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リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件  作者: 粟生木 志伸
第四章 おっぱい慟哭編
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第29話 カトゼ大神宮の大祭主 その2

 私は、先程の外苑に戻ってきていた。先生はいない。私だけ。何故か? ふっ、気を利かせたのだよ。二人の邪魔をしてはいけないと、黒曜神宮の敷地を出た辺りで「ぴーん」と来たのだ。


 そして、この外苑で待つと伝えたところ、先生はすぐに戻ると言い残し、颯爽と走っていた。今頃は、ローリエを起こし、良い雰囲気にでもなっている事だろう。ま、案外あの子は、起こす前にもう目が覚めているかもしれないけど。


 だが、どちらにせよ、先生の口から伝える事に変わりない。これに意義がある。これだけでも、随分と違うし、安心出来ると思うんだよね。

 ともかく、気配りの出来るこの王女様に、感謝して頂きたい。ですが、早めで頼みます、先生。謁見がありますので。


 外苑の中央を見やれば、まだ人だかりが残っている。抜身の刀剣や槍は、持ったまま。でも、少し減ったかな? 私はそこを目指し歩いていった。







 中央に辿り着くと、私に気付いたカトゼの者たちが道を開けてくれた。その者たちに、軽く手を上げて礼を言いながら進んでいく。その先には、相も変わらずエロ爺が、八咫の棍に鎖で何重にも括り付けられていた。


 大宮司はいない。ヒュースレーたちもだ。此咬みを納めに行っているのだろう。私は、その此咬みがめり込んでいた地面を避けて立ち止まる。


 このエロ爺は無視して、鳥居の前にでも待っていれば良かったんだけどね。だが、ローリエは、まだここにいるんだ。私からも釘を刺しておこうと思い、やって来た。


 そのじじいは、ぐったりとしている。首が垂れ髪に隠され、その顔が見えず、動く気配も感じられなかった。


 死んだか。今日は、立て続けに要人が死んでいく。まあ、こういう日もあるのだろう。しかし、これで大祭主も交代だ。孫を呼び戻さないとな。ただ、それも厳密に言えば、候補としてだけど。


 大祭主は、その特殊な能力の事もあり、大宮司の血統から選ばれる。だから、シヴァルイネやヒュースレー、オウサやキルサだって、大祭主になる可能性はある。


 だがまあ、大抵は大宮司だ。十二人の中から選ばれることが、殆どだったと聞く。バテンノもそう。しかし、次の大祭主は、あの二人だけでなく他の大宮司も、恐らくこの爺の孫を推す。あの孫は、大宮司ではないが、彼らにそうさせる理由がちゃんとあるのだ。


「んん……? おお、姫様……」


 ちっ。やはり死んでいない。目の前にある私の気配を、ようやく感じたようだ。バテンノが弱々しく顔を上げ、苦しそうな声を漏らす。


「バテンノじい。生きてたのか」

「はっはっはっ……。いやいや、儂はもう駄目ですな……。ここまでようですじゃ……。ごほっごほっ」


 同情を売る気だ。儚そうに首を振る。病気でもないのに咳き込む。自分、今にも死にそうなんです的な芝居を仕掛けてきた。


 ばればれなんだよ。爺のくせに殺しても死なないような奴が、そんな事をしてもな。病気にだってかからない。それに、似たような事をするのが、うちにも一人いる。だからか、その同情を買う気は全然起らなかった。美少女じゃない分、効果も薄いかな? ともかく、


「バテンノ爺。そんな芝居は要らん。ローリエがここを離れるまで、お前はこのまま大人しく拘束されていろ」

「ははは……。これは手厳しい。ですが、そんな余裕なぞ、この老いぼれには、もう、ごほっごほっ……」


 まだ続ける気らしい。私はその様子を油断なく眺める。


「ごほっごほっ……。ですが、姫様」

「ん?」

「最期に、姫様の清艶せいえんで美しーご尊顔を拝見できました。これで悔いはないですのう……」

「はいはい」


 今度は、おだてる作戦か。だが、効かん。


「あーじゃが……。最期と言うなら、シビアナのおっぱいじゃなかった、妖艶なご尊顔も拝みたいですなあ」


 は?


