第14話 友情とは
「お疲れ、テオルン」
私は、長く伸びた食卓に寄りかかる。両腕を組むようにして、その卓の上に肘をついた。お茶を飲んで少し休めたせいか、普通に声が出せている。ただ、それでも早くご飯がほしいのに、変わりはないが。
「ホント疲れたよ……」
そう言いつつ、手は止めていない。まな板の上に置かれている、水で濡れた細長い木製の型枠。おにぎりぐらいの大きさをした三角の穴が、上下逆さまになりながら交互に七つ開いている。
そこに、大きなお椀の中にあるご飯を、しゃもじで掬って入れ込んでいく。その作業が終わると、手で軽く押さえながら形を整え、それから型枠を持ち上げる。
すると、上下反対になった同じ形のおにぎりが、まな板の上に七つ現れた。これは、テオルンお手製の『わくわくおにぎり枠』という、おにぎりを手で握らずに作る道具。沢山拵える時には、助かっているそうだ。型に入れるから、ずっと握りっぱなしにならず疲れないんだとか。
ふーむ。しかしこの場合、ヒミンツの丹精込めたおにぎりに該当するのだろうか? まあ、可愛い女の子が作ってんだからいいだろう。
「はあ……。一獲千金の夢がまた……」
テオルンの隣にいるのは、黄褐色の頭にお団子を二つ乗せた女の子、ヴァレータ。彼女を見れば、そうぼやきつつも、握るのは非常に速い。決めらたような手順を、小気味良い動きで、寸分違わず延々と繰り返していた。
しゃもじを使わず、左手でお椀の中にあるご飯を掴む。同時に小皿にある塩に右手が軽く触れる。それから、両手を合わせる。その手の中にあるご飯を、宙に浮かせるように三回転がす。
そして、「とんっ」とまな板に置かれたのは、綺麗な形をした三角のおにぎり。それが、十個ほどの列になると、傍にある大皿へ移し替えていく。乗せられたおにぎりは全て同じ大きさに見えた。テオルンの型枠を使ったよう。
ちなみに、この子は、熱々のご飯でもお構いなし。しゃもじを使わず直に手を突っ込む。あれは、冷めてるかな。殆ど湯気が上がってないし。
しかも、その速さは、尋常ではないのだろう。テオルンが一列――七個作る間に、五列――五十個ぐらい出来上がっていた。うーん、お見事。流石、お店で鍛えられた腕前か。この技を初めて見た者は、皆何も喋れなくなるというのも頷ける。
「殿下ああ。ずっと二人でやらされてるんだよお。しかも、休憩なしなんだよおお……」
テオルンが、今にも泣きそうな声で訴えてきた。眼鏡の中に見える目が、じんわりと潤んできている。ええー。そんな顔されてもなあ……。全然心が動かされない。だってそれ、絶対嘘泣きだろ?
