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リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件  作者: 粟生木 志伸
第三章 おっぱい大脱走編
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第4話 脱走 その3

 正面玄関にある大広間は、早朝だというのに多くの人間の往来が既に始まっていた。

 もう少し経つと人がわんさか来るから、それを見越して家を早く出る者達もいるのだろう。


 歩いてきている者もいるだろうけど、乗合馬車もそろそろ始っている頃だしね。

 そっちを利用して来た者もいるんじゃないかな?


 大広間は、開かれた扇子のような形をしていて、通路が放射状に何本も別れている。

 皆、ここから各々の仕事場――各院へばらけていくんだ。


 私が辿り着いたのは、外へと続く出入り口を背にして左端の隅っこにある通路。

 扇子でいえば、親骨の先と扇面の弧が角を作ってる当たり、その左側だ。


 そして、壁に体を隠しながら、じっくりと周囲を観察して探索中。

 主な探索対象――、それは言わずもがなのシビアナお姉ちゃん。


 お兄ちゃんイージャンから奴の情報を入手したとはいえ、それは仮定の話、根拠のない憶測。

 油断はしない。念を入れれる時は、しっかり念を入れて行動していくつもりだ。


「でも頼むから、家にいてくれよ……」


 お前は二度寝して朝寝坊しろ……! あ、いや、あいつがそんなことするなんて想像できないな。

 テレルと優雅な朝食の時間でも過ごしていろ……! うむ、これだな。 


 私はそう願いながら、あいつの姿がないか探していく。


 この大広間は、扇型の形状に加えとても広い空洞だ。色んな音がよく響く。

 天井は高く、恐らく――三階分はあるだろう。


 その天井を支える白い石柱の列は、大広間を囲み壁に沿って亭々とそびている。

 そして、この柱と柱の間には、その柱と同じくらいの高さがある縦長の硝子窓がずらりと並んでいた。


 この窓には北都の特産品の一つ、様々な色のついた硝子――『色彩硝子しきさいがらす』がはめ込まれてるんだ。

 丸、三角、四角といった、色んな形に切り取られた色彩硝子がちりばめられており、それが綺麗な模様や絵になっている。


 そして、朝日をうけたその窓が色鮮やかな光の柱となり、薄暗い大広間の白い床に列となって映し出されていた。


 王宮の奥へと延びる廊下に面した壁には、硝子窓はない代わりに古い壁画が幾つもある。

 鳥と花が戯れるものや、初代女王、建国当時の様子などが描かれており、聞けば王宮が出来た頃に描かれたものだとか。これは父様に教えてもらったな。


 私の視線がまず向かったのは、この壁画に挟まれた通路の一つ――真ん中にある王宮の中央へと続く廊下だ。


 奴が通るとしたらここ。

 私の部屋に行くとしたら、一番近いここを通っていくはずなのだ。


 この廊下は、他の廊下に比べて一際大きい造りになっている。

 高さは大広間の天井よりやや低いくらいだが、馬車の行き来が余裕をもってできるくらいに幅が広い。


 大広間を歩いている者は、途切れ途切れの列になりながら、皆出入り口からそのまま真っ直ぐこの中央廊下へ向かっているように見えた。


 ここはいつだって、何処よりも人通りがある。

 それは早朝であっても変わらないようだ。


 彼らの殆どは、宰相のクロウガルが取り仕切っているトゥアール王国の中枢の中の中枢『太老院たいろういん』に向かう者達だろう。


 太老院たいろういんは、とにかく部署が多い。

 私のお小遣い、王宮侍従官、風車、水道、馬車、植木――、果ては細々とした備品の備蓄管理に至るまで。


 こういった王宮の維持に関係する部署からはじまり、税の徴収、国庫の運営、立法、外交、そして王都全体の維持、等々盛り沢山。

 太老院を分けて、新しい院を幾つか設立してもいいんじゃないかって意見も出ているくらいだ。


