第28話 託されていくもの
私がイージャンの寝顔を眺めていると、先生とシヴァルイネもこちらにやって来た。
「やりおったな……」
「はい!」
傍に立った先生に、顔を上げて自慢げに返事をする。しかし、私が自慢げってのは、どうなのか。頑張ったのはイージャンなんだし。なんて、つまらない事を考えてしまった。まあ、いいじゃない。やっぱり嬉しいんだもの。そう思う事にする。
「見事だ。イージャン」
満足そうに先生が言った。ふふふ、そうでしょうとも。目が覚めたら、また言ってあげて下さいな。
「最後の一刀……。陛下とのあの一戦を、彷彿させる気迫でした……」
シヴァルイネが、感嘆を帯びたような声で呟く。目を向けると、彼女は真剣な眼差しで見つめていた。そっか、似てたか……。ただ、それでもあの時に、玉響が出る事はなかったけどね。むふふふ……。
つまり、これはだね? 父様に出来なかった事を、この私が、イージャンに成し遂げさせてしまったという事なのだよ。にょーほっほっほっ。謁見の時に自慢してやろーっと。
「ふっ。しかし、お兄ちゃんか」
「うっ!?」
やばい。しっかりと聞かれていたようだ。先生だけでなく、シヴァルイネもからかう様な笑みを向けられる。
「いやまあ、それはあのー、昨日先生のとこから帰る時にですね? 西黄館に寄ったんですよ。その時に偽名を使いまして。で、その設定じゃあ、私がイージャンの妹っていう事になっててですね? それで、ついつい口を突いて出たというか、その――」
「ふっふっふ。そうか」
「ふふふふ!」
何やら意味深に、にやにやとする先生。シヴァルイネには、口許を隠しながら笑われてしまう。うう、やらかしてしまった。すらすらとした長ったらしい説明は逆効果。こういう時は、多弁になってはいけないというのに。
「さあ、イージャンを運ぼうか」
「あ。はい……」
先生が、シヴァルイネに「頼む」と八咫の太刀を渡し、膝をついた。イージャンの体を起こし持ち上げる。そのまま肩に担いで、立ち上がった。私も、膝についた砂を払い、立ち上がる。
「シドー様。あそこに見える拝殿前の長椅子が、風通しも良く日陰となっておりますので」
シヴァルイネが、その拝殿の軒下に顔を向けた。イージャンの剣と八咫の太刀の鞘も、そこに立て掛けてある。
「うむ。では、そこに運ぼう。リリシーナ、紙裂き砕破の方を頼む」
「分かりました」
私は、黒刀が横たわったその場所へと足を向ける。先生たちも拝殿に向かって歩き出した。黒刀の前まで来ると、私はその巨大な黒い刀を、端から端までをじっと眺める。
ようやくお前に、主が出来るかもな。シヴァルイネの感慨も、無駄にはならなかったようだ。いや、まだ分からないか。私は、ゆっくりとしゃがみ込む。
黒刀……。黒相、紙裂き砕破。もし、本当にイージャンが、空震音叉を使えるようになった暁には――。籠手が握られたその柄を、なぞるように撫でる。その時は、どうかあいつの事をよろしく頼む。
私は柄に符拍子を当てた。そして、黒刀を持ちながら立ち上がる。それから、イージャンを担いだ先生と、太刀を持ったシヴァルイネの後に続き歩いていく。
しかし、お兄ちゃんか……。やれやれ気を付けないとな。昨日みたいな状況じゃないんだ。口に出して言うものじゃない。これは、あの二人にも言える事だ。
シビアナは姉だが、姉と思ってはならない。イルミネーニャも妹だが、妹と思ってはならない。言葉にすれば齟齬はあるが、多分こんな感じ。私は、あの時そう決めたんだ。
拝殿の軒下に着くと日陰に入る。さわさわと、傍に立つ木々の葉が揺れる音。風が通り過ぎていく。うん、ここなら快適だろう。昼寝をしたくなるような心地良さだ。
先生が、イージャンを長椅子に寝かせた。その間に、私は黒刀を再び地面に横たえる。そして、シヴァルイネが、鞘を手に取り八咫の太刀を納め始めた。それを見て気付く。あ、そうだ。言っとかないと。
「えっと、シヴァルイネ。一応、刃こぼれはしてないんだけど――」