この子は、自分が窮地に陥ったり、嫌な事をしなければならなくなると、こんな感じで相手の同情を買おうとする。男は騙せるかもしれないが、私やシビアナたちはその事をよく知っているからなあ。効果ないんですけど。
「でも、どうして二人だけでやってんの?」
いつもなら、皆でやらない? 焼きおにぎりで一人抜けるとしても、残った者が全員で作るよね? レイセインたちは、動き回ってはいたが、彼女の持っていたお皿は、綺麗に洗われたものだった。それをシトエスカが火の番をしながら、戸棚に戻したりしている。
そのためか、半ば片付けの雰囲気も感じられた。なら、それは後回しにして、先におにぎりを終わらせるべきなんじゃない? ヴァレータが凄いからといっても、こんな頼り切ったやり方しないはずなんだが。手が空けば手伝ってるはず。
「う゛!? そ、それは――」
テオルンが、気まずげに目を逸らす。ん? 何だ、この反応? 訝しく思う私。しかし、この答えは、隣に来たレイセインがすぐに教えてくれた。
「この子たちは……。シビアナからご飯が無くなるまで……、二人だけで握るように言われています……」
「ああ……」
これは、罰って事か。納得。
「あの賭けが……、良くなかったですね……」
「まあ、ねえ……」
王女様を出しにしたらねえ……。テオルンは、正面玄関でやってた奇行のお仕置きも、兼ねてるんだろうな。シビアナ言ってたもん。後でやるって。
「本当……、困った子たちです……」
レイセインは、やれやれと溜息をつく。
「…………」
私も、あれだよ? それを注意しないで、眉間に皺を寄せて真剣に悩みながら賭けに乗る、困った侍従官を一人知ってるんだけどね? そいつは、副官っていう責任ある立場なんだけどね? そう思いながら、完璧に他人事のように言う、その困ったちゃんな副官を無言で見つめる。
「うう! そんな酷いよ! 儲けたお金で、皆に奢るつもりだったのにい!」
このままでは分が悪いとでも思ったのか、私たちの話を聞いていたテオルンが、殊勝なことをのたまい出す。ほーう。これまた嬉しい事を言ってくれますな。
「ちなみに、何を奢ってくれる予定だったの?」
「え?」
あの繁盛ぶりからすると、私が勝ったら銀貨数枚と言えど、かなりの金額になってただろう。だとすると、相当羽振りが良くなったはず。それに見合うものであれば、考えなくもない。嘘でもな。シビアナもいないし、こっそり手伝ってやろうじゃないか。テオルンは、少し考え込んでから答えた。
「えーと……。焼き鳥、とか?」
「ぐはっ!?」
や、焼き鳥だと!? お前――! 空きっ腹に効く見事な一撃。焼き鳥は、鶏肉を串焼きにしたものだ。そのお肉を、一口で食べれるくらいの大きさに切り分け、串に五、六個刺しタレを付けたりして焼く。そのタレの焦げる香ばしい匂いが、食欲をそそる一品。一本、銀貨数枚程度なり。
ふ、ふふふふ……。な、中々やるじゃないか……。受けた攻撃によって喀血(垂涎)した口許を、手の甲で拭う。思いがけず良い答え。悪くない。私の食指もぐいぐい動く。これなら、手伝ってやらんでもない。
「で、一人何本だ?」
私がこう聞いたのには訳がある。焼き鳥には種類があるのだ。胸肉や砂肝といった、部位ごとに分けて食べるのが一般的だろう。
後、野菜を一緒に刺して焼いたり、まあ店ごとにも変わってくる。その中から、自分の好きな焼き鳥を色々選んで、美味しいそのお肉を堪能するは、基本中の基本なのである。テオルンは、私のその問いにきょとんとしながら答えた。
「え? 一本」
「さっさと働け!」
馬車馬の如くな!
「そ、そんなああ!」
「アホか! 何で、一本なんだよ! せこ過ぎるわ!」
折角、良い案だと感心したのに、その途端これだ。手伝いは勿論なし。ったく、ゼニシエンタには、百本ぐらい食べさせてやれよ。先輩だろ、一応。思わず素で返したのだろうが、嘘でもそれくらいの事は言え。
それに、こんな事くらいで音を上げてどうする。私はもっと悲惨な目に遭ってんだぞ。シビアナの罰にしては、軽い軽い。何たってヴァレータがいる。そろそろ、握りきるんじゃない?
