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リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件  作者: 粟生木 志伸
第三章 おっぱい大脱走編
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第9話 脱走 その8

「うひゃー! やっぱ、姫姉って走るの凄い速いよな! 絶対、『ぎょくちゃん』より速いって!」

「ふふん。まあな」 


 イルミネーニャの言葉に、私は鼻高々に答える。『ぎょく』か。最近会えていないな。

 この子の言った『ぎょくちゃん』――『ぎょく』とは、『鬼角羊おにづのひつじ』という羊の子供に付けられた名前だ。


 鬼角羊は、標高の高い山岳地帯に生息しているからか、山神の御使いとも呼ばれている。

 そして、名に羊と入ってはいるが、侮るなかれこの鬼角羊は、馬よりも速く走ることが出来るのだ。


 頭には、大きくて立派な角が左右二本、渦を巻きながら斜めに真っ直ぐ伸びており、その角は大体自身の背丈の半分くらいはあるだろう。あと体毛が長くて白い。特に長いのは顎髭だな。


 姿形は馬にも似ているか。首も長いし、顔周りの毛がたてがみにも見えるしね。

 だが、体格はその馬の一回りも二回りもある。

 

ぎょくは、元気にしているのか?」

「うん! 超元気だよ! この前も一緒に遊んだんだ! あたしの狩りにも付き合ってもらったよ、えへへ」

「ふっ、そうか」


 鬼角羊は、北都より北の山脈にいることが多い。

 だがぎょくは、王都の北に位置するカトゼ大神宮の神奈備かむなび――霊峰『天鸞甘楽てんらんかんら』で、母親と暮らしている。


 イルミネーニャは、そこによく行っているのだ。友達だからね。

 鬼角羊は、気性が非常に荒く、人に懐くことはまずない。だけど、ぎょくとその母親は違う。


 気性は基本穏やかだし、多分人の言葉も分かっているんじゃないかな?

 こっちの言ってる事を、分かってるような素振りをするし。だから、イルミネーニャとも友達になれたのではと私は考えている。


「だが、あまり無茶はするなよ? 王都から天鸞甘楽てんらんかんらは、近いと言えば近いけどさ。普通の女の子が、行くような所ではないんだからな?」


 馬に乗って朝出発すれば、昼過ぎにはその麓に到着するくらいの距離だ。

 だけど、道中何もないとは限らないから心配なんだよね。


「うん! 分かってるよ! いつもカトゼの皆と行くし、帰りはぎょくちゃんにも送ってもらってるから! それに、あたしの目は遠くまで見えるから、危険回避はばっちりさ!」

「まあ、そうだが……」


 あの山には神殿があるから、カトゼの者達が大神宮と頻繁に行き来している。

 イルミネーニャは、それに便乗しているのだ。――って。


ぎょくが、王都に来てんの!?」


 驚いて後ろを振り向いてしまった。

 声に驚いたイルミネーニャのきょとんとした顔が見える。


「え? うん、そうだけど……。あ、偶にぎょくちゃんの母さんも一緒だよ?」

「はあ!? 嘘だろ!?」


 私は、更に驚いて目を見開いた。


「い、いや、ホントだってば」

「ええええ!?」


 本当に来てんのかよ、おい!


 私がこんな反応をするのには、理由がある。

 ぎょくとその母親は、普通の鬼角羊とはまるで違うのだ。


 まず、体がでか過ぎ。馬の一回り二回りどころの話ではない。百花門と同じくらいある。

 そして、角。長さはその大きすぎる自身の背丈を優に越えており、太さもそれに見合う程で大木のようだ。堅さもあり、生半可な武器では到底太刀打ちできない。弾かれる。


 足も、めっちゃ太い。私の乗っていた乗合馬車なら余裕で踏みつぶせてしまう。

 だが、このような体格で、普通の鬼角羊より速く走ることができる。体力も底なしだ。

 

