第13話 ヴァイン家
「ふうむ。色んな考え方があるよねえ……」
ヒミンツの、おにぎりを上品に食べるコツというのが気になって、私は少しの間、傍でその様子を見てしまった。一体、どうやって食べるのが、上品なんだろう? お皿に乗せたおにぎりを、箸や匙を使い細かく分けて食べたりすればいいのだろうか?
そんな風に疑問を持ちながら、話を聞いていた。しかし、ヒミンツの持論は、おにぎりを食べる時は、やはり手で食べるのが基本だという事だった。
箸や匙を使うのは、握ってくれた人に対して無礼。その人は、自分たちのために、丹精込めて握ってくれた。それなのに、それを箸で突っついたりして、ばらばらにするのは、その好意を無下に帰すものだ――、と。
だから、手で食べるのがやっぱり一番望ましいって、ヒミンツはそう結論に達したそうだ。そして、それを前提として考えていくと、出来ることは自然と分かってきたらしい。
で、これによれば、まずやれる事は、手を丁寧に洗い綺麗にする事だった。ふふっ。外さないよなあ。水に浸して絞った手巾の使い方を素早く優雅に見せる――、まあつまり上品に見せるやり方ってのを、イルミネーニャに教えてた。私は、興味なかったから適当に流し見。
お次は、米粒一つ一つを大切に、だったな。米粒を一粒もこぼさない、落とさない。それから、人によって握り方には違いがあるのだから、それを踏まえて食すべし。それらを自覚しながら、一粒も無駄にしないで食べる経験を積んでけってさ。後は、口を大きく開け過ぎないとか言ってたな。
そこら辺で、我慢できなくなって食堂へと足を向けた。だって、実食し出すんだもん。空腹の私に耐えられるかっての。もう見てるのも辛かったよ。後は、イルミネーニャに講釈してもらうさ。
「でも、米粒一つ一つを大切にってのは分かるよなあ」
うんうんと頷く。トゥアール王国の食糧庫、東都へ視察に行くと私は農業をする。稲刈りとかもしたことがある。その大変さをほんの少しだけだが、知っているんだ。その経験から、米粒を一粒でも残す奴は好きにはなれない。
うちには、そういうのにもっと厳しいのがいる。勿論、ゼニシエンタの事だ。あの子は、絶対に食べ物を粗末にしない。腐りかけでも、迷わずその口に入れようとする。いやまあ、その時は止めるけどね。何かあったら大変だもの。
そして、あの子は、お米が大好きなのである。だけど、北都の主食は麦餅(大きめのロールパンのようなもの)。お米を食べる機会は、殆どなかったそうだ。だから、一番最初に食べた時は、言葉を失ったらしい。しばらく動けなかったんだって。何て美味しい食べ物なんだろうってさ。
だから、王都に初めて来た時は、感激してたなあ。「王都はお米で溢れてるうううう!」って、半ば我を忘れていたような気がする。ここの主食はお米と麦餅どちらもあるからね。毎日食べようと思えば食べれるんだよ。お米を使ったお菓子なんかもあるし。
まあ、それでも最初の頃は、母親の料理が食べれなくなって、しょげてたらしいんだけど。これは、シビアナ情報だ。
私も、北都を恋しそうにしてる時を、偶に見かけたな。分かったのは、独り言を言ってたから。北都の料理を、ぽつりぽつりと呟いてたんだよね。今は、王都の料理と北都の料理、どっこいどっこいくらいには、なってくれたかな? そう言うのを見かけなくなったから。
慣れ親しんだ土地を離れ、家族と離れ、一人暮らしていくというのは、寂しくって中々難しいことだと思う。だから、早くここの生活に、慣れてくれればいいなと願ってるよ。でも、あの子の母親が作る料理は、美味しかったからなあ……。ゼニシエンタだからこそ、時間は掛かりそうだ。ふふふっ。
「母親――。母様、か……」
月鏡院の連中に会ったのもある。私は母様の家の事を思い出した。私の母は、トゥアール・エラクツォーネ・ヴァインという。この最後にあるヴァインというのが、母様の元の家名だ。この家は、代々月鏡院の長なんかをやってた由緒正しい名家だったとか。だから、あの院とはそれなりに関係は深いんだよね。私はあんまり自覚ないんだけど。
母様が亡くなって、そのヴァイン宗家の血統は私以外いない。ただ、ヴァイン家を名乗っている者は他にもいる。ダンティストー・シビアナ・ヴァイン。ダンディストー・テレル・ヴァイン。この二人だ。
例外はあるが、トゥアール王国では、結婚した時、女性は自分の元の家名を後ろに付ける。そして、生まれてきた子が、女の子の場合も同じように付けられる。だから、テレルもヴァイン家を名乗っている。
