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リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件  作者: 粟生木 志伸
第三章 おっぱい大脱走編
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第18話 異変

 二人の侍従官。それは、私の侍従官たちだった。


「掛け金は、お一人様銀貨1枚だけ! 殿下が勝ったら、銀貨五枚! ササレクタ様達は、銀貨三枚だよー!」


 一人は、歩く度にぴょこぴょこ動く緑色の三つ編みおさげと、キラリと光る丸眼鏡。発明大好きテオルンちゃん。


「あーん。今のを見る限りぃー、あの三人を同時に相手をするともなるとおー、流石に姫様でも厳しいかもー? これは、ササレクタ様達が断然有利かなー? えーへーへーへーへー!」


 そしてもう一人は、小柄な体にイルミネーニャよりちょっとだけ小さいおっぱいの持ち主。黄褐色の髪。頭の上に、三つ編みをぐるぐる巻いたお団子二つ。キラリと輝く白い八重歯。


 可愛い笑顔が、何故か胡散臭い。貴族出身なのに、煌びやかな衣装より屋台の売り子姿の方がしっくりくる、お金大好きヴァレータちゃんである。えー……。何やってんだよ、あいつら……。ていうかテオルン、お前シトエスカに執務室へ連行されたんじゃないのかよ。どっから湧いてきた?


「殿下は赤い札ー! ササレクタ様達は、こっちの青い札を取ってー!」

「はーい、毎度ありごとうございますぅー! お金はこっちに入れて下さいねーん! うふ!」


 テオルンが、掌くらいの大きさの札を手渡していく。そして、ヴァレータがニコニコしながら、籠を前に差し出すと、兵達がその中に銀貨を入れていった。


 どうやら彼女たちは、私とササレクタ達のどっちが勝つか賭けをしているようだ。その胴元をやっているみたい。テオルンが渡しているのは、恐らく竹から作った札。払い戻しの時に使われる引換券のようなものだろう。ていうか、それいつ作ったんよ、お前ら……。


 賭けに勤しむその様子を呆れて見ていると、テオルンが私の視線に気づいて大きく手を振った。


「殿下ー!! レイセインさーん!! ササレクタ様ー! グスコさーん! 皆、頑張ってねー!!」

「姫様ー! すっごい不利で、私正直心配ー! だけど気合だよーん! 頑張ってー!」


 その能天気な声とにやけた顔に、眉間に寄った皺を揉みほぐす私とレイセイン。嬉しそうにしちゃってさあ、もう……。魂胆見え見え。ヴァレータは、ああ言っているが、やつらは私が絶対に勝つと見込んでいる。


 だから、兵達にササレクタ達が勝つぞと、さっきからずっと煽って、そっちに賭けさせようと誘導していたのだ。その甲斐あってか、青い札ばかりを手渡すことができてはいるが。


 それはそうと、あの二人はどうやってここに入って来たんだろうか。門はまだ閉まってるはずなのに。


「あの二人も、相変わらずみたいですわねえ……」

「はあ……。まあな」


 ササレクタの呟きに、溜息が出た。しかし、必ず勝つと信じているその信頼は嬉しいのだが、王女であるこの私をネタに商売をする我が侍従官たち。その根性、正直複雑な気持ちである。

 

「おい、レイセイン……」

「はい……。殿下……」

「あいつら、私達で賭けやってんぞ」

「はい……」


「ちょっと一言、言ってやってくれ」と、レイセインに目配せをした。私が言えばいいんだが、今は逃亡の身。お前が言うな状態である。それに一応、私の侍従官を監督管理しているのは、シビアナとレイセインだ。ここは、先輩である彼女に任せよう。


 私の意図を汲み取ってくれたのか、レイセインが頷きグスコに顔を向けた。


「グっさん、お願い……」

「分かったであります」


 え? 何でグスコなんだ? ――ああ、大きな声、出したくないのか。テオルン達とは距離がある。声を届かせようとしたら、さっきみたいに叫ばなけいといけないだろう。


 普段のレイセインは、物静かで大きな声を出さない。だから、頼んだのだろうけど。小さな声でもいいように、ここに呼びつけてもらうのか。


「テオルン殿ー!」


 グスコがテオルンに向かって手を振って叫んだ。すると、その声に気付いた彼女は、手を振り返した。


「はーい! なーに、グスコさーん!」

「小官たちの分も、頼むでありまーす!」

「はいはーい!」

「ええー……」


 賭けるの? あ、そうなんだ。――え? いや何で? お前、今さっき眉間の皺を揉んでたよね? 私と同じように揉んでたよね?