 戦闘能力も、もちろん高い。

 小さな砦くらいの重樹なら、普通にやり合えるし。実際やり合ったし。で、勝ったし。


 極めつけが、体毛だ。白ではなく黄金色をしているんだよ。いつもキラキラ光ってる。

 おかげで、まあ目立つこと目立つこと。神々しさが半端ない。年配の者達に、拝まれたりしてることもざらにある。


 だが、ここまではあくまでぎょくの話。母親は更にでかくて、いかついのだ。


「姫姉、知らなかったの?」

「ああ、今初めて知ったわ」

「そうなんだ……」


 ぎょくたちが、天鸞甘楽てんらんかんらにいるのは有名な話で、良く知られている。

 だけど、いきなり王都に来たら、そりゃあ皆ビックリするだろう。

 あのでかさだもの。何事だってなるはずだ。大丈夫だったのかな……。


「えっと、今までそれで問題なかったけど……。シビ姉は知ってるよ? あと陛下も」

「え!? そうなの!?」

「う、うん」


 シビアナめぇ……。聞かされてないぞ、そんな事……。どうやらシビアナは把握しているらしい。

 ははん。さてはあいつ、ぎょくが来たら私が公務すっぽかして遊ぶと思ってやがるな。


 だから言わなかったんだよ。ちぃっ! だがしかし、私はその事実を知ってしまったのだ。

 ならば、お前の思惑通りに遊んでやろうではないか……。くっくっく……。


「イルミネーニャ」


 私はニコリと微笑んだ。


「な、何?」

「今度行くときは私にも教えてくれ。私も久しぶりにぎょくに会いたいし」

「ん? ああ分かったよ」

「ありがと」


 振り向いた首を戻し、にやりと口を歪める。

 けーっけっけっけ! 遊んでやる遊んでやるぞ、シビアナよ! そしてぎょくよ! 楽しみに待っているがいい!


 イルミネーニャの口振からして、口止めされていたわけではないようだ。しかし、それが奴の敗因である。 

 うーん、何して遊ぼうかなー? そうだな、あっテレル連れてこ。あの子びっくりするぞお、ふふふふ。 


 テレルはぎょくを見たことがないだろう。だとしたら、きっと驚くに違いない。これは、楽しみである。イルミネーニャと三人で乗って、散歩だな。お菓子持参で、遠出するのもいいか。


 追いかけっこでもいいな。私と競争だ。

 ぎょくが、どれくらい速く走れるようになったか見ておきたい。うむ、建前はこれでいこう。


 ぎょくは、未だ成長を続けている。

 最終的には、母親と同じくらい大きくなるんだろう。


 今でも凄く速いけどね。あの巨体だから歩幅がとても大きい。一気に移動が出来る。

 長時間それを、馬や普通の鬼角羊と同じくらい素早く行えるもんだから、速く走れるのは当然だ。


 そして、そのとんでもない鬼角羊おにづのひつじの『ぎょく』たちより速く走れるこの私。

 ふっ。イルミネーニャが絶賛するのも無理はない。


 まあ、ぎょくたちには悪いが、この国で一番速く走れるのは私であろう。

 長距離だって何のその。例えば、王都から西都までの距離は、馬車に揺られて七日ほどだ。その距離を、私は一日で走破できる。


 ただ、それをするとなると、ずっと走らなければいけない。

 だから、できればしたくない事ではある。汗でだくだくになるのは嫌だからね。


 緊急の際はまた別で、違う方法を使うことになるから、できればそっちの方法で行きたい。

 ただ、この場合は父様の許可が必要になる。


 それはさておき、近場だったら汗だくとかそんなの気にしないで良いから、走っていくことも結構あるのだ。そういう時は、今みたいに随行者をおぶったり、専用の背負子を使ったりしている。


 私とレイセインが主に運んでいくな。後は近衛騎士やイージャンに頼んだりすることもあるか。

 最近は、ゼニシエンタが私の背中によくいるっけ。


 そういえば、あの子が来てから帰り道なんかに、買い食いすることが増えたよね。

 ゼニシエンタは用事が早く終わると「姫様、ここのお店美味しいお菓子があるんですよう」とか言って話をよく振ってくるんだ。

 

