第20話 カトゼ大神宮
「んじゃ、行きますか」
イージャンも到着して、これでカトゼ大神宮に行く人間は揃った。私は、至極天を担ぎ、正門を向けて歩き始める。これが合図となって、皆が後に続いた。
「え? あの……」
彼は、納得できていないようだ。後ろから、そんな声が聞こえてくる。だが、私から説明するのも野暮というもの。それに、どうせすぐに気を取り直して、付いてくるだろう。って、もう歩いているな。どうやら、早々に諦めたらしい。黙って一番後ろに続いている。
正門を出ると、二つの気配が動かなくなった。イルミネーニャとヒミンツが、足を止めたか。ここで、この二人とは一旦お別れとなる。
「それじゃあ、イルミネーニャ。カトゼに行ってくるから」
振り向き様に伝えた。
「うん。気を付けて」
「そっちも気を付け――。ああ、そうそう。謁見があるの忘れるなよ?」
思い出した。この子も、一緒に謁見しなきゃいけなかったよね。一応、念を押しておこう。
「それは大丈夫。シビ姉にも事情は話したし」
「そっか」
ちゃんと覚えていたようだな。
「あ。それと、あたしらは、もう少し後で師匠たちと一緒に帰る予定だからね」
「ん。分かった」
月鏡院とシビアナたちがいれば、帰り道も問題はないだろうさ。
「ヒミンツ。この子の事、頼むね」
「はい。お任せ下さい」
左腕を腰に回し、右腕を手前で折り曲げた優雅なお辞儀。それを見終えて、私は至極天を担いでいる方とは逆の手――右手を上げる。
「じゃ、後でなー!」
そう言いながら、歩みを早めた。
「うん! いってらっしゃああい!」
同じように上げた手を、勢いよく振るイルミネーニャ。そして、ニコニコとしたヒミンツに見送られ、私たち四人はカトゼ大神宮へと向かって足を向けた。
朝の日差しを浴びて目を覚まし、動き始めた王都。煉瓦や石造りの街並みから、そんな気配が伝わってくる。人の姿は結構あった。疎らとは、もう言えないだろう。馬車も、そこそこ行き交っている。
私たちが今いるのは、大通りだ。石畳で舗装されており、私が踏む度にその隙間が砂埃で溢れる。道幅は、外壁内のものと同程度の広さだ。至極天を担いでいても、余裕を持って馬車を避けれる。ここを使っているのは、それが理由。
立ち並ぶ家やお店、その風景が次々と変わり、過ぎていく。私たちは、走ってカトゼ大神宮に向かっていた。早く行きたいのもあるが、人目があるので走ってだ。
呼び止められると、遅れてしまうからね。ふっふっふっ、人気者は辛いのう。でも、声を掛けられたら、手を振って返そうか。
とは言え、出くわす者は皆、唖然として口を開け、私の持つ至極天を見上げている。だから、そんな暇はないかな? それに、今着ているのは、侍従官の服。王女だとは気付かないよね。
カトゼ大神宮は、王都の東北に位置し、王宮のある丘陵ほどではないが、高台の上にある。ただ、その広さは、王宮よりあるだろう。ここからだと、結構距離があるが、私たちが走ればそこまで掛からない。至極天を持っていてもね。ほら、もう見えてきた。
うっそうと茂り青々とした林が、街並みの屋根の上や隙間から、ゆっくりと動くようにちらちらと見え始める。あの奥にあるのが、カトゼ大神宮だ。カトゼ大神宮は、高台の周りが、こんもりとしたあの林で囲まれている。
見えるのは、これだけじゃない。木々より高く聳え立つものが幾つもある。それは、幅の広い壁のような建物。こう言いたいのだが、天辺に行くにつれ、徐々に尖っているので、壁ともしかし塔とも言い難いか。
うーん。さっき食べたおにぎりを、真ん中から綺麗に半分こした形と似ているかな? 何とも独特な形をしているのだ。あと、色も着いている。黒、青、赤といった様々な色が、一つにつき一色ずつ。同じ色のものはない。それが、木々と同じように動きながら、見えていた。こっちの方は、ずっと視界にあったから、丁度良い目印になっている。
あの色の着いた壁もどきの数は、全部で十二。そう、あそこが至極天を納める場所――神宮だ。至極天は、各神宮ごとに一つずつ、納めれるようになっている。ここからじゃあ、まだ小さくてよく見えないが、頂上の先端にその神宮が建立されているんだ。
しばらくして、大通りが交差している場所に辿り着いた。あそこを曲がると、カトゼ大神宮まで一本道の大通りに出る。私たちは、その角を曲がりきった。
すると、目に飛び込んでくる、大きな道。街並みを左右に押し分けて、まっすぐと綺麗に伸びていた。『御前参道』と呼ばれる大通りだ。そして、この大通りが行き着く先には、巨大な石鳥居があった。
あそこに行くには、まだ遠く距離がある。なのに、それがすぐに分かるのは、先程から見えていた雑木林が、鳥居の周りを外壁のように囲んでいるおかげだろう。鳥居を支える二本の柱が、その木々より随分と高く太いのが、ここからでも一目瞭然だった。
