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リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件  作者: 粟生木 志伸
第四章 おっぱい慟哭編
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第4話 その身に起きたこと その4

 シビアナという言葉に、椅子からすぐさま飛び退く。そして、後ろを振り向いた私。しかし、そこには薄い布の窓掛けから、光が差し込む窓の列だけ。人の姿なんて何処にもなかった。あ、あれ……?


「はっはっはっ! すまぬ、すまぬ。冗談だ」


 はあああああん!? 先生が、茶目っ気たっぷりで、謝ってきた。しかし、おっさんの茶目っ気など、この私には通用しない。憤慨しながら、振り向いた体を元に戻す。


「せ、先生ええ……!」

「はっはっはっ。許せ、リリシーナ」


 笑い事じゃないんですけど!? 止めてくれます!? そういうのは、冗談でも!! 荒っぽく椅子に腰を下ろす。本当に洒落にならない。口から、何かが飛び出してきそうだった。しかし、私もすぐに反応したな……。そして、落ち着いてみれば、人の気配が分かるのに、ここまで驚く必要はないと気付く。


 この研究室は長四角で、辺の長い壁は廊下と窓の並ぶ外壁に面する。扉は壁の端。結構広々としているが、部屋の真ん中より扉側に位置するこの場所でも、私の間合いはぎりぎり全体を覆いきれていた。


 だから、背後であっても、人がいれば察知する。しかも、少し歩けば、鍵を掛けた窓が並んでいる壁に行き着くのだ。もし、シビアナが窓から侵入を試みようとすれば、まずその窓に張り付いて鍵を破壊しなければならないし、そこはもちろん間合いの中。だから、そんな事をしていれば、すぐに分かる。まあ、想像するとこれはこれで怖いが。


「はあ……」


 安心したからか、溜息が出た。馬鹿だな、シビアナがいるわけないじゃん……。来ていても、イルミネーニャが機密に関する事を相談していると、言ってくれてるだろうし。まあ、それでも一抹の不安は感じるが……。だから、あんな反応もしたのだ。


「しかし、これぐらいでは、変化せずか。いけると思ったのだがな……」


 ああ、先生は私の髪を、変化させたかったのか。


「うーん。今のはギリギリでしたね、多分」

「ふむ。そうか……」


 感覚的なものだが、一線を越えず踏み止まったって感じ。今日は、驚くことが多すぎたから、耐性でもできてんのかな? だけど、なんで変化させたかったんだろ、先生? 奇妙に思ったのもあり、自然とそれを尋ねる。


「でも、先生。どうして、そんなこ……、と……」


 言葉が続けられなかった。ある視線に、釘付けになったからだ。先生ではない。その先生の後ろに見えるものだ。それは、突如として現れた気配。瞬時に察知した私は、視線が自ずとそれを捉えていた。そこは、先程驚かされた仮面が置いてある本の山。その仮面は二つ重ねておいてあったが、後ろ向きにして置き直した。


 だから、こちらに面と向かっているわけがない。先生だって、この部屋に入ってから手にとってもいないのだ。にもかかわらず、その仮面はこちらを向いていた。


 髪の毛は紫色。でも、さっき見た仮面じゃない。本物の髪だった。少し垂れた目を細めた女性の顔が、にっこり微笑んでいる。しかし、何とも嬉しそうだ。手だって振ってるし。それは、紛うことなき人間だった。その人間――シビアナが、縦積みされた本の壁から生首のように顔を出して、こちらを見ていた。


「ぎょああああああああああああ!!?」

「ぬお!?」


 驚きすぎて体が大きく仰け反り、椅子から転げ落ちる。私のその様に、先生もビックリ。そして、一線を越えたこの絶叫は、間違いなく研究所中に響き渡った。






「シビ、シビシビビビビビビビ――!!」


 私は、腰が抜けたようになって、立ち上がることができなかった。あと、口も上手く回らない。シビアナって言えない。そして、目線がふと奴の頭上に移り、壁際の隅へとずれていく。ああ!? そこは、天井の板が外れ、人が通れるくらいの四角くて暗い穴が、ぽっかりと開いていた。て、て、て――!