 あ、もしかして違うの? 私は「また面倒事を起しやがって」って、思って揉んでたけど、お前は「どっちに賭けようか」って、迷っててそれで揉んでたの? 


 あー。それは分からなかったわー。盲点だったわー。人の心を推し量るのって、難しいね。


「グスコさーん! どっちー!? 殿下は赤ー! グスコさんたちは青ー!」

「ササレクタ将軍は、どっちにするでありますか?」

わたくしは、もちろん青で」

「レイちゃんは、どっちでありますか?」

「うー……。青で……」


 眉間に寄った皺を揉みほぐしながら、レイセインはそう答えた。

 ああ、やっぱりそうなんだ。へー、そうなんだ。だったら、今のササレクタみたいに、サクッと決めれる事だと思うんだよね。自分が賭けの対象になってるわけだからさ。紛らわしいことして、悩む必要なんてないよね?


 あ、もしかして私に気を遣ったのかな? それで悩んでいたと。ああーそうか、そうだったんだー。なら分かるわー。私の侍従官だもんねー。主を差し置いて、自分に賭けるのもどうかって憚られたかー。うんうん、立場があるもんね。そして、それは責任ある立場だ。なんたって、この国の王女様の側付侍従官。その副官だ。


「じゃあ、その責任ある立場に則って、あいつらを注意しろや! 何でお前まで賭けに参加してんだよ!」


 と、私は心の中で叫んだ。


「殿下は、どうするでありますか?」

「赤……」

「了解であります。テオルン殿ー! 皆、自分に賭けるでありますよー! 赤一つ、青三つでありまーす!」

「はーい!」


 もはや何も思うまい。私も言われるがままに、賭けておくことにした。それに、ここまで大きな騒ぎになってしまったら、中止するのも難しいし、そんな事に使う気力もない。儲けは銀貨四枚かー。ゼニシエンタと何か買いに行こっかなー。


「私、ササレクタ様!」「私も!」「こっちにも青い札ちょうだーい!」


 今の私達のやり取りに釣られたのか、観客と化した兵や事務員たちも、ササレクタたちにどんどん賭けていく。テオルンが忙しそうに、青い札を手渡していった。ちっ。お前ら、王女様の前でいい度胸だ。だがな、勝つのはこの私だ。自分たちの選択を後悔しろ。

 

「俺、ササレクタ様!」「俺も!」「儂も!」 


 私を声援していた連中も、どんどん賭けていく。ササレクタたちに。テオルンが忙しそうに、青い札を手渡していった。流れ的におかしいよね? お前ら、さっきまで誰を応援してた? ん?


 そこは私に賭けろよ! 何で言動と行動が一致してないのよ!? せめて私がいる間は、建前を貫き通せや!! 本当に失礼な奴らである。手加減なんかするんじゃなかったわ。


 私の憤慨を余所に、賭けは大盛況の様相を呈していく。


「――でもあいつら、もし万が一私が負けたら、どうするつもりなんだろ?」


 テオルンとヴァレータが、忙しなく動く姿を見ていると、ふと気になった。結構お金集めているみたいだけど、払い戻し金どうすんのかね? そそのかされてササレクタたちに賭けてる奴が、圧倒的に多そうだし、単純に考えてその倍のお金が必要となるはず。


 ていうか、ヴァレータが関わっている時点で、碌な事にならないわ。あの子に、お金の神様は微笑まないのだ。特にこういった賭けとか、苦労せずにぼろ儲けしてやろうみたいなのは、大抵失敗している気がする。まあ、それでもめげずに頑張っているのは凄いな。理由を知っているから、気持ちも分からんでもないし。


 私の側付侍従官には貴族枠というものがある。要は顔繋ぎみたいなものだな。短期間だけ私の侍従官をやってもらうのさ。爺の孫娘もいたんだよね。今はその爺の補佐官になってるけど。ヴァレータも、一応その枠でって事で入って来た。