「あと、レイセインとイルミとシトエスカと――」


 私の侍従官の名が、どんどん挙げられていく。こ、こいつは……。


「新しく入ったゼニシエンタちゃんも、きゃぴっとして可愛いのう! うむうむ! 姫様の侍従官は、可愛い子ばっかりで全く羨ましい限りですわい! わっはっはっ!」


 …………。


「おい……。随分と調子が良くなったな?」

「はっ!? ごほっ! ごほっ! ごほっ!」


 バテンノが、無理矢理咳き込む。遅いわ。


「元気で何より。お前は、当分ここで括り付けられていろ」


 何なら明日まででもいいぞ。一向に構わない。


「ぬう……。儂としたことが、姫様の誘導尋問に引っ掛かろうとは!」

「してない。私はそんなのしてない」


 自分から勝手に興奮して、喋っていっただけだろうが。


「ま、それはそうと、姫様」

「ん?」

何故なにゆえ、その侍従官の服を?」


 爺が、訝しげにこちらを見てくる。ああ。そりゃあ、疑問に思うか。シヴァルイネたちは、何も言わなかったけど。これは、多分前にも着てたところを見られているからかな。


「いやまあ――。色々あったんだよ」


 説明するのも面倒くさいので、適当にはぐらかしておく。


「なるほどのう……」


 そう言いながら、険しい顔をして上へ下へとその顔を動かす。


「おい……。じろじろ見んな」


 睨みながら、私は身を逸らした。こっちは、髪の毛が透明になって、おっぱいが小さくなってるんだ。絶対に気付かれたくない。まあ、髪は飾り羽で完全に隠してる。服もだぼついているから、それは無理だがな。

 

 この服は、元々イルミネーニャのもの。中に入れていた布は、シビアナに投げつけたし、これでおっぱいの辺りから、体の輪郭が分からなくなっている。だとしても、こうやって見られるのは、気分の良いものではない。だから、止めろ。その棍ごと、蹴り倒されたいのか。


「うむ、可愛いですな! ありですぞ!」


 ありってなんだよ? バテンノは頷くと、満面の笑顔でそう言ってきた。ふざけんな。ありなのは、当然だろ? 何着ても可愛いんだよ、私は。ふん。


「そして、破れたその太もものところが、実にエロい! 流石、姫様! 分かっておりますな!」

「なっ!?」


 私が穿いているのは、黒の細裙さいくん(タイトスカートのようなもの)と、その下に同じく黒の緊袴きんこ(レギンスのようなズボン)だ。その緊袴の破れた個所を隠すように、細裙の裾を急いで引っ張る。


「そうやって隠す仕草も、いいですぞ! うむうむ!」

「黙ってろ!」

「わっはっはっはっ!」


 全く、こいつはー! だから、嫌なんだよ! この変態エロ爺は、隙あらば全てをエロの方向に持って行こうとするのだ。


「しかし、姫様にその様な手傷を負わせるとは――。相手は、かなりの手練れの様ですなあ……」

「む……」


 爺は、片目を瞑ってにやりと笑った。しかも、挑発的な物言いだ。ふん……。これを聞きたかったのか。ならさっさと聞けよ。どうして、エロの道を一旦通って遠回りするんだよ。


 気にならないわけがない。襲撃者の事を、聞き出そうとしているのだ。しかし、今ここで言うのは駄目。先生にも念押しされたが、要らぬ混乱が生じるだけになる。


 そうなるのは、連中が只の人間ではないからだ。それを、この爺はまだ知らない。だから、聞いた後どうなるか分かりようもない。しかし、それでも聞いてくるのは、お粗末じゃないか? 


 ああいった襲撃には、政が関わってくることが多い。だから、その政に距離を置くカトゼの長として、そういう類の質問は控える。これくらいは、腐りきっても大祭主。流石に分かるだろうに。まあ、これはその襲撃者にやられてない。だから答えれるけどさ。


「いや、これは違う」

「ほう? では?」 

「ササレクタだよ」


 そう言うと、爺が眉間に皺を寄せてジト目になる。


「何をやっておられたのかの……」


 う、うっさいなあ、もう。


「襲撃前に、王都守護兵団の演習があったんだよ。その時にね」


 投げ遣り気味に答えた。


「おお、そう言えば。ヒュースレーが本殿を登っておる時に、狼煙玉が沢山上がっていたと言っておりましたな」

「あ、そうなんだ」


 あの上の方なら、ここからでも小さくだろうけど見えるよね。


「シドーの所からも、それが上がっておったらしいからのう。それからすぐに森羅の小指、そして此咬みが飛んで行き、これは只事ではないと思っていた矢先、人がここへ。二、三十人程かの? 来ましたわい。襲撃があった事は、その者たちから聞きましたな」

「へえ」


 そういえば、逃げて来たはずのその侍従官たちの姿がないな。ていうか、ここに着いた時から一人も見ていない。王宮へ戻ったのかな? それとも大神宮だろうか。


「侍従官……、王宮侍従官たちは、もう帰ったの? 全然見なかったけど」


 ん? そう言った瞬間、違和感があった。周りの雰囲気が少し変だ。失言した時の感じに似ている。何だろ? 私、おかしな事言った?