 とはいえクロウガルが現役の間は、現状維持のままになるかな。

 じいはしっかり太老院たいろういんを回せているから、今さら分けるなんて事は考えていないだろう。


 それに分けることで、何か弊害が出るかもしれないからね。

 なら、別にこのままでもいいだろうってことさ。


 太老院たいろういんに向かう者達とは逆に、私の方へ向かって来る者は誰もいない。

 そりゃあ、人が来ないような通路をわざわざ選んできたわけだから、そうでなくては困る。


 私が使ってきたこの廊下――その奥にあるのは、法や審問関連を司る『典範院てんぱんいん』だ。

 ここの特徴は本。この一言に尽きる。


 まつりごとを行うために必要となる法典や資料は勿論の事、古今東西集められた本を所蔵する大きな書庫と一体になっているのさ。

 高い天井まで伸びた沢山の本棚によって、院の大部分がその本に占領されてしまっているんだ。


 壁の代わりに本棚。柱の代わりに本棚。床の代わりにも本棚ー!ってな勢いで、そこら中に本がどっさりあるんよ。

典範院てんぱんいんは本で出来ている」とはよくいったもの。


 しかも、ここはその本棚が乱立しているから、迷路の様になってしまっていて本気で迷う人もいるみたい。

 まあ、私にとってはそれが面白くて、子供の頃は遊び場の一つになっていたわけだが。


 ふふっ。

 ちょっと思い出してしまったな。


 シビアナと一緒になって探検ごっこしてたんだよね。

 典範院てんぱんいんを、冒険譚にでてくる洞窟に見立て「この奥に宝物があるのだ!」とか勝手に言って徘徊したりしてさ。


 あと目的地を決めておいて、どちらが先に辿り着けるかって競争したりもしたなあ。

 これ私勝てなかったんだよねー。いっつもシビアナが先にいて、ニコニコして待ってんの。


 最近になって不意にこの事思い出したから、何で勝てなかったのか聞いたんだ。

 秘策でもあったんじゃないのかって思ってさ。


 そしたらあいつ、「典範院てんぱんいんの中、全部覚えちゃいましたからね」だって。

 勝てない訳だわ。


 書庫のどこをどういけば最短距離になるか、分かってやがったんだよ。

 ホント御見逸れしました。

 

 私達の格好の遊び場だったこの書庫は、書庫というにはいささか語弊があるかもしれない。


 持ち出しに制限があったり、出入りの許可が必要になる場所もあるんだけど、基本この書庫は、王宮に勤めている人間に解放されている。


 だから、子供だった私達も、色んな所へ自由に入り込んで遊べていたんだ。


 王宮の皆は、結構頻繁に調べものをしに来るから、本を保管しているって言うよりはその本を利用しているといった感じなんだよね。


 こんなんだからか、ここは書庫じゃなくて王宮図書館だって言われても、割としっくりくるかな。

 そりゃそうだわって納得しちゃう。


 ちなみに王都の図書館は、外壁門の外に『王立図書館おうりつとしょかん』としてちゃんとある。

 トゥアール王国随一の所蔵量を誇っている立派な図書館だ。


 王立図書館にある本は、典範院てんぱんいんにある本の写本が、その殆どになっているね。

 新しく入った本は、典範院で写本が行われ王立図書館に渡されている。それから、図書館に並べられているんだ。


 いつか私の事も本になって、典範院や王立図書館に並べられる日がくるのかもなあ。

 であれば、都合が良い。


 絶世の美少女もしくは美女として名を轟かせたと、後世に伝えてもらいますか。

 トゥアール王国の輝かしい歴史としてね。えへっ。


 ただし! 私の検閲を、きちんと通してもらわなければいけないがなあ。

 もしも変な事が書いてあったら、その時は即焚書の刑に処してくれるわ。ぐふふふふふ……。


 歴史は時の権力者によって、いいように書かれるのが世の常なのだよ。

 私もこれに倣いますとも。


 ああ無論、挿絵に使われるであろう肖像画は改竄する。

 

 うーん。どうしよっかなー? 

 どこを変えよっかなー?


