第17話 カトゼ大神宮へ
「あ、そうそう。先生」
恥ずかしかったのも、しばらくして治まる。すると、落ち着きを取り戻したからか、伝えなければならない事を思い出した。イージャンの事だ。
「ん? どうした?」
お茶漬けを食べていた先生が、こちらを見る。
「至極天を納めるの、私も行きます」
「お前もか?」
「はい」
「それは助かるが……。いいのか?」
これは、謁見の事を言ってるのかな? 私たちも父様に報告しなければいけないが、父様も父様で何か話があったみたいだし。それを先に終わらして、その後でって方が良いと思われてるのかも。別々にって事だ。
「構わないでしょう。纏めてやりましょうよ。謁見については、時間の指定も言われなかったですし」
国王と王女の謁見とはいえ、同席するのがこの人ならば、何ら問題はないだろう。それに先生がいると、いつもより流れる様に事が終わります。それはとても楽ちんなのです。
先生は、父様が怒りだすと「まーまー」って感じで、大抵ステライと一緒にその場を収めようとしてくれる。
けど、ステライはそれが面白いと分かると、事態を静観して事の成り行きを楽しみ出すから、斑があるんだよね。でも、先生はそれも知っているから、ささっとやってくれるのだ。後は、いつもなら機嫌が悪くなったり、怒りだすような事でも、それが抑えられる傾向になるし。色々と有り難いんだよ。
「それもそうだな。では一緒に行くか」
「はい」
しめしめ、先生の許可が取れたぞ。これで、父様からの話も、どんなものだってすんなりと終わりそうだ。じゃあ、本題を話しておこう。
「それで、先生」
「ん?」
お茶漬けを食べようとした顔が、もう一度こちらに戻る。
「イージャンとシヴァルイネも、一緒に行きますからね」
「ん? シヴァルイネは分かるが、イージャンも――。ああ、護衛か」
私は首を振る。
「いえ。ちょっと至極天を、触らせてみようかなって思ってまして」
「む。至極天をか?」
先生の雰囲気が、真剣みを帯びたものへ変わった。
「ええ、黒刀を」
「黒刀――。紙裂き砕破か……」
「爺には、もう話を通しています」
「ふむ……」
ま、カトゼへの正式の通達は、これからだけど。
「それは分かったが――。しかし、急だな」
そう疑問に思うのも分かる。襲撃があった後、すぐだもんね。だったら日を改めても良いだろうと、考えそうなものだ。私だって、あれを聞かなければ、やろうとは思わなかった。
「実はですね、先生――。何かさっき、玉響が出てたみたいなんですよ、イージャン」
「玉響だと?」
「はい」
少し瞠目した先生に、頷いて返す。いやまあ、驚くよね。
「シヴァルイネが確認したらしいんです」
「そうか……」
「ま、そういう訳で。今なら上手くすれば、イージャンも力のコツみたいなものを、掴めるかなあっと」
「…………」
先生は、お椀と箸を置き、胸の前で腕を組んだ。そして、目を瞑る。しばしそうやって考え込んでいたが、やがて目を開く。
「ふーむ。その可能性はあるな……。分かった。儂も付き合おう」
「ありがとうございます」
私が軽く頭を下げると、先生がぽつりと呟く。
「遂に、か……」
遂に? まあ、武闘大祭でも、その兆候は一瞬だけど出てたからね。そこから、結構な時間が経っている。――ん? でも、先生その時王都にいたっけ? いなかったような――。だったら、この事を知らないのではと、私は疑問に思った。だが、別にそんな事で、悩まなくていい事に気付く。ああ、他の誰かから聞いたのか。
「お腹、空きましたあ~~」
その声と同時に、食堂の扉がまた開かれる。今度はゼニシエンタが、私と同じようなことを言いながら、戻ってきた。ふふっ。何だか立場が逆になってしまったな。シビアナとイルミネーニャ以外全員いる。途中で出会ったか。ともあれ、これで彼女たちも朝食だ。
私は、隣の席でお食事中のゼニシエンタを眺めていた。気付かれないようにこっそりとね。人の食べる姿を、じろじろ見るなんてのは、褒められたもんじゃない。視線がかち合わないように、「ちらっ、ちらっ」て感じ。
