第19話 カトゼ大神宮へ その3
「申し訳ございませんでした、姫様……」
深々とシヴァルイネが頭を下げる。あの後、月鏡院や近衛騎士たちは、問題ないと分かるとすぐに戻っていった。私たちは、正門に向かって歩いている。
途中、中庭に寄り、ササレクタの至極天は回収済み。今は、私が肩に担いでいた。彼女も、外していた腰回りの小太刀や手斧などを差し、背中にあった武器を背負い直している。
「いや……。私も、間が悪かったというか……」
「い、いえ。それは、その、あの……」
恥ずかしそうに口籠るが、その後は口を閉ざすと、俯き加減でしおらしくなってしまった。息を整えた後の、ごく自然な感じから一転、かなり反省しているご様子。
だが、実はずっと気が動転したままだったらしい。平静を装おうと必死だったとの事。だから、あのままゴトキールをほっといて、行こうとしたのだとか。で、イージャンが来たあたりで、徐々に回復。それから、自分のしでかした事が、受け止めるまでになって、今のこの調子なのだ。
「はあ……。シドー様に、お詫びを申し上げなければ……」
とぼとぼと歩きながら、溜め息を吐く。外壁と長椅子を壊したからね。しかし、そう言われると、何だかこっちも気が咎めらる。中庭を破壊しまくったからな、私……。
「ま、まあ、中庭もあんなだし、纏めて修繕すればいいからさ……。多分、先生も笑って許してくれるよ」
「はい……。ありがとうございます……」
弱々しくそう答えて、シヴァルイネはまた頭を下げる。そして、上げられたその顔は、さらに沈痛な面持ちであった。
「あの人にも、悪い事をしました……」
あ、そうそう。もうすっかり忘れてたな。結論から言えば、何とゴトキールは生きていた。頑丈になったと、自慢するだけはある。けど、真剣を受けても大丈夫ってのは凄いよね。真っ二つにならなかったんだもん。鎧を着ていたとはいえ、豪く硬い体になったもんだ。グスコやステライも、ビックリする事だろう。
まあ、そんな冗談は置いといて、何故無事なのかと言えば、もちろんそれは峰打ちだったからだ。じゃないと、外壁にめり込むような吹き飛び方をしない。綺麗にその場で、体が二つに分かれていただろうさ。
シヴァルイネの生死を分ける絶妙な手加減。あんなに取り乱していても、自覚がなかろうとも、それが出来ていたというわけだ。ゴトキールは、外壁から引っこ抜かれると、イージャンに担がれて、そのまま安静にできる所へと運ばれていった。目を覚ますのは、また当分先の事になるだろう。
「後で謝っておかないと……。はあ……」
今回のように自分が悪い場合。その相手がゴトキールでも、シヴァルイネはちゃんと謝罪をする。こういう所は、如何にもカトゼの武人らしいか。勿論、地の性格によるものも、大きいのだろうけど。
彼女は、手前勝手な実力行使をしない。理由がなければ、手を出さない。すれば、それはただの暴力になるからだ。いつもゴトキールに問題があって、それを咎めてやっている。だが、あれだけの事をやってしまっては、説得力も綺麗に粉砕。欠片も残ってないわけだが……。
あ。けど、さっきのは別に、理不尽な暴力ってわけでもないよね。えーと……。照れ隠し――、そう照れ隠しだったのだよ。一種の愛情表現さ。愛情表現。「いやーん。もう、あなたったらあ」的な、いちゃこらして相手をぺしって叩くやつさ。ただ、彼女の場合、ぺしっと音は鳴らず、かなり過激でえぐい音になるわけだが。