「天井かよおおおおおおおお!!」


 跪いたまま、悔しくて床を両手でバンバンと叩く。間違いない。奴は、天井裏に潜み、この機会を虎視眈々と狙っていたのだ。そして、私が後ろに振り向き、また先生に向き直った瞬間に舞い降りてきた。一息入れ、安心した一瞬の隙を突いて。


 それは、間合いの中に入り、私が気付き、視線を先生から奴へと移す、ごく僅かな瞬間だった。だが、別に攻撃を仕掛けて来る訳じゃあない。しかも、すぐに気付かれるのは、想定内。これなら、問題なくやってのける。


 そして、あの穴は私の間合いの外だった。部屋に降りれば、その中にも入るが、入らなければ気付けない。しかし、何故そっちを選んだのか。逆の隅なら天井の奥まで、間合いの範囲だ。まるで、私が何処にいるか分かっていたかのよう。


 ていうか、鍵の意味ねえじゃんよおおおおお!! まあ、鍵掛けるの忘れてたけどよおおおおお!! 今思い出した。そういやあ、先生が入ってきた後、うっかり掛けるの忘れてました。窓は完璧だったのにね! てへ! いや、そんな事よりもだ。


「イルミネーニャああああああああああああ!!」


 あの子は、私を裏切ったのだ。信じらんない。あれほど念を押したのに。シビアナが、飛び上がる。本の山を越え、先生の前まで宙返りをしながら音もなく着地。


 しかし、その豊満なおっぱいが、上下にたぷんと音を立て揺れる。そして、俯いて腰を落とした姿から、ゆっくりと立ち上がった。仰向いたその顔は、今日一番のほくほく顔。


「襲撃は、無事防げたようで宜しゅうございましたね。で・ん・か?」


 この襲撃は、防げなかったがな!! 


「おや? どうしました? そのように驚かれて」


 はあああああ!? どうして、そんな事が言えるのだろう。首を傾げてのあからさまなすっ呆けに、殺意さえ覚えそうだ。


「おま、おま、お前ええええええええ!」

「ふふふふふっ!」


 私がおちょくられていると察したのに気付いたのか、口許を押えて笑うほくほく顔が、恍惚の表情を湛えはじめる。むきいいいい! 


「先生!」

「う、うむ?」


 私は、唖然としている先生をキッと睨む。そして、穴が開いている天井を、何度も指差した。


「あんな事して、許されるんですか!?」

「いや、そのな――」


 研究室に無断で侵入。しかも、天井の板を切り抜き、穴を開けるという破壊工作もしているのだ。これが、無罪放免であって堪るか! せめて、先生に怒られろよ、お前! しかし、シビアナは悠然とした態度を崩さない。そのまま先生へと話しかけた。


「シドー様。これでお役に立てたでしょうか?」

「なあ!?」


 に言ってんの、お前ええ!? そういう事じゃないでしょ!? 先生は、驚かせたかった。だから、手伝った。これは分かる。だが、そうだとしても、そのやり方には限度っていうものがあるだろう。天井に穴を開けるのは、明らかにその限度を越えているのだ。私は、これを言っているんだよ!


 しかし、それでもわざわざ天井に上って、隠れたりするか!? そこまでやる!? 一体、奴の何がそうさせるのか、意味が分からない。毎度のことながら、その発想と実際にやってしまう謎の行動力は、常軌を逸している。ていうか、馬鹿じゃないの! 馬鹿じゃないの! 馬鹿じゃないの!


「う、うむ……。しかし、シビアナ。お前はいつもそうだが、容赦がないな……」

「ふふっ。ですが、これが一番手っ取り早いかと存じます」

「まあ、それはそうだが……」

「先生!」


 呑気に懲罰対象と話している場合じゃ、ないでしょうが! ビシッと言ってやって下さいよ! 私は、先生に非難の目を向ける。すると、シビアナがこちらに振り返った。


「殿下。私はシドー様のお手伝いを、したまでなのですよ?」


 こいつ、それを押し通すつもりか!? そうはさせん!


「だからと言って、あんな事していいわけないだろうがっ! 天井に穴開けやがってえええ!」


 これに異論を挟む余地など、この私が与えない。己が仕出かした過ちを、必ず後悔させてやる。しかし、シビアナには通じてないようだ。その態度から丸分かり。罪悪感の欠片さえ、感じなかった。おのれええ!


「ふう……」

「はああ!?」


 そして、面倒くさそうに溜息をつく始末。しかも、やれやれって首まで振りやがって、お前はあああ! 

 

「殿下……」

「何だ! ――っておい! その顔止めろ! 腹立つんだよ!」


 憐れむような顔をこっちに向けんな! しかし、私の指摘に構うことなく、シビアナはその顔のまま話し始めた。 


「私は確信したのです。これは、日頃お世話になっているシドー様のお役に立てる、絶好の機会であると。そのためなら、天井の破壊も致し方ない――。これは当然の帰結です」


 アホの言い訳に、握った拳が震える。


「ふ・ざ・け・ん・な・よ! お前えええええ!!」


 物は言いようってのが、あってもなあ! それが通じない事は、幾らでもあるんだぞ! 詭弁もいい所だ。私は絶対に惑わされない。こいつが先生に叱られるまで、断固として戦ってやる!