 すると、私は「しょうがないなー。じゃあちょっと寄ってくかー」と、無理なく寄り道する口実を作れるのよ。一緒にいるシビアナをちらっと見ると、特に何も言われないし。だから、大手を振って皆で寄って帰るのさ。時間がない時は、お菓子や料理を持って帰ったりもしてるな。


 ゼニシエンタは、いつもその為の籠を持参しているからね。折り畳みができるやつ。

 他にも、ちょっと時間がある時は変装して、一緒に買い食いに出かけたりしている。


 もちろん、シビアナに許可を取ってからだ。後が怖い。

 そして、献上品という名のお土産を、買って帰ることになるわけさ。


 そうそう、テレルもおんぶした事があるんだよね。

 いやあー。「走るの速い」、「凄い凄い」ってきゃっきゃとはしゃいでくれるもんだから、調子に乗って色んな所を走り回っちゃいましたな。はっはっは。


 あとでシビアナに、やり過ぎだと怒られたが。


「でも、こうしてるとあの時の事を思い出すよー! あの時もこうやって姫姉におんぶしてもらってさ!」

「ふふっ。そうだったな」


 この子と出会って、私の侍従官になる縁となった事件があったんだ。

 ぎょくも関わっている事件だったんだけどね。

 まあその時も、こうして背負って走っていたのさ。ちょっと懐かしいな。


 しかし、縁とは奇妙なものだ。

 あの事件がなければ、イルミネーニャは今も旅芸人の一座で、国中を回ってたのかもしれない。


 そして私も、この子の事を一生知ることが無かったのかも。

 これは、他の者達にも言えることだけど。


 だけど先生が言うには、いずれ出会うことになる不思議な巡り合わせというものがあるそうだ。

 出会う事が定められた運命――みたいな? 


 その場合は、何度すれ違いを重ねても、行きつくところは同じ。

 必ず出会うことになるのだという。うーん。でもこれは、そんなに大層なものでもないような気はするけどね。


 私とイルミネーニャが出会ったのは、ただの偶然の産物だろうさ。

 ふふっ。まあどうであれ、この巡り合わせは私にとって嬉しいものに変わりない。


 この子は面白いからね。

 運が悪いところもご愛嬌。失敗もあるが、仕事は熱心にやってくれるし。それに、ぎょくの事もある。

 

「変わった様子はないか?」


 私はもう一度振り向いて尋ねた。


「うん! 特に異常なし!」


 イルミネーニャは、にかっと笑って答える。


「よし。よおく辺りを見ていてくれよ?」

「分かってるって!」

「ふっ。頼むぞ」


 私は、再び顔を前に戻して走り続けた。






 内層と中層の間にある門は、すんなり抜けることができた。

 イルミネーニャのおかげで門の様子は分かっていたが、通り抜ける時も特に問題は無かった。


 私の脱走によって警備が厳重になっている、というような雰囲気もない。

 普段と変わらない静かな朝の風景、というような感じだ。


 でも、そんな中を私が全速力で疾走したもんだから、門の辺りにいた兵士や通行人達を驚かせてしまった。

 何か皆こっち見て唖然としていたな。ははは。


 まあ、いいじゃない。偶にはこんな朝も悪くなかろう。

 それに、綺麗さっぱり目が覚めただろうしねー。皆今日も一日頑張ってくれ給えよ。


 シビアナの策は、まだ先のようだ。不自然なくらい何もない。

 まさに嵐の前の静けさである。だが、その静けさは、門を抜けて少し経ったあたりで終わりを告げた。


「なあ、姫姉……」


 イルミネーニャが、ポツリと呟く。


「ん? どうした?」

「外壁門の上にさ……」

「ああ」


 ていうか外壁門の上? お前凄いな。あそこまで見えてるわけ?