首飾りが似合ってるって言われた時もそうだよね。あれも、暴力ってわけじゃなくて、照れ隠し――。あーでも、王女である私の前で、言うべきじゃなかったってことか。だから、これはきちんと理由がある制裁……。
まあ――、基本ね? 基本しないって事だよ、うん。そういう事にしておこう。色々考えていると、何だかこんがらがってきた。なので、適当に纏める事にする。
しかし、ゴトキールは鎧を身に着けていて、ホント正解だったよね。非番だというのに、よく着てたな。今更ながら、この事を疑問に思う。帯剣していたのは、分かるんだけど。近衛騎士は、休日であろうとも外出時には、大抵持っている。それは、当然身を守るためなわけだが、近衛騎士の剣は身分を示す証明書のようなものにもなるんだ。特にこの王都では。
あの剣は、近衛騎士しか帯剣を許されていないからね。偽装は重罪になる。でも、鎧はというと、そうでもない。身に着けていない者は多いのだ。いや、殆どそうなんじゃないかな? これは、近衛騎士だけでなく、王宮兵士や他の兵団にも言える事だろう。
「他国の王族がおいでなのにと、あの人を怒ったはずが、これでは一体どちらが悪いのか……。いえ、夫婦揃ってですね……。はあ……」
自責の念の重さが半端ない。シヴァルイネがどんどん沈んでいく。こんな事を考えている場合じゃないか。
シカルアヒダの方は、問題なかったようだ。遠かったのもあって、揺れや音が殆ど届いてなかったらしく、緊張やら動揺などはなかったみたい。駆けつけてきた近衛騎士が、そう教えてくれた。彼らは、それでも気付いてこっちに降りてきたらしいけど。
しかし、襲撃の後でのあの騒ぎは、やはり良くなかったか。器物破損と夫損壊もあるだろうが、だからこんなにも落ち込んでしまっているのだろう。
「姫様」
「ん?」
「私は、如何様な処分でも受ける所存です。本当に申し訳ございません……」
これまた、自分の命でも何でも差し出さん勢いだな……。もう何度目かの頭を下げるシヴァルイネを見て、私は内心苦笑いだ。切羽詰まり過ぎだって。うーん、参った。当分引き摺りそう。
「ま、まあ、あんまり気にすんなって。な?」
「ありがとうございます……。ですが――」
やれやれ。話を軽い感じに変えた方が良いのかもね。
「シヴァルイネ」
彼女の言葉を遮る。
「はい……」
「私は――、まあ何だ。良かったと思っている」
「え?」
自分は怒られるべき。なのに、どういう意味か分からないと、言いたげな顔になる。それを見て、私はにやりと口許を歪めた。
「何故なら、お前たち夫婦が、仲良くやってるって分かったからな」
「うっ!?」
「はっはっはっ!」
「…………」
かーっと顔が赤くなり始め、恥ずかしそうに俯く。私は、これ以上落ち込まないようにと、冗談めかしく言ったが、良かったっていうのは、もちろん本当。シヴァルイネは、夫に厳しかったし、こういう話をその口から聞いたことが一切なかった。だから、実際のところ、この二人が上手い事いっているのか、あまり分からなかったんだ。
ただ、ゴトキールからは聞いてたのよね、そういうの。惚気話の類をさ。「いやー、姫様。シヴァちゃんの手料理って、すっごく美味しいんですよ。食が進むこと進むこと。これでは、太ってしまいますなあ。幸せ太りってやつです。はっはっはっはっ!」とか。
ホントね、ぶっ飛ばしてやろうかと思ったね。何あの言い方? 結婚できない人間に対して、普通あんな風に言う? しかも、王女様だよ、あたしゃあ。気を遣うってのが、全っ然出来ない。あのおっさんは、そういうおっさんなんだよ。だから、もっと酷い目に遭えばいいんだ。ふん!