でも、ホント美味しそうにご飯を食べるよなあ、この子。相も変わらず、にっこにこ。料理長が、この笑顔にやられたというのも思い出して、改めて納得。
他の皆はと言えば、シトエスカとヴァレータは、おにぎりを食べながら時折談笑をしている。レイセインは、静かに黙々と、でも二人の話は聞いているみたい。偶に微笑んで見てるから。
しかし、テオルンはおにぎりを数個食べた後、卓に伏してぐったりとしていた。息遣いは荒くないが、先程より意気消沈といった感じだ。案の定、シビアナに取り調べると言われたらしい。
先生はもう食べ終わった。最後にお茶を飲みながら、一息入れている。そして、そのお茶を飲み干したのか、ゆっくりと立ち上がった。
「リリシーナ。そろそろ行くか」
「はい。分かりました」
私も立ち上がる。でも、出来れば、もう少し居たかったかな。ゼニシエンタのお茶漬けを食べるところ、見たかったんだ。ふふっ。いけないとは思いつつもね。だって、見ているとほっこりするんだもん。
「皆。ご飯、ありがとなー」
「うむ、旨かったぞ」
『はーい!』
ゼニシエンタとシトエスカ、ヴァレータに笑顔で返された。レイセインには会釈。テオルンは、うつ伏せになったまま軽く手を上げている。
「レイセイン」
「はい……。殿下……」
私は、これからの予定を伝えた。
「ちょっとカトゼへ、至極天を納めに行ってくるから、あと頼むな」
そう言うと、彼女は一瞬だけ思案気に目を伏せ、
「一緒には……?」
と、聞いてきた。ああ、それを考えるか。まあ、こいつにも来てもらった方がいいかもな。しかし、それは護衛とか侍従官としてではない。レイセインは一応、至極天の所持者候補なのだ。だから、イージャンのを見てれば、触発なりきっかけなりになるかもしれないよね。
でも――、待て待て。やはり、彼女は一緒に来ない方が良い。その理由が、思い浮かんだ。
「あー、いやいいわ。エロ爺がいるから、やめとけ」
カトゼにはあの爺がいるんだったわ。私の侍従官に、手を出させるわけには、いかないからな。とは言っても、レイセインなら触らせないだろうが。まあ、それでも可能性が無いわけじゃない。そうなると、私と一緒に半殺しだ。この状況で、それをやるのも面倒くさい。
「ふふ……。分かりました……」
私の言いたいことを察したのか、含みにある笑みで答える。レイセインも玉響が出たってんなら、話は変わってくるんだけどね。ま、私の侍従官だし、これから立ち会う機会はいくらでもあるさ。
「私は、先生とそのまま王宮に戻る。お前たちはお前たちで、戻ってきてくれ」
「了解です……」
彼女たちは、これでいいな。あとは、シビアナに任せるとしよう。それよりも、だ。私には、とても気掛かりな事が一つ出来てしまった。
「先生、急ぎましょう。やばいですよ」
「ん? 何だいきなり」
「いや。ローリエが、エロ爺に何かされてんじゃないかって、不安になってきたんです」
そうなのである。あの子は、あのエロ爺の近くにいるのだ。これは、非常に不味い状況だわ。確かにあそこにいれば、身の安全は保障される。だがしかし、違う意味で、その身は全く安全じゃないのだ。逆に、危険極まりない場所と言えよう。
「はっはっ。まさか」
先生が気楽に笑った。呑気だなあ、もう。
「先生……。あの爺がやってきた悪行の数々、思い出して下さい……」
その内容を聞けば、まさに女の子の怨敵そのものだと分かる。お尻やおっぱいを、片っ端から触っていくはー、女湯を覗くはー、干してる下着を眺めてるはー、それを手に掛けようとするはー。もう、やりたい放題なのである。
まあ、それらをしでかした後は、おっぱいとかを触ったのはもちろん、事の全てが露見して、カトゼの女性陣から半殺しにされてきたが。でも、あんな事してるのに、よくカトゼの総責任者――『大祭主』の任を解かれないよなあ。あそこって、こういうのすっげえ嫌ってるはずだと思ってたんだけど。だから、不思議でしょうがない。
「そ、そうだったな。急ぐか」
先生も、ようやくその恐ろしさを思い出したようだ。焦っているように見えた。