相変わらず、黙々とおにぎりを増産し続けている、その姿に目を向けた。しかし、この子には、罰って感じがしないな。造作もないって感じだ。
「ふむ……」
そもそも、どのくらいの量が、必要だったのだろうか? 気になったので、ちょっと計算してみる。近衛騎士は、2、30個くらい食べるよなあ。今来てるのは、イージャンを入れて39人。まあ、40として、えーと――多くて1200個くらいか。
んで、私と先生が100個くらい食べて、1400個。シカルアヒダは――。そうだな、50人くらいいたか? そうだとして、文官が多そうだったから――、まあ一人5個としよう。じゃあ――、250個。これは、四捨五入して300個としておくか。人数も武官も、もっといるかもしれないし。
これで1700個か。後は月鏡院とうちの侍従官、主にゼニシエンタが食べるとして――。まあ、2000個くらいあればいいと思うんだが……。シビアナも、それくらいで計算しているはず。それ以上だと、私の侍従官たちだけでは、時間が掛かり過ぎる。罰とか言ってる場合じゃないだろう。
「――ん? あ、姫様。お疲れ様です」
ヴァレータが不意に顔を上げると、ようやく私に気付いたようだ。
「お疲れ、ヴァレータ」
あんなに隣が煩かったのに、今まで分からなかったのは、凄い集中力だな。でも、丁度良い。聞いてみるか。
「お前、何個握ったの?」
「え? ああ。これで、1561――1564個目ですね」
言葉喋ってる間に、三個増えた。千の大台は越えていたか。先生の研究室にいた時間を考えると、やっぱり早い。
「流石だな、ヴァレータ」
「いえ。近衛騎士の皆様に、早く食べてもらわなければなりませんから。これくらいは――」
手を素早く動かしながら、小首を傾げ、にこっと可愛らしく笑う。うーん。殊勝なことを言ってるが、でもこれ腹の中じゃあ――。
「テオルンは?」
もう一人の方にも聞いてみる。
「わ、私?」
「うん」
「私は――、500個くらいかなあ?」
おお、結構握ってんね。やっぱりその道具のおかげかな? って事は、二人合わせて、二千個はいってるのか。じゃあ、もうそろそろ終わりそうだ。しかし、そう思った次の瞬間、
「はーああ!? お前は、その道具使っても、259個しか握ってねーよ! 適当言うなや! 259(じごく)に落とされてーのか!」
ヴァレータが、いつもの様にいきなり切れた。テオルンを睨み付け怒り始める。そのお顔も、可愛い表情から、怖いものへと豹変した。ていうか、あの状態でテオルンの分も数えてたのか。まあ、この子そういうの得意だからな。
しかし、口が悪いとはいえ、適当が過ぎるというのは同意。倍くらい多めに言ってるもの。何故、そんな見栄を張ったのか。
「はーああ!? 1564(ひとごろし)でもする気か? うっせーよ! 変な語呂合わせさせんじゃねーよ! 全然面白くねーじゃねーか!」
だが、テオルンが謝ることはない。こちらもいつもの様に、売り言葉を買い言葉で返す。いつもの様に喧嘩が始まった。でも、え? 語呂合わせ? 何言ってんの?
「お前がうっせーよ! 語呂合わせしたの気付いて返してんじゃねーよ! 親切か! 親切じゃねえよ! そんな暇あったらな! 手え動かせや!」
「やってんだろーが! ずっと握ってんだろーが!」
そうだね。今も怒鳴りながら、テオルンは手を止めてない。ご飯を型に嵌めていってる。
「はあ!? 道具使ってんだから、もっと早くやれや! 発明上手のテオルンさんよおお!」
「はーああ!? 道具使う早さに発明関係ないし! おまえが早すぎんだろーが! 何だよ、その数! 有り得ねえんだよ!」
「しょうがねーだろ! 体が勝手に動くんだからよ!」
そうだね。今も怒鳴りながら、手を止めてない。でも、テオルンの方に顔を向けて、手元も見みずに握れるのは器用だな。速さも変わってないし。
「だからって、何でもう2000個近くも握ってんだよ! 馬鹿だろ!? おかしいだろ!?」
「だから、適当言うなや! せめて、1600個って言えや!」
「2000個近くっつってんだろーが!」
「全然、近くねーんだよ!」
「はーああ!? 1564は、四捨五入したら、2000だろが!」
「何で、千、二千の話なのに、誤差が436個もあるんだよ! おかしいんだよ、四捨五入の仕方が! そこは、1600って言った方が良いだろうが!」
確かに。
「はーああ!? お前が物の良し悪し決めんなや! そんなのお前の感覚でしかないわ!」
ええー……。そう返すの……。まあ、慣れてるよね口喧嘩。この子は、ヴァレータだけじゃなく、家族ともよく喧嘩してるもんな。
「その言葉、そっくりそのまま返したるわ!」
こちらも、ご尤もな意見。そして、いよいよおにぎりを作るのを止めると、お互いに向き合って睨み合うテオルンとヴァレータ。一触即発。いつ手が出てもおかしくない。
「大体、その速さだったら、すぐに2000個到達すんじゃねえか! 誤差なんかすぐになくなるんだよ!」
「はあ!? 到達させんなや! お前が私より早く握れや!」
「はあ!? 無理に決まってんだろーが! お前より早く握れる奴なんかいねーだろーがよ!」
「はーああ!? そんなの、そこら中おるわ!」
いないって。これは、テオルンの言う通りだろう。
「だったら、連れてこいや!」
「よおし! じゃあ今から連れてきたるわ!」
は?
