第29話 カトゼ大神宮の大祭主 その2
私は、先程の外苑に戻ってきていた。先生はいない。私だけ。何故か? ふっ、気を利かせたのだよ。二人の邪魔をしてはいけないと、黒曜神宮の敷地を出た辺りで「ぴーん」と来たのだ。
そして、この外苑で待つと伝えたところ、先生はすぐに戻ると言い残し、颯爽と走っていた。今頃は、ローリエを起こし、良い雰囲気にでもなっている事だろう。ま、案外あの子は、起こす前にもう目が覚めているかもしれないけど。
だが、どちらにせよ、先生の口から伝える事に変わりない。これに意義がある。これだけでも、随分と違うし、安心出来ると思うんだよね。
ともかく、気配りの出来るこの王女様に、感謝して頂きたい。ですが、早めで頼みます、先生。謁見がありますので。
外苑の中央を見やれば、まだ人だかりが残っている。抜身の刀剣や槍は、持ったまま。でも、少し減ったかな? 私はそこを目指し歩いていった。
中央に辿り着くと、私に気付いたカトゼの者たちが道を開けてくれた。その者たちに、軽く手を上げて礼を言いながら進んでいく。その先には、相も変わらずエロ爺が、八咫の棍に鎖で何重にも括り付けられていた。
大宮司はいない。ヒュースレーたちもだ。此咬みを納めに行っているのだろう。私は、その此咬みがめり込んでいた地面を避けて立ち止まる。
このエロ爺は無視して、鳥居の前にでも待っていれば良かったんだけどね。だが、ローリエは、まだここにいるんだ。私からも釘を刺しておこうと思い、やって来た。
その爺は、ぐったりとしている。首が垂れ髪に隠され、その顔が見えず、動く気配も感じられなかった。
死んだか。今日は、立て続けに要人が死んでいく。まあ、こういう日もあるのだろう。しかし、これで大祭主も交代だ。孫を呼び戻さないとな。ただ、それも厳密に言えば、候補としてだけど。
大祭主は、その特殊な能力の事もあり、大宮司の血統から選ばれる。だから、シヴァルイネやヒュースレー、オウサやキルサだって、大祭主になる可能性はある。
だがまあ、大抵は大宮司だ。十二人の中から選ばれることが、殆どだったと聞く。バテンノもそう。しかし、次の大祭主は、あの二人だけでなく他の大宮司も、恐らくこの爺の孫を推す。あの孫は、大宮司ではないが、彼らにそうさせる理由がちゃんとあるのだ。
「んん……? おお、姫様……」
ちっ。やはり死んでいない。目の前にある私の気配を、ようやく感じたようだ。バテンノが弱々しく顔を上げ、苦しそうな声を漏らす。
「バテンノ爺。生きてたのか」
「はっはっはっ……。いやいや、儂はもう駄目ですな……。ここまでようですじゃ……。ごほっごほっ」
同情を売る気だ。儚そうに首を振る。病気でもないのに咳き込む。自分、今にも死にそうなんです的な芝居を仕掛けてきた。
ばればれなんだよ。爺のくせに殺しても死なないような奴が、そんな事をしてもな。病気にだってかからない。それに、似たような事をするのが、うちにも一人いる。だからか、その同情を買う気は全然起らなかった。美少女じゃない分、効果も薄いかな? ともかく、
「バテンノ爺。そんな芝居は要らん。ローリエがここを離れるまで、お前はこのまま大人しく拘束されていろ」
「ははは……。これは手厳しい。ですが、そんな余裕なぞ、この老いぼれには、もう、ごほっごほっ……」
まだ続ける気らしい。私はその様子を油断なく眺める。
「ごほっごほっ……。ですが、姫様」
「ん?」
「最期に、姫様の清艶で美しーご尊顔を拝見できました。これで悔いはないですのう……」
「はいはい」
今度は、煽てる作戦か。だが、効かん。
「あーじゃが……。最期と言うなら、シビアナのおっぱいじゃなかった、妖艶なご尊顔も拝みたいですなあ」
は?
