第26話 頑張れ! お兄ちゃん! その2
「ふん!」
先生が、イージャンに向かって剛拳の右突きを放つ。
「ぐっ!?」
巨刀を振り被る暇もない。籠手で受けた。だが、威力は半端ない。両足が砂塵を舞い上げ、後ずさっていく。先生はそのまま突き進む。歩数にして三歩。すぐに迫る。そして、必中の気合を纏った拳を放とうとした瞬間――、平然と横にずれた。
そこから現れる私。イージャンの驚愕の表情が見えた。動きもほんの一瞬だけ止まり、僅かに遅れが生じている。そこに回転させていた私の太刀が、地面擦れ擦れから迫った。黒刀の刀身に襲い掛かる。
「はあっ!」
「ぐっ!?」
斬り上げだ。黒刀はイージャンごと上空に弾け飛ぶ。だが、黒刀だけ思っていた以上に高く上がった。この当たりが抜けたような感じ――。稼がれたな。
「――おおおおおお!!」
先程とは違う。わざと威力に身を任せ、振り上げるのに利用してきた。そして、私目掛けて振り下してくる。一動作少ない分、当然それは速い。
先生の背後にいたのは、分かっていたはず。ただ、あの顔を見る限り、意表は突けた。いつ仕掛けてくるかまでは、分からなかったようだ。これは、そうさせた先生が上手い。あれはもう殴ってくるとしか、思えなかっただろう。しかし、それでも狙っていたか。
私は、太刀を振り切ったまま動いていない。これが大きな隙となっていた。しかし、際どいが避ける間はある。もしくは、太刀で受け流せばいい。だが、元よりその気はなかった。躱さない。受け流しもしない。次の一撃へと、そのまま体を捩じる。太刀を回していく。黒い巨刀は、もう目の前まで迫っていた。
「ぬん!!」
黒刀の片面が、先生のその剛拳でぶち抜かれる。イージャンとは違い、こっちは二人。連携している。横にずれていたが、振り下すその一瞬前に跳躍していた。これが見えていたから任せた。黒刀は、私から軌道を逸れて地面を、
「うおおおおおおお!!」
いや、割れない。地面に届かない。イージャンが、逆様になるよう無理矢理姿勢を変えて、強引に横薙ぎへ切り替えた。刀身が弾かれた方向に威力を殺さず、これも利用してそのまま回す。そして、空中にいる先生目掛けて、弧を描いていく。これでは、着地と同時にぶち当たる。
少し修正。今のままでは駄目だ。振る時、振り切った後にも先生に当たる。私は、水平になっていた太刀を、担ぐよう体を回していく。そして、そのまま黒刀と先生の間に跳び、
「はあっ!!」
迫りくるそれに、思いっきり太刀を振り下した。
「ぐああ!?」
イージャンの体が、黒刀ごと地面に叩き付けられる。長く伸びた板のようなその面は、砂塵を上げめり込み、亀裂が走る。お腹の底に、その重音が響いた。衝撃も伝わる。しかし、足元からは来ない。両腕のみ。足は宙に浮いている。太刀を振った拍子に、前のめりになったからだ。
私は、勢いそのまま背後から両足を上げていく。その両足が、真上を過ぎたあたりで、太刀の柄を離した。そして、抱えるように膝を曲げ回転する。その回転を繰り返し、宙を舞った。
豪風の塊が、真下を突き抜けていく。着地した先生だ。先生は、私が手放した太刀の柄を片手で掴み、転がったイージャン目掛けて突進していく。
「寝ている場合ではないぞ! イージャン!」
先生は一喝し、両手で柄を持つ。そして、太刀の間合いに届くと、切っ先を後ろに引く。私と同じように峰打ちで斬り上げた。
「ぐあ!?」
激しい衝撃。ぶつけられたのは黒い籠手。イージャンは呻きながら黒刀ごと持ち上がり、錐もみするように後ろへ向かって回転していく。先生は見向きもせず、私目掛けて山なりに太刀を放り投げた。そして、数歩踏み込み素早く追いつき、右足を上げ体を捩じると、気迫が変わる。必殺の気合だ。
肩周りに見える筋肉が膨張。いや、全身の筋肉が膨らんでいるだろう。間違いない。その巨体が、一段と大きく見えた。イージャンは、両腕を引き構える。黒刀の太い柄を使って、防御に徹する気か。そして、先生のその溜め込んだ力が、ただ一点に向け全て炸裂した。
「ふん!!」