 ただ、あの子はちょっと事情が違う。借金のかたで連れてこられた。返済は進んでいる。確か、お給金の半分以上を、今でも借金返済に持って行かれているはず。だけど、彼女はこの借金を早く返すために、頑張ってお金を稼ごうとしているのだ。


 だからか、それとも従来からの性格のせいかよく分からないが、常にお金に飢えている印象だな。うーん。商才はあると思うんだけどねー……。商魂もたくましい。ただ、致命的に運がないというか……。


「え? あれ? ちょっと待って――」

 

 私は、ハッと気づいた。ヴァレータにとって碌な事にならないって事は、つまり私は本当に負けるって事?

――いや……、いやいやいやいや! ないよ、それはない! 私が負けるだなんてそんな――、は、ははは……。だ、大丈夫だって。ほ、ほら、本気出してないし? まだまだ余裕だし? 大丈夫、大丈夫……。


「――よし、頑張ろう」


 私は、緩んだ気持ちを引き締める。別にヴァレータは関係ない。いつだってどこだって、油断は大敵なのだ。


「ササ、そろそろやるぞ」

「ええ。いいですわよ」


 いつまでも、ここにいるわけには、いかないからな。私には先生の研究所に行き、我が身に降りかかった厄災を解決するという壮大な使命が待っているのだ。ああ、でもその前に――。


「グスコ」


 私はグスコに呼び掛けた。


「え? はい、であります」

「ちょっと、盾取って来いよ」

「えーと……。よろしいんでありますか?」

「ああ」

「では――」


 グスコはそう言うと、近くに転がっている盾を取りに、走り始めた。


「――いいんですの? グスコちゃんは、盾があった方が強いですわよ?」


 心内を探るっているのか、ササレクタが目を細め訝しげに尋ねてきた。


「何、構わんさ。ついでに、私がその盾を奪って使うってのは、無しだと宣言しておいてやる」

「…………へえ」

「何なら、お前も棍を使うか?」

「う・ふ・ふ……。それは結構ですわ。姫ちゃんが素手なら、わたくしも素手ですわよ」

「ふっ。そうかい」


 さっきの戦いでよく分かった。制約が本当足枷になってる。ササレクタはいい。特に気にしないでやれる。問題は、レイセインとグスコだ。


 まず、レイセイン。もし、私が放つ本気の一撃を、あいつが木剣で受ければ木端微塵。その破片は、勢いよくレイセインの周囲に向かって飛び散るから、目に入ったりすると洒落にならん。最悪失明する。他にも、体に刺さったりでもしたら、大怪我になるしね。こういった事態は、絶対に避けなければならない。


 ただ、あいつの腕なら、それくらい避けれるとは思う。のだが、それでも可能性があるわけだし、万が一を考慮してやはりこれは控えたい。だから、木剣の破壊はやめておく。じゃあ、木剣を避ける、もしくは手から木剣を吹き飛ばして、別の場所――彼女自身へ攻撃するとした場合。これも良く考えて狙いを付けなければならない。


 とりあえず、腹から下の胴体は駄目だ。先生から、明らかな外敵でもない限り、女性の腹部は絶対に本気で攻撃するなと厳命されている。これは、ササレクタにも言える事。だから、私はあいつの腹を狙った攻撃はしていないし、ササレクタもしてこない。暗黙の了解ってやつだね。


 では次に手足。骨を折ってもらっても困るから加減が必要。といっても生半可なものでは、こちらに返し技がきてしまう。下手をすると、私の方が窮地に追い込まれるのだ。更にそれは致命的な隙となり、ササレクタの格好の餌食になる。なまじ準達人級の実力がある分、手加減の仕方が難しい。


 続いてグスコ。あいつは体は頑丈だし鎧も硬いから、ササレクタと同じように戦ってもいいんだけど……。

 グスコの鎧って相当値の張る代物なんだよね。破壊したら泣くよなあ、あいつ……。まあ、自分から参加したわけだから、そこまで気を遣う必要はないって言えばそうなんだが……。