「あと、レイセインとイルミとシトエスカと――」
私の侍従官の名が、どんどん挙げられていく。こ、こいつは……。
「新しく入ったゼニシエンタちゃんも、きゃぴっとして可愛いのう! うむうむ! 姫様の侍従官は、可愛い子ばっかりで全く羨ましい限りですわい! わっはっはっ!」
…………。
「おい……。随分と調子が良くなったな?」
「はっ!? ごほっ! ごほっ! ごほっ!」
バテンノが、無理矢理咳き込む。遅いわ。
「元気で何より。お前は、当分ここで括り付けられていろ」
何なら明日まででもいいぞ。一向に構わない。
「ぬう……。儂としたことが、姫様の誘導尋問に引っ掛かろうとは!」
「してない。私はそんなのしてない」
自分から勝手に興奮して、喋っていっただけだろうが。
「ま、それはそうと、姫様」
「ん?」
「何故、その侍従官の服を?」
爺が、訝しげにこちらを見てくる。ああ。そりゃあ、疑問に思うか。シヴァルイネたちは、何も言わなかったけど。これは、多分前にも着てたところを見られているからかな。
「いやまあ――。色々あったんだよ」
説明するのも面倒くさいので、適当にはぐらかしておく。
「なるほどのう……」
そう言いながら、険しい顔をして上へ下へとその顔を動かす。
「おい……。じろじろ見んな」
睨みながら、私は身を逸らした。こっちは、髪の毛が透明になって、おっぱいが小さくなってるんだ。絶対に気付かれたくない。まあ、髪は飾り羽で完全に隠してる。服もだぼついているから、それは無理だがな。
この服は、元々イルミネーニャのもの。中に入れていた布は、シビアナに投げつけたし、これでおっぱいの辺りから、体の輪郭が分からなくなっている。だとしても、こうやって見られるのは、気分の良いものではない。だから、止めろ。その棍ごと、蹴り倒されたいのか。
「うむ、可愛いですな! ありですぞ!」
ありってなんだよ? バテンノは頷くと、満面の笑顔でそう言ってきた。ふざけんな。ありなのは、当然だろ? 何着ても可愛いんだよ、私は。ふん。
「そして、破れたその太もものところが、実にエロい! 流石、姫様! 分かっておりますな!」
「なっ!?」
私が穿いているのは、黒の細裙(タイトスカートのようなもの)と、その下に同じく黒の緊袴(レギンスのようなズボン)だ。その緊袴の破れた個所を隠すように、細裙の裾を急いで引っ張る。
「そうやって隠す仕草も、いいですぞ! うむうむ!」
「黙ってろ!」
「わっはっはっはっ!」
全く、こいつはー! だから、嫌なんだよ! この変態エロ爺は、隙あらば全てをエロの方向に持って行こうとするのだ。
「しかし、姫様にその様な手傷を負わせるとは――。相手は、かなりの手練れの様ですなあ……」
「む……」
爺は、片目を瞑ってにやりと笑った。しかも、挑発的な物言いだ。ふん……。これを聞きたかったのか。ならさっさと聞けよ。どうして、エロの道を一旦通って遠回りするんだよ。
気にならないわけがない。襲撃者の事を、聞き出そうとしているのだ。しかし、今ここで言うのは駄目。先生にも念押しされたが、要らぬ混乱が生じるだけになる。
そうなるのは、連中が只の人間ではないからだ。それを、この爺はまだ知らない。だから、聞いた後どうなるか分かりようもない。しかし、それでも聞いてくるのは、お粗末じゃないか?
ああいった襲撃には、政が関わってくることが多い。だから、その政に距離を置くカトゼの長として、そういう類の質問は控える。これくらいは、腐りきっても大祭主。流石に分かるだろうに。まあ、これはその襲撃者にやられてない。だから答えれるけどさ。
「いや、これは違う」
「ほう? では?」
「ササレクタだよ」
そう言うと、爺が眉間に皺を寄せてジト目になる。
「何をやっておられたのかの……」
う、うっさいなあ、もう。
「襲撃前に、王都守護兵団の演習があったんだよ。その時にね」
投げ遣り気味に答えた。
「おお、そう言えば。ヒュースレーが本殿を登っておる時に、狼煙玉が沢山上がっていたと言っておりましたな」
「あ、そうなんだ」
あの上の方なら、ここからでも小さくだろうけど見えるよね。
「シドーの所からも、それが上がっておったらしいからのう。それからすぐに森羅の小指、そして此咬みが飛んで行き、これは只事ではないと思っていた矢先、人がここへ。二、三十人程かの? 来ましたわい。襲撃があった事は、その者たちから聞きましたな」
「へえ」
そういえば、逃げて来たはずのその侍従官たちの姿がないな。ていうか、ここに着いた時から一人も見ていない。王宮へ戻ったのかな? それとも大神宮だろうか。
「侍従官……、王宮侍従官たちは、もう帰ったの? 全然見なかったけど」
ん? そう言った瞬間、違和感があった。周りの雰囲気が少し変だ。失言した時の感じに似ている。何だろ? 私、おかしな事言った?