思い出した。そうだよ、言ってたよな、あいつ。しかも、これって結構最近だったはず。だから、やっぱり浮気なんか、してないんじゃないかな? まあ……、それでもしてたら、地の果てへ逃げ出す前に、私が叩き潰してやろうか。そして、そのまま身柄を拘束して引き渡す。止めは、妻である彼女に刺してもらうがいい……。ふふふふ……。
ま、そんな事は置いといて、今回の件でお互いどう思っているか、総合的に判断できたってわけさ。一方的な意見じゃなく、両方から言い分を聞けたというか。うーん。けど、まだ足りないかなあ? まだ片方に――ゴトキールに、偏っている気がする。
「シヴァルイネって――。家じゃあ、いつもあんな感じなの?」
これだけじゃ物足りない。折角だから、もう少し突っ込んで聞いてみる。すると、
「そっ!!? ――そういう訳では……」
一瞬、体がどきりと飛び上がった。
「ふふ! そっかそっか」
「うう……」
うんうん。やっぱり仲良くやっているようだ。良かった良かった。顔や体の動きに、感情が出てるから、結構分かりやすい。このくらいでいいかな。もうこれ以上は聞かなくても、十分――。
あーいや。やっぱり、これだけじゃ分かんないよ。もっと確固たる証拠が欲しい。私は、公平な判断を下すため、さらに詳しく聞くことにする。にょほほほほ。
「そう言えば、膝枕ってさ」
「え!?」
「あいつが起きてる時にも、やった事あるの?」
「ええ!?」
どきりどきりと、体がびくついていく。うーん。面白いな、これ……。
「どうなの?」
「い、いえ! そそそれは――!」
真っ赤な顔して、両手をあわあわと動かす。この焦り様――。意外だ。やってるな、これは。頻繁にってわけじゃないかもしれないが、偶には絶対やってる。何かそんな感じがするよね。それに、やってなかったら、こんな動揺の仕方はしないって。
ふふふ。面白い。これは面白いぞ。まだまだ聞いておかないとな。私は、これ以上落ち込まないようにと、質問を続けることにした。
「後さ、少し気になったんだけど――」
「ええ!?」
まだ続くのかと言わんばかりに、ビックリするシヴァルイネ。そして、顔を赤くして、どんどん挙動不審になっていく。だが、自分を責め続けるよりはいい。断然いいとも。うんうん。それに、ちゃんとした判断を下すには、まだまだ全然足りないんだもーん。
ちなみに、彼女から今回の事を黙っておいてくれとは、一言も言われていない。武人らしく彼女らしく潔いのは、こういう所にも出るようだ。しかし、おかげで、どんどん突っ込める。くくくく……。
けどまあ――、これが終わったら黙っておくさ。シビアナ並に夫が好き。ぞっこんだってのはねー。ふふっ。さあて、それじゃあ、私の質問にがんがん答えてもらおうか。今後の参考にもなりそうだし!
「ちゅーする時ね――」
「ちゅ!? ええ!? えええ!?」
程なくして、正門の手前にある開けた広場に着くと、イルミネーニャとヒミンツの姿があった。しかし、先程とは違い正門前にいる。二人はそこで立ち話をしていた。見送りでもしてくれるのかな? と思っていると、ヒミンツが私達に気付いて顔が向き、イルミネーニャもこちらに振り向いた。
「あ、姫姉!」
そう呼ばれて、軽く手を振る。二人の所まで歩いて行き着くと、イルミネーニャが至極天を見上げて、
「おおー……!」
と、何やら感嘆の声を零している。私は、その側へと至極天を降ろし寝かせた。そして、辺りを見回す。先生と――、イージャンもまだ来てないか。私たち以外は、まだ到着していないようだ。イージャンが一番遅くなるかな? ゴトキールを連れていったし。
「はあ……」
後ろで溜息を吐くシヴァルイネは、まだまだ調子が戻らない。塞ぎ込んだままだ。というよりも、私の質問責めにやられ、憔悴感が酷くなってげっそりしていた。
いや、そんなつもりは、なかったんだよ。元気づけようと、私になりに頑張ったんだよ。ああいう話題をしていれば、気持ちが楽になると思ったの。そういう気持ちが大半だったの。
