下げる。その姿を見てから先生に視線を移せば、半分困ったように眉を歪めた。すると、何故だか笑いが込み上げてくる。
「――ぷふっ!」
だから、私は噴き出してしまった。そして、そのまま笑い出す。
「あっはっはっはっ!」
「ふっふっふっふっ!」
先生も釣られたようだ。同じように笑い出した。
「そ、その、昨日とはあまりにも違っていらしたというか――!」
「あっはっはっはっ! いいんだいいんだ、気にしないで」
そう言いながら、縮こまったままの彼女に軽く手を振る。いやー。この服は最後まで役に立ってたんだな。
先生が、彼女の肩を優しくぽんぽんと叩く。これで特に問題ないと思えたのだろう。顔を上げ、照れたような可愛らしい笑顔を見せてくれた。
うん、そうだね。先生の言う通りだ。こうやって冗談でも言いながら笑い合って、私に慣れて欲しいかな? じゃないと、父様には会わせられないかも。本当に見た瞬間、気絶しそうだよ。ふふっ。
「では、ローリエ。儂らは王宮へ向かう。お前は、ベルの所で研究の続きを頼む」
一頻り笑ったところで、先生が言う。
「はい、分かりました! お気をつけて!」
「うむ」
ん? 研究の続きって――、さっきのあれの事か。ベルカトーネの所でも出来るんだな。でも、この状況でもやるってのは……。ふむ……。いや、何もしないで待っているよりは良いよね。
「じゃあ、ローリエ。またね」
「は、はい! リリシーナ様もお気をつけて!」
「うん、ありがと」
手を振ると、お辞儀を返してくれる。こうして、私と先生はローリエに見送られ、階段を駆けていった。しかし、大鳥居まで下りきると、ふと後ろが気になって振り返ってみる。内鳥居を見上げた。
すると、彼女の姿は随分と小さくなっていたが、まだ手を振ってくれているのが分かる。それを先生に教え、二人して手を上げて振り返す。そして、カトゼ大神宮を後にした。
外壁門に辿り着くと、そこの門は三つとも開いており、既に通行が出来るようになっていた。門の上や周りにいる兵の数は多いように見受けられるが、制限はしていないらしい。
馬車が通る中央の大きな門口と、その両脇にある小さな門口に、それぞれ列を作っている。しかし、その列が、緩やかに動いていた。
その先頭には、検問官が数人ずつ立っている。ここを通るには、基本彼らに通行許可書、若しくはそれに相当する身分の証を提示しなければならない。それを終えた人や馬車が、それぞれの門の中に入っていく。その内側からも、人や馬車が出てきていた。これが、外壁門の普段よく見る光景だ。
私たちも、通行許可証か身分の証を見せる必要がある。この姿では、王女と分からないだろう。しかし、今は持ち合わせていない。まあ、話をすればすぐに確認を取ってくれるだろうけど。
先生は持ってるか。それに頼れば良い。ああ、でも良かった。それもいらないわ。門の手前で、全身を厳つい鎧で包んだ軍人が、複数の兵士と一緒に立っていた。その軍人が、私たちに気付いていたのか、手を振っている。私たちは、そこまで走っていく。
「グスコ、お疲れ」
「いえ! 殿下とシドー様の方こそ、お疲れ様であります!」
周りにいる者たちと一緒に、びしいっと敬礼をする。
「外壁門を通りたいんだけど、いいかな?」
副指令官の彼女がいれば問題なく通れる。これで、身分の証は必要ない。
「はっ! では、内側まで同行致します! こちらへ――」
そう言って敬礼を解くと、グスコたちは外壁門へと歩き出した。
「お願いね」
私と先生は、その後に続いて歩いていく。ゆっくりと動く長蛇の列を尻目に、その隣をどんどん進んでいった。グスコを先頭に、左の門口を目指す。兵たちは、列と私たちの間に入り、守ってくれている。
そして、検問所まで行くと、グスコが手を軽く上げて、検問官たちが敬礼をして返す。これでお終い。私たちはそのまま素通りして門の中に入っていった。
「グスコ。もしかして、待っててくれたの?」
あそこには、わざわざ立っていた。何となくそんな気がしたので、尋ねてみる。
「はっ! 先程戻って来られたシビアナ様に、頼まれたのであります。殿下は、シドー様、イージャン様とご一緒のはずですが、一人で帰って来られる場合も考慮しておきたい、との事でありました」
おお。あいつの計らいか。どうやらシビアナ達は、既に王宮へ帰っているようだ。少なくとも外壁門は越えている。それが確認できた。
「ありがと、グスコ。皆もね」
「はっ!」
礼を伝えると、全員が敬礼をして答えた。シビアナにも感謝。でも、待っててくれたのは、彼女たちだからね。
「警備は厳重にしないの?」
もう一つ尋ねる。
「はっ! これでも多少は多いのですが、増えることはもうないであります」
「そっか」
「実は、シビアナ様たちが戻られる前に、陛下がいらっしゃいまして。このくらいで押さえよと」
「へえ……」
警備が厳重過ぎると、返っていらぬ不安を抱かせてしまう場合がある。父様は、これを避けたかったのかな? まあ、少しは多くしているようだが。やはり、若干多めだというのは間違いではなかったか。通行の許可を出したのも、父様かもね。
私たちは、門を潜り抜ける。すると、朝日に照らされた王宮の白い鷲のような姿と、その翼にある幾つも風車がゆっくりと回っているのが目に入った。
視線を下にすれば、多くの人や馬車が行き交う賑やかな光景。先程まで軍の演習があったとは思えない。ただ、門の先にあるササレクタたちと戦った跡を、物珍しそうに立ち止まって見ている者たちはいるが。
それでも、動揺している雰囲気は感じなかった。ここまでに通った経路に限るが、街中もそう。まあ、平穏だ、平穏。うーん。研究所の襲撃事件は、まだ知れ渡っていないみたい。
「それなりに広範囲で、やったようだ……」
先生が、周りを見渡しながら言う。よく分かるねえ。確かに、注意してみれば、私たちがやり合った場所以外にも、石畳が割れてたりしてる所がある。これで察したのかな?