「ふう……」

「あ!?」


 こいつ、また溜息ついて首を振りやがった! ねえ、どうして、王女様にそんな態度とれんの? 色々とおかしいよね、お前? そして、何でこっちがいけないような感じになってるの? 悪い事をして怒られる立場に立ってるは、そっちだろうが!

  

「殿下」

「何だよ!?」

「殿下が、どうしてそんなに怒っているのか、私には分からないのですが……」

「おっほっほっほ!? 分かんないの!?」


 お前、そこからかよ! 怒りを通り越して、笑いが出る。人を、あんな風に驚かせといて、よく言うわ! いや、分かってる! その上で、私をおちょくってるんだ! おんのれえええ! 


 しかし、このままでは駄目だ。そして、こいつは、私を驚かせた事では謝らない。さっきのとんでも屁理屈をいつまでも振りかざすだけ。


 だから、仕返しをするには、天井に穴を開けたことを糾弾し、先生に謝罪させなければならない。深々とその傲慢な頭を下げさせることで、私の溜飲は下がりそれは成し遂げられるのだ。


「ふうー……」


 深呼吸をして気分を落ち着かせる。このまま、ガミガミ言っても暖簾に腕押し。効果はないだろう。ならば、やり方を変えるしかない。私は、努めて真剣な顔を作り、冷静な口調でシビアナに語りかける。


「シビアナ……」

「はい?」

「謝ろう? 人様の家の天井に、穴を開けとおいて、それはないよ」

「殿下……?」


 ここに、先程から漂う悪ふざけの雰囲気は、もうない。ガラリと変わっている。私は、真面目に話をしていると自ら示す事で、それを一切排斥した。今、この場では、一言の冗談さえ許されない。そういう空気が支配している。流石に察したのか、シビアナも笑顔が薄れ黙りこくる。


「私が、怒っているのがおかしいのか? 私は、間違ったことを言っているか?」

「…………」

「言っていないだろう? 穴を開けて、研究室に侵入するのは、いけない事じゃないか。ここには、門外不出の資料も沢山あるんだぞ?」

「…………」

「それに、お前はこの事をテレルに言えるか? 自分は悪くないと言えるか? でも、あの子は、きっとお前が悪いと言うぞ?」 

「…………」


 正論に続きテレルという言葉で、その態度にも少し動揺が走ったように見えた。いいぞ、これは効いている。そして、じっと私を見つめていたシビアナが、静かに口を開く。 


「殿下……」

「何だ?」


 私は、最大限の慈愛を込めて答えた。謝ってくれさえすればいい。そういう思いを込めて。だが、心の中は、そんなんじゃない。そして、にやつきそうになる頬を、そうならないよう必死に我慢していた。


 よっしゃ、来たあああああ! あのシビアナが、申し訳なさそうにしている。やったぞ! 遂に、遂に、こいつを凹ましてやれるわ! ぐははははは! 心の中で両手の拳を握り、何度も振り上げる。


 よし、謝れ。さあ、謝れ。こうべを深々と垂れるのだ! 床に擦り付けるくらいになああああ! むふふふふ! だが、私はシビアナを、未だに舐めていた。こいつに、良心の呵責なぞあるわけがない。申し訳なさそうにするなんて、そんなしおらしい奴ではない事を、愚かにも忘れていたのだ。


「殿下は、何か勘違いをされているようですね」

「――え?」


 勘違い? 謝罪が聞けると思って内心にやにやの私は、意表を突かれる。そして、奴は、その全てをひっくり返すような、衝撃の事実をもたらした。


「そもそも、あれはシドー様の御許可を頂いての事ですので」

「――は?」


 思考が止まる。こいつ、今なんて言ったんだ……? 


「ま、そういう訳だ」

「は……?」


 私は、そのまま先生へと顔を動かす。先生は、肯定するかのように頷いていた。え、ちょっと待って。こ、これって……、どういう事? そう思いつつも、考えられる答えはたった一つだ。


「先生も……、シビアナが天井に隠れたのを、知っていたのですか……?」

「うむ」

「はあ――!?」


 先生は、また頷いて答えた。


「ここに来る途中に会ってな。頼まれたのだ」

「はい。私にも、何かできる事があるのではと、思いまして」

「な――! な――!」


 あまりにも衝撃が強すぎて、これ以上声が出ない。口だけが、あわあわと動く。


「しかし、良くやってくれた、シビアナ」

「ありがとうございます。天井に潜んでいた甲斐が、ございましたね」

「はああああああああああ!!?」


 やっと出た声は、再び絶叫となって研究所に響き渡った。そして、ここでようやく私は考えが及ぶ。奴は、最初から天井裏に隠れていて、研究室の様子を窺っていたという事を。それはつまり、聞かれていたという事だ。全て。髪の毛が透明になったという事も――!