「いや、見るも何も……。王宮侍従官は、一人も来ておりませぬよ」
バテンノが、肩を竦めるように答える。
「え?」
何言ってるんだ?
「いやだって、今ここに来たって――」
「ここに来たのは、月鏡院の連中じゃよ、姫様」
「何だと?」
月鏡院?
「まあ、確かに姫様と同じく、侍従官の服は着とったがのう……。じゃが、その姿勢、歩き方、気配の押さえ方、周囲への目配せ。この全てが侍従官のそれではない。恐らく中級隠密官じゃったろうな。上級以上はそれがなくなるから、侍従官と区別がつかんようになる。ま、そんなのも何人か混じっておったが」
隠密官には、その錬度や能力に合わせ階級がある。下級から始まり中級、上級、そして特級となる。王宮侍従官じゃなかったのか? ゴトキールがそうだと、言ってた気がするんだけど……。
「本当か?」
「本当じゃよ? ここにいる者たちは皆、気付いておった。大宮司は言わずもがなじゃ」
周りを見渡せば、何人も頷いて肯定する。そうか。だから、雰囲気が少し変わったのか。何言ってるんだって思われたんだろう。
「それに、加勢へ行こうとしたら、止められましたわい。もう事は済んでおるとな。ふん、襲撃があって逃げて来たと言うとるのにも拘らずじゃ」
え? それはおかしくないか? 私が研究所に来た時は、もういなかった。これは、単純に見つけられなかっただけという可能性はある。だが、襲撃が終わった直後に、ゴトキールが既にここへ移ったと教えてくれたのだ。
「襲撃が終わっているのならば、ここに来る必要はない。研究所に戻ればよい。王宮に帰ればよい。じゃが、それをせずにここへ逃げて来た。あやつらの言う事が嘘でないなら、つまり襲撃の最中に避難したのじゃ」
そうなるよね。そして、これで間違いないはず。やはり、私が来る前に避難は完了していただろう。
「じゃが、それなのに事は済んだと言う。そんな風に遠くで起こっとる状況を、今見てきた様に言えるのは、あやつらだけじゃよ」
「確かに。じゃあ、ここに逃げてきたのは月鏡院なんだなあ……」
侍従官の中に紛れ込むのは、彼らの常套手段の一つだ。これはよく知っている。だけど、それはあくまで紛れ込む、だ。全員がってのは、珍しいんじゃないか? そこまでして、シカルアヒダに何をしたかったんだ?
そして、襲撃中にここへ逃げて来ている。これもよく分からない。隠密官は、武芸の腕がある。援護にはなるだろうけど、近衛騎士の加勢だって出来る程にはね。色々技も持っているし。
でも、それをせずに逃げた。これは、邪魔になると判断したから、とか? 確かに、いきなりでは連携も取りにくいし、混乱の元になる可能性だってあっただろう。
うーん。でも、シカルアヒダがいるんだぞ? 非戦闘員の王宮侍従官ならともかく、隠密官がそれを置いて逃げるか? あーいや、まあ逃げるか。戦えるって言っても諜報とかが主な任務だもんねえ。やっぱり近衛騎士に任せるか。でもなあ……。
「何をそんなに悩んでおられるんじゃ? よくある事じゃろうに。逃げて来る必要もないのにここへ来た。この様に不可解な、あやつらの行動は」
「いやまあ、そうだけどさ」
何か、今回の襲撃って、ちぐはぐしてんだよねえ……。だから、妙に気になる。
「それよりもじゃ、姫様」
「ん? 何だよ?」
「少し教えて欲しいんじゃが……。シカルアヒダのミーレ王女には、もうお会いになられたのか?」
「え? まあ、会ったけど」
「ほう……」
爺の眼光が、鋭くなる。
「どのような感じでしたかの?」
「どうって――」
またこの爺は……。だから、何故、今聞く? 周りに人がいるんだ。言える事は限られると、分かってるだろうに。…………。ああ、そういう事。それを踏まえ、教えて欲しいって事か。私は爺の真意に気付いた。
