第1話 その身に起きたこと
「さあって……。陛下も、お戻りになった事ですし――」
ゴトキールは、父様たちがいなくなるのを見届けると、研究所の外壁に向かって少し歩く。そして、脇に抱えた桶の中に入っている柄杓を手に持つと、
「作業も、ちゃっちゃと終わらしますかー」
そう言いながら、柄杓を「ほっ」という掛け声と共に素早く振るう。すると、水の塊が遠くに倒れている、元細っこい奴に向かっていった。
その塊は、ちゃんと届いたのだろう。すぐに、白い異形の体に変化が現れる。先程と同じように、ばきりと音が鳴って、右腕が砕けるのが見えた。それを確認してか、足元に転がっていた小石を拾うと、それも投げつける。すると今度は、その体が爆ぜて粉々になった。ゴトキールは、この一連の作業を終えると、先生に顔を向ける。
「シドー様」
「何だ?」
「ササレクタ様の至極天を、退かして頂けますか? あと確認するのは、あの下にある奴だけです」
「うむ。そうだな」
先生は頷いて答えると、ゆっくりと至極天へ向かって歩き始めた。いや、それくらい自分でやりなさいよ。引っこ抜けるじゃん。ゴトキールは、腐っても近衛騎士隊の隊長。至極天は扱えなくても、それくらいの力はある。多分、自分でやると疲れるから、先生に頼んだのだろう。全く、しょうがないな。この面倒くさがり屋め。
「先生、いいですよ。私がやります」
さっさと片付けよっと。こんな事に感けてられない。あんまり呑気にしていると、折角手に入れた好機が無駄になってしまう。シビアナ達が、月鏡院の者たちと一緒に、ここへ向かって来ている可能性があるのだ。
ふふん。この幸運に浮かれて、見落とした穴にすっぽりと嵌る私ではないのだよん。あらゆる可能性を視野に入れ、先を読み続ける王女。それがこの私。――とう!
「ん?」
先生は振り返ったが、気にしない。宙返りを決めつつ華麗に跳躍する。そして、巨木のような至極天の前で着地すると、その至極天を右手で握りしめた。これは、巨木をそのまま持とうとしているわけではない。
ササレクタの至極天は、無数の槍を束ねたものだ。その槍の一つ一つは、人が使うものと然程変わらない大きさ。太さも私の手で握れるくらい。その一つを掴んでいるってわけ。あいつも、私が追いかけていた時に、一つ持っていたな。水を被っている時に、空震音叉を使って戻してたけど。
『黄相 八千穂、此咬み』。この槍は、黄相と言うだけあって、全体的に黄色だ。秋に頭を垂れる、稲穂のような黄色と緑の色合いに近いか。これも、八千穂という名の由縁となっているのだろう。
長さは、私の背丈より幾分高い。ササレクタよりも少し高いかな。穂先は両端にあり、二股に別れているのだが、一旦交差するように捩じられている。
この構造が、槍と槍とを繋ぎ合わせることを、可能としているんだよね。強く押し込むと少し外側に開いて、穂先が交差した先まで入る。槍を連結する金具のような役割も果たしているんだ。
そして、それが三節根のように連なった一本の槍になっている。ただ、この至極天は、五本の槍が連結しているから、五節根と言うべきだろうね。ちなみに、一度連結すると、ササレクタ以外この連結は解けない。繋ぎ合わせるのもね。まあ、一応そうなっている。
それから、柄の部分には、腕輪のような金具が取り付けられている。それが、隣り合った槍と一緒になって、填められていた。この金具は完全な輪っかじゃない。鉄板を、曲げて捩じり込んだような奴だな。
曲げた両端を、ぴったりとくっつく様にするのではなく、そうならない様にそこを避けて、更に深く捩じり込んでいる。だから、槍の柄に対して、金具の両縁が斜めになっていた。そして、更にこの上へ、重ねるように同様の金具が、填められている。
これは、隣接するもう一方の槍を、同じく束ねるためのもの。それが順々と続いていく。金具の位置は皆一緒だから、綺麗な斜めの段になって、横に伸びる模様のようにも見えるな。それが五本ある。
ぶっちゃけ玉簾なんだよね、これ。それをくるくると丸めて注連縄で纏めているから、巨木のように見えているってだけなのだ。
「よっと」
私は、力を込めて至極天を持ち上げる。足元がその重さに耐えきれないのか、少し亀裂が入った。突き刺さった衝撃で、周囲の地面が脆くなっているもんな。崩さないよう気をつけないと。下手をすれば、崩れた地面ごと穴に落っこちてしまうだろう。