「まあ、軍の演習ですから」
その軍は、もう殆ど見かけない。綺麗に捌けていた。
「ふっ。だが、お前とササレクタ達がやり合った場所は、一目で分かってしまうな」
笑いながら、人だかりの出来ている場所を見る。
「ははは……」
ばれてた。多分、シビアナ。ササレクタ達との仕合は、あいつが先生に話したんだろう。
「じゃあ、グスコ。私たちは王宮に戻るから。ここは頼むね」
「はっ! お任せ下さいであります!」
敬礼をするグスコ達に軽く手を上げて、南の大路を走り出した。
私たちは、王宮に戻ってきた。シカルアヒダの者たちはまだ着いていない。だが、通り掛かった王宮侍従官たちに聞けば、やはりこっちに移るらしい。その者たちは、話し終わると受け入れの用意をするため、急いで走って行った。やはり、襲撃後とあって、王宮内は慌ただしさを感じる。と、思ったが理由は他にあった。
「ええ!? ササが暴れた!?」
私の叫び声が、部屋に響く。
「嘘だろ!?」
「ううん、本当みたい……」
思いっきり驚く私に、イルミネーニャが不安げにそう言い、隣にいるヴァレータと一緒に首を振る。
ここは、私の執務室だ。つい今し方、戻って来たばかり。手前にある前室に入ると、先に戻っていたイルミネーニャとヴァレータがいた。イルミネーニャは、侍従官服に着替えている。この二人に慌てながら背中を押され、執務室へ入るよう急かされた。
そして、長椅子へと腰を掛けると、そう告げられたのだ。理由は分からないが、いきなり激高したササレクタが、父様に襲い掛かったのだと。ヴァレータによれば、王宮が騒がしかったのは、襲撃の事ではなくこれが主な原因だったらしい。その情報を仕入れてきたこの子も、不安げに言う。
「突然、ササレクタ様の怒鳴り声が聞こえてきたかと思うと、大きな破壊音がしたそうです。扉の前を護衛していた王宮兵士が、急いで中に入るとそう言う状況だったとか」
怒鳴ったって……。一体どうして……。
「騒動は直ぐに収まったようですが、謁見の間が少し壊れたみたいですね。床が割れたと聞きました。あと、柱も一本砕けたみたいです。これは、ササレクタ様がその柱へと、陛下に吹き飛ばされたから、だそうですけど……」
「おいおい……」
何してんだよ、あいつ……。
「だから、謁見は執務室でするって。準備が整ったら人を寄越すから、それまで待機。さっきステライ様が来られて、姫姉にそう伝えるよう頼まれたよ」
「そっか……」
イルミネーニャの言葉を聞きながら、私は考え込んでいた。何があった? ていうか、父様に襲い掛かったってのは、この国の王に逆らったって事じゃないか。只で済むはずがないぞ。将軍職は剥奪。下手すれば極刑だって有り得る。はあ、ホント何やってんだよ、あいつ……。
「先生」
顔を向けて意見を仰ぐ。胸の前で腕を組み、眉間に皺を寄せ落としていた視線がこちらを見る。
「兎に角、謁見まで待て、リリシーナ。ジャムシルドに仔細を聞こう。話はそれからだ」
「そうですね」
父様たちに話を聞くのが第一か……。その内容次第で、ササレクタに非があるかどうかはっきり分かる。私も擁護の仕方が分かるはずだ。
ステライの使いは直ぐに来た。ヴァレータが、扉を叩く音に気付き足早に執務室から出て、そして戻ってくる。
「姫様、謁見の準備が出来たそうです」
「分かった。ありがと」
さっさと父様の所へ行こう。シカルアヒダの事について、もう少し聞こうと思ったが、そんな気分は消え失せていた。
「イルミネーニャ」
「ん? 何?」
「シビアナは?」
謁見に呼ばれたのは、私とイルミネーニャだが、別に構わない。先生だっている。それに、こっちからも報告があるから、事情を知っているあいつもいた方が良い。これは、あいつ自身分かっているだろうけど。
「あー……。セイン姉と一緒にテオルンを連れてったよ」
「おおう。そうか……」
「ははは……」
イルミネーニャが苦笑いを浮かべる。既に拷問は、いやいや詰問は始まってんのね……。それは恐らく、あいつの説教部屋でだ。
「でも、謁見の用意が出来たら、教えてくれって頼まれてる。だから、呼びに行ってくるよ」
やっぱり、一緒に行った方が良いってのは分かってたか。
「うん、お願い。私たちは、遅れるのも何だから先に行ってるね」
「りょーかい」
「では、リリシーナ。行くとするか」
「はい、先生」
先生が席を立ち、私も立ち上がる。そして部屋を出た。ヴァレータに後を頼み、イルミネーニャはシビアナの所へ向かう。私たちは、父様の執務室に向かった。