ここにいる者たちにも、聞かせたいのだろう。何も知らないままだと、それが不安となり、不満に似た鬱憤のような雰囲気が漂ってくる。そうなるのを避けたいのだ。
だが、新しい情報を聞くと、それがどんなものでも気は取られる。これで、その雰囲気は薄れる傾向になってくる。まあ、何も知らないよりはまし、その程度だろうけど。結局のところ、現状が解決しない限り、不平不満は募っていく。
しかし、今のこの状況は逼迫しているわけではないんだ。襲撃は返り討ち。取り敢えず、事は終わっている。なら、その程度で構わない。爺はこう言いたいようだ。
さっきの質問もそうなる。別に正体を明かせとは言われていない。それなりに強かったとか言って暈しておけば良かったって事か。やれやれ、回りくどい。だが、何も言わないというのは、止めておこう。
「そうだな……」
私は言葉を選び始めた。今回、カトゼは直接関係ない。だが、これから協力を頼む事になるかもしれない。いや、そうでなくても配慮をしていくのは当然だ。今後とも良好な関係であって欲しいし、無下な対応はしたくないからね。爺の事は別として。
それに、こういった小まめな配慮は、大事なのだよ。だから、先生にも気配りする事が出来たのだ。やらないと、どんどんそっちに慣れて気付けなくなる。それは良くないからね。爺の事は別として。こいつに気配りなど要らん。
「王女は、先生の事をとても尊敬していたな。その先生を頼って、うちに来ていたようだし。それと、彼女個人で言えば、この国に害意はないだろう。命を狙われたのは彼女だ。ま、そう思わせるために敢えてってのもあるかもしれないけど」
今は、こんな感じで暈しておけばいいのだろう。最後の一言は、油断されても困るから加えておいた。ミーレ王女が、実はユーノ王女だと言う必要も当然ない。
現段階では、という条件は付くが、要は彼女が私たちの敵ではないと、知らせておけばいいのさ。それには、この先生を尊敬しているってのが、とても効く。
カトゼも、先生の事を尊敬しているから、良い風に言われると嬉しいんだよね。それは周りの者を見れば、一目瞭然だ。そんなカトゼの者たちを見渡しながら、言葉を続けた。
「取り敢えず、これくらいで。すまんな、あんまり詳しく言えないんだ。私もよく知らなくてさ。何せ、昨日会ったばっかりなんだよ。それも少しだけでね」
どうだ? これで良いんだろう、エロ爺。ふふん。私は、気配り王女。それが出来る女なのだよ! 内心そう得意げに、見渡していた顔を戻す。すると、爺が首を横に振った。
「いや、そうではなく」
「え? 違う?」
「うむ」
ええ? いや、これ以上は無理だろ。そんな詳細は、ここで話してはならない。だというのに、こいつは一体――? 意味が分からん。
「じゃあ、何を知りたいんだ?」
もう聞いた方が早い。言えなければ駄目。言えそうなら教える。ったく、折角気持ち良く、気配りが出来たって思ったのに。爺は、神妙な面持ちのまま答えた。
「その、ミーレ王女は――」
「うん」
「美少女――、でしたかの?」
――は?
「び、美少女?」
「うむ、そうですじゃ!」
爺は、満面の笑みを湛える。
「風の噂によると、ミーレ王女は母君のユーノ王女に似て、大変可愛らしいお方だとか。しかも、あの西黄人の王女様じゃ! ならば、是非とも見てみたいと思いましてのう!」
は……、はあああ!?
「やはり西黄の娘は、あの褐色になった肌! あれがええですなあ、姫様! 濃すぎず薄すぎずー。日焼けした小麦色の肌と言うかー。それが金髪に、よう似合うとるわい! どあっはっはっはっはっ!」
「じ、じじい……!」
そうだった。こいつはこういう奴だった! 変態エロ爺、その全開の発言に、わなわなと怒りが込み上げてくる。おのれええ! 深読みした私が、馬鹿みたいじゃないか! うがあああああ!!