剛拳ように突き出された蹴り。だが、繰り出されたのは拳ではなく脚なんだ。威力が違う。イージャンは防ぎきれなかった。呻く間もなく一瞬で吹き飛ばされた。これは、鎧を着てなかったら終わってたな……。両腕は、限界まで無理矢理後ろへ一気に引かされ、籠手と柄が鎧にめり込もうとしていた。
先生が蹴りつけたのは、籠手と籠手の隙間にあった柄だ。一応、直撃は食らっていないわけだが、これは気絶してもおかしくないだろう。強烈過ぎる。イージャンの表情も、寝顔のように緩む。昏倒する時に見せるそれだ。しかし、
「くっ!」
目を見開き、すぐに険しい表情へと戻る。頭を一度振り、自ら体を回し姿勢を立て直す。後ずさりながら両足で着地した。どうにか踏みとどまったようだ。そして、一息も入れようとせず、こちらに向かって走り出した。黒刀の切っ先は、真っ直ぐこちらを向いている。今度は、突きから始める気かもね。
「ふっ……」
それを見てか、先生もイージャンに向かって走り出す。
こんなやり取りが続いていた。イージャンは、多分二十回ほど。それくらいは黒刀を振っているだろう。大まかに数えていたが、そんなもんだ。しかし、これは少ない。もう数えていないが、私と先生で二百に届く程度は、間違いなく振っているのだ。
二対一。しかも、相手は私と先生。真面な攻防なんて出来るわけもないから、当然そうなる。激しい攻撃のせいで、防御一辺倒になってしまってるから、殆ど振れていない。イージャンも頑張ってはいるが、どうしても攻撃が単調になっていた。
そのため、その攻撃を読みやすい。だから、こんなにも差がついてしまっている。これは慣れていないのもあるが、柄を握った籠手の位置が固定されているからだ。仕方がないけどね。
勿論、それでも問題ない。狙いは、生命の危機を煽る事。死を覚悟した一瞬からの反撃。つまり、武闘大祭の再現。こういうのを待っているわけだ。うーん……。しかし――。既に着地していた私は、心の中でそう唸りながら、放り投げられた太刀を受け止める。
「出ないか……」
玉響は一度も発現していなかった。その傾向さえ見られない。距離を取っているシヴァルイネに、顔を向ける。すると、彼女も首を横に振った。やはり、出ていないか……。私は、先生の後に続いて走り出した。
シヴァルイネは、空震音叉を使えない。だから、私たちのように、それを感じ取るのは無理だ。しかし、私はわざわざ確認を取った。つまり、彼女には別の手段があるって事だ。これは彼女だけではなく、他の大宮司にも言える事だけど。
彼女の家――カテンカ家や他の大宮司の家系は、ちょっと変わった力を持っている。その厳つい手甲の上には、掌に収まる程度の勾玉が乗っているはず。『豊瑠の勾玉』と呼ばれるものだ。
彼女が持ったままで、仮にイージャンから玉響が発せられ、これに当たれば、音叉のように震えて鳴り始める。つまり、空震音叉を使えなくとも、大宮司は豊瑠の勾玉を介して、それを感じ取ることが出来るってわけ。
あの勾玉は、中は空洞になっていて、小さな玉が入っているんだとか。水琴鈴という、一般の鈴みたいに割れ目のないものがあるが、それと似たようなもの。
ただ、水琴鈴は振れば鳴るが、豊瑠の勾玉は、空震音叉つまり拍動にしか反応しない。それがなければ、どんなに振ってもころころというだけ。本来の音色は聞こえないのだ。
しかも、大宮司の血筋がその身に着けてなければ、同じく反応しない。正確には、その体の間近になるか。あの手甲の上でも大丈夫だからね。これは勿論、ヒュースレーや他の大宮司も同様だが、オウサとキルサは手でも繋がないと、そもそも反応しなかったはず。力がまだ足りないんだそうだ。
ちなみに、私が発した黒辰泉で鳴らなかったのは、多分範囲が狭すぎたから。意図して、籠手にだけ当てるようにしたからね。シヴァルイネが、肌身離さず持っている豊瑠の勾玉までは、届いていなかったのだろう。
しかし、空震音叉の技を御せない者が、玉響を発すれば、その力は弱いこそあれ遠くまで届く。それこそ鈴の音が聞こえる程度にはね。周りが静かなら、結構離れてても鳴っているのが分かる。シヴァルイネがいる辺りなら、問題なく届くだろう。