そうやって注意を払いながら、少し後ろに下がる。そして、引き抜かれた至極天があった場所――抉られた穴の底を見た。そこには、衣服を着けた白い彫像のような塊が、砕かれて地面にめり込んでいる。ふむ……。
「なあ、これもう、水を掛ける必要ないんじゃないかー? 白いし、砕かれてるしー。あと、黒い煙も出てないぞー?」
私は、彼らのいる場所に振り向きながら、少し声を張って叫ぶ。ちょっと距離があるんだ。ていうか、何だその顔? よく分からないが、皆ぽかんとしている。
「ははは……。流石ですなあ、姫様は……」
「え?」
ゴトキールの顔が、何故か呆れたような笑顔になった。先生も、イルミネーニャもだ。ええ? 何? 何なのよ? 私が不思議に思っていると、こちらを見ていたゴトキールが先生に顔を移す。
「シドー様」
「――まあ、それなら良い気もするのだがな……」
先生は一息溜息をつく。
「ゴトキール。念のため、やっておいてくれ」
「はっ。承知いたしました」
それもそうか。何かあってからじゃ、遅いもんね。こういうのは、徹底的にやった方が良いだろう。
「リリシーナ。至極天は、そこにでも寝かせておいてくれ。後で持って行くのでな」
「はい。分かりました」
ふむ。話が終わったら、私が持って行ってもいいかも。余裕があれば、一緒に行きますか。父様は、時間を指定しなかった。なら、謁見が長引くと考慮して、それが終わっても、お昼を過ぎなければいいだろう。これに合わせて戻ればいいさ。どれくらい長引くかは、分からないが。まあ、適当でいいや。うん、適当適当。
私は、至極天を側に横たえると、先生たちがいる場所へ歩き出す。その間に、先生とゴトキールが今後の段取りを決め始めた。
「では、シドー様。最後の確認が終わり次第、我々近衛騎士隊は、シカルアヒダの護衛に戻ります」
「ああ。すまんが頼む」
「はっ」
ゴトキールが、敬礼をして先生に答える。
「しかし、朝食を摂っていないので、些か腹が空きましたな」
「ふっ。言われてみれば、そうだな」
ああ。それは私もだ。普通に動くのとは、訳が違う。空震音叉って、使うとお腹が凄く減るんだよ。だから、外壁門に着いた時、ササレクタにも聞いたんだ。お腹減っているかってさ。爆鳴気を使って足元から衝撃を得ながら走れば、速いからね。
うーん。ご飯の話になったから、私のお腹も気付いたみたい。ごろごろと音が鳴りそうな予感。先生と話をする前に、何かつまみたいな。
「ああでも、この襲撃は、料理を作り始める前でしたな」
ええ、そうなの? がっくし。
「まあ、昨夜の残り物とかもありますが。釜にご飯も残っているでしょうし。それなら、おにぎりくらいであれば、私達でも作れますかなあ……」
お? いいねえ、おにぎり! 具は、塩鮭がいいなあ。正油をちょっと垂らすと美味しいのよ。あーでも、正油があるなら、焼きおにぎりの方がいいかなあ。それを塗ってさ。あ、先生とこ、胡麻油あるかな? ゼニシエンタ曰く、焼きおにぎりはこの胡麻油が肝らしいのだ。
「とはいえ――」
ん? ゴトキールの顔が渋くなる。そして、先生がその理由を察して答えた。
「毒殺か」
「はい。襲撃の後ですしね」
ええー……。やっぱり食べられないの? しかし、ゴトキールの言い分は最もだ。襲撃が実は囮で、食材に毒を仕込むのが本命である可能性は、十分にある。これは、止めた方が良いだろう。折角、襲撃を防いだのに、毒殺されたら元も子もない。最悪の結果となる。
「こちらも、念には念を入れますか」
「そうだな」
「では、王宮に帰ってから、食べるといたしましょう。シカルアヒダにも、そう伝えておきます」
「ああ。頼む」
私も、帰るまで我慢だな。とほほ。そう思いながら、とぼとぼ戻ってくると、ゴトキールが話しかけてきた。
「では、姫様。私もこれで――」
「うん。ああ、私が帰る前に一言伝えるから」
労いの言葉ね。
「はっはっは。そうでしたな。よろしくお願いします」
そう言うと、ゴトキールは桶を持ち、至極天によって抉られた穴に向かい始めた。お、これは丁度いいな。今ここにいるのは、私とイルミネーニャ、そして先生だけとなる。と思ってたら、そうじゃなくなった。
「さて、儂も用意をせねばな」
「え?」
「今回の襲撃。助かったぞ、リリシーナ」
「は、はい。いや、あの――」
「無論、イルもな」
「はい!」
あたふたする私を余所に、イルミネーニャが、元気よく答える。これやばい! 先生どっか行っちゃうよ!