「はあ……」
あまりにもアホらしくて溜息が出るわ。一気に気が抜けた。周りの皆は、頭が痛いと言わんばかりの表情。呆れている者。眉間を揉んでいる者。殺意の籠ったような目で睨んでいる者もいた。あ、これは女性だね。
「リリシーナ」
「あ、先生……」
「待たせた」
声がする方に振り返ると、先生がこちらに向かって来ていた。カトゼの者が道を開けてくれ、すぐに私の前までやって来る。しかし、先生は一人じゃない。隣にもう一人いた。
「ローリエ!」
この子も一緒。私が驚いて名前を呼ぶと、勢いよくお辞儀をしてくれる。これは予想外だ。心配して疲れているだろうから、先生が連れてくるとは思ってなかった。
「ローリエ、大丈夫?」
泣いてたし、寝てたようだし。ああでも、目が腫れているという感じは、引いているみたいだね。ただ、状況が色々と急に変わると、思ってた以上に疲れるから、やっぱり気になるよ。
「は、はい! だだ、大丈夫です!」
「そっか。なら良かった」
顔色も――。うん、悪くないかな? 無理して大丈夫だと言っていないように見えた。ただ、相変わらず緊張は酷くしているようだが。ふふっ、ごめんね。
「儂らをどうしても見送りたいと言ってな。なら、鳥居までという事で連れてきたのだ」
「おお!」
何という心優しい気遣い! 自分も疲れているというのに! はあ~、爺のせいで荒んだ心が、癒されていくよおー。うんうん!
「それは嬉しいですね! ありがとう、ローリエ!」
「は、はい!」
慌てて深いお辞儀をする。その緊張を解したかったのか、先生が姿勢の戻った彼女の背中を、ぽんぽんと優しく叩いた。すると、ローリエはその意図を察したみたい。はっとすると、はにかみながら先生を見上げる。
ほう、中々の気配り。やりますな、先生。感心感心。緊張も少し和らいだようだ。その表情から、余裕の無い強張った感じが抜けている。
何とも微笑ましい光景だ。周りの者たちも、柔らかい表情になっている。だが、呆れた事にそう思えない心の貧しい愚か者が、目の前にいた。
「ちっ。くそ中年が。色気づきおって」
「黙れ、くそ爺」
そう言って、睨み合うエロ爺と先生。この爺は……。いい年して、何、妬んでんだよ。ったく……。ていうか先生、容赦なくなってるよね。研究所にいた時みたいな、甘い態度は消え失せていた。
まあ、ローリエに手を出されそうになれば、そうもなるか。私が納得していると、エロ爺が、馬鹿にしたように口許をにやりと歪める。
「はは! 儂だって、もてるもんねー。行きつけの超お高い酒場で、可愛い踊り子のねーちゃんに大勢囲まれて――」
「囲まれて――。身ぐるみ剥がされたんだったな? 金が足らずに」
先生に言葉を遮られ、痛い一撃を返される。爺は、ぎょっとして驚いたが、
「そ、それは大昔の話じゃ!」
と、一応反撃。昔から、こんなかい。ま、聞いてたけど。
「一昨日の話であろうが!」
先生がすぐさま真実を語る。一昨日かよ。
「ヒュースレーたちが、金を持って迎えに行かなければ、どうなっておった!? カトゼの大祭主の服が、質屋に並んでおったのだぞ!? 分かっておるのか!」
「何故、お前がその秘密を!?」
「秘密になるか! カトゼの者なら誰でも知っておるわ!」
「ちいっ!」
ちいっ! じゃないわ。そんな「おのれ! 抜かったわ!」みたいな感じじゃないだろ? お前何もしてないだろ? 対策とか特にさ。じゃあ、ばれるよ。だから、皆知ってんだよ。それに、もし口止めとか対策して、その有様なら人徳がないって事だからね? もっと酷いから。
何だよ、身ぐるみ剥がされったって……。しかも、最近。お前は、もっと大祭主としての立場を弁えろ。そして、周りをよく見ろ。こんなのがカトゼの長ですいませんって、みんな居た堪れない顔を伏せてんじゃん。
「全く、このくされ爺は……。年甲斐もなく、大はしゃぎしおって! 裸にされるまで飲むでないわ!」
先生の言葉に賛同するように、カトゼの者が顔を俯けたまま、うんうんと頷く。
「しょーがないじゃろ!? あのねーちゃん達、酒が強過ぎるんじゃよ! 笊じゃ、笊! ばかすかばかすか飲むんじゃもん! しかも、高い奴を、敢えて狙って注文していくんじゃぞ!? くっ!」
くっ! じゃないわ。そりゃあ、あっちも商売なんだからさ。高いの飲ませようとするし、飲もうとするもんじゃないの? 接客もする踊り子は、そういうのをやるってヴァレータから聞いたことがある。しかもさ。
「いや、止めればいいだけだろ、それ」
目を瞑って、後悔を滲ませながら顔を背ける。そんな事するくらいなら、飲ませるなよ。それで済む話じゃん。あと、今夜の予算はこれだけとか、先に伝えておくとかさ。色々あるでしょ? 出来る対策が。で、今言ったのは、その対策って言えない程、簡単な事だからね?