しかし、王女様の気遣いとは裏腹に、彼女にそれは逆効果だったようだ。大体、ちゅーに関する事を聞いている辺りから、酷さが増したな。ちょっと涙目にもなってたし……。いや、本当にごめん。やり過ぎた。では、そのお詫びも兼ねて、ここで特効薬にお願い奉ろうじゃないか。
「イルミネーニャ」
「ん? なーに?」
至極天を見ていた後姿が、こちらに振り向く。
「悪いんだが――。シヴァルイネに、背中を貸してやってくれないか?」
「え? 背中?」
「ああ」
頷いて、きょとんとした顔に返す。さっきは、ササレクタがこの子を落ち着かせるために抱きしめたが、実はあの背中には癒しの効果がある。
そもそも、弱っている時に感じる人肌の温もりや感触ってのは、安らぐものだけどね。しかし、この子を後ろから抱きしめると、その効果は絶大なのだ。
「ま、まあ、構わないけど――」
腑に落ちない感じだが、すぐに了承してくれた。
「ありがと。――シヴァルイネ」
ごめん。私が悪かった。ゆっくりと心を癒しておくれ。視線でそう伝えながら、名を呼ぶ。だが、人前で抱き着くってのは、普段の彼女ならしないはず。例え、それが女の子や子供でも。
けど、イルミネーニャとは、カトゼの霊峰・天鸞甘楽に一緒に行ったりすることもあり、以前から気心の知れた仲なんだ。だから、抵抗は少ないだろう。そして何より、彼女が置かれている今の状況なら、そもそも初めから拒否権はないに等しいのだ。ほっほっほっ。
「うう。ありがとうございます……」
私とこの子の背中を交互に眺め、躊躇いを見せたが、やはり従順である。すぐにお辞儀をして観念した。
「はい、どうぞ」
そう言って、シヴァルイネに背中を差し出した。彼女は「ありがとうございます……」ともう一度小さく呟きながら、胸元にある護り刀を腰の後ろに差し直す。
手甲は、腰の後ろで交差している小太刀の柄に、すっぽりと嵌めるよう突っ込んだ。そして、背中から腕を回して、イルミネーニャを抱きしめた。
「ふー……」
深く息を吐き出す。やはり心が落ち着くのか、それにつれ体が緩み、表情も穏やかになっていく。ふふっ、効果覿面だな。けど、何だかお風呂に入る時と、反応が似てる気がする。
「ありがとね。イルミちゃん……」
シヴァルイネの方が背が高い。だから、自然と後ろから覗き込む。イルミネーニャが首を捻って、彼女のその顔を不思議そうに見上げる。
「それは別にいいんですけど……。どうしたんですか、シヴァルイネ様?」
「うっ!?」
痛い所を突かれ、気まずそう顔がに歪む。イルミネーニャは、事情を知らないのか。シカルアヒダと同じく、ここまで届いてなかったようだ。
しかし、これは、あまり言いたくないだろうな……。でも、潔く言うか。懺悔みたいな告白になりそうだが。すると、隣のヒミンツから助け舟。
「ふぉっふぉっふぉ。夫婦には色々あるという事です。イルミネーニャ君」
こっちは、聴いていたようだ。口許に人差し指を当てて、そう言うと、
「は、はあ……。……?」
イルミネーニャが、不思議そうに首を傾げる。だが、追及しない方が良いのは、分かったのだろう。それ以上何も言わない。そんな様子を眺めていたシヴァルイネが、弱々しくはあるが優しそうに目を細めた。
「ふふっ……。あなたは、一体どんな人と結婚するのでしょうね、イルミちゃん」
「ええ!? 何です、いきなり?」
ぎょっとして顔を振り向ける。結婚――、ね。私は、どんなのとするのやら。そもそも出来るのか? 王家の掟がある以上、自分と対等以上の武力を持つ者に限られてる。それに該当する人間を、まず探さないといけない。こっからだからね。
あの掟さえなければ、今頃は私も――。そして、あれさえなければ、豊胸の薬にだって、手を出さずに済んだかもしれないのだ。この髪もおっぱいも、透明になったり小さくなる事もなかった。はあ、何だかまた泣けてきた。いいよね。この子はそういうのがなくて。
「ふむ……。イルミネーニャ君の結婚ですか……」
ヒミンツが髭を撫でながら呟く。