 でも、先祖代々受け継いできた鎧だしなあ、あれ……。気が引けるし、あいつの親にも何言われるか。だから、やっぱり鎧の破壊は止めておく。とはいえ、こいつは事情が違う。私の確保が目的ではない。あくまで、助っ人だ。ササレクタとレイセインを無力化すれば、それでお終いではあるな。


 あいつらを倒せば、投降させる事もできるし、私の足に追いつけないから、そのままイルミネーニャを連れて、とんずらできるだろう。


 最大の難関はササレクタだ。しかし、あいつはまだたがが外れていない。これが、狙い目だな。あいつの力は今ので分かった。早々にけりをつけてやる。ていうか早々にけりをつけないと、逆にやばい。あいつがキレたら収拾がつかなくなる。


 故に、速戦即決。これが肝要。しかし、あのササレクタに、これは難しい注文だ。だが、手はある。はあ……。私もお腹が空くから、本当はあまり使いたくないんだけどなあ……。仕方ないね。


 まあ、こういった理由でつまり私は、グスコとレイセインをほぼ無傷で無力化。ササレクタとは一騎打ちに持って行き、短期決戦に持ち込みたいというわけだ。これが最善だろう。


「――でもやっぱり、対人戦を極めるには姫ちゃんが一番ですわね」

 

 グスコを待っていると、ササレクタが話しかけてきた。


「へいへい」


 お褒めにあずかり光栄ですとも。


「シドー様や陛下でもいいのですけどねえ……。でも、あのお二人はとてもご多忙ですし」

「おい、そりゃあどういう意味だ!? 私が暇しているって言いたいのか!?」

「う・ふ・ふ! 違うんですの?」

「違いますぅー! 私も忙しいですぅー!」


 酷い言い掛かりである。私だって毎日ちゃんと働いているのだ。普段は。


「う・ふ・ふ。そうですわね、ごめんなさいですわ。こんな早朝から軍の訓練に付き合ってますものねえ」

「ふふん。そうだとも」


 そうそう。分かりゃあいいのよ、分かりゃあさ。


「ねえ、姫ちゃん」

「ん?」

「だったら、イージャンの鍛錬も付き合いなさいな」

「うーん……。そうだな……」


 観戦する気は、満々なんだけどね。ていうか、絶対に見る。その為に日取りを調整するつもりだし。

 でもまあ、確かに見ているだけってのも、つまらんかもしれんな。


「考えとく」


 取り敢えず、こう答えておいた。


「う・ふ・ふ。是非お願いしますわ」


 私達の話が終わると、グスコが丁度戻ってきた。縦長で頑丈そうな盾が、グスコの左半身を覆い隠している。あれは、先程門の前いた重装歩兵が使っていたやつだな。彼女は、私達の所に辿り着くと、どしんと音を響かせその盾を地面に置いた。


「お待たせしたであります」

「ああ。――よし! じゃあ始めるか!」

「いいですわよ」

「はい……」


 私がそう言うと、三人は構えを取る。

 

「それで――、何か良い策でも浮かんだんですの?」

「ふふん。まあな」


 ササレクタの言葉に、両手を腰に置き胸を張った。算段は付いたさ。今度はこちらから行く。


「ふー……。さて、お前ら――」


 私はゆっくり目を瞑った。そして、その目を開いて三人を見回すと、


「遊びはお終い。これから叩き潰すので、覚悟するように」


 と、そう宣言した。


「う・ふ・ふ。何を言って――」


 私の気配の変化を感じたのか、ササレクタがハッとする表情を見せる。


「レイセインちゃん、グスコちゃん。注意して」


 そして、表情から余裕が一切消え、真剣なものへと変わった。そんな様子を見ながら、私は話を始める。


「ササ。お前は、以前より断然強い」


 将軍にまで上り詰め、至極天を使いこなし、それでも武を求め、たゆまぬ研鑽を続けた結果だろう。心技体どれをとっても申し分ないさ。読みも凄い。よくぞ、あそこまで私の行動が分かったものだ。


「レイセイン。お前は剣の鋭さが更に増している」


 腕で受けた衝撃は木剣でありながら、より一層速く鋭く研ぎ澄まされていると感じた。これで真剣を使って本気になっていたら、手加減なんて考えることは出来なくなっていただろう。流石は私の侍従官だよ。


