第28話 トゥアール王国の王
「ふん。つまらん。ただの喋る仮面か」
そう吐き捨てた父様は、最後に自分の足元へ一瞥をくれると、それで興味が消え失せたようだ。肩を怒らせながら、こちらに向かって歩いてきた。その出立は、先生ほどではないが筋骨隆々の上半身裸に、下は袴といった、いつもの姿。
仮面は粉々になったようで、砕けて瓦礫となった地面と、区別がつかなくなっていた。いいのかな、これで? 終わり? 流石に、もう出てこないでほしいが。どうなんだろう? 気になった私は、ササレクタの様子を窺ってみる。
「ふうー……」
彼女を見れば、深呼吸をしながら構えを解いていた。薄く表れていた顔の赤い痣も、その呼吸に合わせ、すうっと引いていく。大丈夫、かな? 先生は――? 私は、目の前にある背中に目をやる。
「はあ……」
すると、先生の頭が、溜息と共に前へ倒れた。警戒しているようでは、ないみたい。張り詰めたような気配が、ササレクタと同様になくなっていく。でも一応、用心はしておくか。気を抜かないようにしておかないと。
しかし、その背中から、脱力だけでなく諦観の念も感じるのは、決して気のせいじゃないだろう。まあね、あんなのでも、聞き出せる情報があったかもしれんしね。先生、名前も知らなさそうだったもの。
しかも、あの様子なら、話していれば何かの拍子で、他にも情報を喋ったかもしれない。もしかしたら、ササレクタの知らない事も。だけど、それが父様のせいで全て台無しだ。そりゃあ、あんな溜息も出るってなもんだわ。
「どうして、こうすぐに手が出るのだ……」
先生は、諦めたように呟く。ホントそう。短慮はいかんよ、短慮は。
「様子というものを見ることが出来んのか、お前たち親子は……」
うん、仰る通り。それに、この国の王だからといって、何しても許されるわけではないのだ。いい機会です。きちんと言ってやって下さい。――って、ええ!? 私も!? いきなり心外なことを言われてしまった。
ちょっと、先生。それは聞き捨てならない。異議を申し立てる。きちんと許可を取ってからやりましたよ。――取ったよね?
私は、自身の行動を顧みる。うん、取った取った。確かに一匹は叩き潰したが、他の二匹は一発ずつ殴っただけ。その後で了解を得ました。うん、間違いない。しかし、父様だったら、問答無用で三匹とも瞬殺していただろう。一番隙のあった煙から出てきた瞬間にね。ほーら、全然違うじゃん。
自分と父様が全く似ていないことを再確認していると、その父様が先生の前まで来ていた。そして、黒い革の手袋を嵌めた両手を胸の前で組み、むすっとした口を開く。
「ふん。あれは敵だ。さっさと磨り潰す」
これだもんなあ……。
「それに、シドー。お前が止めなかった。なら、別に問題ないであろう?」
「わしの責任にするな!」
「はっはっは」
父様は、笑って誤魔化す。あんな言い訳言ってるけどさ、絶対に確信犯だからね。分かっててやってる。先生の意図も理解している。だけど、それでも先に手を出す。こういう敵が明確な場合は、特にそれが酷い。
見敵必殺。それが、父様の信条だからだ。それを宥めてきた先生や側近たちの、苦労が偲ばれるわ。
「まあ、そんな事は、どうでもよい」
軽っ。いいのかよ。さらりと流されていく重要な事案。
「それよりもだ! シドー!!」
父様は、先生に抱きしめると、ガンガンバシバシとその背中を叩きだした。おお、どうした、いきなり。
「お、おい」
「聞いたぞ! お前の結婚!!」
ああ、爺は伝えてくれたんだな。だけど、伝えるのなら、ちゃんと伝えて欲しい。結婚じゃないからね? 婚約だから。そこ、間違えないように。情報伝達は、適切な言葉で正確に願う。
「大義である! 実に、めでたい! はあっはっはっは!!」
父様は、いきなり大声を上げて笑い出した。私は豪快に笑うその姿に、ギョッとする。驚いた……。久しぶりに見たわ、父様のこんないい笑顔。いっつも目が釣り上がって、眉間に皺が寄っているのに。先生の婚約は、父様にとって相当嬉しい事らしい。
でも、なんか一気に緊張感が無くなったよね。切迫した状況だったと思うんだけどなあ。先程までの異様な雰囲気は、もうない。私は、父様が仮面と一緒に消し飛ばしていたのだと、今の笑い声で気付いた。
「クロウガルから聞いたときは、たまげたぞ!」
「い、いや。まだ婚約の段階でな……」
「照れるな、照れるな! もう決まったようなものだ! はっはっは!」
「お、おい。そう強く背中を叩くな!」
「はっはっは!」
父様の勢いに、然しもの先生もたじたじのご様子。
「ローリエと言ったか! 早く余にも会わせてくれ!」
「う、うむ」
「じっくり話をしてみたい!」
おい、よせ。何言ってんだ。あんた、顔がものすっごく怖いんだから、初っ端からぐいぐいいくと、下手したらローリエ泣くぞ? いつも子供に、初見がん泣きさせて、恐怖を植え付けてんの忘れてるのか?
