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リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件  作者: 粟生木 志伸
第四章 おっぱい慟哭編
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第27話 頑張れ! お兄ちゃん!!

 屋外稽古場の中央あたり。私とイージャンが、正面で向き合い対峙した。黒刀と八咫の太刀で、打ち合いできる程度の間合いは取っている。


 先生は、その間合いの外で割って入るように。黒い鳥居を背にして、胸の前で腕を組んで立っていた。シヴァルイネは、その斜め後ろ辺りだ。もし、刀が弾け飛んで来たら、先生が叩き落とす。まあ、彼女なら難なく躱せるだろうけど、念のため。


 その彼女には、豊瑠の勾玉を見てもらう。それから、頃合いを見計らうようにも頼んだ。謁見があるから、いつまでもはいられない。


「では、二人とも。準備は良いか?」


 先生が、私とイージャンを交互に見ながら言う。


「大丈夫です」

「はっ! よろしくお願いします」


 私たちはそう答えて、互いに構えた。イージャンが顔はそのまま、体を真横に向ける。そして、右脇で両籠手を握り、刀身の先を私の足元にある地面に着けた。


 私も同じく真横の右脇だ。そして、切っ先を返して峰打ちにし、その先をイージャンに向け、両手で柄を握る。私たちは、お互いの刀身に挟まれるよう間に入っていた。


 その刀身は、八咫の太刀だけが重く低く唸っている。既に白壱越は通しておいた。音の正体はこれ。ただ、当て続けていないと、効果はすぐに切れる。今もほんの僅かずつだが、音が収まってきていた。まあ、一振りするぐらいは大丈夫だ。そのつもりで込めた。


「では、一本目――」


 先生の開始の合図。自然とその声に集中し、体を研ぎ澄ます。そして、


「始め!!」


 そう叫ばれた瞬間。イージャンが動く。体を捻っていった。私は、数瞬間をおいて、捻っていく。二つの刀身は、互いに逆方向へ。勢いに若干の差はあるが、一気に回転していった。


 打ち合いはすぐにしない。一回転させてからぶつける。これは、そうしないと単純にならないし、大した威力にもならないだろうと、先生が取り決めた。


「おおおおおお――!」


 イージャンの雄叫びが気迫となって、私の肌にびりびりと当たる。何度聞いても、やはりこれは悪くない。いや、良い気分になる――、な!


「はああああ!!」


 気が昂ぶってくる。握りを強く持ち、腰にも力をさらに入れた。遅れていた回転の差は、瞬く間に無くなっていく。これなら、丁度、正面でぶつけられる。


「おおおおおおおお――!!」


 イージャンの雄叫びも、大きくなった。そして、勢いを増した二つの黒い刀が、回転を終え再び戻ってくる。私たちの正面で交差しぶつかった。弾け飛ぶ砂塵が円を描き、刀撃の重音が轟く。重音――。先程の刀撃より音が重い。


 これは、八咫の太刀の重さが変わったからだ。私の斬撃は、速いが軽かった。だが、今はそうじゃない。音と同じく重くなっている。これが白壱越の力。白壱越は物を重くする。恐らく、黒刀に近い重さにはなっているはずだ。


 しかし、それでもやはり、私の方が力がある。だから、回すのを少し遅らせた。正面同士で打ち合うため、イージャンの振りの速さ――刀速に合わせている。


 私に打ち叩かれた黒刀は、それが振り回されてきた方へ。この斬撃と同じくらいの速さで、弾け飛んでいった。これは、今までより速い。私の斬撃の威力が増したからだ。刀速は若干落ちたが、それ以上に太刀の重さは増えた。


「ぐっ――!? うおおおおおおお!」


 私の一撃で、イージャンの腕も、後ろに飛ばされながら持ち上がる。その腕を、出来るだけ威力を殺さないよう引き戻す。そのまま、今度は逆に黒刀を回し始めた。


 これは、一応私の勝ちになるのかな? そう思いながら、振り切った太刀の刀身に、素早く右手を移す。低い音が掠れてきた。白壱越が切れかけて、太刀も軽くなってきている。私は白壱越を込め、当て直す。すると、再び低い音が鳴り始め、重さも戻ってきた。よし。私も太刀を、今とは反対へ回し出す。