黒辰泉も、音の方は届いているんだよね。彼女にも聞こえていただろうし。でも、音じゃなくて拍動なんだ。これがなければ、やっぱり鳴らなかった。
「ふうむ……」
さて、どうしよう。私は走りながら、思案に暮れる。まあ、このまま続けてみるしかないよなあ……。
「はああああ――!!」
前方では、先生が左右の拳で、どんどん連撃を繰り出していた。黒刀の籠手に、それぞれ当たっていく。威力はあるだろう。衝撃の音が容赦ない。しかも、一発や二発じゃないんだ。もう十発以上は繰り出している。しかし、イージャンがその威力で後ろに下がることはなかった。
これは、イージャンが踏ん張っているからではなく、先生が黒辰泉を纏った拳で殴っているからだ。衝撃の音に混じり、それ特有の高い音が聞こえてきていた。
この黒辰泉は、その音だけではなく固有の力がある。それは、範囲に入った物をその中心に引き寄せるというもの。込める力が強ければ強いほど、勢いよく中心に向かう。また、拍動の基本性質と同じく、物によってその速さに差異がある。
ただ、符拍子のように貼り付く感じじゃない。黒辰泉は、そのまま中心で当て続けると、それを小さくして押し潰そうとするからだ。これも、物によって差異がある。だが、符拍子にそんな力はない。込める力が強ければ強固になるが、あくまで貼り付くだけ。圧迫はしない。
籠手が締まるのは、籠手の方の特質だ。黒辰泉を使った応用――、になるのかな? 私はあまり詳しくないが、先生が確かそんな事を言ってたっけ。だから、柄から取り外して籠手だけに当てれば、握りが締まりながら中心に向かって引き寄せられる。そして、締まる方に力を取られる分、その速さは遅くなる。
ちなみに、黒辰泉で殴っているのは、これが理由。籠手に、その力を吸わせるためにやっている。先生は、殴りながらイージャンを追い込み、かつ籠手に黒辰泉を当て直しているのだ。
私が、幾ら強く当てても限界はある。何度も強烈な衝撃を受けると、どうしても籠手の握りが緩んでしまう。この緩みを、再度締め付けている。戦いの流れは切りたくない。だから、こうやって戦いながら、機を見て黒辰泉を当てているのだ。
逆に、先生が他の空震音叉の技を使わないのは、至極天に影響を及ぼすためかな? 今の仮申請の状態だと、誰の拍動でも関係なく通ってしまう。
「はあああああ――!!」
黒辰泉を纏った先生の連撃は続く。右拳で殴る寸前、籠手が拳に引き寄せられ衝突。その衝撃で吹き飛ぶところを留め、再び引き戻す。ここで一旦右拳の黒辰泉を解く。
それから、右拳を後ろへ構え直し、左拳で殴る。籠手が引き寄せられ衝突。引き戻す。左拳もここで解いて、後ろに構え直す。そして、右拳に再び黒辰泉を宿し殴る。籠手が引き寄せられ衝突、引き戻す――。先生は、これを高速で繰り返しているはずだ。
殴るのも黒辰泉の込める力も、均衡させる加減は難しい。籠手の方に、力が吸われているだろうし。単純じゃない。だが、これでほとんど動かなくなっている。だから、イージャンはその場に留まったまま。吹き飛ばない。
とはいえ、その体は前後に細かく、揺さぶられているだろうけどね。結構激しく。連打の嵐だし、その回数も、どんどん増えていっているから。これが地味にきつい。
「はあっ!!」
「ぐああっ!」
先生が、最後の一撃とばかりに、回し蹴りを柄にぶつけ吹き飛ばす。これには黒辰泉を使っていないようだ。衝突の音はあっても、その音は聞こえない。黒刀ごと吹き飛ばされたイージャンは、立ち上がろうと踏ん張ったが、
「ぐっ……!?」
足腰がついていかない。膝から崩れ落ちる。やはり今の連撃はきつかったか。さっきの一撃も効いているだろうし。回復するには、少し時間が掛かりそうかな。
ここで止めを刺せば、気絶して終了だ。先生もそれを察したのだろう。追撃はしないで、ここまで後ろ向きで跳躍して戻ってきた。うーん。私としては、それを試してもらっても良かったんだけど。
「出ぬな……」