 確かに少しずつ外壁門に近づいていてはいるが、私にはその外壁門は自分の拳より小さく見える。


 その上に何かあるなんて、私には全く分からない。

 それなのに、この子はちゃんと見えてる。道理で部屋にいた私の姿を、王宮の外から確認できるわけだよ。


「外壁門の上がどうしたんだ?」

「うん……。あのさ、外壁門の上にセインねえがいるんだけどさ……。これ、何か関係あるの? あそこで合流するの?」

「何だと?」


 レイセインがいる? そんな所で何を――。

 ああ、そうか。なるほどね。心づもりのできていた私は、直ぐに察することができた。


 シビアナ……。これか。とうとう来たな。だが、レイセインを使って何をしようってんだ?

 外壁門の前で本格的に私を拘束しようと、待ち構えているのかね?


 流石に、今回は一人とは考えにくい。近衛騎士隊か王宮兵士か色々取り揃えているのだろうか? 

 やれやれ。人数によるな。多いようだったら――、ちょっと私が朝稽古をつけてやろう。


 くっくっく。我が道を阻むものに、慈悲はなし。多少の怪我は、覚悟するのだな。

 しかし、イルミネーニャを連れてきていて正解だった。こんなにも早く危険を察知できる。


「後さ……」

「うん」


 さて、他には何が待ち構えているかな? 

 近衛騎士隊がいるとしても、先生の研究所に行っていて多少出払っているだろう。

 となると、主力は外壁門の守衛かな。それに加えてシビアナの策略が控えていよう。問題はこのシビアナの策なわけだが……。


 イルミネーニャは、ごくりと喉を鳴らした。


「セイン姉の隣に、ササレクタ様がいるんだけど……」

「――は?」

「ひええええ……何あの顔……。滅茶苦茶怖い……。あっ、セイン姉、顔青褪めてる……」


 私は、一瞬思考が止まってしまった。

 …………え? 今なんて言った? ササレクタがいるって聞こえたんだけど。

 気付けば、走るのも止めていた。


「あれ、姫姉どうしたの? 立ち止まっちゃってさ?」

「イルミネーニャ……」

「ん? 何?」

「今、ササレクタがいるって聞こえたんだが……」

「え? うん。外壁門の上で腕組んで立ってる。怖い顔して……。セイン姉は、隣で何か怯えた感じで一緒にいるよ?」

「そうか……」


 どうやら聞き違いじゃないらしい。本当にいるようだ。

 どういう事だ……? 何でシビアナの策に、ササレクタが手を貸している?

 意味が分からんぞ。


 ササレクタのいきなりの登場に、頭が混乱してしまった。

 動揺して纏まった考えが思いつかない。


「はあ……」


 とにかく、理由は分からんが、あいつがいるのは厄介だ。

 外壁門を抜けるのは諦めるか。いや本当に、イルミネーニャ連れて来て正解だったな。気持ちを切り替えた私は、外壁門にから右に逸れて走り出す。


「あれ? どうしたの?」

「ちょっと進路変更する」

「え……? 何でさ?」

「…………ちょっとね」


 外壁門を通れないとなると、次に速いのがこっちの経路だ。外壁と水堀を越えていくことにはなるが、仕方がない。左に逸れると、先生の研究所とはほぼ真逆で、相当大回りになる。シビアナに行先がバレて先を急いでいる今、これは無理だ。


 後ろ――北側も同じように時間を食うから戻れない。それにシビアナに出くわすかもしれないからな。最悪の選択と言える。


 しかし、シビアナ……。どうやってササレクタを動かした? 何か交渉するものでもあったのか……?