でも、百花門より若干小さいかな。まあ、同じくらいはあるといっても、差し支えないさ。ササレクタの至極天も、担いですんなり入れるしね。
あの鳥居が、カトゼ大神宮の正門。『美弥酒の大鳥居』だ。
ほどなくして、私たちは『美弥酒の大鳥居』の前までやってきた。この鳥居は、色彩鮮やかだ。いろんな色をした、人より大きい石をちりばめて、煉瓦造りの柱のように組み上げられていた。
鳥居の上にある、上下二本の横になった石柱も同じ造り。でも、よく崩れないよね。隣り合った石を嵌めこむように組んでいるが、あれだけじゃあ重さで落っこちてしまうだろうに。そう疑問に思って、子供の頃よじ登ったことがある。
そしたら、端にある石全部に、硬そうな太い金棒がそれぞれ差し込まれていた。石の真ん中あたりにね。あれで串団子のようにして、固定しているんだよ。成程なあと感心したもんである。その後、登っては駄目だと怒られてしまったが。
その石の表面には、様々な模様が彫り込まれている。白い石には鷲、黄色は金糸雀、黒は烏――。鳥の姿が多い。それから、彼岸花や牡丹、蓮華、鈴蘭といった花や、その葉に蔓。人の姿や武器みたいなものもある。全て、武神カトゼの伝説に纏わるものだそうだ。
そして、これらの絵柄が一枚の帯のようになって、ぐるぐるとまるで渦のように、石の表面を埋め尽くしいる。だからか、これは模様ではなく、その当時の話を表した絵巻だという者もいるね。
「殿下ー! シドー様ー! シヴァルイネ様ー! 兄貴ー!」
鳥居の巨大な柱の傍に、見たことがある顔があった。一人は女の子。もう一人は男の子だ。二人とも私より年下だが、青年といっていい。年も、シトエスカやイルミネーニャと、同じくらいだったはず。
私たちに声を掛けてきたのは、男の子の方。こっちを見付けて、破顔すると急いで駆け寄ってきた。女の子は、その後をゆっくりと走ってくる。
近くに来れば、その出立がよく分かった。まあ、いつも見ているんだけど。麦藁色した袴姿に、上は白い懸け衣の半袖。その中に、灰色の筒袖を着込んでいる。幅の広い腰帯は、青緑。靴は、シヴァルイネのとよく似た黒い皮草履。
灰色の上着には、白く塗られた硬い革が縫い付けてあった。腕には細長く、肘には被せるように。そして、手の甲と親指は、その大きさに合わせてある。あれは、籠手の一種だ。
カトゼの武人は、大抵こんな感じの格好をしている。色合いは違うけどね。シヴァルイネは赤帯に黒だし。それに、上着も肩まで出ている。そこまで、厳格に合わせてはいないみたい。ただ、あれは一応、武神カトゼの戦装束を、模した物だそうだ。
「おはようございます!」
男の子は、私たちの前まで来ると、すぐに勢いよく腰を折る。茶色掛かった山吹色のその頭が、後ろの背中まで見えた。
彼は、耳の辺りから、紐のような細めの三つ編みを、二つずつ作っている。それを頭の後ろで一旦纏めて結び、項の辺りまで垂らしていた。それが、頭の動きに合わせて、振り回されている。
腰には、一振りの小太刀。右手には、穂先に枝刃のない直槍を持っている。ただ、その穂先と柄の結合部分――口金あたりから、細い鎖が垂れていて、それを柄に巻きつけ一緒に握っていた。その鎖の先端には、尖った実のような錘が付いている。
「おはよ、オウサ」
夜勤明けだというのに、元気が良いね。彼は、オウサ。シトエスカが言っていた、彼女たちの荷物を運んでくれたカトゼの武人が彼らだ。
「はい! おはようございます、殿下!」
顔を振り上げて、もう一度元気よく挨拶する。その顔立ちも、彼の快活さを表してるかのようだ。妹にも似ているから、綺麗に整っているか。所謂、美形というやつだ。体格は、一回り程小さいが、こっちはイージャンに似ている。がっちりというより、ほっそりとしているからね。
「おはようございます。皆様」
隣に来た女の子は、兄とは対称的にゆっくりとお辞儀をする。肩に掛かったオウサと同じ色の長い髪が、さらりと滑り落ちた。この子は、落ち着いた印象を受ける。しかし、眼光の鋭いところが、如何にもカトゼの武人らしい。
こっちがキルサ。オウサの妹だ。おっぱいは、ヴァレータより大きくイルミネーニャより小さい。背は、私と同じくらいだ。
この子もオウサと同じように、耳の辺りから三つ編みをして、後ろで纏めている。だが、左右一つずつだけだ。太さは、オウサの三つ編みを一本にしたくらいだろう。
そして、その三つ編みの輪っか一つ一つに、髪の束を一旦入れ込んでから、そのまま垂らしている。三つ編みにしないでね。だから、腰の辺りまである髪の束が、沢山出来ていた。