「おう! 私も行ってその場で確認したるわ!」
「上等じゃ! ついて来いや!」
そう言うと、ヴァレータ達は張り合うように肩を並べて、外に通じる扉へ荒い足取りで向かい出す。こ、こいつら……。
「逃げちゃ、駄目……」
しかし、どさくさに紛れて逃亡を図ろうなんて、そんな思惑はお見通し。レイセインがその二人の前に立ち塞がる。彼女にそう言われて、二人はがっくしと肩を落とした。だが、再び顔を上げて、泣き顔を作ると自分たちの不遇を託つ。
「レイセインさあん! 私、結構握ったよ!?」
「そうだよ! 休憩させてよおおお!」
テオルンがそう言うと、またカチンと来たのか、ヴァレータが怒りの表情を振り向ける。
「はーああ!? お前は働けや! 500個握れや! 今からさらに500個握れや!」
「はーああ!? お前が握れや! 2000個握って記録でも何でも、勝手に打ち立てろや!」
『おらああ!!』
そう言い合うと、遂に手が出る。お互いの右手左手を掴み、押し合いを始めた。しかし、仲良く逃げ出そうとしたと思えば、すぐにいがみ合ったり。忙しい奴らですこと。
「ふんぬぬぬぬぬ……! ヴァレータアアア!」
「ふんぐぐぐぐぐ……! テオルンンンンン!」
これは、ヴァレータの方が不利だな。腕力は互角なんだが、あの子は私の侍従官の中で一番背が低い。上から体重を掛けられるから、押し潰されかねない。やはりそのせいか、徐々に均衡が崩れてきていた。ヴァレータの上体が反れる。押し負け始めた。
「はーはっはっはっはっ! このまま潰れろおおお、ヴァレータアアア!」
「く、くっそおおおお!」
「元はと言えば、お前が賭けが出来るなんて、言い出したからだしなああ! その報いよ!」
「なあ!?」
いや、お前はお前で、別に罰を受けてたと思うよ? むしろ、ヴァレータと一緒で良かっただろう。
「テオルン、てめえ! あんなに乗り乗りだったじゃねーか! 賭け札まで用意しやがってえええ! どっから持ってきたんだよ、あれ!?」
それは、私も気になるな。しかも、シトエスカに王宮の奥へ連行されてったのに、いきなり二人で現れたてたし。どうやったんだろ?
「あ、あああああれは、その――!」
テオルンの様子がおかしい。いきなり挙動不審だ。目も泳いでいる。何? 何でそんなに動揺してんの?