「グスコ。お前は王の盾にどんどん近づいている」


 戦い方も似てきた。でも今回は、その硬い鎧を武器にされて、ササレクタに使われていただけ。だから、こいつとは、差しでやってみたい。今度ゆっくりお手合わせを願いたいものだ。


「お前たちは強い。個々の力も然ることながら、先程見せた連携も見事」


 本当に、電光石火のような連携だったな。私も勉強になったことが沢山ある。いい経験になったよ。


「だが――」


 まあ、だけどさ――。


「今、お前たちが相手にしているのは――、誰だ?」


 私は、ゆっくりと腰に置いた腕を動かし始める。緊張する空気。三人の構えにも警戒色が一気に強くなる。


「『武の国』と呼ばれし、このトゥアール王国の王女。初代女王『戦王リリソフィア―ナ』の血を受け継ぐ者――」

 

 そして、最強の超絶美少女兼、超絶美女――。


「トゥアール王国第一王女、トゥアール・リリシーナ・ヴァインだ!」


 私はそう言い終えると同時に、三人を圧倒するように気迫を込め構えた。もはや、先程のおちゃらけた雰囲気は何処にもない。場は完全に私が呑み込んでいた。


 レイセインは私のその気迫が伝わったのか、表情を変え顔を歪ませ、汗も一筋流れ落ちる。グスコは、兜に開いた穴の隙間より覗く暗闇から、脅えを帯びた真剣な気配がしっかりと感じ取れる。


 しかし、ササレクタは慣れたもの。私の気迫に動じず油断なくこちらを窺っている。だが、動けない。私の出方を待つことしかできないのだ。


 決まったわ。これは完璧に決まったわ。流石、私。絶対絵になってる。鏡がないのが残念だよ。でゅふふふふ……。威圧的な雰囲気を保ちつつ、心の中でちゃっかり自己陶酔に浸る私。すると、ササレクタが溜息をついた。


「はあ……。もう少し遊んでいたかったんですのに……。残念ですわ……」

「え?」

「まあ、続きはイージャンの訓練の時にでもやりますわ」


 そう呟くとササレクタは、完全に構えを解いた。え? 何? 何で、構えを解くの?


「レイセインちゃん、グスコちゃん」

「はい……?」

「何でありましょう?」

「少し、離れて下さるかしら?」


 ササレクタはそう言って二人を遠ざけると、首から服に手を突っ込み、胸をまさぐり始める。そして、中からゆっくりと何かを取り出した。それは青紫色の物体。私も良く知る物。音叉だった。――へ?


 彼女は、その音叉を軽く腕で弾く。すると、響き始める高い音。お腹ではなく頭にこだまするような音。静かで、でも遠くまで広がっていきそうな綺麗な音色だ。そして、ササレクタが、口を開いた。


「『我が声を聞け。汝、我が至極天――』」


 ササレクタの発した声――『震文しんもん』と共鳴するように、音叉の震えが増しその音色が一段と大きく籠るように響き始める。そして、この音は私も揺り動かす。感じる。まるで音色が体の中で反響し合っているかのよう。


「『其は覇凰はおうの一相。断章の十節。麦隴ばくろう百海ひゃっかい金糸雀きんしじゃく千翼せんよく女郎花おみなえし万花ばんか――』」


震文しんもん』。それは、至極天の正統後継者のみに伝えられ、その使用を許される秘伝の業。自分の声を音叉の音色に乗せて、至極天を引き寄せる秘術の一つである。――って。


「えええええええー!?」


 私は驚いて大きく声を上げた。

 ちょおおおおおおおおお!! 至極天使う気なのおおおおおおお!?


 最悪である。こいつは至極天を使って私と戦うつもりなのだ。


 武器は、使わないんじゃないのかよおおおお!! お前、素手でやるって言ったじゃん!! 今言ったじゃん!! しかも、使わないと言ったその武器が至極天。よりにもよって至極天。棍棒とか比ではない。


 あれを使えば、今のこの惨状は可愛いもの。間違いなく破壊の限りを尽くされ、ここは荒野と化す。修繕費も莫大。怒られるだけじゃあ絶対に済まない。厳罰が下る。


 ていうか、お前らを倒す算段つけたのに、全部台無しなんですけどおおおお!? グスコに盾を持たせて、それを蹴り飛ばし鎧が壊れないようにするとか、レイセインに極み当てを当てる段取りとか、色々考えてたんですけどおお!? 折角、格好良く決め台詞言ったのに、それも全部――!