泣かなかったのは、私の知る限りテレルくらい。そのテレルも、物心つく前から会っているので、大丈夫だったんだろう。だから、やはり最初は、顔合わせの軽い挨拶程度が無難だ。そこから、徐々にその顔と風貌に慣れていってもらい、その後でゆっくり話せる場を設ける。うん、これが上策であろう。
「それは、まあ追々……」
「ああ、頼むぞ!」
先生もそれを分かっているようだ。やんわりと断りを入れてる。
「ん? ジャムシルド、お前……。やけに酒臭いな?」
「おお! すまんすまん!」
父様はそう言うと、ようやくその体を先生から離した。
「昨晩は、お前の結婚を祝って、クロウガル達と飲み明かしたのだ! はっはっは!」
あら。父様たちも、飲んでたのか。その宴会は、盛り上がっていたようだ。機嫌が良いもんね。
「王宮を離れられなかったからな……。離れられれば、ここに飲みに来ていたものを……」
しかし、その笑顔から一転。次第にその眉間に皺が寄り始め、先程の険悪な雰囲気を取り戻していく。
「さすれば、こいつら皆、余が磨り潰していたのだがな」
そして、殺気の籠った釣り上がった眼で、中庭に散らばる白装束たちを見渡しながら睨み付けた。うーん。やってただろうなあ……。
「ゴトキール」
「はっ」
父様に呼ばれたゴトキールが、敬礼をする。
「抜かりはないか?」
「無論です」
「よし、よくやってくれた」
「はっ」
ま、きちんと仕事してたのは、他の近衛騎士たちだがな。こいつは、水を掛けてただけ。しかし、それだけでも助かったか。
「ふん。しかし、ゴトキール」
「はっ」
「失敗していたら、罰をくれてやるところだ」
父様はそう言いながら凄む。だけどこれ、一応冗談です。目が怖いが、あれで笑顔なんだよね。口許がニヤリってしてるし。でもね、王の立場でそういう事言うもんじゃないよ。洒落にならん。
「お前は、余より先にシドーと飲みやがったからな」
ああ、そういう事。父様は、ゴトキールが先生と一緒にお酒飲んでたの知ってんのね。
「何だ? 先達のお前が、秘訣でも教えてやったのか? 年の離れた結婚には、一家言くらいあるであろう?」
「はっはっは。いえいえ、滅相もございません」
ゴトキールのお嫁さんは、若奥様。確か、ササレクタと同い年だ。先生ほどではないが、歳の差婚ってやつだな。
「ふん、まあよい。そこら辺の話も聞こうではないか。今夜も付き合えよ」
「はっ。仰せのままに」
ゴトキールは嬉しそうだ。またお酒が飲める。しかも、王の命令。これなら、奥さんに大手を振って外出できるもんな。
「と言うわけだ、シドー。今日は王宮に泊まれよ!」
「ふっ。ああ、分かった」
「ま、研究所もこんなであるしな! はっはっは!」
よく笑えるなあ……。そして、この惨状を見て、そんな冗談を言うのは父様くらいだよ。
しかし、どうやら今夜は、先生を肴にした宴会になるらしい。でも、内々でやるんだろうね。一応、襲撃があったわけだし、宣戦もされた。この状況で大々的には、やらないよなあ……?