この子の方は、腰に小剣。胸下に護り刀。左手に槍だ。この槍は、穂先が矢じりを引き延ばしたような形をしている。それから、穂先とは逆の先端にある金属の石突が、やけにごつい。
あと、柄には、両手で握ったより少し長めの筒が、通してある。それが下に落ちないよう、柄を持った手の上に置かれてあった。この筒も、手に当たっている下の部分がごついね。
「おはよ、キルサ」
「はい、おはようございます」
キルサは、視線を私の横にずらすと、会釈程度に頭をまた下げた。
「お疲れ様でございました、シヴァルイネ様」
そう言われた彼女は、頷いて返して、お互い微笑み合う。
「オウサ、キルサ。二人とも、こんなところで何しているの?」
警戒でもしているのかな? しかし、襲撃があったとはいえ、彼らは夜勤明けだ。他の者に任せて、休んでいてもいいのに。カトゼの武人は他にもまだ沢山いる。私のこの疑問には、オウサが答えてくれた。
「叔父さんに言われて、姐さんたちを待ってたんすよ」
「ああ、そうなんだ」
「うっす!」
至極天を納めに来るのは、分かっていたもんね。彼らの叔父が、ササレクタの至極天を保管するとこの大宮司なんだ。その指示って事か。
彼が言う姐さんというのは、ササレクタの事だ。ちなみに、兄貴はイージャンね。
「ちょっと兄さん」
キルサが、機嫌悪そうに咎めるような目付きで、オウサを睨む。
「え? 何だよ?」
「ちゃんと敬語を使って。手の甲にある太い血管を、爪で摘まんで抉り出して、それから引っ張ってぶちっと引きちぎるよ?」
注意するのは別に良いんだけど――、お前もそういうの止めてくんない? ぞわぞわってするから……。相変わらずこの子は、言う事が何かえぐい。
「わ、分かったよ。お、おい。手をじっと見るなって!」
目を見開いて凝視するキルサに、オウサは自分の手を後ろに素早く隠した。
「こら、オウサ」
礼儀に厳しいシヴァルイネも、彼の言動を窘める。それに、はっと顔を向けると、慌てて勢いよく頭を下げた。
「す、すんませんっす! あ、いや、ごめんなさい! シヴァルイネ様!」
「私ではなく、姫様にですよ。オウサ」
「はい! ご――!」
オウサが、もう一度、今度は私に向い素早く下げるが、
「申し訳ございません、です」
「も、申し訳ございません! 殿下!」
本領発揮か。言い掛けた言葉を、ぴしゃりと遮り、言い直させた。
「姫様。申し訳ございません」
そして、そのシヴァルイネも、続いてキルサも下げた。
「ふふ! まあ、あんまり気にすんなよ」
オウサは敬語は拙いが、全身で敬意を感じるから、気にならないんだよね。好感が持ているというかさ。
「それよりもだ、二人とも。シトエスカたちを手伝ってくれて、ありがとね」
「は、はい!」
顔を上げたオウサが、ぱっと明るくなる。キルサは、黙礼で静かに返した。
「シヴァルイネも」
彼女にも振り向いてそう言うと、キルサと同じように黙礼で静かに返してくれた。
「ああ、それからオウサ。ササは来ないぞ。代わりに私が持ってきたんだ」
「あ。やっぱりそ――、そうで、した、か……」
いきなり慣れない言葉を使おうとすれば、そうもなるか。多少詰まりながら答えた。そして、急に表情が曇りだす。彼は、ササレクタに懐いているからね。会いたかったのだろう。
「まあ、折角だから、私たちを案内してよ。ローリエのとこまでね」
シヴァルイネに聞くつもりだったが、丁度いい。彼らに頼もう。しかし、二人は不思議そうに、首を同時に傾げる。
『ローリエ?』
んん?
「あれ? 知らないの?」
会ってないのかな?
「この二人は、まだ事情を知らないようですね。まあ、昨日は夜勤でしたから」
「それもそうか」
シヴァルイネに言われて頷く。ローリエの事を聴く前に、ここに引き返して待っていたのだろう。
『事情?』
再び、二人が同時に首を傾げる。息が合ってるなあ。ちなみに、この二人は双子だ。
「ふふ。すぐに分かります」
含みのある微笑みを浮かべるシヴァルイネ。その笑みに二人はさらに眉を顰め、お互い一緒に首を反対側へと振って傾げた。うん。やっぱり息が合ってる。
オウサたちも、事情を知ったら、絶対驚くだろうなあ……。間違いないよ。そして、後ろではきっと先生が、バツの悪そうな顔をしている事だろう。これも間違いない。
「んっん゛ん゛……」
その証拠にと、控えめな咳払いが聞こえた。ほおーら、やっぱり。照れてんの? ねえ、照れてんですか、先生? 振り向いて、にやにやしてみたいとこだが、止めておこう。何故なら、私は、優しい王女様だからね。けっけっけっ。
「ふふふ! では、参りましょうか」
ははん……。どうやら、さっさと行こうと視線で催促したらしい。シヴァルイネが、先生に急かされたように私たちを促してくる。はいはい。早くローリエに会いたいもんね。私たちは、彼女に従い大鳥居をくぐった。