「それには、まず陛下がその首を縦に振らなければ、どうにもならないでしょうな」
「あはは……。そうかも……」
「ふぉっふぉっふぉ」
ああ、そうか。今言った通りだな。この子にも、そういうのがあった。父様がいたんだったわ。しかも、これが結構難儀な話で……。
父様は、過保護じゃないと見せかけて、あれで実はかなり過保護な面がある。私も、この子に対しての過保護っぷりを、結構見てきた。ちなみ、今一番酷いのは、テレルだろうね。
だから、すぐに結婚して良いとは、絶対に言わない。必ず一悶着あるはずだ。但しこれは、正確に言うとイルミネーニャがってわけじゃない。そのお相手が、相当苦労する事になる。間違いなく。これには確信があった。
何故なら、私たちはそれを一度、目にしているからだ。イルミネーニャも、それを知っているから、あの苦笑いなんだろう。ま、それでも、私のような掟に縛られていない分、この子は楽だろうさ。こっちは、その掟と父様、両方あるんだもの。ホント羨ましい限りだよ。
――っと来たな。新しい気配を感じて、後ろを振り向く。
「ふっ。その前に、結婚して欲しいのがいるがな」
「あ、シドー様」
イルミネーニャが顔を向けると、他の二人も同じ方向へ向ける。そこには、両腕に銀の腕甲を着けた先生が、こっちに向かって歩いてきていた。けっ! 上から目線ですよ。いいですよねえ、婚約してる人はさあ。
「だが、リリシーナは当分先だ。早くても、次の武闘大祭の後になろうな」
ん? この言い様――。先生の言葉に、違和感を覚える。
「あ、あの……。シドー様……」
抱き着いていたシヴァルイネが、その背中から離れると、申し訳なさそうにおずおずと先生に話しかけた。
「はっはっはっ! 良い良い。気にするな」
「ありがとうございます……」
ほっとした様子で頭を下げる。流石は、女性に優しい紳士な英雄。思ってた通り、笑って許してくれたか。こっちはこれで終わりだな。シヴァルイネも、先生に謝れたし気が楽になる。もう大丈夫だろう。さて――。
「先生」
「ん?」
さっきの言い方が気になる。
「もしかして知ってます? 外国の婿探しが建前だって」
クロウガルの爺に、昨日話を聞いていなかったら、引っ掛かる事はなかっただろう。だけど、それを聞いた今、この様子だと間違いない気がする。先生は、私の結婚について、大方把握している。
「何だ。お前知らなかったのか?」
「ええ。まあ……」
知ってたか、やっぱり……。だったら、教えてくれてもと一瞬思ったが、先生は王都にいない事が多かったし、そもそも私が任せっきりにしていたのが悪い。無頓着だったからなあ……。
「でも、手は抜いてないんでしょ? ちゃんと強い人探してるって」
イルミネーニャが、さらっと言った。
「え!? お前も知ってたの!?」
「う、うん。陛下とステライ様が、言ってたから」
驚いた。この子も知っていたらしい。って事は、シビアナも知っていそうだな。いや、絶対に知っているよね。そうだよ……、あいつが知らないわけがないじゃないか。私はようやくこの事実に気付いた。
知ってて、何の情報も寄越さない。そんで知らんぷりしているんだ。くうう! おのれええ! 別に聞いていたとしても、何が出来るでもない気もするのだが、何故だか無性に腹が立った。多分、シビアナの意図が見え隠れしているからだろう。あいつの面白がるための材料になっている。それが嫌なのだ。
「まあ、姫姉より強いってのがさ」
困ったように眉を顰め、肩を竦める。
「だろ!? やっぱり、それが――! 先生!」
私は、咄嗟に閃いた。 これは好機!
「何だ?」
「父様に言って下さいよ! あの掟無くそうって! シヴァルイネも! ヒミンツも!」
爺やササレクタは、話にならなかった。だが、父様の親友である先生なら――! それにこの人だけじゃない。ここには、月鏡院の副長。そして、政から一定の距離を置いてはいるが、カトゼ大神宮の大宮司がいる。この三人から、進言してもらえばいける! いけるぞ!