「うむ。また王宮で会おう」
先生はそう言うと、ユーノ王女に向かって歩き始めた。このまま様子を見に行くのか! そうはせんぞ! 私は、そのあとを足早に追いかける。ちょっと待ったああああ!
「先生、先生……!」
「ん? どうした、リリシーナ?」
先生が、振り返った。
「実は、ちょっと相談したいことが……」
「相談?」
「ええ。で、その……。二人だけで、お願いしたいのですが……」
「ふむ……」
先生が、神妙な顔つきで、私を見てくる。恐らく、今回の事を知りたいと思っているのだろう。まあ、確かにそれもあるのですが、それよりも重要な事なのです。全てにおいて、優先される事なのです!
先生は、しばし考えている様子だったが、すぐに答えてくれた。
「では、場所を移そうか」
「はい!」
よし! これで心置きなく相談が出来るぞ! 後は――。振り返った私は、最後の障害に話しかける。
「こほん。イルミネーニャ」
「ん? なーに?」
「お前は、ここで待っていてくれ」
「え? どうして?」
彼女は、不思議そうに目をぱちくり。まあ、そうなるよね。ふっふっふ。しかし、誤魔化すための理由なら、簡単に思いつけるのであーる。
「ほら、あれだ。今回の事でちょっとな?」
「ああ、そういう事。うん、分かったよ」
イルミネーニャも、理解しているようだ。そう、これは機密に関する事なのだと、匂わせればいいのさーん。ひょっひょっひょ。しかーし! 賢明で聡明なる私は、これだけではないのだよ!
「それとな。――もし、シビアナ達が来たら、それを言ってここで待つように伝えてくれ」
「うん、分かったよ」
これが、一番怖いよね。防がないと。だが、機密に関すると言えば、いかにシビアナといえど無理だろう。ここで待つしかあるまい。くっくっく。そして、イルミネーニャよ! その大任、しかと任せたぞ!
私の障害となっていた壁が、私を守る壁へと変わる。ふっ……。冴えてる。私、冴えてるわー。まあ、いつも冴えてるけど。しかし、油断は禁物。あのシビアナが相手なら、用心に越した事はない。よし。私も、念には念を押しておこう。
「くれぐれも、ここで待つように」
「うん」
本当に頼むわ。あいつは、何をどうやってかは知らんが、勘付く可能性があるし。そしたら、普通に扉をバンって開けて入って来るだろう。最悪だよ。
「絶対ね?」
「うん」
「本当に絶対だからね?」
「うん」
ホント怖いのよ。今までの経験から、嫌な予感もビシバシとしてくる。だから、きちんと言い含めておかないとな。
「決して、部屋を覗いてはならないよ?」
「う、うん。分かったってば……。シビ姉たちが来たら、ちゃんと言っておくから」
「頼むぞ」
「うん、大丈夫。任しといて」
よし。これだけ言えば、問題ないだろう。――ホント頼むからね? ホントにホントにね? 信じているぞ、イルミネーニャ!
「では、先生。参りましょう」
「うむ」
私たちは、手を振るイルミネーニャに見送られて、研究所の中に入っていった。