先生がイージャンを見ながら呟く。
「ですね……」
「まあ、これは仕方がないと言えば、仕方がないのだが……」
「ええ」
「何が切っ掛けになるか分からぬからな。その時のその瞬間の、心の有り様が肝要なのだ。例えば、明日にでも日を替え、このやり方で同じ様にやれば、玉響が出る可能性は十分ある」
そうなんだよね。ここまで来ると、ホント運頼みなんだ。立ち止まっていた玉響という壁に、もう手を掛けているはず。
うーん。これは、色々状況を変えて試してみるべきかなあ。このやり方で今出ないならさ。私だけでやってみたり、先生だけでやってみたり。他にも、今とは違うやり方で戦ってみるのも手かもしれないよね。
「先生」
「ん? なんだ?」
「千響万歌でも使ってみましょうか?」
違うやり方で戦い、追い込む。だったら、こういうのも試していいんじゃない? しかし、先生は首を振る。
「流石にそれはやり過ぎだな。比喩や例えではなく、本当に死ぬぞ」
「うっ。そうですか……」
それは不味い。死なれちゃあ困る。
「ふむ……」
先生が、思案気に顎を何度かゆっくり摩った。そして、その手を止めると私に振り向く。
「リリシーナ」
「はい」
「少し別の方法を試しても良いか?」
「別の方法――、ですか?」
「うむ。こうやって戦うのとは違うがな。しかし、その方法で玉響が出た者がおる」
「あ。そうなんですね」
へえ……。そういうのがあったんだ。しかも、実例つき。今のこの状況は、ある意味膠着状態だ。なら、この状況をがらりと変えてみるのもいい。うん、試してみるべきだよね。でも、その実例って誰だったんだろ?
「ちなみに、先生の言う方法で出たってのは?」
興味がある。尋ねてみると、愉快そうに口許をにやりと歪める。ん?
「ふっ。それはな――。お前の父、ジャムシルドだ」
「ええ!? そうなんですか!?」
「はっはっはっ! うむ、その通りだ」
ビックリ……。父様かい……。
「しかし、やけに驚くな? ジャムシルドから玉響が出た時の事を、聞いていなかったのか?」
「は、はい……」
「ふむ……。まあ、それもそうか。あいつが言う訳もないな」
「え、ええ……」
いやまあ、確かにそれはそうなんだけど……。驚いたのは、これが理由ではない。そうだよね……。父様も、空震音叉が使えるんだから、玉響が出たんだよなあ……。そんなの考えた事もなかったから、ついつい驚いてしまったのだ。
本当に興味なかったからね、私。今まで聞こうとした事もない。その気さえ起きた事はなかった。いやー、ビックリ。でも多分、先生が教えてくれなければ、これからも知る事はなかったんだろうなあー……。はははのはー。
「はあー……。分かりました……。それで、どうするんです?」
溜息を吐いた私は、頷いてそれから尋ねる。
「まあ、単純に力比べだな」
「力比べ?」
首を傾げた。
「儂が合図して、お前とイージャンが刀と刀で打ち合う。それを繰り返していくだけだ」
「おおー」
本当に単純だわ。
「だが、連続で何度もやっているとな、次は負けまいと段々気分が高揚してくる」
「あ。確かにそれはあるかもしれませんね」
普通の打ち合いでも、そういうのはあるよね。なるほど、分かってきた。これは一種の遊びみたいなもんなんだね。
「ジャムシルドには、これが性に合っていたようでな。打ち合い続け、気が昂ってそれで出たようだ」
「へえ~~……」
父様、そんな遊びみたいなので出たんだー。ふーん。たーんーじゅーんー。
「お前な……」
おっといかん。鼻で笑いそうになったのが先生にばれた。
「うーん。でも――」
私は、すかさず口許を拳で押さえ、首を捻り唸ってみせる。勿論、意味はある。
「うむ、そうだな。イージャンはどうか分からぬ」
「ですよね」
イージャンは、父様みたいに単純じゃないと思うの。もっと繊細な心を持ったお兄ちゃんだと思うの。
「ただ、これならお前に怪我をさせる事はまずない。故に、思いっきり出来るだろう」
「え? 怪我?」
「そうだ」