 あ、そうだー。 

 おっぱいをシビアナ並みにでっかくしちゃおっかー? これは名案だなあ。くひひひ。

 いやー。母様から実に良い知恵を授けてもらったよ。うんうん。


「――いないな……」


 大広間にできた行列や周囲を確認した結果、シビアナの姿は勿論、私の侍従官や知り合いの姿も見つけることはできなかった。


 はあ、良かった……。


 シビアナを発見していた場合、それはこの作戦の失敗を意味している。

 現作戦を即座に放棄し、強硬策に移行せざるを得なかった。 


 ここまでやってきた私の頑張りも、全て徒労に終わる。


 あいつがいたら、視線がかち合ってたんだろうなあ。

 絶対こっち見てたわ……。

 おー怖っ。


 だが、シビアナがいなかったとはいえ、この大広間を無事に通り過ぎれるかは、一種の賭けだ。

 ここを歩いている間は、シビアナが出入り口から入って来る可能性を、払拭することは出来ない。


 それは、正門を通り過ぎる時まで変わらない。不安が纏わりつく。


 しかし、もはやこの私に退路なし。

 前進あるのみなのだ!


「よおおし……! では、いざ行かん……!」


 私は小脇に抱えたイルミネーニャを左肩に担ぎ、その体を支える振りをして右腕を使って顔を覆う。

 そして、周囲を警戒しながら歩き出した。


 一応これが、顔を隠す策だ。


 まあ、苦肉の策というか、その場凌ぎの策と言われれば確かにそうなのだが、何もしないよりは随分ましだろう。

 

 この子の体が顔の横にあるから、かなり見えにくくなっているとは思うんだけどね。

 それに大広間が薄暗いってのも、一役買ってくれている。


 私の顔も影の様になって、多少は暗く見えているだろう。 

 ただ、これちょっと思うんだけど――。


「イルミネーニャって、結構良いお尻してるんだな……」

 

 体がくの字になっているからか、布が引っ張られてイルミネーニャのお尻がくっきり。

 布にくるまれているとはいえ、形の良いお尻なのがよく分かる。


 きっとお肉もぷにぷにしている事だろう。

 歩くたびに、お尻がプルンップルンッと小刻みに揺れる。


 それが肩の辺りあるのだ。

 実に叩きやすい位置である。 


 つづみよろしく、パンパン叩きたくなってきた。

 手首をしならせて、いい音鳴らしたいなって衝動がむずむずと沸き起こる。これは問題だ。


 いや、違う違う。そうじゃないわ。私は首を振る。


「顔は隠せるんだけど、同時に視界が悪くなるんだよね」


 こっちこっち。


 ここから出入り口を目指して歩くというのは、壁に沿っていくという事。

 これは、扇子の親骨の端から端に向かって、一直線に歩いているのと同じだ。


 出入り口の方向に顔を向けて歩くことになるから、新たに入って来る者達は見えている。

 ここからじゃあ、ちょっと遠いから顔までは確認できないけど。


 でも、シビアナが入ってきたら、すぐに分かるだろう。

 顔は分からずとも、姿形はよく知っている。それにあいつ何処にいても目立つし。


 だから、この分は問題ない。問題ないんだけど――。


「うへえ……。左が全然見えないや」


 イルミネーニャの大きい桃のようなお尻のせいで、大広間が殆ど見えない死角になってしまっていた。

 知り合いが、出入り口を通ってここに現れるとは限らない。


 もしこの死角にいたら、気付けない可能性が高いだろう。


 分かっていたけど、まさかこんなに見えなくなるとは思わなかったわ……。

 着替えさす時は、すんなりズボンが入ったから気にも留めてなかったんだよね。


 まあ、私の服ってそれなりに伸び縮みし易いからな。 


「ちっ。邪魔なお尻だなあ、おい」


 イルミネーニャのお尻を睨み付け、文句をつける。


 彼女のお尻は、無駄にでかい。

 今の私にとっては、そう言わざるを得ないのだ。


 だけど、他に良い考えも浮かばないから、もうこれで正門まで突っ切るしかない。

 腹を括ろう。 


 歩きながら大広間を見渡すには、体を捻ねるか振り向けないといけないだろうな。

 それも必要な時だけ、不自然にならない程度、最低限。 

 ま、十分注意しよう。


 私は、朝日の光で輝く出入り口を目指して進み始めた。






 イルミネーニャのでかいこのお尻は、安産型というやつだな。

 これ一発ぐらいパーンって叩いても大丈夫かな?