ちなみに、もしイージャンが婿入りしていたら、シビアナは、旧名のままヴァイン・シビアナ・ハラフェティ。テレルも、ヴァイン・テレル・ハラフェティ。
イージャンは、ダンディストー・イージャンから、ヴァイン・イージャンとなっていた。男性は後ろに家名は付けない。このため、ダンディストー家は、名としては残らなくなる。まあ、女性の場合も、次の世代が嫁入りしていけば、追々なくなるわけだが。どの家名もなくなる可能性はあるってことだ。
例外は王家――私か? まあ、トゥアールという名は、この王国がある限りは続いていくだろうね。そうそう。名といえば、王家には実はもう一つあるんだった。これは、真名ってやつで父様と私しか知らない。母様も教えてもらえていないはずだ。
禁種の中でも最上位に位置するって、父様が言ってたから。王家の血筋、しかも王位正統後継者にしか伝えられない。しっかし、たった三文字の名前に大層なこった。
「うーん……」
だけど――、名前……。名前、か……。ふと、歩いていた足が止まる。私は、さっきの騒動でのことを思い出した。
「ご、ごめんね、リリィ。ちょっと調子に乗り過ぎたわ」
リリィ。あいつに砕けた口調でそう言われた事だ。こっちも三文字か。ま、関係ないけど。でも、酷い状況だったから、そう呼ばれたのを今頃気付くくらい。
「ふふ……。しかし、随分と久しぶりに、ああやって呼ばれた気がするな……」
そう呟くと、再び歩き始める。けどさ、あんな状況だったから、シビアナも素が出たんじゃないかな? あと思ったんだけど、私もこんなんだし、案外あいつ自身そう呼んだのを覚えてないかもしれない。うーん、いや覚えてるかなあ。ふふ、どっちだろ?
だが、ただの侍従官が王族をそう呼べる程、この国はぬるくない。それが、王女の側付筆頭侍従官であってもだ。しかし、あいつは王族でもないのに、王女代行執行権という権限を持つ。これは、何故なのか? その答えは、ヴァイン家を名乗れる理由でもあった。
シビアナの旧名は、ヴァイン・シビアナ・ハラフェティ。そして、母様の旧名は、ヴァイン・エラクツォーネ・ハラフェティ。あいつは、母様が結婚する前に、自分の娘として迎え入れた養女。血の繋がらない私の義理の姉だからなんだよ。
少しして、私は食堂の前に到着した。しかし長かった……。寄り道しすぎたよね……。もう、お腹が瀕死。そのお腹からは、助けを求める叫びさえ、とうに聞こえなくなっていた。
食堂の中からは、外からでも賑わっているのが少し聞こえる。中には、近衛騎士がそれなりにいそうだ。ちなみに、この食堂は、使用人たちが使っていた。先生の研究所は、元々は貴族の邸だったからね。ここも改築しているらしいけど。
「ああ、髪の毛は隠しておくか……」
透明になったら、やばいわ。私は、前髪で作った三つ編みを、頭に着けた飾り羽の中に入れる。そして、扉の取っ手に手を掛けた。中に入ると、騒がしさが一瞬だけ静まる。近衛騎士は、やはり結構いる。大きめの四角い食卓を、四、五人が椅子に座って囲んでいる。
ここの食卓は、ばらける様にして十か所ほどあり、その内手前五か所ほどが、そうやって使われている。半数くらいここにいるのか。残りは、シカルアヒダの護衛をしているのだろう。
彼らは、私の姿を認めると、立ち上がり敬礼しようとしたので、両手を抑えるように何度か動かし、それを制した。いつもの事だ。それで皆、席に座り談話の声が少しずつ戻っていく。しかし、先程のざわつき程度には、すぐになった。
「あ、焼きおにぎりの他にもあるんだな……」
何人かが手に持つ、緑色のおにぎりを見てそれが分かった。青菜の――、恐らく塩漬けにした青菜だ。それで包んだおにぎりを、美味しそうに食べている。はああ……。あれも良いよねえ……。
塩味の効いた青菜とご飯を一緒に頬張る。すると、口を動かす度に掛け合わされていく、飽きの来ないご飯と、あっさりとした野菜の青臭い味。少し塩辛さの強いそれが、程よく和らげられる。しゃきしゃきとした歯応えも、そのご飯の食感と合わさって――。ああ、もうこれ以上は堪らん……。
私はそれを横目で見終えると、食堂の奥へ急ぐ。その奥にあるのは調理場だ。出来た料理をすぐに出せるよう、細長い食卓を壁のようにして隔てられているだけ。だから、私の侍従官たちの、忙しなくとはいかずとも、動き回っている姿が良く見える。まだ、料理の途中のようだ。