「『黄相こうそう――!』」

「ぎゃああああ!? おい、止やめろおおおお!!」


 くっ! こうなったらこの隙を突いて一発当てて――! いや、駄目だ! ササレクタの視線が私を射抜いてくる。隙はない。これは間違いなく避けられる。そして、至極天が呼ばれる、そう思った瞬間――。


「…………」

「――あ、あれ?」


 ササレクタはそれ以上『震文しんもん』を続けない。ピタリと動きも止まってしまった。――いや、分かる。何故、こいつが動かないのか。私も一瞬感じた。この微かな違和感、感触――。


「レイセイン!」

「レイセインちゃん!」


 私とササレクタが、レイセインに向かって同時に叫ぶ。


「……はい、殿下、ササレクタ様……」


 あの独特の、心を揺り動かすようなこの震え。ササレクタのものとは違い、微弱ではあったが混じっていた。もう一つ感じることができた。あれも、『震文しんもん』だ。つまり、あいつが呼ぶ前に、誰か別の者が至極天を使おうとした、という事になる。


 そして、『震文しんもん』は声だ。つまり音である。その音が見える彼女なら、これが見えていたはずだ。いや、見えている。その証拠に、レイセインはこの音を追うかのように、視線が私からズレていっていた。


「どこからだった? 分かるか?」


 私はレイセインに近づきながら尋ねた。以前、至極天が呼ばれる際、音が水の波紋の様になって、どこまでも広がっていくみたいだと言っていたことがある。普通、屋内で叫んだら屋外には聞こえにくくなる。中に籠る。これは彼女に言わせれば、音色が壁に当たって跳ね返っているんだそうだ。


 だけど『震文しんもん』は、障害物があっても関係ないらしい。しかも、その範囲は普通の声とは段違い、遠くまで広がっていくのだという。だとしたら、その波紋がどの方向から現れ、どの方向に広がっていったのかが分かったはず。『震文しんもん』が作る波紋は円らしいから、中心も大体であれば、見当がつくだろう。


「どうだ?」

「はい……。まずはカトゼ大神宮から……。これは間違いなく……」

「そうか」

「はい……。ササレクタ様の……、至極天から発せられた音色に混じって……、そこからもう一つ、音色が届いていましたので……」


 至極天は、カトゼ大神宮に納められているからな。『震文しんもん』に呼応するように、至極天も反応を示し、音が響き始める。これも広範囲に広がるんだそうだ。


「それから、ササレクタ様からも、一つ……。そして、最後にもう一つ……。それは大凡おおよそ――、あちらの方角からです……」


 レイセインの指差した方角。その先には外壁と門があるが、もちろん円の中心はその更に先。


「やはりか」

「はい……。恐らく……」


 それは、先生の研究所がある方角だった。そして現在、この王都にいる至極天の正統後継者は三人。ササレクタと父様、そしてシドー先生だ。ササレクタは今呼ぼうとした。父様が呼ぶなら王宮だろう。レイセインが差した向きとは全く違う。故に、必然的に残る所有者は唯一人。


「先生か……」


 だが、何の為に? こんなに朝早く――。


「どういうことですの?」

「さあな……」

「音色はシドー様の至極天で……。間違いありません……」

「そうか」


 至極天の音色は、それぞれ違う色らしい。これで確定だな。しかし、至極天を使って、何かの実験でもやってるのか? 先生、前もやってたし。うーん。でもなあ……。ミーレちゃんもいるしなあ……。


「姫姉えええええええー!!」


 突如、頭上から大きな声が届く。見上げれば、拡声器を持ったイルミネーニャの姿。


「どうした! イルミネーニャ!」


 私の声が届いたのを確認してか、彼女は拡声器を口に当て続けて叫んだ。


「シドー様の研究所! 様子がおかしい!!」

「――何だと?」


 彼女が伝えた異変を知らせる言葉に、私たちは顔を見合わせた。

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