いきなり突拍子もない事言われた。何、怪我って? 先生は、ゆっくりと視線を移す。肩で息をしながら地面に片膝をついて、何とか立ち上がろうといるイージャンを見つめた。
「恐らく――。あやつは、無自覚に遠慮しておる」
「遠慮?」
「うむ。ほんの僅かなものだとは思うがな」
「…………」
ほおーう……。
「それって手加減してるってことですか?」
本当にこういう意味だったら、はっ倒すぞ、イージャン。即、千響万歌だ。
「うっ。そう怖い顔をするな。手加減とは違う。あいつ自身は真剣だ。本気で戦っておる。ただ、気付いておらんだけなのだ」
「むー……」
そうだとしても、ちょっと腹が立つな。つまりこれってさ、今までの訓練でもそうだったって事でしょ? 遠慮しながら、私の相手をしていたって事でしょ? むー……。
「リリシーナ……。お前、自分が王女だという事を忘れておらぬか?」
「えー……? でも、それは関係なくないです? 仕合では真剣勝負ですよ」
遠慮なんていらない。逆にそうするのは無礼だ。
「ううむ。確かにお前の言う通りなんだがなあ……」
「そうですよ。――あ。じゃあ、もしかして他の近衛騎士も、遠慮しているんですか?」
私は気付いた。こういう事になるよね。すると、先生は神妙に首を横に振った。
「いや……。他の者は、そうする暇もないであろうな……」
さいですか。どうやら、また話が別な模様。
「リリシーナ」
「はい」
「お前はイージャンより強い。だが、それは関係ない。あやつにとって、お前は守るべき者なのだ」
「守るべき者……」
「そうだ。そのお前が、自分の命を危険に晒そうとしてもな。それは、決して変わらぬだろう」
「…………」
そ、そりゃあね? 私は王女様で、イージャンは近衛騎士ですから? そうでしょうとも。うんうん。
「リリシーナ。儂やお前は、イージャンの敵か?」
「え? いえ、違いますけど……?」
「うむ。故に、どうしても吹っ切れないのだ。心の奥の奥で、押し止めてしまっておるのだろう」
「あ……」
そうか……。
「ふっ。どうやら、腑に落ちたらしいな」
「ええ。まあ……」
頷いて答える。
「非情になりきれないんですね、イージャンは」
私は、真剣勝負となると気持ちが切り替わる。勝ちに拘ろうとする。そのためなら非情にもなれる。だけど、多分イージャンは違うんだ。どうしても情が残るんだろう。躊躇いがあるんだと思う。
「うむ、そういう事だ」
先生はもう一度イージャンを見つめる。
「あやつは、生真面目。生真面目で優しい。そして、大切な者を、例え自分がどうなろうとも、その命を掛けて守ろうとする。イージャンは、そういう男であるからな……」
そう言う先生の顔は、どこか嬉しそうだ。私にはそう感じられた。
「遠慮が無礼だという事は、あやつも分かっている。それも吹っ切れれば、自然となくなるだろう。その差を自覚し、気付けるからな」
「はい」
先生がこちらに顔を戻して言う。そうなるって願いたいね。やっぱり勝負は、真剣じゃないと。
「さて――。では、やるとするか」
「分かりました」
ああ。でも、しまったな。単なる打ち合いをするなら、この八咫の太刀じゃない方が良かったかも。此咬みを返すのは、まだ後にすべきだったな。
「リリシーナ、お前の斬撃は速すぎる。少し白壱越を使え」
「ですね。そうします」
これなら、いけるか。
「イージャン! 今からやり方変更だ!」
「はあ、はあ、はあ――。はっ! 了解です、シドー様!」
荒い息遣いが微かに聞こえる。立ち上がったイージャンが、先生に向かって叫んだ。
「場所はここら辺で良いだろう」
「そうですね」
こっちの方が、稽古場の真ん中あたりになるし。万が一、黒刀や八咫の太刀が吹き飛んでも、被害は出ないか。
「シヴァルイネー! こっちー!」
イージャンと同じく、遠目に見える彼女に手招きをすると、すぐに気付いた。こちらに向かって、小走りで近づいてくる。
「イージャンは、儂が説明しながら連れてくる。シヴァルイネの方は、お前に頼む。ま、簡単でよい」
「はい、伝えておきます」
先生はそう言い残し、イージャンに向かって歩き出した。