「ああ、いたいた……」
ん? 不意に、後ろから女性の声が聞こえた。振り返れば、見覚えのある者達が数人、こちらに歩いてくる。その先頭を歩いているが、声の主だ。盾を両腕に着けている事へ、すぐに目がいく。白い円盾であまり大きくない。顔を隠せるくらい。
「遅いぞ、ステライ」
「陛下が、速すぎるのです! いつつつ……」
ステライは、父様の言葉に突っ込みを入れると、自分が出した声に顔を歪めた。その顔は、娘によく似ているのが分かる。親であるステライの方が、若干切れ長の目か。深い緑色をした髪は、うなじ辺りで三つ編みにされ団子になっていた。
彼女が、王の盾。そう、グスコの母親だ。ていうか、もしかしてお前も二日酔いなのかよ。よく見れば、他の者達も具合が優れないのか、足取りが重く顔色も悪い気がする。全体的に怠そうな印象を受けた。
彼らも父様の側近だ。武官の方だな。文官は――、いないみたい。荒事だから、それは当然だね。ああ、ステライの部下もいるか。まあ、似たようなもんだ。どうやら、彼らも昨晩の宴会に付き合わされていたようだ。
しかし、少し弛んでいないか? こういう突発的な事もあるわけだし、それに対応できるよう、お酒は飲んでも飲まれるなを、守ってほしいもんである。
「ああ、シドー!」
ステライは、先生の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。歪めていた表情を、押しのけるような笑顔だ。後ろにいる者たちも、それに合わせるように少し早歩きになる。
「結婚、おめでとう!」
「い、いや、ステライ。まだ、婚約でな……」
「ふふふ、何言っているの! 同じようなものよ!」
ふっ。ステライは、父様の時とそっくりのやり取りをしてるな。他の者達も、ステライに続いて似たようなお祝いの言葉を贈る。そして、彼らは、父様と先生の周りに集まって輪のようになっていく。にこやかな談笑をはじめた。
しっかし、和気あいあいとしているなあ……。まあ、ここにいるのは、殆どの者が父様や先生と同世代。気心が知れてるもんね。でも、さっきまでここが襲撃に遭っていたなんて、とても思えない。しかも、周りの殺伐とした風景と一緒に見ると、物凄い違和感があるんだよねえ。あと、私達の置いてけぼり感が半端ないな。
「よし! 今宵も、宴よ! よいな、皆の者!」
『おおおおお――!! うう!?』
父様の掛け声に、集まっていた側近たちが勝鬨にも似た声で答えると、その大声に悶えた。二日酔いなのに、大きな声なんて出すから……。
「はあっはっはっは!」
そんな様子を見ている父様は、稀に見る上機嫌だ。でも、何か普通に宴会する気になってない? 最初は、ゴトキールや先生たち数人でやるのかと思ったけど、数が増えていっている気がする。
しかし、本当にこれでいいのか。私はこの状況を疑問に思う。襲撃だよ? しかも、宣戦布告だよ? 色々協議とかさ、今後の対策を考えなきゃいけないんじゃないの? 先生を祝うのはいいけどさ、でも呑気に宴会している場合なのかね。
「陛下」
「ん? ああ――」
程なくして、ステライに促された父様が、その輪を掻き分けてこちらにやって来た。
「ササレクタ、すまんな。また、お守りを押し付けてしまったようだ」
「いえ……」
ササレクタは、殺気もすっかり収まって、平静を取り戻していた。ただ、若干不満顔ではある。でも、それは父様に対してじゃなくて先生なんだろう。仮面と相対した時、その指示に従っていはいたが、納得はしていないようだったからな。
その彼女も、仮面についてどこまで知っているのか。機密だから、今の私には分からない。だが恐らく、閲覧が可能になれば、この謎も解ける。彼女の知っている事は、機密にも記されているだろうからね。
ていうか、父様。今、またお守りとか言ったか? そりゃあ、どういう意味かね、ええ?
「おい、リリシーナ」
「何ですか?」
父様が、ようやく話しかけてきた。いつもの様に、釣り上がった眼に鋭さが増す。
「お前は、何をしておるのだ?」
は? そんなの、見れば分かるだろう。まあ、いいけど。
「先生の研究所が、襲撃されていたので、助太刀に」
「ほう……」
父様の目が細まる。
「侍従官の服を着てか」
ちっ。何が言いたいか分かった。シビアナが伝えないわけない。バレてんだ。私の脱走の事。しかし――。
「はい」
私は、平然と答えた。別に何も悪くない。侍従官の服を着てるから、何だってんだ。
「…………ほう」
「……」
睨めつけてくるその顔を、真っ直ぐ見る。父様の顔は、確かに怖いだろう。でも、私は見慣れてるんだよ。だから、いくら凄まれてもね、これっぽっちも怖くない。
それに、私が脱走したおかげで、この襲撃にも一番乗りだ。これは大きい。ふふん。結果が出れば、良かろうなのだよ。これで、強くは言えまい。――あれ? ん? 脱、走……? この言葉に、ふと気付く。
脱走……。脱走……? 何だっけ? ぐるぐると考えを巡らす。うーん? 何で、脱走し――、ああああああああああああ!? 答えに行き着いた私は、心の中で大声を出して叫んだ。
そうだよ……。何やってんだ、私は……! 先生の研究所へ来た理由! 私の髪! 私のおっぱい! 襲撃のせいで、すっかり忘れていた。元々は、先生にそれを相談するため、ここへ来たのだった。
「なんだ、その顔? いきなり、口を大きく開けよってからに。なんで吃驚しておるのだ?」
――はっ!?