「ふっ……」
「ふふふふ……」
「ふぉっふぉっふぉ……」
先生が目を瞑って一笑に付すと、シヴァルイネとヒミンツが既視感ありありの、剣呑な笑いを始める。何、その感じ……。おい、まさか……。まさか――!? もう、嫌な予感しかしない。そして案の定、
「それは絶対に駄目だ」「でしょう」「ですな」
爺やササレクタと同じような事を、声を合わせて当然の如く言い放った。
「ええええー!?」
先生たちもかあああああああ!! やっぱりだ! やっぱり、うちの上層部は皆これだから、掟を無くそうって意見が一切出ないんだ!
しかも、その上層部だけではなく、カトゼも同じ意見らしい。知りたくもなかった事実が、新たに判明してしまった。そして、さらにである。先生の口から、私の結婚が一気に遠のく、最悪の展開がもたらされた。
「言っておくが、お前の結婚相手には、武闘大祭で優勝した後、ササレクタ、カンビノーセ、ヘックタール、イダンテン。そして、儂やジャムシルドとも、やり合ってもらうからな」
「嘘おおお!?」
目を見開いて叫んだ。何それ!? 初耳なんですけど!? ていうか、今言ったのって、全員至極天使いなんですけどおおおおお!!
イダンテンは、王都の南にある南都を守護する南方将軍だ。この将軍も至極天を扱える。
「シドー様。その時は、我ら月鏡院もお忘れなく」
ヒミンツが、優雅にお辞儀をしながら、何やら進言しだした。え!? それ、どういう意味!?
「うむ。勿論だ」
「ありがとうございます。暗殺の百や二百は、防いでもらいませんとな。ふぉっふぉっふぉ……」
怖い顔して怖い事言ってる。おい、何をする気だ? 襲うのか? 寝込みとかを襲うのか!?
「そっちも頼むぞ、シヴァルイネ」
「はい、シドー様」
ええ!?
「お任せ下さい。カトゼ総出で歓待いたしますので。ふふふ……」
その言葉から、殺る気が静かに漲り、彼女の体を覆っていく。カ、カトゼ総出って――。一体何人いると思っているんだよ!? 大神宮にいる者たちだけでも、確か数百、いや千人以上は――!
戦だ。これは間違いなく戦になる。
「シ、シヴァルイネ~~~!」
私は、縋るように叫ぶ。大宮司である彼女であれば、発言力がある。その彼女が一言でも諌言すれば、こんな戦は回避できるかもしれない。止めて、本当に! お願いだから、思い直して! そう懇願して見つめる私に、彼女はにっこりと微笑んだ。
「姫様、これはどうしようもありません。カトゼの総意なのです。私の力だけでは、とてもとても」
鋭い棘を、笑顔で包み込んだようなこの言い回し――! やばい! 本当にやり過ぎたんだ! これ絶対根に持ってる! これ絶対さっきの意趣返し!
「後は、近衛騎士だな。ゴトキールたちにも協力してもらう」
「ええ!? あいつらも!?」
「当然だ」
何て事だ……。近衛騎士たちまで私の敵に回るというのか……。
「ま、取り敢えず、このくらいだろうな」
先生がようやく言い終える。でも、取り敢えずって――! これ以上、誰を追加しようというのか。ステライたち父様の側近か、グスコたちか、はたまた兵団か。既に豪い戦力になってるのに、いい加減にしてほしい。
「いやあ、その時が実に待ち遠しいですな。非常に楽しみです。ふぉっふぉっふぉっ!」
ヒミンツが目を細めて、愉快そうに表情が緩む。
「ええ、本当に。ふふふ!」
「はっはっはっ! そうだな」
シヴァルイネと先生も釣られて笑う。そして、
「はっはっはっはっ!」「ふふふふ!」「ふぉっふぉっふぉっ!」
と、和やかに笑い合い始める三人。それを見て、私は一人わなわなと震えていた。どんだけなんだよ! どんだけ武を求めてんだよ、あんたらは!?
武闘大祭で優勝するだけでは満足せず、我が国最強の戦力を誇る、至極天使いを全員投入。それから、高度な隠密技術や暗殺術を持つ月鏡院。武神カトゼの技を継承し、それを高めてきたカトゼの武人。そして、最強の騎士である近衛騎士――。
何という戦力過多。国を一つ滅ぼそうとでもいうのか。馬鹿じゃないの!? その前に、このトゥアール王国が無くなるわ!