八咫の太刀も黒い刀だが、鈍ではない。ちゃんと刃がある。黒刀にぶち当たれば、流石に欠けるだろう。だから、先生も峰打ちで使っていた。
ただ、峰の方も、その反り返りを容赦なく叩き付けてたから、刀身そのものが歪んでしまっているかも。最後の一撃も、結構なもんだったし。柄も、茎を被っているから、ガタがきていてもおかしくない。
「修理なら、こっちで持つぞ?」
その費用は、私が払うのが筋だろう。貸してくれって頼んだのだから。もし、使い物にならなかったら、新しく打ち直す必要がある。これは、結構なお金が掛かるから尚更だ。
「大丈夫ですよ、姫様。刀身は歪んでおりませんでしたから」
「柄の方は?」
「そちらも、同様です」
「そっか。なら、良かった」
問題なかったようだ。まあ、八咫は至極天を小さくした模造品らしいし。それに見合う程度には頑丈だったか。しかし、イージャンの方はそうもいかない。私は、視線を移す。
凹んだ鎧。破けた服。土やら埃が着いて汚れているから、その様が一層酷く感じられる。いやー、ボロボロになってしまったな。こっちの修繕は、私が持とう。じゃないと、シビアナに怒られそうだよ。おー、怖。
「しかし――。気絶してしまったのは惜しかったな」
先生が、イージャンを見下ろしながら言う。
「え? 惜しい、です?」
私が聞き返した。
「うむ。拍動の感覚を、掴めておらんかもしれんぞ?」
「あ」
そっか。あの様子だと無自覚だった可能性が高いよね。それで、そのままぶっ倒れたからなあ。
「だが、まあ……。今日だけで二回も出ておるのだ。これから何度も出れば、その内、体の方が勝手に覚えよう」
「はい」
つまり、こういうのを繰り返していけばいいわけだ。よって、ササレクタとの訓練は必須と言えよう。いや、訓練じゃないな。実戦になるんじゃなかろうか。くっくっくっ。頑張ってくれ、イージャン。あいつは私より容赦ないぞ?
「シヴァルイネ。イージャンが起きたら、諸々の説明、少し頼めるか?」
私が言う。
「はい。承りました」
仮申請や本使用について、色々と聞いていた方が良いだろう。玉響の事もね。伝えず終いになっている。あ、でも、これはそのまま黙っていようか。変な緊張が出てしまうかもしれないし。それとも、もう言った方が良いのかな? 自信になる? うーん。
「先生」
「どうした?」
「玉響の事、まだイージャンに伝えてないんですが……。どうしましょうか?」
「ん? まだだったのか?」
「はい」
「ううむ……。そうか……」
先生が、黒い口髭を何度か伸ばすように摩る。
「記憶が飛んでおるようなら――、取り敢えず、黙っておくべきだ。知らぬ方がこやつの場合、気が楽であろう」
「分かりました」
生真面目――、だからね。
「まあ、追々だな。玉響が出ず、あまりにも落ち込むようなら、その時は教えてやれ」
「はい」
ふふっ、これも生真面目だからか。
「じゃあ、シヴァルイネ。玉響の事は除いてで」
「はい、姫様」
彼女も納得の笑顔だ。
「その説明を聞いてから――。いや、それは後だな。まず、お風呂にでも入って体を綺麗にしてから、ご飯を食べて――。あ、どっちも頼める?」
私は、出来るかどうか確認を取った。イージャンもその方が良いだろうけど、ここは王宮じゃない。それに、私の権限では、大宮司に命令出来ないのだ。シヴァルイネは、ゆっくりと頷く。
「勿論です。お風呂の方は問題なく。今からでも入れますので。食事も、目を覚ますまでに、精の付くものをたんと作っておきましょう」
良かった。助かるな。
「うん、お願い。説明は、その後で。王宮に戻って来るのは、それからでいいや」
「はい。では、その様に伝えておきます」
「ありがと。頼むね」
「お任せください」
ゴトキール達には、私の方から伝えるか。これで、イージャンは問題ない。あとは、
「先生。ローリエは起こすんですよね? 王宮へ一緒に」
そうなると、父様に会うって意味にもなるのだが、仕方ないか。あれがいるから、ここにも置いておけないし。だが、先生は首を横に振った。
「いや、王宮へは儂とお前だけだ」
あれ?