 いくら考えても、私ではまったく分からない。謎は深まるばかりである。

 

「ねえ、姫姉……」

「何だ?」

「参考なまでに聞くんだけどさ、これシビねえ知ってんの……?」


 イルミネーニャは、私の雰囲気に何か不穏なものを感じ取ったらしい。

 そんな事を聞いてきた。ふっ。なかなか痛いところを突いてくる……。だが、嘘はいけない。ちゃんと答えないとな。


「こほん。…………知ってるよ、勿論?」

「何で疑問を疑問で返すの!? 何で語尾上げるんだよ!?」

「最近、語尾を上げるのが流行ってんの。知らないのか?」

「そんなわけないだろ!」

「ははははっ」

「はははじゃなーい!」


 やれやれ。こんな答えじゃ、やっぱ無理か。


「ってそれ私の服じゃないか!? あ!? これ姫姉の服!?」

「なんだ、今頃気付いたのか?」


 全然分からなかったのかな? すぐに気付きそうなもんだが。

 しかし、この私の――王女様の服を着ているんだ。こんな機会は、滅多にあるまい。嬉しかろう?


「道理で、胸のあたりが苦しいって思ってたんだよ!」


 こいつ!?


「ああん!? そんな訳ないだろうが! ズボンの方が窮屈だろ! でかいお尻しやがって!」


 私は、おぶっていたイルミネーニャを脇に抱え直した。


「きゃっ!? ちょっ何するんだよ!? やめ、やめろよ!」

「この! この! この――!」


 そして、ぷりぷりのお尻をスパンスパンとはたき始める。

 うらああ! ホント最高のお尻だな! いい音で鳴きおるわ!


「痛っ! 痛いって!」

「ふはははは! ごめんなさいって言え! そしたら許して――!?」


 我を忘れ、楽しく尻叩きに没頭していると、後ろから空に響く爆発音がした。

 何だ、今の音!? 花火――!? 


 振り返り空を見上げれば、小さい雲みたいな赤いもやが、ゆっくりと漂っている。

 空に赤い煙幕――。『狼煙玉のろしだま』か!


 この狼煙玉というのは、テオルンが発明した花火の応用みたいな代物だ。

 様々な色がついた煙の塊を空に打ち上げ、遠くにいる者への命令を伝えることが出来る。


 色の種類、数等によってその命令や伝えたい内容が決まっており、例えば黄色と緑の狼煙玉なら『敵接近中、至急増援を求む』となる。


 だが、赤一色の狼煙玉が持つその意味は――。


「何、今の!?」

「おいおい!」


 私は、空に浮かぶ赤い印を見て驚愕した。『臨戦態勢に移行せよ』だと!? 

 こんな命令を出す奴は、一人しかいない。私の天敵の姿が、思い浮かんでくる。


 シビアナ――! あいつううう! 私は、力を込めて拳を握った。

 ていうか、ここまでするか!? 臨戦態勢だぞ!?


 臨戦態勢は、外壁門から百花門までの全ての門を閉め、攻撃に備える王都防御陣を敷くことを意味する。

 守備に就いている兵は勿論の事、常駐している全ての兵が、外壁門がある外層に集結し、外敵を駆逐する準備を始めるのだ。


 どうやらシビアナは、王宮から外壁門内にある全総力をもって、私をとっ捕まえることにしたらしい。

 だけど、これは明らかにやり過ぎだ、シビアナ! 

 こんな事をすれば、お前や私の責任問題になるぞ!? たかが私の脱走で、やっていい事じゃあない!


 そうこう考えていると、また変化があった。爆発音が聞こえる。

 赤い狼煙玉に呼応するように、私の向かっていた方向から狼煙玉が空に上がっていったのだ。


「え!? 今度はこっち!?」

「何!?」


 細い煙の尾を引きながら、真っ直ぐ上空に昇った狼煙玉が、先程と同じような音を立てながら爆発した。

 すると、また小さい雲のような靄が現れる。だが――。


「白!? どういう事だ!?」


 こんなやり取り、私は知らない! 通常、狼煙玉には同じ色と数の狼煙玉を上げて応答する。

 それに臨戦態勢に入る時は、まず外壁門から狼煙玉が上がることになっているはずなのだ。


 だが上がったのは、私が向かっている方向からの狼煙玉。しかも、赤ではなく白。

 まるで、私がこっちに逃げるのが分かっていたかのようなやり取りだ。

 これは何かある。シビアナが、私を拘束する策略を用意しているはず。そして――。


「わわ!? 何!? 何!?」

 