「い、いえ……」
私は、慌てて口を閉じる。どうしよう、この状況で先生に事情話せるかな……?
「――ふん。まあいい」
これ以上、追及するつもりはないようだ。私の様子をしばらく訝しげに見ていたが、眉間の皺が若干緩んだ。そして、素っ気なく言葉を続ける。
「お前は、後で謁見の間に来いよ」
そう言えば、そんな命令受けてたっけ。ササレクタが言ってたよな。
「はい、分かりました」
丁度いい。聞きたいことが山ほどある。でもその前に、先生にも相談がてら聞いておきたいな。
父様は、私への用事はこれで済んだのか、後ろにいるイルミネーニャに顔を移した。
「イル」
「はい!」
「怪我なぞ、しておらんだろうな?」
「はい!」
「うむ。なら、よし」
父様は、元気よく返事をする彼女に、満足そうに頷く。あのさ、口に出して言わないけど、父様が放った一撃が一番怪我しそうだったんだからね? 土埃に紛れて、石の破片とかも飛んできてたんじゃないの、あれ? 先生が、全部弾いてくれたけどさ。
そんな事に微塵も気付かない父様は、話を続ける。
「ああそれと、イル、お前もリリシーナと一緒に来るのだぞ」
「え?」
「いいな?」
「は、はい!」
この子も、今回の一部始終を殆ど見ている。色々と釘を刺すのか。
「あー、それから――」
そう言うと、父様が何やらそわそわし始めた。
「その、なんだ……」
何? 言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ。
「その服、別に似合ってなくはないな、うむ」
は?
「あ、ありがとうございます……」
「べ、別にだぞ? 別にな……」
ええー……。褒めたかったの? まあ、褒めるのは別に構わないが。この子も嬉しそうだし。イルミネーニャを見れば、もじもじとしながら顔を俯けていた。にまにまとしたその顔は、何とも幸せそうだ。ゴトキールやササレクタに褒められた時より、それがよく分かる。だから、それはいい。
でも、いきなり、頬を赤らめんな。そんな厳つい顔して――、止めてくれよ。何で、いい年したおっさんが、そっぽを向いて照れながらそんな事言ってんだよ。しかも、それが自分の親だと思うと、無性に腹立たしい。殺意が湧いてくる。
「ま、まあ、イルも女だ。服は色々持っていた方が良いなっ、うむ」
「は、はい……」
これは……。ここで、私は気付く。似てるな……、この話の流れ、この勿体ぶった感じ……。テレルの事を思い出す。父様は、あの子と話す時も偶にこうなる。何だ? 何が言いたい? 確か前は――。 私は、その時のことを思い出そうとした。だが、すぐに邪魔が入り中断する。
「ジャムシルド陛下……」
再び、後ろから声が聞こえてきたからだ。その声からは疲労の色が濃いよう思えたが、真剣な思いが込めらている様な気がした。今度は、シカルアヒダ王国。シークリッドと呼ばれていた男性だ。その後ろにも数人が控えている。
彼らは、ゆっくりと片膝を突いて頭を俯けた。腕は曲がった膝の上に置き、もう片方は地面に握り拳を打ち付けているようだ。これは、確かシカルアヒダの作法だな。私には、とても礼儀正しく見える。父様は、神妙な面持ちを作ると彼に一言伝えた。
「話は、改めて聞かせてもらおう。王宮でな」
「はい……」
これは、私もだ。シカルアヒダが問題を抱えていると思っていたら、うちにも宣戦布告してきたからな。シカルアヒダ王国とトゥアール王国の関係――。ここら辺の事情は、しっかりと聞いておきたい。
シカルアヒダの者たちは、父様や先生、そして私たちに礼を述べると、ユーノ王女のところへ戻っていった。その姿をしばらく眺めていた父様だったが、不意に顔を戻すとステライとゴトキールに話しかけた。
「よし、帰るか。帰るぞ、ステライ」
「もう、よろしいので?」
「ああ、用は済んだ。ゴトキール、後は任せた」
「はっ」
何だ、もういいのか。まあ、私も父様にこの髪の事とか知られたくないから、願ったり叶ったりだな。さああて、それは良いとして――。これからどうすかね? 何とか、先生と二人っきりになりたいんだが……。
シビアナがいないのは有難いのだが、問題はササレクタだ。先生と二人っきりになろうとしても、こいつが絶対邪魔をしてくる。こういう時の勘の良さは、ホントすごいからな。
ふーむ、どうしたものか? 至極天を納めに行くときも、多分先生と一緒に行きそうだし……。至極天は、引き寄せる時は震文を使えばいいのだが、元に戻すとなるとそうはいかなくなる。カトゼ大神宮に自分で持っていく。それから、納めなくてはならない。
しかし、そうなると、どんどん時間だけが過ぎていく。最悪、何も話せず、父様と謁見することになりそうだ。それは不味い。何とか、こいつを引き離す手立てはないものか。
そう思っていると、父様がササレクタにも話しかけた。
「ササレクタ。お前も一緒に来てくれ」
え!? 私は目を見開く。これは――!