「いや、見るも何も……。王宮侍従官は、一人も来ておりませぬよ」


 バテンノが、肩を竦めるように答える。


「え?」


 何言ってるんだ?


「いやだって、今ここに来たって――」

「ここに来たのは、月鏡院の連中じゃよ、姫様」

「何だと?」


 月鏡院?


「まあ、確かに姫様と同じく、侍従官の服は着とったがのう……。じゃが、その姿勢、歩き方、気配の押さえ方、周囲への目配せ。この全てが侍従官のそれではない。恐らく中級隠密官じゃったろうな。上級以上はそれがなくなるから、侍従官と区別がつかんようになる。ま、そんなのも何人か混じっておったが」


 隠密官には、その錬度や能力に合わせ階級がある。下級から始まり中級、上級、そして特級となる。王宮侍従官じゃなかったのか? ゴトキールがそうだと、言ってた気がするんだけど……。


「本当か?」

「本当じゃよ? ここにいる者たちは皆、気付いておった。大宮司は言わずもがなじゃ」


 周りを見渡せば、何人も頷いて肯定する。そうか。だから、雰囲気が少し変わったのか。何言ってるんだって思われたんだろう。


「それに、加勢へ行こうとしたら、止められましたわい。もう事は済んでおるとな。ふん、襲撃があって逃げて来たと言うとるのにも拘らずじゃ」


 え? それはおかしくないか? 私が研究所に来た時は、もういなかった。これは、単純に見つけられなかっただけという可能性はある。だが、襲撃が終わった直後に、ゴトキールが既にここへ移ったと教えてくれたのだ。


「襲撃が終わっているのならば、ここに来る必要はない。研究所に戻ればよい。王宮に帰ればよい。じゃが、それをせずにここへ逃げて来た。あやつらの言う事が嘘でないなら、つまり襲撃の最中に避難したのじゃ」


 そうなるよね。そして、これで間違いないはず。やはり、私が来る前に避難は完了していただろう。


「じゃが、それなのに事は済んだと言う。そんな風に遠くで起こっとる状況を、今見てきた様に言えるのは、あやつらだけじゃよ」

「確かに。じゃあ、ここに逃げてきたのは月鏡院なんだなあ……」

 

 侍従官の中に紛れ込むのは、彼らの常套手段の一つだ。これはよく知っている。だけど、それはあくまで紛れ込む、だ。全員がってのは、珍しいんじゃないか? そこまでして、シカルアヒダに何をしたかったんだ?


 そして、襲撃中にここへ逃げて来ている。これもよく分からない。隠密官は、武芸の腕がある。援護にはなるだろうけど、近衛騎士の加勢だって出来る程にはね。色々技も持っているし。


 でも、それをせずに逃げた。これは、邪魔になると判断したから、とか? 確かに、いきなりでは連携も取りにくいし、混乱の元になる可能性だってあっただろう。


 うーん。でも、シカルアヒダがいるんだぞ? 非戦闘員の王宮侍従官ならともかく、隠密官がそれを置いて逃げるか? あーいや、まあ逃げるか。戦えるって言っても諜報とかが主な任務だもんねえ。やっぱり近衛騎士に任せるか。でもなあ……。


「何をそんなに悩んでおられるんじゃ? よくある事じゃろうに。逃げて来る必要もないのにここへ来た。この様に不可解な、あやつらの行動は」

「いやまあ、そうだけどさ」


 何か、今回の襲撃って、ちぐはぐしてんだよねえ……。だから、妙に気になる。


「それよりもじゃ、姫様」

「ん? 何だよ?」

「少し教えて欲しいんじゃが……。シカルアヒダのミーレ王女には、もうお会いになられたのか?」

「え? まあ、会ったけど」

「ほう……」


 爺の眼光が、鋭くなる。


「どのような感じでしたかの?」

「どうって――」


 またこの爺は……。だから、何故、今聞く? 周りに人がいるんだ。言える事は限られると、分かってるだろうに。…………。ああ、そういう事。それを踏まえ、教えて欲しいって事か。私は爺の真意に気付いた。