「続けてそのまま二本目!」


 先生が叫んだ。打ち合いは連続――連撃で行う。イージャンも父様みたいに気分が高揚して、玉響が出るかもしれない。その高揚は、流れを切らず連続で打ち続けた方がいいだろう。私と先生、そしてシヴァルイネがそう判断した。しかし――。


「おおおおおお――!!」

「はあ!」


 私たちの刀は、互いに逆回りで再び正面に戻ってくる。そして、激突した。


「ぐああああ!?」


 強烈な刀撃の一閃と一閃。今度は、威力を殺すまでもいかない。上手く捌き切れなかったようだ。イージャンだけが、吹き飛んでいく。


「ふーー……」

 

 振り切った姿勢のまま、長く息を吐き出す。手加減はしない。遠慮もしない。思いっきりやる。そのため、全てが全て連撃にはならないだろう。ま、イージャン次第だ。


「…………」


 私は無言で腕を前に戻し、その両手で持った太刀の柄を見つめる。何度か握り直しながら、感触を確かめた。なるほど……。これは先生の言う通りだ。感じとしては、紙一重分より薄い。だが、何かが違う。気迫、威力、気合――。やっぱり遠慮がなくなったのかな? ただ、その遠慮が全て消え去ったかどうかは分からないが。


「では、三本目! 構え!」


 先生は、休む暇を与えてくれない。矢継ぎ早に、構えるよう急かしてきた。イージャンは起き上がり、真正面に戻ってくる。そして、こちらの足元に刀身を着け、横向きに構えた。私も同じく構える。白壱越を当て、刀身を前に向けた。先生が、それを交互に眺めてから叫ぶ。


「始め!!」

「おおおおおおおおお――!」


 イージャンが気迫を発する。私たちは同じく回転し始めた。さあ、どんどん行くぞ! イージャン!







「イージャン! もっと股を開け! それから踏み込むのだ!」

「はっ!」


 先生が、気合の入る声を張った。黒刀を振るイージャンに、鼓舞するよう戒める。恐らく、気付かないうちなのだろう。姿勢が若干浅い。


 だが、右足を外側へずらし、浅くなっていたそれは戻り、深くなる。腰が落ちた。振られていく黒刀の勢いが戻り、回されていく。そして、私たちの正面でぶつかり合った。


 振る抜かれる私の太刀。黒刀は弾け、勢いそのまま逆に回されていく。ふっ。先生が教えてくれなければ、吹き飛ばされていたかもね。


 これで三十本目が終わった。今の所、私が全勝している。


「イージャン! それを刀と思ってはなりません! 最早、別物だと心得なさい!」

「はい! シヴァルイネ様!」


 イージャンは、先生とシヴァルイネに助言を受けながら、黒刀を振り回していた。そのせいか、連撃も二回三回と続く事が多くなってきている。


「続けて三十一本目!」


 そして、これから五回目の連撃だ。私は、白壱越を刀身に込め、体を捩じり始める。うーん。しかし、この単純な力比べ――。結構、面白い。確かに気分は高揚する。なら、父様の玉響が出たってのも分かる気がした。これがもっと高まれば出る。それは、あるのかもしれないね。


 ただそれも、相手が自分の力量と同程度ならって話だが――! 私は、気合と共に太刀を黒刀に放つ。


「はあっ!!」

「ぐああっ!?」


 刀撃の衝突がイージャンを弾く。後ろに仰け反りながら宙を飛ぶ。そして、後ずさりながら着地し片膝をついた。連撃は五回で終了か。流れも切れる。もっと高揚させるには、やはり続いた方が良い。そう感じる。ならば、力は拮抗していた方が良いはず。

 

 だが、残念ながら私とイージャンでは、これから外れる。拮抗しきれないし、連撃が出来たとしても、それは偶然の産物という感がまだ強い。なら、もっと白壱越を当てて、太刀を重くし刀速を落とせばいいのだが、これで限界だ。この太刀は、どれだけ当てようが、もうこれ以上重くならない。


「両者、少し待て」


 先生がイージャンに近づいていく。そして、二つの籠手に左右の手をそれぞれ当てた。黒辰泉の高い音が鳴る。こうやって中断すると、時折当て直してくれていた。


「はあ、はあ、はあ――」


 イージャンは、また息が上がり出している。しかし、先生は当て終わると、元いた場所に戻り、

 