 寝てるし分からんだろ。でも、それで起きてもらっても困るわな。

 あっ、そっか。


 イルミネーニャを起こす時は、お尻を引っ叩くことにしよう。


「むにゃーん……」


 くぐもった気の抜けた猫のような寝言を聞きながら、私はそう決めた。






 出入り口から入って来る者達は、どんどん増えてきている。

 ざわざわとした人込みの雑踏も、大きくなっていた。


 今のところ、新たに入ってきた者の中にシビアナ達の姿はない。


 横を通り過ぎていくような足音も、聞こえることはなかった。

 やはり皆、太老院たいろういん――中央の通路に向かっているのだろうか。

 見えないからよく分からない。


 私は壁に沿って歩いていた。

 色彩硝子の窓の模様が体に当たり、順々と映し出されていく。


 距離は三分の一を過ぎたといったところか。

 先に見える床に映った窓の模様は、見覚えがある。窓の列の真ん中あたりにあったはず。

 そこまで届くには、まだもう少し時間が掛かりそうだ。


 ここを通ってて気付いたんだけど……。

 窓が光っているから、逆光になっているんだよね。


 大広間の通行人からは、私の姿が真っ黒な影のように見えている事だろう。

 つまり、周囲を見渡す時は、この逆光を利用すればいいのだ。


 私の顔も見えなくなるのだから。


 今の歩調でいくと、窓の前を通るのに必要なのは四、五歩程度。

 歩みを緩めるようなことをしなくても、見渡せる余裕が充分にある。むしろ丁度いいくらいだ。


 ただ、諸手を挙げての嬉しい誤算ってやつにはならない。


 私の正体までは分からないだろうけど、光輝く窓の前を黒い影が通っているのは、逆に目を引くし、床にも影が映り込むからね。


 これが仇となって、気になった誰かが遠くから私の事を見ている可能性もあるわけだ。

 決して楽観視できる状況になったのではないだろう。


 後ろ歩きはやめとくかあ……。振り向くより違和感あるよね、多分。

 立ち止まるなんてことは、以ての外だな。


 ま、体を捻っておいてから窓の前を通り過ぎようかな……。

 窓の前で捻ると、形が変わって不審がられる可能性があるだろうし。


 ただ何度も捻るってのは――、できないよねえ……。


 今のところ、すれ違うことも皆無。順調に距離を稼いでいる。

 だが、少しの油断が命取りなるかもしれない。


 注意を引くような危険な行為は、あくまで最低限に止とどめておきたいと、私の乙女心の一つ『保身第一。石橋は、叩いて壊して飛んでゆけ』がそう囁く。


 ちらっと見るのも止めておこう。

 これも不自然な動きに見えてしまう可能性がある。


 それにどうせ見るなら、一気に全てを確認して見る回数を減らす方が良いだろう。


 結局のところ、周囲を見渡す時にこの窓は使えるかもしれないが、その利点は私の顔が判別できないということだけだ。


「しっかし、どきどきもんだな、これ……」


 見たいところが見れず、確認できないまま歩き続けていくってのは中々に辛い。

 イルミネーニャのお尻は、間違いなく私の行く手を阻む障害となっていた。


 やだなあ……。

 顔を隠す手段が、これしか思いつかなかったから仕方ないけど、ホンット怖いよ。


 普段とは違い、視界に嫌な死角が常にある。

 確かにこの事実が、私を恐々とさせているわけだが、しかしそんな事よりも何よりも、だ。


「何が怖いって、あいつがいるかもしれないって、そう思ってるから怖いんだよね……」


 後ろ振り向くの超怖い。

 あれだけ周囲を確認したにもかかわらず、私はシビアナが背後にいる気がしてならなかった。 


 でもねー、弱気にならざる得ないんだよね。

 私、あいつの事嫌って程知ってんのよ……。


 付き合いが長いから、シビアナにどんな事するかなんて、すぐに思いついてしまうのだ。


 私見つけたら、絶対死角を利用して忍び寄って来るからね、あのアホは。

 そんで、私の間合いに入る手前ぐらいで「おはようございます、殿下」っていきなり背後から話しかけてくんだよ……。 


 はあ……。

 もうそうなったら絶対叫ぶわ、私……。「ぎょあっ!」ってさ。自信がある。


 あいつは、私の背後を取って観察する習性がある。

 しかも、話しかけてくる時は、私の気が揺んだ隙を上手い事突いてくる――昨日のように。


 私は、執務室でのあの恥ずかしいやり取りを思い出していた。


 ギリギリ間合いに入らないってのも、憎たらしい。

 あいつの場合、気配消すの上手いから、間合いの外だと察するのは難しいんだ。


 勿論、分かっててやってるからね。

 私の間合い読むの上手いんだよ……。


「はあ……、やだやだ……」


 シビアナの影にビクつきながら、まだまだ遠い出入り口に向かって只管ひたすら歩き続ける。


 まだ、半分も来てないよね……。もう! 早く出たいのに!