 ここにいる者たちにも、聞かせたいのだろう。何も知らないままだと、それが不安となり、不満に似た鬱憤のような雰囲気が漂ってくる。そうなるのを避けたいのだ。


 だが、新しい情報を聞くと、それがどんなものでも気は取られる。これで、その雰囲気は薄れる傾向になってくる。まあ、何も知らないよりはまし、その程度だろうけど。結局のところ、現状が解決しない限り、不平不満は募っていく。


 しかし、今のこの状況は逼迫ひっぱくしているわけではないんだ。襲撃は返り討ち。取り敢えず、事は終わっている。なら、その程度で構わない。爺はこう言いたいようだ。


 さっきの質問もそうなる。別に正体を明かせとは言われていない。それなりに強かったとか言って暈しておけば良かったって事か。やれやれ、回りくどい。だが、何も言わないというのは、止めておこう。


「そうだな……」


 私は言葉を選び始めた。今回、カトゼは直接関係ない。だが、これから協力を頼む事になるかもしれない。いや、そうでなくても配慮をしていくのは当然だ。今後とも良好な関係であって欲しいし、無下な対応はしたくないからね。爺の事は別として。


 それに、こういった小まめな配慮は、大事なのだよ。だから、先生にも気配りする事が出来たのだ。やらないと、どんどんそっちに慣れて気付けなくなる。それは良くないからね。爺の事は別として。こいつに気配りなど要らん。


「王女は、先生の事をとても尊敬していたな。その先生を頼って、うちに来ていたようだし。それと、彼女個人で言えば、この国に害意はないだろう。命を狙われたのは彼女だ。ま、そう思わせるために敢えてってのもあるかもしれないけど」

 

 今は、こんな感じで暈しておけばいいのだろう。最後の一言は、油断されても困るから加えておいた。ミーレ王女が、実はユーノ王女だと言う必要も当然ない。


 現段階では、という条件は付くが、要は彼女が私たちの敵ではないと、知らせておけばいいのさ。それには、この先生を尊敬しているってのが、とても効く。


 カトゼも、先生の事を尊敬しているから、良い風に言われると嬉しいんだよね。それは周りの者を見れば、一目瞭然だ。そんなカトゼの者たちを見渡しながら、言葉を続けた。


「取り敢えず、これくらいで。すまんな、あんまり詳しく言えないんだ。私もよく知らなくてさ。何せ、昨日会ったばっかりなんだよ。それも少しだけでね」


 どうだ? これで良いんだろう、エロ爺。ふふん。私は、気配り王女。それが出来る女なのだよ! 内心そう得意げに、見渡していた顔を戻す。すると、爺が首を横に振った。


「いや、そうではなく」

「え? 違う?」

「うむ」


 ええ? いや、これ以上は無理だろ。そんな詳細は、ここで話してはならない。だというのに、こいつは一体――? 意味が分からん。


「じゃあ、何を知りたいんだ?」


 もう聞いた方が早い。言えなければ駄目。言えそうなら教える。ったく、折角気持ち良く、気配りが出来たって思ったのに。爺は、神妙な面持ちのまま答えた。


「その、ミーレ王女は――」

「うん」

「美少女――、でしたかの?」


――は?


「び、美少女?」

「うむ、そうですじゃ!」


 爺は、満面の笑みを湛える。


「風の噂によると、ミーレ王女は母君のユーノ王女に似て、大変可愛らしいお方だとか。しかも、あの西黄人の王女様じゃ! ならば、是非とも見てみたいと思いましてのう!」


 は……、はあああ!?


「やはり西黄の娘は、あの褐色になった肌! あれがええですなあ、姫様! 濃すぎず薄すぎずー。日焼けした小麦色の肌と言うかー。それが金髪に、よう似合におうとるわい! どあっはっはっはっはっ!」

「じ、じじい……!」


 そうだった。こいつはこういう奴だった! 変態エロ爺、その全開の発言に、わなわなと怒りが込み上げてくる。おのれええ! 深読みした私が、馬鹿みたいじゃないか! うがあああああ!!