「では、三十二本目――! 構え!」


 容赦なく仕合続行を宣言した。それにイージャンは黙って従う。不満な表情など微塵も見せない。真剣そのものだ。ふふっ……。そして、先生の合図と共に、黒刀を回し始める。


「始め!」

「おおおおおお――!」


 私も太刀を振り始めた。しっかし、ホント音を上げないよなあ。黙々と黒刀を振るい続ける、イージャン見て思った。これは、今までだってそうだ。そんな弱音を吐いた所、一度だって見た事がない。


 この打ち合いのように、私が参加する時の訓練は、いつもこちらが止めると言うまで続く。若しくは、向こうがぶっ倒れるまで。自分からこの辺で終わりに、とか言い出すことは一切なかった。ゴトキールとは違ってね。あのおっさんは、すぐに参ったとか言うんだよ。全く……。


 訓練の内容は、実戦形式の一対一。あとは、私対近衛騎士全員とかになるか。まあ、最近は、近衛騎士を先に全員へばらせて、締めにへばっていないイージャンとやってるかなあ。やっぱり一番強いし体力もある。戦い方も、参考したり出来るからね。結構、おお成程って思う事があるんだよ。


 ちなみに、今のイージャンは、自分のその剣術、戦法を殆ど使えていない。戦い方が、まるっきり違うのだから仕方ないけど。


 あ、そういえば――。初めて戦った時も、音を上げなかったな。ぶっ倒れるまで頑張ったんだ。その時の事は、何故か今でも覚えている。そう……。あれはまだ、私が超絶愛らしい少女だった頃――。


「…………」


 って、自分まで回想してどうすんのよ。気を取り直して、太刀を振るう体に力を入れる。真正面に迫った黒刀を迎え撃った。


「はあ!」

「おおおおおお――!」


 交差し、激しくぶつかり合う刀。今回は吹き飛ばない。弾けた刀を、そのまま逆へと互いに回していく。連撃の開始だ。


「…………」


 白壱越を込めながら、必死の形相のイージャンをもう一度見つめる。私との事――。イルミネーニャや他の者たちとの事。そして、やっぱりシビアナとの事。結婚して夫になった。テレルが生まれ父親になった。


 出会ってから色々あったけど――。うん。こうやって打ち合っていると、やっぱり根本のところは、何も変わっていないって気がするね。


 それはきっと、玉響が出て空震音叉を覚えても変わらない。でも、待遇は変わるぞお? 近衛騎士から聖騎士将だ。大出世だよ。本当にそうなったら、シビアナもテレルも褒めてくれる。喜んでくれる。ふふふ!


「だから――!」


 白壱越を込め終え、再び太刀を両手で振り回し始める。そして、


「おおおおおお――!!」

「はあ!!」


 気迫の籠った黒刀へ、私は太刀を思いっきりぶち当てた。だから、頑張れ! お兄ちゃん! しかし、その思いも空しく。振り始めて五十七回目、遂に限界が来た。


「…………」


 私は、目の前にいるイージャンを、黙ってじっと見つめている。先生もシヴァルイネもだ。


「はあ、はあ、はあ――」


 口での激しい呼吸。肩は上下に動き続ける。瞼を開ておく力もないのか、右目は半分、左目は閉じかけていた。籠手を持つのもやっと。腕だけでなく足腰にも震えが見える。それが、こちらに向けた黒刀の切っ先まで伝わって微かに揺れていた。


 鎧も所々凹み、腕や腿の服が、切り裂かれ破れている。改めて見れば、全身汗まみれ土まみれ。どろどろだ。どろどろで、ぶっ倒れる寸前にまでなっていた。


「シドー様、姫様。そろそろ――」

「うむ」

「――分かった」


 シヴァルイネが、頃合いだと静かに教えてくれる。時間的にこの程度にしておかなければ、謁見に差し支えるか。


「ふーー…………」


 イージャンは、もうこれ以上振れない。これが最後の一撃となる。そう察して、今までで一番長い深呼吸を吐き出す。結局、玉響は出なかった。出来れば、この身で知っておきたかったんだけどな……。私は刀身に手を当て、白壱越を通し始める。


 まあ、焦ることはない。シヴァルイネが出たって言ったんだからさ。徐々に空震音叉へ近づいているのは、間違いないよ。それに、ササレクタとやり合えば、案外あっさり出るかもしれないし。