「どうしたあ、何かやばいのかああああ!?」
「う、うるさい! 誰が教えるか!」
おい……。また何かやらかしてるだろ、こいつ……。――いや、聞かなかったことにしよう。後始末が面倒くさい。
「おらああああ!」
「ぐううう!?」
ヴァレータが、慌てたテオルンの虚を突く。腕を押し出し、形勢が一気に五分へと戻った。
「負けてええ! 堪るかあああ!」
「ちいいっ!」
隙を見せたのが悔しそうだ。顔半分が歪む。しかし、すぐさま巻き返しを図った。
「それよりも、てめえが教えやがれ! どこにいるんだよ!」
「ああ!? 何が!?」
「お前より早く握れる奴だよ!」
「だから、どこにでもおるわ!」
「どこだよ! そんな奴見た事ねーよ! そんなに速くて、どの形も均一! 米粒の数まで全部同じじゃねーか!」
んん?
「ああ!? 米粒まで一緒ってのは、流石に言い過ぎだろーが!」
「はっ! 実際、調べたんだから間違いねえんだよ! 500個から抜き取りで10個! そしたら、全部同じだったからね!」
「えええ!?」
嘘でしょ!? それを聞いて、私とレイセイン、シトエスカも顔を見合わせる。
「勿論そのおにぎりは、後で美味しく頂きました!」
当然だ。そうしてなかったら、ゼニシエンタだけでなく私も怒る。しかし、こいついつの間に……。ヴァレータ凄いな……。私は無理だぞ、それ。多分、シビアナでも不可能だ。その精密さは。
「はっはっはっ! だから、やっぱりその技術は凄いんだよ! それに、ヴァレータがいるから、こんなに早く仕事が終わるんだろーが!」
「なな!?」
「隙ありいい!」
「ぐうう!?」
形勢が変わる。再びヴァレータが不利に。彼女の力が緩んだところで、テオルンが力を込めた。
「このまま、一気にいったらあああ!」
「くううっ!」
ヴァレータの顔に焦りが濃くなる。このまま、崩れ落ちるか? しかし、彼女は諦めない。反撃に転じる。
「テ、テオルンのその道具も凄いだろーが! 断然早くなるだろーが!」
「はーああ!? お前、言ってたじゃねーか! 作るの遅いってよおおお!」
「そ、それは!?」
残念。墓穴を掘ってしまったな。反撃の一撃が空を切る。そこに付け入り、攻めるテオルン。
「おらあ!」
「ぐぐ!?」
ヴァレータが、遂に膝を大きく曲げた。これで終わりか。
「はっはっはっ! 確かにその通りだ、ヴァレータ! お前の早さに比べたら、こんな道具なんて――!」
「わ、私の事は、置いとけや! でも、これで作った時、皆早く作れるし疲れないって喜んでたじゃねーか!」
「え――!?」
「それだけじゃないよなあ!? 他にも色々作ってくれるし! それで、いつも色々助けられてるし! お前がいてくれて良かった事は、沢山あっただろーが!」
ヴァレータにそう言われて、テオルンは恥ずかしげに目を逸らすと、ぷいっと顔も背けて一言呟く。
「あ、ありがと……」
何でお礼言ってんの?