「はあ……」


 あまりにもアホらしくて溜息が出るわ。一気に気が抜けた。周りの皆は、頭が痛いと言わんばかりの表情。呆れている者。眉間を揉んでいる者。殺意の籠ったような目で睨んでいる者もいた。あ、これは女性だね。


「リリシーナ」

「あ、先生……」

「待たせた」


 声がする方に振り返ると、先生がこちらに向かって来ていた。カトゼの者が道を開けてくれ、すぐに私の前までやって来る。しかし、先生は一人じゃない。隣にもう一人いた。 


「ローリエ!」


 この子も一緒。私が驚いて名前を呼ぶと、勢いよくお辞儀をしてくれる。これは予想外だ。心配して疲れているだろうから、先生が連れてくるとは思ってなかった。


「ローリエ、大丈夫?」


 泣いてたし、寝てたようだし。ああでも、目が腫れているという感じは、引いているみたいだね。ただ、状況が色々と急に変わると、思ってた以上に疲れるから、やっぱり気になるよ。


「は、はい! だだ、大丈夫です!」

「そっか。なら良かった」


 顔色も――。うん、悪くないかな? 無理して大丈夫だと言っていないように見えた。ただ、相変わらず緊張は酷くしているようだが。ふふっ、ごめんね。


「儂らをどうしても見送りたいと言ってな。なら、鳥居までという事で連れてきたのだ」

「おお!」


 何という心優しい気遣い! 自分も疲れているというのに! はあ~、爺のせいで荒んだ心が、癒されていくよおー。うんうん! 


「それは嬉しいですね! ありがとう、ローリエ!」

「は、はい!」


 慌てて深いお辞儀をする。その緊張を解したかったのか、先生が姿勢の戻った彼女の背中を、ぽんぽんと優しく叩いた。すると、ローリエはその意図を察したみたい。はっとすると、はにかみながら先生を見上げる。


 ほう、中々の気配り。やりますな、先生。感心感心。緊張も少し和らいだようだ。その表情から、余裕の無い強張った感じが抜けている。


 何とも微笑ましい光景だ。周りの者たちも、柔らかい表情になっている。だが、呆れた事にそう思えない心の貧しい愚か者が、目の前にいた。


「ちっ。くそ中年が。色気づきおって」

「黙れ、くそ爺」


 そう言って、睨み合うエロ爺と先生。この爺は……。いい年して、何、妬んでんだよ。ったく……。ていうか先生、容赦なくなってるよね。研究所にいた時みたいな、甘い態度は消え失せていた。


 まあ、ローリエに手を出されそうになれば、そうもなるか。私が納得していると、エロ爺が、馬鹿にしたように口許をにやりと歪める。


「はは! 儂だって、もてるもんねー。行きつけの超お高い酒場で、可愛い踊り子のねーちゃんに大勢囲まれて――」

「囲まれて――。身ぐるみ剥がされたんだったな? 金が足らずに」


 先生に言葉を遮られ、痛い一撃を返される。爺は、ぎょっとして驚いたが、


「そ、それは大昔の話じゃ!」


 と、一応反撃。昔から、こんなかい。ま、聞いてたけど。


一昨日おとといの話であろうが!」


 先生がすぐさま真実を語る。一昨日かよ。


「ヒュースレーたちが、金を持って迎えに行かなければ、どうなっておった!? カトゼの大祭主の服が、質屋に並んでおったのだぞ!? 分かっておるのか!」

「何故、お前がその秘密を!?」

「秘密になるか! カトゼの者なら誰でも知っておるわ!」

「ちいっ!」


 ちいっ! じゃないわ。そんな「おのれ! 抜かったわ!」みたいな感じじゃないだろ? お前何もしてないだろ? 対策とか特にさ。じゃあ、ばれるよ。だから、皆知ってんだよ。それに、もし口止めとか対策して、その有様なら人徳がないって事だからね? もっと酷いから。


 何だよ、身ぐるみ剥がされったって……。しかも、最近。お前は、もっと大祭主としての立場を弁えろ。そして、周りをよく見ろ。こんなのがカトゼの長ですいませんって、みんな居た堪れない顔を伏せてんじゃん。