 成果はあった。振った回数も申し分ない。予想を超え、五十回以上は振ってるんだ。黒刀の扱い方だって、少し分かってきてたし。十分さ。十分過ぎる。でも――。


「…………」


 込め終えた白壱越が、重く鳴り響く。私は手を柄に戻した。そして、無言で眼前を見据える。


「お互い構え!」


 先生の言葉に、構え始める私たち。だが、イージャンは考えていない。体が勝手に声と反応して、どうにか動いている。そんな感じだ。その様子を見ながら、ゆっくりと腰を低く構えた。


 このやり方が悪かったとは、誰にも言いきれない。だけど、いきなり始まった訓練。心構えも碌にさせなかった。顔面も蒼白になった。それなのに、いざ戦い出せば真剣に取り組む。そして、そんな満身創痍でボロボロになっても、弱音一つ吐かず頑張ったんだ。


 だからね、イージャン。やっぱり私は、残念だったってどうしても思っちゃうな。


「では、五十七本目――。始め!!」

「くう……!」


 先生の声に、まだ反応できている。ゆっくりとだが体を捩じっていく。歯を食いしばりながら、イージャンは何とか黒刀を回し始めた。


 だが、その黒刀に今までの勢いはない。腕も足も震え、振り回すだけで精一杯だ。それでも、半分を超え正面に、こちらへ向かって回すところまで来た。私は、ここで太刀を回し始める。だが――。


 あ――。イージャンの足がもつれ、倒れかかる。それが合図だった。もつれた足が、どうにもならない。そのままうつ伏せになるよう、前に倒れ込んでいく。そうか。振り切るだけの力さえ、もう残ってなかったか……。


 疲れ切った目が、閉じられていく。全身から力も抜け始めた。籠手を握っていた両腕も、黒刀と一緒に地面へと落ちていく。このまま倒れ込むのだろう。私も振る力が緩む。どうやら、これで終わりのようだ。


 まあ、事を急ぎすぎたよね。でも、玉響が出たって聞いて、そうだな――、やっぱり嬉しかったんだと思うよ。だから、いきなりこんな事をしようとしてしまったんだ。


 倒れていく。両目は既に閉じられた。顔も緊張もなくなる。腕も垂れ下がった。私には、その様がとても長く感じられている。お疲れ様。よくやったさ。玉響はまた次回。お前は、そのままゆっくり休むといい。


 イージャンが倒れていく。それを見ながら。――違う。それを見ながら、私はいつの間にか下唇を噛んでいた。違う。いや、違う! そうじゃない! 倒れちゃいけない! 


 ここなんだ! 死を覚悟した一瞬からの反撃は、これなんだ! ここで踏み止まり、力をさらに振り絞ぼってみせれば、いける! 玉響は、きっと出る! だから――!


「頑張れ! お兄ちゃん!!」


 玉響が出るのは結局運だ。確信なんか持てようもない。それでも、私は思わず叫んでいた。

 イージャンが倒れていく。声は届かない。何も変わらなかった。そのまま変わらず、うつ伏せになって倒れ込んでいく。駄目か――。


 黒太刀を握った籠手から、両腕がずり落ち始める。緩んでいく体の緊張。膝から崩れ落ちていく。項垂れていく頭。緩んだ顔が見えなくなっていく。ゆっくりと。ゆっくりと、その顔は体と共に地面へ。両目を見開いて・・・・・・・崩れていった・・・・・・


「おおおおおおおおおおお!!」


 突如、イージャンが叫ぶ。同時に、その足元の地面も響く。右足を地面に叩き付け、踏ん張っていた。


「おおおおおおおおおおおおお!!」


 私は、唖然とその姿を眺める。震えて弱り切っていたはずの両腕が、力強く動く。籠手を握り、放り投げられそうになっていた黒刀が、引き戻され持ち上げられた。腰も入り、左足にも力が入る。震えも、ふらつきも消えた。踏み込んだ右足と、体を支え直す。


 倒れかけた態勢は既にない。そして、上体が起き上がり、その顔が見えた。見開かれた両目。何かが宿っていた。強い意志のようなもの。私にはそう感じられた。その眼が、ただこの太刀だけを捉えていた。初めて見る。それは、今まで見た事もないイージャンの姿だった。


 気迫も違う。そして、微かだが、体に響くこの感じ――! 間違いない! これは――! 籠手が動く。握り込まれるように、指と指の隙間が僅かに狭まった。締まる!? 黒辰泉か!?