「いやいや、どういたしまし、てえええええええ――!」
「うお!?」
攻勢が逆転した。今度は、テオルンがのけ反り出す。
「はっはっはっ! 他にもある! 絵が上手い! シビアナ様にも褒めれるくらいだ!」
「ぐ!?」
「お次は花火だ! この前見た新作は、皆が凄かったって口を揃えて言ってたよなあ!」
「ぐぐ!?」
ヴァレータに褒められる度に、体勢が変わっていった。どんどん、テオルンの体が押し込まれていく。
「ふっふっふっ……」
「くっ! ヴァレータアア!」
不敵に見下ろすその顔を、テオルンが忌々しく睨む。そして、反撃をする暇もなく、止めの一撃が放たれた。
「あと、眼鏡が似合うよねえ、お前……」
「え!?」
「可愛いと思うよ? 女の私から見ても……」
「ええ!?」
「ふっ。この――、天才美少女眼鏡っ子があああ!」
「ぐあああああああ!?」
最後の一言でテオルンが、がくんと膝を曲げる。体格差をも覆した。このままいけば、ヴァレータの勝ちは決まったも同然といったところ。
「はーはっはっはっ!」
自分もその勝利を確信したのか、ヴァレータは高らかに笑う。口を大きく開け、可愛い八重歯も見える。状況は、誰が見ても圧倒的有利。それなのに、
「でも――」
勝ち誇った顔が、不意に寂しそうな顔となって俯かれる。
「でも、私はこういう時くらいしか、役に立たないだろ!?」
「――っ!?」
「だから、こうやって――!」
いやいや、それは――。
「そんな風に言うんじゃねーよ!」
「え?」
「お前は、もっと色んなところで、役立ってるだろーがあああああ!」
そう叫ぶと、テオルンが勢いよく両手を振り払い、ヴァレータを抱きしめる。
「テ、テオルン――!?」
「ヴァレータ!」
突然の事で、困惑している彼女の名を叫ぶと、抱きしめる力を込めたのか、より二人の体が引っ付いた。
「私知ってるから! 私見てたから! ずっと一人で頑張って努力してるの!」
「え!?」
「それに、いつも助けてくれたじゃない! 計算間違ってたら、すぐに教えてくれる! 節約術だって教えてくれる! 節税の仕方も! あと、値切るのだって上手い! 料理も作るの上手くて手早いじゃない! 今だって、ヴァレータがいなきゃあ――!」
「テ、テオルン……!」
その言葉を聞いて、ヴァレータはぎゅうっと目を閉じると、自分も腕を回し抱きしめる。
「ありがとう、テオルン!」
「私も、ありがとう! ヴァレータ!」
しばらく二人は、そうやって抱きしめ合っていた。そして、自分たちの気持ちが、相手に十分伝わったとお互い分かったのか、その抱擁を静かに解いて離していく。
「じゃあ、ここは任せるよ、ヴァレータ! 私も及ばずながらだけど、頑張るから! 精一杯やってみせるから!」
「分かった! 分かったよ! こうなったら、2000個絶対に作ろう!」
「うん! ヴァレータなら、きっと出来る! ううん! 必ず成し遂げる!」
「違うよ、テオルン……」
「え?」
ヴァレータは首を振ると、満面の笑顔をテオルンに向けた。
「二人で――、2000個だよ!」
「ヴァレータ……!」
――え? あれ? 何これ? 何この雰囲気? 喧嘩してたんじゃないの、この二人? ぼけっと見てたら、いつの間にやら、状況がおかしい。よく分からん内に、仲直りをしていた。優しい顔して見つめ合っている。
「ふふ……」
レイセインが、静かに目を閉じて微笑む。は? 何その感じ? シトエスカは、涙を拭うような素振りをみせると、何故か晴れやかな笑顔で、焼きおにぎりをひっくり返していく。え? ちょ、ちょっと……。ゼニシエンタはいない。――ああ! いるわ! 後ろの壁に半分隠れてる! 胸の前で両手を握って、うんうんって頷いてる! ちゃんと聞いてたんだ!
ていうか、早くご飯持って来てくんない!? そんなとこいないでさあ! 待ってるんですけど!
「ええー……」
何で皆、良い感じで微笑んでんの? そして、何? この私の乗り遅れた感は……。ま、まあいっか……。
「テオルン、ヴァレータ」
二人を呼ぶと、彼女たちが顔をこちらに向けた。それを眺めながら、笑顔を作ってゆっくりと頷いてみせる。
「頑張れ!」
私もこの雰囲気に混ざることにした。そう言うと、親指を立てて応援しておく。
『うん!! 任せといてよ!!』
彼女たちも親指を立てると、とびっきり爽やかな笑顔を返してくれた。そして、『うおおおおおおおおおおおおお――!』と魂でも飛び出さん勢いで叫びながら、お互いおにぎりを作り始める。
お。握る速さがさらに上がったな。これなら、もうすぐ握りきるだろう。良かった良かったー。