 ああ、こういう時に限って時間経つの遅く感じるわ……。


 ここを歩くとなると、ただでさえ掛かる時間は長い。

 未だ半分にも到達していない現状に、気持ちだけが先走る。


 そろそろ周りを確認しておくか……。うーん、まだいいかなあ……。 

 でもなあ……。

 どうしよっかなあ……。


 あんまり妙な動きをしたくないんだよねえ……。このままで歩いていたいんだけどなあ……。

 いやでも、見ておかないと、シビアナがいたら洒落にならないよなあ。


 奴の笑顔が容赦なく襲いかる。

 そして、悶々とした葛藤が繰り返され、勝手にどんどん追い詰められていく私。


――うん、見ておこう。

 それがいい。それがいいよ。


 ほら、やっぱり最低限だとは言ってもさ、ここら辺で一回見ておくべきなんだよ。

 これは必要な行為。仕方ない、仕方ないんだ、うん!


 結局、シビアナの恐怖に耐え切れなくなり、振り向く正当性を主張し自身を納得させた。

 まあいいじゃない。私の乙女心も、「一度くらいは見とけよ。当たり前だろ?」と後押したし。


 よ、よーし。まずは、後ろを見ようじゃないか……。


 奴がいるとした首を右に回しても見えない場所――左真横から後方あたりだ。

 確認するには、体を思いっきり後ろに振らないといけない。


 ううっ。怖いよおお……。


「ふううー……」


 深呼吸をして息をゆっくりと吐きだし、気持ちを落ち着ける。

 ああ、どうか、いませんように、いませんように、いませんよーに……!


 そして、ドキドキしながら眩しい窓の前を通り過ぎ、その眩しさが無くなり暗くなった瞬間。

 私は肩に乗ったイルミネーニャを、振り回してもきちんと支えられるよう両腕に力を込め――、


「――ふっ!」


 意を決して体を捻った。


 すると、そこには雑然とした人の列が、遠目に見える。

 薄暗がりの大広間の中で、ゆっくりと動いていた。


 ここからは、顔の判別が何とか出来る程度。

 だが、大半は後姿で顔なんて見れない。よくて横顔が見れるくらいだ。


 ただ、彼らの様子を窺えば、ただ真っ直ぐに無言で仕事場へ向かっている者、同僚と雑談しながら歩いている者、眠そうに欠伸をしている者、と色々な様相であるのが見て取れる。


 しかし、顔が私の方へ向いている者は見受けられない。視線も感じられない。

 私の事なんて意識の外。気にも留めていないようだ。


 若干名が、左右に逸れて違う廊下に向かっているのも分かった。

 皆一様に中央廊下へ向かっているのかと思っていたが、そうではなかったようだ。


 そして、こんな様子が先ずもって目に入るという事は、私の眼前でそれに優る点がないという事。

 つまり――。


 うひょ、うひょひょひょ……。

 うひょひょひょひょおおおおおい! 


 いなあああああい! シビアナいなああああい! いるわけないじゃなああああい! 


 シビアナの姿を見つけることはなかったのだ。


 当たり前だろ! あれだけ確認したんだもの! 大丈夫に決まっているじゃない! 

 何だよもう、脅かしやがってさあ!


 振り向く必要なんて全然ないんだって! 余裕だっての!

 よしゃああああああ!


 恐怖に囚われた私の心が、解放されていく。

 私はシビアナの幻影に、見事打ち勝つことができたのであった。


 はあー……。怖かった……。


 私は安堵すると、体を捻ったままで首を回しながら周囲を観察する。


 行列の中に、シビアナ及び知り合いの姿――なし。

 こちらに向かって来る者も――なし、か。見られている感じも、やはりないな……。


 周囲の状況も、問題ないようだ。


 よしよし。いい感じゃないか。

 この調子で行こう!


 窓を通り過ぎて再び視界が暗くなると、素早く体を戻して意気揚々と歩き続けた。 

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