「先生! 私が結婚しなきゃ、この国は――!」
「ん? まあ、どのみち同じ事だ。国民が暴動を起こすからな」
また爺たちと同じ事言ってる!? シヴァルイネとヒミンツも、その通りだと頷いているし!
「だ、か、ら! 起こすわけないですって!!」
私がそう訴えると、先生が怪訝そうな顔になる。
「お前……。本気で言っているのか?」
「ええええええー!?」
それはこっちの台詞だよ!? 何これ!? 私がおかしいの!? 先生の有り得ない言葉に混乱する。いや! なわけあるか! 先生たちがおかしいんだよ!! 絶対あっちがおかしい!!
だが、例え間違っている事を昏々と説明しても、それで納得してくれそうな気配がまるでしない。爺やササレクタと一緒。根本からおかしいのだ。これは、どうしようもない。どうしようも――!
「イ、イルミネーニャあああ~!」
私は、彼女に泣きついた。その腰に手を回し縋り付く。この国は、もう駄目だあ~~~!
「まあまあ。落ち着いて」
そう言って、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。うう、ありがとー。ここにいる味方は、この子だけだよおう。ぐりぐりとしながら、彼女のお腹の辺りに顔を埋める。
「あ、ちなみにあたしも、狙撃するからね?」
「お前もかよ!」
味方なんていなかった。見上げれば、優しいと思っていた子が、刺客の顔をしてる。
「ふっ。そう悲観するな。可能性はちゃんとある」
「え?」
先生に顔だけを振り向けた。
「イージャンを見ろ。あいつは、あのジャムシルドの本気に耐えたのだぞ?」
あれかー……。先生が言っているのは、シビアナがイージャンと結婚したいと言った時の事だ。この時、父様は色々と注文を付けたが、最後にイージャンと一対一の差しで勝負をした。この勝負において、父様の放った渾身の一撃を防ぎ切ったんだ。まあ、その後ぶっ倒れたが……。
シビアナは、己が欲望を満たすためならば、計略を張り巡らせ何でもする。だから、イージャンが大怪我を、最悪死ぬかもしれなかったこの勝負だって、させない方法はあったはずなんだ。
けど、この時は何もしていないらしい。裏から手を回すような事も、誰かに協力を仰ぐ事も、一切だ。真正面から、父様にお願いするだけだったと聞く。自分の結婚に何か思うものがあったのか。他に考えがあったのか。そこまでは知らないけどね。
そして、その判断のおかげで、図らずもイージャンは、私たちが目にする前例となった。そう、これが苦労する理由。父様は、私たちにも絶対同じことをする。と、思っていたら、私だけさらに酷い状況へ陥っていると、気付く事になってしまった。とほほ……。
「そうでしたなあ。いやあ、懐かしい……」
「あれは――、この身が奮い立ちました」
ヒミンツが髭をなぞりながら、シヴァルイネは目を瞑って感慨深げに頷く。この二人も、立ち会っている。まあ、他にも大勢いたが。
「それから他は――、カンビノーセもだな」
「あいつですか……」
「そうだ」
カンビノーセもイージャンと同い年くらいだったか。だが、あいつのあの性格は――。それを思い出して若干げんなりした。
「あの様な男たちが、ちゃんとおるのだ。それがまだ他にいないとは、言い切れんだろう?」
「そう言われてみれば、そうかもですけど……」
「うむ。あやつらより、もう少しだけ武力があればいいのだ」
もう少しって……。何気に、条件がまた厳しくなっていやしませんかね……。で、その条件だから、今までいなかったんじゃないのだろうか? だったら、これからも――。いや、止そう。先生が言うんだ。きっと可能性は残っている。希望を持とうじゃないか。
そうさ。要は、父様や先生くらい強ければ良いって事だ。さっきは戦力過多だと思ったが、何も全員が一斉に襲い掛かるわけじゃないからね。先生たち、月鏡院、カトゼ、近衛騎士。全部ばらばらだろう。それに、世界は広い。だったら、いるはず。いや、いるだろう……。ううっ、頼む、いてくれ。