 私は、その事実に愕然としながらシビアナを見る。すると、奴はくすりと笑った。


「ですが、昨日、中庭をあれほど破壊した殿下に、まさか説教をされるとは思いませんでしたね」


 あ!?


「ふっ、確かにそうだな。全く、どの口が言っているのやら」

「ふふふふふ!」  

「むぎいいいいいいいい!!」


 さらに追い打ちをかけてくる、先生とシビアナ。私は、髪をわしゃわしゃと掻きむしり続けた。よくも、よくもおおお! 二人で、ぐるになってええええ! うがああああああ!!


「もう許さん! 二人纏めてぶっ飛ばしてやる! 覚悟しろ!」 


 涙目になりつつ、私は叫ぶ。正義は我にある! 先生は、シビアナが天井裏にいる事を知りながら、他言しないと約束し、私を謀ったのだ。これは、許し難い最悪の裏切りである。言ったはずだ。約束を破ったら、どうなるか分からないとな!


 そして、シビアナは、イルミネーニャに機密と聞いても、この様な行為に及んでいる。代行権も関係ない。機密関連は、越権行為だ。話の内容が機密に関係していなかったからいいものの、本来なら許されない。だから、しばく!


「あらあら。これは怒りの感情も、間違いなく該当しているでしょうね」

「何!?」


 そりゃあ、どういう意味だ!? シビアナの言葉に、怒りの顔をぶつける。


「シドー様、如何でしょう?」

「はあ……。矢張り、気付いておったか……」

「ふふふ」


 先生はそう言うと、先程と同じく渋い顔をしながら、私をじっと観察するように眺める。シビアナも釣られてか、こちらに顔を向けてくるが、面白そうなものを見つけたって顔をしていた。いつもながら嫌な笑顔だ。


「ふうむ……。これは――」

「ふふふふふ! 大変、興味深いです。まさか、この様な事態を招いているとは――」

「へ?」


 二人の言い様に、首を傾げる私。すると、先生が今までとは打って変わり、真剣な面持ちで話しかけてきた。


「許せ、リリシーナ」

「え?」


 許さないよ? とは思ったが、何だろう? 様子がおかしい。


「流石に儂も、天井を壊してもいいとは言わぬ」

「はい。これは私の独断です」

「ええ!?」


 どういう事だ? 二人とも、言っている事がさっきとまるで違うぞ?


「ふっ。しかし、近くに控えておくとは聞いたが、まさか天井裏とはな……」

「申し訳ございません、シドー様」

「過ぎたことだ。構わん。それに、理由は分かっておる」


 シビアナが深々と頭を下げている。しかし、やっとあいつの謝る姿を見れたのに、溜飲を下げることが出来ない。おいおい、一体何がどうなってんのよ……?


「先生。これは、どういう――」

「儂は、シビアナの芝居に乗ったのだ。お前を怒らせるためにな」

「え!?」


 いや、本当に意味が分からない。何のために? ――あ。さっき、私を驚かせた事にでも、関係しているのか?


「殿下。こちらを――」

「何だ?」


 振り向くと、シビアナが机の上にあった鏡を手に取って、それをこちらに向けた。不思議そうにしている自分の顔が映し出され、その双眸が目一杯に見開かれ瞠目する。なっ――!?


「本当は、驚きの感情と怒りの感情の間に、別の感情を挟んで検証するべきだったのだが……」

「確かに一度、色が着けば分かり易いでしょう。ですが、シドー様。今の怒りの感情は、色を変えるのに十分なものです。私が断言致します」

「そうか……」


 私には、この二人が何を言っているのか耳に入って来ない。鏡に映った自分の姿に、全てを奪われていた。


 確かに、そこには私の顔があった。しかし、頭を掻きむしって、ぼさぼさになっているはずのものがない。代わりに、卵のようなすべすべの頭が、おでこからその天辺まで綺麗に映っていた。今朝見たあの姿が、そこに映し出されていたのだ。


「ぎゃあああああああああああああ!!?」


 髪が、また無くなっているんですけどおおおおおおおおお!? 透明に戻っている自分の髪を見て、私の絶叫は三度、研究所に響き渡った。

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