「ふっ……。それは出来ませぬよ、姫様」
「はあ? 何でだよ?」
爺が、かっと目を見開く。
「それが、男の甲斐性! という奴ですわい!」
あっそ。
「何が男の甲斐性だ! それで、払えんぐらいの大金を使っては、世話無いわ!」
「ふん! この儂を舐めるな! 払えんかったわけではない! 持ち合わせが、ちーっとばっかし足りんかっただけの事!」
先生に悪びれる事もなく言い返すと、背中に棍を当て、どーんとふんぞり返る。そして、
「そう! 金なら、ある!!」
と、臆面もなく堂々と言い放った。
「このくそ爺だけは――!」
拳を強く握った先生が、苦々しく睨む。その様子は、私のようにわなわなと怒りが込み上げてきているようだった。やれやれ、先生でもお手上げか。はあ……。ホント、このくそ爺だけは……。まあ、老い先短いんだ。金を溜め込むより、そうやって使ってくれた方が良いのかもね。
「先生、行きましょうか」
つまらない事に時間を使ってしまった。さっさと王宮に帰ろう。
「うむ、そうだな。相手にしておれん」
「ローリエも」
「は、はい!」
私は、唖然としているこの子にも声を掛けた。ごめんね、刺激が強すぎたね。悪い影響が出てないといいけど。
「じゃ、皆。後は頼むね」
最後にそう言って、礼をするカトゼの者たちを残し、私たちは大神宮の玄関、笠椰海の内鳥居に向かって歩き出した。しかし、
「姫様!」
どうせ大した事じゃないだろうに、爺がすぐに呼び止める。まだ何かあんの? エロい事でも思い付いたのか? そうげんなりしながら、私は振り向いた。
「何だよ?」
「…………」
無言だが、また険しそうな顔をしている。だが、もう騙されんよ、その顔は。絶対、碌な事考えてないんだ。爺は、そのまま何も喋らなかった。早く言いいなよ。こっちも用事があるんだからさ。
「…………」
「バテンノ爺?」
どうしたってんだ? 何故だか知らないが、ずっと黙っている。
「…………」
「お、おい」
流石に、変に感じてもう一度呼び掛ける。何か言いたいのに、それを言えず耐えている。そんなもどかしい表情になっていた。そして、爺の視線が不意に下がる。
「いや、さっきから気になっとんじゃが、何かおっぱいが、ち――」
そう言われかけた時には、この姿はもう消え失せていただろう。私の足元から響く、金属を弾くような大きな音。そして、暴風のような衝撃が、周囲に叩きつけられた。
「おらあ!!」
「ごぞぐぶれ゛!?」
千響万歌、一撃爆砕の型。盾を砕く矛『塵点鐘』。私の右足が、縛る鎖ごと爺にめり込み突き刺さる。と、同時に再び発する爆鳴気の高音、そして衝撃。八咫の棍は、地面を抉り縦に回転。皆の頭上を越え、宙を回りながら後ろに吹っ飛んで行った。
途中、鎖が砕け、爺と棍は分離。別々になって地面へと叩き付けられ、四散した鎖のばらばらとした音が後に続く。
服がだぼついているのに、何で分かる!? 死にさらせ! このど変態エロ爺が! 吹っ飛んで行った爺の元へ、カトゼの者たちが嫌々と向かい始める。それを背後に、私はのしのしと肩を怒らせ、内鳥居へと歩いていった。