「ええ、急ぎましょう」
私たちは、扉へと歩調を早めながら向かい始める。取り敢えず、イージャンを探すか。しまった、レイセインに聞けば良かったな。まあでも――、イルミネーニャに聞けばいいだろう。そう思い、引き返さずそのまま歩いていく。
ああ、それと私は中庭に行くし、先生は自分の至極天を取りに行くから、一旦別れる。どこで待ち合わせるか聞いとかないとな。それを聞くために、「先生」と言おうとしたのだが、その瞬間目の先にある扉の外に、人の気配を感じた。すると、すぐに扉が開かれる。現れたのは、都合の良い事に私の探し人だった。
「お、イージャン。丁度いい」
あの子に聞く手間が省けたな。
「殿下?」
いきなりそんな事言われても、事情は分からない。不思議そうに私を見ている。その手には、重ねられたお皿と湯呑が二つ、それから土瓶があった。どうやら、朝食を食べ終わっていたようだ。
「イージャン。今から私たちと一緒に、カトゼまで付き合ってくれ」
「カトゼ……。カトゼ大神宮ですか?」
「そ。護衛として頼む」
そう言うと、表情が納得したものへと変わる。
「はっ。分かりました。それでは隊長に――」
「ああ。そっちはいい」
食器片手に敬礼して言い掛けたその言葉を、手を向けて制し遮った。どうせ、まだ白目剥いてるだろうからな。
「レイセイン!」
私が呼ぶと、こちらに顔を向ける。
「ゴトキールが来たら、イージャンは私たちと一緒に、カトゼへ行ったって言っといて!」
彼女は頷いて答えた。
「あ、シビアナにはお前から言っといてくれ」
「はっ」
再び食器片手に敬礼して答える。
「あと、あいつは来なくていい。エロ爺の命日になるからな」
「は、はい。伝えておきます……」
イージャンは、きまりが悪そうな困ったような面持ちになった。こいつも、あの惨状を見てるからな……。シビアナに容赦はない。瀕死に近い仕打ちを、無表情でやってるし。見ているこっちが怖くなったわ……。
あと、当然ながら全て返り討ち。一度も触らせたことがない。でも、あのエロ爺は、めげないんだよなあ。
「どこで待ち合わせしようか……。先生、正門でいいですか?」
「そうだな」
先生に向けていた顔を、イージャンに移す。
「じゃ、そこで待っていてくれ」
「はっ」
敬礼をすると、早足で食堂の奥へと向かい始めた。そして、レイセインのところまで行くと、その足を止める。
「レイ。これは、どこに置いておけばいい?」
「ん……。あっち……」
ここからだと聞き取りにくかったが、レイセインは顔も向けずに気安い感じでそう言って、ここと厨房を隔てている細長い卓を指差す。
「分かった」
イージャンは、その指差された方へと歩いていった。ちなみに、あの二人があんな風なのは、元同僚だからではない。彼女たちは、子供の頃からの顔見知り。幼馴染なんだって。
確か、レイセインはグスコより前に、イージャンと知り合っているはずだ。そう聞いたからね。で、シビアナとイージャンの仲を取り持ったのも、レイセインだと聞いている。
こうしてみると、あいつって結構顔が広いんだよな。しかも、それなりの重要な役職にいる者たちに。ロック教団のお偉方にも、その顔が利くしさ。
「リリシーナ」
「はい?」
先生に呼ばれて振り向く。
「イージャンに伝えないのか?」
食器を置いているその姿を眺めながら、尋ねてきた。護衛としてとしか言わなかったのに、違和感があったんだろうね。
「ええ。ここからずっと緊張させるのも、どうかと思いまして」
そう説明すると、先生もすぐに得心がいったようだ。
「確かに……。その方が良いかもしれん。あいつは、根が生真面目だからな……」
頷いて同意をしてくれた。
「じゃあ、私は中庭に行って、ササのを取って来ます。それから、シヴァルイネと一緒に正門に向かいますので」
「うむ。では、儂も取って来よう」
「はい」
私は、食堂を出て先生と一先ず別れ、中庭に向かって走り出す。あ、そうそう。近衛騎士たちの所へも行かないと。労いの言葉を伝えなくっちゃね。ついでに、イージャンの事も念のため言っておくか。