「私も、ですの?」
「そうだ。話しておきたい事がある」
何たる幸運! やはり、私は持っている! いいぞ、これでササレクタは、先に帰らなくてはならない。そうなれば、私は気兼ねなく、先生にご相談が出来ますわよ! おほほほ!
「分かりましたわ……。では、シドー様と一緒に至極天を納めてから参りますわ」
何!? おい、ちょっと待て! それはいけない! これでは、先に至極天を納めに行ってしまう。そうなると、私はそのままササレクタに連れられて、王宮に帰らなくてはならない可能性が――!
「それに、私も少し――」
そう言い掛けていたササレクタに、先生が気付いた。
「ああ、大丈夫だ、ササレクタ」
「シドー様?」
「わしが、納めて来よう」
いよっし! 先生、良いこと言う! 流石、紳士! 女性に優しい良い男! うん、それがいい! それで頼む! 先生は、自分の至極天も納めて、ローリエにも会いに行くんだろう。だから、逆はない。ササレクタが、先生の至極天も持っていくことは、しなくていいのだ。
二人で行くこともないさ。先生もこう言ってくれてるわけだし、御厚意に甘えなさいな。うん、うん。というわけで――、お前はさっさと王宮にお帰りっ! おほほほ!
「そうですか……。では、お言葉に甘えて。ありがとうございます、シドー様」
よし! 私は拳をグッと握る。
「よい。わしもお前に感謝だ。ササレクタ、よくぞ加勢に来てくれた。礼を言う」
「はっ」
ササレクタはそう言ってお辞儀をすると、私に話しかけてきた。
「じゃ、姫ちゃん、イルミネーニャちゃん。私は、先に戻りますわね」
「分かった」
「はい!」
ふっふっふっふ……。よっしゃああああああ! これで、障害は全て消えたと言っていい。こいつはいなくなる。そして、シビアナもいない。その策もこんな状況だ。見受けられない。ゴトキールは事後処理。イルミネーニャは席を外してもらえば、問題なし。
後は、先生に二人で相談したいと言えば――! ぎゅふふふふふ……。いいぞ、いいぞ。事は順調に運んでおるわ。これで、全てを闇に葬り去ってくれる! くけけけけけ!
「何ですの、その顔?」
けーっけっけ、――はっ!? その言葉で我に返る。ど、どうしよう……。ササレクタが、私の顔を見てた……。
「な、何でもないよ? 何でも……」
「…………」
じーっと、ササレクタが顔を背けようとする私を、怪訝そうに見つめてくる。やばい! やばいよ、これ! こいつ、勘が良いから気付くかもしれない! 「やっぱり、もう少しここにいますわ」とか言われたら最悪だぞ! ああんもう、私の馬鹿! なんで顔に出したかなあ! 最後の最後になってー! あわわわわ……。
今の私は、まるで蛇に睨まれた蛙のようであろう。恐ろしくて身動き一つできません。ああ、汗が、冷や汗がああ……。しかし、私は全てを持つ王女。運は我に味方せり。
「行くぞ、ササレクタ」
父様が早くしろと催促したのだ。いやっほい! 父様! ありがと! 良い仕事するね! これで、先程のイラッとした行為は帳消しにしてやろう。
「ええ。分かりましたわ」
ササレクタは、その言葉で私の詮索を諦めたようだ。腑に落ちないような様子ではあったが、父様の後に従って歩いていった。ふうー……。危ない、危ない。嫌な汗を掻きっぱなしだぜ……。
「では、姫様。私たちもこれで――」
「ああ」
ステライ達も、私に会釈をしてこの場から離れていった。父様とササレクタに続いて、外壁を飛び越えていく。ここに残ったのは、私とイルミネーニャ、そして先生とゴトキールだけだ。
こうして、先生の研究所襲撃事件は、一段落着いた。取り敢えず、その幕を下ろしたのだった。