 変化は、それだけに止まらない。私の目は、黒刀の刀身を見て瞠目する。あれは――!? 発せられた黒辰泉が、黒刀にまで影響を与えていた。  


「ふっ、ふふ……」


 全く、最後の最後で――。太刀を振りながら、顔がにやけてくる。私が、意表を突き返されるとは。それも、とびきり大きいやつ。まさか、本当にあそこから持ち直してくるなんてね。その上――。ふふふふ……。


「はっはっはっはっ!!」


 でかした、イージャン! その成果、この身で確と受け取った! 血が滾る。それが、私に一段と力を込めさせた。さあ、行くぞ! 最後の一刀だ!!


「はああああああああああ――!!」

「おおおおおおおおおおお――!!」


 私とイージャンの気迫が、激しくせめぎ合う。その気迫が乗った刀撃が、円を描く。そして、真正面。全てを出し切ったであろうイージャンの一刀。私の一刀。それが、ぶつかり合った。


 強烈な衝撃が、交差した刀を中心に生じ、砂塵を荒々しく吹き飛ばす。その瞬間、さらにもう一度。砂塵が吹き飛び、足元にも亀裂が入る。


 太刀から伝わる力。腕を通り、全身を押し返してくる。これは間違いなく全身全霊。渾身の一撃。遠慮なんてありはしない。それを瞬時に直感する。


 加えて、衝撃の音が、いやが上にも大きくなった。だが、それだけではない。太刀の重音の中を、鋭い高音が切り裂く。微かだが確かにそれが混じっている。


「『黒太刀風くろたちかぜ』だと!?」


 そう驚愕する先生と、シヴァルイネの瞠目した表情を目端が捉える。黒太刀風――!? それって! だが、確認する時はない。瞬間、黒刀が弾け飛ぶ。今度はイージャンの手からも。その彼を残し、大きく弧を描きながら、打ち当てたのとは逆へ飛んでいく。これで、五十七回。全て私の勝ち、とはならなかった。


「うっ!?」


 八咫の太刀が、この手を弾き飛ばす。こちらも、当てた方向とは逆に飛ばされていった。引き分けだ。太刀は、回転しながら、先生たちに向かう。目の前まですぐに迫った。


 だが、当然問題ない。胸の前で腕を組んだ先生は、その右腕を素早く動かし、柄を掴み容易く受け止めた。そして、黒刀も地面に落ち、大きな音を立てながら土煙を上げる。


「姫様!!」


 焦ったように、シヴァルイネが叫ぶ。その顔は、胸元で重ねられた籠手を見下ろしている。騒々しい刀撃の音が止み、場は静寂に包まれた。その静寂を壊さないよう、私たちは息を潜め耳を澄ませる。静かな風の音。その中で、確かに何かが鳴っていた。


「聞こえる……」


 それは、無数の小さな宝玉が弾け合い、煌めくよう。まるで、湖面がきらきらと輝くような玉響の音だった。


「音の種別は……?」


 分かっている。分かっているが、シヴァルイネの口から、きちんとその答えを聞きたかった。彼女は、勾玉の音から、それが十二に大別された拍動のどの辺りになるか判別できる。


「『真音しんおん』、黒辰泉です……」


 恐らく、先程感じ取った玉響は、それが出来てもその音が何かまでは分からなかったのだろう。そう呟く表情に驚きが見られた。だが、これで間違いない。


「先生!!」

「うむ!」


 先生にも確かめると、ゆっくりとだが大きく強く頷かれる。すると、一気に嬉しさが込み上げてきた。やった……! ついに、やったんだ! 武闘大祭から、随分時が経った。だが、ようやくその先へ――!


「はっはっはっはっ! 出た! 出たぞ、イージャン!」


 振り向けば、姿が見える。ただ、丁度地面にうつ伏せでぶっ倒れるところだったが。――あ。


「わ!? イージャン!?」


 私は急いで、倒れたその元に走る。傍に座り込むと、体をひっくり返し頭を両膝の上に乗せた。懐から手巾を取り出す。簡単にではあるが、額や頬、顔に着いた土や汗を拭い、そしてじっと見下ろした。


 その表情は、寝顔そのもの。だが、やり切ったって感じがして清々しかった。それを見て何だろう、すっごく嬉しくなった。私は、とても誇らしい気分になったのだ。


「ふふふ!」


 流石、私の見込んだ男!


 頑張ったね! お兄ちゃん!!

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