 今度は、立て続けに爆発音が聞こえてきた。イルミネーニャが、慌てた様子で周囲をきょろきょろと見渡す。私もつられて見渡せば、各門から狼煙玉が上がっているのが分かった。


 色は様々だ。緑、黄、茶色、白、黒――。どんどん空を染めていく。そして、最後に外壁門から狼煙玉が上がり、赤い煙が広がるのが小さく見えた。


「……ちっ」


 やってくれたな、シビアナ……。

 これは二択だ。外壁門に向かわず、このまま右に逸れて先生の研究所を目指すか。

 それとも、臨戦態勢に入った外壁門を目指すかのな。


 外壁門を逸れていくとなると、まだ他に策を講じているはずだ。それにぶち当たる。最悪なのが、父様を引っ張り出しているかもしれないという事だ。臨戦態勢の命令まで出す、今の奴ならやりかねない。


 だから、そういう事も、可能性の一つとして考慮しておく必要がある。

 シビアナはやる。それができる立場にある。父様が協力してくれる可能性も高いのだ。

 

 外壁門を目指せば、ササレクタやレイセインと対峙することになる。さらには、兵士たちが巨万ごまんといる。全てを薙ぎ倒して、外壁門を突破しなければならない。問題は、やはりササレクタとレイセイン。多くの兵士たちの相手をしながら、この二人とやり合うのは難儀だろう。


 どっちを選んでも茨の道。すんごく面倒くさい。


 ちなみに、他の経路は時間が掛かり過ぎる。そうなるともう駄目だろう。あいつのことだ。今現在、先生の研究所で待ち構える策を、他の策と同時に進めている可能性が非常に高い。それに引っ掛かってお終いだ。加えて、この狼煙玉の数。至る所に罠を仕掛けているはず。


 しかし――。

 普通ここまでする? ここまでして、私を逃さない気になる?

 先生の研究所に、ちょっと行って帰って来るだけだよ? それなのに――。

 

「ふっ。ふふふふふ……」

「ひ、姫姉?」


 あまりにも想像を超えたこの状況に呆れてしまい、笑いが込み上げてくる。全く、一体奴の何がそうさせるのかね。公務をすっぽかすのが、そんなにお気に召しませんでしたか。ああ、そうかいそうかい。


「はははははは……」

「な、なあ……」


 それでお前は、髪の毛が透明になって、おっぱいが小さくなって、こんっっっなに困っている私の邪魔をするというわけか。自分は、イージャンといちゃこらしていたというのに。私を尾行して楽しでいたというのになああああ!!


「はーっはっはっは!!」

「ちょ、ちょっとどうしたんだよ!? 何で笑ってるんだよ!?」


 よしよし。よおおおく分かったわ……。


「イルミネーニャ」

「え? ――ひい!?」


 私の顔を見たイルミネーニャが、悲鳴を上げる。

 おいおい、失礼な奴だな……。そんなに怖い顔をしているのかな? ふふふふ……。


「イルミネーニャ……。やっぱり進路変更は無しだ……」


 いいだろう。未だ分からぬ不気味な罠より、今見えているこの罠を、敢えて突き進もうじゃないか。

 私は外壁門へ向かう事に決めた。だがなシビアナ。私の恐ろしさ、まさか忘れたわけではあるまいな? どうなっても、知らないからな……。


「ね、ねえ姫姉、あたし関係ないんじゃないの? だったら、こ、ここで降ろしてくれても――」

「何言ってんだ、イルミネーニャ……」


 寂しい事を言ってくれるな。


「え?」

「お前は、私の、じ・じゅ・う・か・ん、だろ?」


 私とお前は最早一蓮托生さ……。

 一緒にこの罠を突破しようじゃないか……。そして、祝杯をあげよう。ご褒美もあるぞ……。


「は、ははは……」

「行くぞ……」

「いやああ!! 降ろしてえええええ!!」


 じたばたともがくイルミネーニャを、逃さない様にしっかりと掴み、私は外壁門に向けて走り出した。

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