「はあー……」
イルミネーニャが、溜め息を深く吐き出す。
「どうした、イル?」
「あ、いえ……」
先生が尋ねると、少し遠慮気味に答え、その理由を話した。
「シドー様に言われて、改めてジャン兄は凄いなあって」
「ふっ。あの一撃に耐えて、ジャムシルドに認めさせたからな」
「はい。ああ、でもそれじゃなくて」
イルミネーニャが自分の胸の前で両手を振る。
「ん? 違うのか?」
「はい。ええっと――。もちろん、あの勝負も凄かったんですけど……。ジャン兄は、あれから結婚して、ずうっとあのシビ姉の――。あのシビ姉のですよ? 旦那様を、やってるじゃないですか?」
「うむ、そうだな」
興味深げに頷く先生。シヴァルイネとヒミンツも、耳を傾けている。そう言われると確かに。ホント、よくあいつの旦那をやってるよなあ……。見た目は美人だが、中身が……。
「しかも、べた惚れのままですし。シビ姉」
まあねえ……。イージャンに惚れたってのも、当時は大いに驚いたものだが、それがずっと続いているもんねえ。
惚れられてるってなら、まだ分かるんだ。外面が完璧だったから、結婚する前は求婚の申し出が沢山、それこそ毎日のようにあった。でも、逆らしいからね。今でこそあの二人はアホ夫婦だが、最初はシビアナがイージャンに惚れて、そこから始まってるらしい。
「――ううん、もっとかも。何て言うか……、どんどんって感じで……」
イルミネーニャが、首を振る。そうだね。まあ、言いたいことは伝わった。
「で、今はテレルのお父さんまでやっている……。これも、今までずっと。そう思ったら、何だか自然と溜息が、はあーっと出ちゃいました。ジャン兄は、凄いなあって」
「それは――、溜息も出でますなあ……」
「そうですね……」
ヒミンツとシヴァルイネも、納得の頷き様だ。テレルの父親ってのは、私としては羨ましいけどね。一緒にいれる時間が沢山あるし。
ま、これに関してだけは、よくぞあの子を産んでくれたと、シビアナに感謝したい。テレルが生まれてきてくれて、本当に良かった。あの子にも、生まれてきてくれてありがとうと感謝だよ。
「まあ、イルの言う通り、イージャンは稀有な存在ではあるな……。カンビノーセも、あれはあれで……。うーむ……」
話を聞き終えて、何やら俯いて考え込む先生。しばらくそうなっていたが、私に向けて顔を上げる。
「リリシーナ、すまぬ。やはり、おらんかもしれん」
「はあ!? ちょっと、先生!」
自分が示した可能性なのに、すぐに否定しないでよ! もっと自分の言動に責任を! 人に希望を持たせといて、それはあんまりである。
ったく――、もういい! もういいよ! どうせ武闘大祭まで時間があるし、それまでゆっくりと対策を練るわ、自分でね! けっ! 私は、もうこれ以上、結婚の事は考えないと決めた。話はこれでお終い。それに、最後の一人も来たし、頃合いだ。
「申し訳ございません。皆様、お待たせしました」
イージャンが、少し急ぎ足で駆け寄ってくる。それに気付いて、ここにいる皆が振り向く。そして、私たちの傍までやってくると、彼は足を止めた。しかし、誰だからも言葉が発せられない。ただじっと、イージャンの姿を眺めているだけ。
「え、えーと……?」
その雰囲気に違和感を覚えたのだろう。控え目に私たちを見回した。それから、しばらくしてイルミネーニャが、ぽつりと呟く。
「やっぱ、ジャン兄は凄いよ……」
「え?」
その言葉の意味が分かるわけもない。イージャンは、きょとんとしてしまう。だが、その言葉が分かっている先生たちは、イルミネーニャも含めてうんうんと頷いた。それを見て、さらに訳が分からなくなったようだ。イージャンは、動きが固まってしまった。
「え?」