ていうかさ、もうね、匂いがやばい……。ここまで近くなると、正油の焦げる匂いだけではなく、胡麻油の匂いも、今までの比ではない。そのせいで正気を失いそうだ。その匂いの道を辿るように、ふらふらと引き寄せられていく。
「皆~……。お、つ、か、れ~……」
調理場の前に到着ー。はあ、やっとご飯にありつけるよお……。
「殿下!」
一番近くにいる、お盆を抱えたシトエスカが、まず気付いてこちらに笑顔を向けた。すると、他の侍従官たちも、私の方に顔を向ける。重ねたお皿を持っているレイセインは、顔を和らげてお辞儀をしてくれた。そして、大きくて平たい鍋を、竈の列に五つ乗っけて、おにぎりを焼いているゼニシエンタ。
「――あ。姫様、お疲れ様でーす!」
「ゼニシエンタ~。お腹空いたよお~」
もう、へろへろですよーう。手前の細長い食卓には、おにぎりが見当たらなかった。だから、それが焼けたらすぐに欲しい。よろしくお願いします。
「ふっふっふ……。姫様には、特別料理をご用意しております。暫し、お待ちを――」
「おおー……。頼む……」
「はい!」
何やらあるらしい。ありがたい事だ。じゃあ、そっちを待つとしよう。すぐに持って来てくれそうだし。
「シトエスカさあん!」
「ええ、見ておくわ」
「お願いしまあす!」
そう言って、自信あり気のゼニシエンタは、シトエスカに火の番を頼み、奥へ引っ込んでいく。私は、調理場に一番近い食卓の椅子に座り、卓の上に寝そべってその調理場を眺めた。すると、あの子が消えていった方とは逆に、侍従官をもう二人発見。
テオルンとヴァレータだ。しかし、彼女たちは、一心不乱で私には気付いていない様子。横が伸びた四角い木の机に、二人並んで只管黙々と、おにぎりを量産していっている。それが乗った大皿も、彼女たちの脇に一つずつあった。あれに青菜を包んだり、正油と胡麻油を塗って焼いているのだろう。
「殿下……。どうぞ……」
レイセインが手洗い用に、小さめの水瓶を持ってきてくれた。
「ありがと……」
手を洗い、出された手巾でゆっくりと拭く。ほら、ちゃんと洗ったぞ、ヒミンツ。これで、文句はあるまい。――ああ、そうだ。レイセインには、この腰にあるホムラオロチを返しておかなきゃな。それにもう一つ。頼みごともある。
「レイセイン……。剣、助かったよ……」
「いえ……」
「悪いんだけどさ……。取ってくれる……? 一応、剣身も見ておいて……」
「ふふ……。はい……」
そう言って、私の腰に手を掛け、ホムラオロチを抜き取った。そして、抜剣して慣れた手つきで、表と裏を何度もひっくり返しながら状態を確認すると、納剣して自分の腰に差す。
「これ、手入れする時にさ……。私とイルミネーニャも一緒に行っていい……?」
「一緒、ですか……?」
「そ……。あいつに、矢筒とか買ってやろうと思って……」
こういうのは、忘れないうちに言っとかないとね。私が使っちゃったから、近いうちにホムラオロチを見せに行くだろう。その時に連れてってもらえばいい。彼女の行きつけのお店は、鍛冶もやっている。持っている剣の手入れは、そこで全部やって貰っているのだ。
「そうですか……。では、一緒に行きましょう……」
「あんがと……」
良かった。微笑付きの快諾をもらったぞ、イルミネーニャ。
「あ、私が無理だったら、あいつだけでも頼むよ……。お金は後で請求して……。ホムラオロチの分もね……」
「はい……。ありがとう……、ございます……」
私たちの話が終わると、丁度シトエスカが、湯呑と土瓶の乗ったお盆を両手で持って、こちらにやって来た。そして、卓に置いていく。
「殿下、どうぞ――」
「ありがと、シトエスカ……」
彼女は、笑顔で一礼して、お盆を抱えすぐに調理場へと戻っていった。火の番をしているからね。持って来てもらった湯呑を手に取る。このお茶は、湯気も立っていて熱い。その熱が、じわりと掌に伝わってくる。ふーっと息を吹きかけながら、少しずつ飲んでいく。はあー……。染みるわー……。
「ああー! 殿下ああ!」
テオルンが私に気付いたようだ。顔をやれば、奥にいるその声の持ち主がこちらを見てる。そして、
「殿下あああ、疲れたよお。ずっと握ってんのよ、私ー」
と、情けない声を出して助けを求めてきた。しかし、すまんな。ご要望には応えられそうもない。お腹が減ってるから動きたくないの。とは思いつつも、重くなっていた腰を上げる。様子ぐらいは見ておくか。