「全く、このくされ爺は……。年甲斐もなく、大はしゃぎしおって! 裸にされるまで飲むでないわ!」


 先生の言葉に賛同するように、カトゼの者が顔を俯けたまま、うんうんと頷く。


「しょーがないじゃろ!? あのねーちゃん達、酒が強過ぎるんじゃよ! ざるじゃ、笊! ばかすかばかすか飲むんじゃもん! しかも、たっかい奴を、敢えて狙って注文していくんじゃぞ!? くっ!」


 くっ! じゃないわ。そりゃあ、あっちも商売なんだからさ。高いの飲ませようとするし、飲もうとするもんじゃないの? 接客もする踊り子は、そういうのをやるってヴァレータから聞いたことがある。しかもさ。


「いや、止めればいいだけだろ、それ」


 目を瞑って、後悔を滲ませながら顔を背ける。そんな事するくらいなら、飲ませるなよ。それで済む話じゃん。あと、今夜の予算はこれだけとか、先に伝えておくとかさ。色々あるでしょ? 出来る対策が。で、今言ったのは、その対策って言えない程、簡単な事だからね?


「ふっ……。それは出来ませぬよ、姫様」

「はあ? 何でだよ?」


 爺が、かっと目を見開く。


「それが、男の甲斐性! という奴ですわい!」


 あっそ。


「何が男の甲斐性だ! それで、払えんぐらいの大金を使っては、世話無いわ!」

「ふん! この儂を舐めるな! 払えんかったわけではない! 持ち合わせが、ちーっとばっかし足りんかっただけの事!」


 先生に悪びれる事もなく言い返すと、背中に棍を当て、どーんとふんぞり返る。そして、


「そう! 金なら、ある!!」


 と、臆面もなく堂々と言い放った。


「このくそ爺だけは――!」


 拳を強く握った先生が、苦々しく睨む。その様子は、私のようにわなわなと怒りが込み上げてきているようだった。やれやれ、先生でもお手上げか。はあ……。ホント、このくそ爺だけは……。まあ、老い先短いんだ。金を溜め込むより、そうやって使ってくれた方が良いのかもね。


「先生、行きましょうか」


 つまらない事に時間を使ってしまった。さっさと王宮に帰ろう。


「うむ、そうだな。相手にしておれん」

「ローリエも」

「は、はい!」


 私は、唖然としているこの子にも声を掛けた。ごめんね、刺激が強すぎたね。悪い影響が出てないといいけど。


「じゃ、皆。後は頼むね」


 最後にそう言って、礼をするカトゼの者たちを残し、私たちは大神宮の玄関、笠椰海かさやみの内鳥居に向かって歩き出した。しかし、

 

「姫様!」


 どうせ大した事じゃないだろうに、爺がすぐに呼び止める。まだ何かあんの? エロい事でも思い付いたのか? そうげんなりしながら、私は振り向いた。


「何だよ?」

「…………」


 無言だが、また険しそうな顔をしている。だが、もう騙されんよ、その顔は。絶対、碌な事考えてないんだ。爺は、そのまま何も喋らなかった。早く言いいなよ。こっちも用事があるんだからさ。


「…………」

「バテンノ爺?」


 どうしたってんだ? 何故だか知らないが、ずっと黙っている。


「…………」

「お、おい」


 流石に、変に感じてもう一度呼び掛ける。何か言いたいのに、それを言えず耐えている。そんなもどかしい表情になっていた。そして、爺の視線が不意に下がる。


「いや、さっきから気になっとんじゃが、何かおっぱいが、ち――」


 そう言われかけた時には、この姿はもう消え失せていただろう。私の足元から響く、金属を弾くような大きな音。そして、暴風のような衝撃が、周囲に叩きつけられた。


「おらあ!!」

「ごぞぐぶれ゛!?」


 千響万歌、一撃爆砕の型。盾を砕く矛『塵点鐘じんてんしょう』。私の右足が、縛る鎖ごと爺にめり込み突き刺さる。と、同時に再び発する爆鳴気の高音、そして衝撃。八咫の棍は、地面を抉り縦に回転。皆の頭上を越え、宙を回りながら後ろに吹っ飛んで行った。


 途中、鎖が砕け、爺と棍は分離。別々になって地面へと叩き付けられ、四散した鎖のばらばらとした音が後に続く。


 服がだぼついているのに、何で分かる!? 死にさらせ! このど変態エロ爺が! 吹っ飛んで行った爺の元へ、カトゼの者たちが嫌々と向かい始める。それを背後に、私はのしのしと肩を怒らせ、内鳥居へと歩いていった。

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