「え? そうなんです? じゃあ、あの子は?」
「昼過ぎに、ベルが迎えに来てくれるはずだからな。ローリエは、それまで寝かしておこうと思っている。まあ、その前に起きるであろうが」
ベル? 先生の知り合いで、その名に心当たりがあるは一人だけだった。
「え? ベルって――、ベルカトーネですか? ロック教団の?」
「うむ、そうだ。ローリエとも面識はある」
「へえ」
あの子のこと知ってんだな。ていうか、いつの間に頼んだんだろ? まあ、いくらでも出来る時はあったか。人に頼めばいいだけの事だし。
ベルカトーネは、ロック教団の『猛き情熱の衝動』という楽派を率いている人物だ。楽派とは、音楽の方向性が同じというか、似通った考えを持つ者が集まって、作曲などをしている者たちの事。だから、他にも楽派はある。
うん、そうだね。ここには変態エロ爺がいる。王宮は、厳つい父様が待機。命を狙われたシカルアヒダも向かうだろう。あらゆる意味で、危険から遠ざけた方が良いよ。ベルカトーネなら文句なしだ。とても良い判断だと思います。それは分かったが――。
「けど、いいです? また勝手にいなくなってたら、あの子すっごい心配しますよ?」
寝かしたまま、何も言わずここを離れるってのは、頂けないですなー、先生。
「む……」
「一言くらい伝えておいた方が、良いと思いますけど?」
「ううむ……。だが、わざわざ起こすのもなあ……」
先生は、いまいち乗り気じゃない。はー、分かってない。分かってないわあ。
「シドー様」
シヴァルイネが、毅然として言う。
「ん? な、何だ?」
私同様、その言葉に詰め寄るような気配を感じたのだろう。若干、気後れをする先生。
「姫様の仰る通りです。寝ているローリエ殿には悪いですが、一旦起きて頂いてその旨を伝えておくべきです」
「そ、そうか?」
「そうです。それが、女性に対する本当の心配りというものなのですよ?」
「そーそー」
私も、知ったかぶりでシヴァルイネを援護。うんうんと頷いて見せる。な、なるほど。女性に対する全般、になるんだな。私は、そんなつもりではなかった。ローリエの事だけのつもりだったんだ。ま、いっか。乗っとけ乗っとけー。シヴァルイネの仰る通りなのだー。
「ううむ……、分かった。二人がそこまで言うなら、起こすとしよう」
私たちの勢いに押されてか、先生が折れた。よしよし。
「それじゃあ、先生。ローリエの所に寄って、私たちは王宮へ帰りましょうか」
「うむ」
「シヴァルイネ。イージャンの事よろしくね」
「はい、姫様。お任せください」
彼女に後を任せ、私と先生は大神宮へと足を向けた。そして、屋外稽古場の中央を突っ切って歩いていく。だが、しばらくして、イージャンと私が仕合をしていた辺りまで来ると、先生が不意に足を止める。拝殿の方へ振り返って体を向けた。
イージャンとシヴァルイネの方を見ているようだ。丁度、カトゼの者が数名、小走りで向かっているのも分かった。
「先生?」
その背中に、首を傾げ尋ねる。急に、どうしたんだろ? 何か言い忘れた事でもあったのかな?
「ん? ああ……」
そう言った先生は、少しの間黙り込んで動かなかったが、静かに口を開く。
「また、あの紙裂き砕破を扱える者が、現れたかもしれぬと思うとな……」
あ――。そうか。私は、はっと気付いた。先生も、先代ヤスキーハ様の事を知っているんだ……。
「ふっ……。こうやって引き継がれていくな……」
先生は笑いながら呟く。しかし、シヴァルイネとはまた違う。きっと先生たち戦友にしか分からない。そんな重みのある言葉だった。
だからなのだろうか。私は、その大きな背中から、もの寂しさのような懐かしさのようなものを感じた気がした。




