第17話 一葉知秋の気付き
「――う・ふ・ふ・ふ・ふ!」
…………。
ササレクタは、目に涙を溜めて爆笑している。
私は、それを耐える様に見ていた。
「う・ふ・ふ・ふ・ふ!」
「…………おい」
お前、笑い過ぎだろ……。
何故、こいつがこんなに笑っているかというと、私が『豊胸の薬』について話したからだ。
王宮への帰り道――馬車の中では、この豊胸の薬については話していない。
先生とローリエついて、私が知っている経緯の話はしたが、私がどうして先生の研究所に行ったのかは話していなかった。はぐらかしたんだ。
まあ、結果があんなのだから、話したくなかったというか……。
爺に知られたくなかったというか……。
説教を受ける口実を、さらに増やしたくなかったし。
それに、私だって年頃の繊細な女の子。
やっぱり、こういう話は自ら進んでまで話したくなかったのだ。
でも、ササレクタが聞いてきたんだよ。
「ところで、今日はどういう所用でシドー様の所に行ったんですの?」ってさ。
最初は話すのを躊躇ってんだけど、気心の知れた私とササレクタの仲だ。
シトエスカとゼニシエンタもいるけど、私もそこそこ気分よく酔いが回っているのもあって、つい言っちゃたんだ。
じゃあ、お酒の肴に実は――って。
そしたら、これだよ。
「う・ふ・ふ・ふ――!」
「…………ちっ」
大笑いしやがってさあ……、ホント失礼な奴さ。
まあ、シビアナも笑いを堪えていたけど……。
最初はササレクタも、豊胸の薬と聞いて神妙な面持ちではあった。
だけど『豊胸の薬』のその正体と、その薬に何が使われたのかを聞いた途端、笑い出した。
ササレクタもツボに入ったようだ。
「はあ……。ふう……。う・ふ・ふ! 笑わしてもらいましたわ。久しぶりに大笑いですわねえ」
「そんなに笑う事はないだろ……!」
目に溜まった涙を拭うササレクタに、私は空になった杯へお酒を注ぎながら口を尖らせた。
「いえいえ、ここは笑う所ですわよ。ぷふっ……う・ふ・ふ」
「ったく……。言うんじゃなかったわ」
私はそう言うと、イカちゃんを口の中に入れて、乱暴に噛み千切った。
あー美味し! ホント美味しいわ!
イカちゃんホント美味しいわ!
買ってきて良かったわー! ホント良かった!
それから、自分の杯に入ったお酒をぐびり。
先生のお酒も美味しいわー!
ホントこのイカちゃんと合うわー!
へーんだ!
そう不貞腐れながら、私は飲み干した杯に再びお酒を注ぎはじめた。
「う・ふ・ふ」
ササレクタもそんな私を見て笑顔になりながら、自分の杯に入ったお酒をぐびりと飲む。
そして、カンっと少し響く音をさせて、卓子の上に杯を置くと、
「まあ、これも自業自得」
と、一言呟き、
「一人だけ、おっぱいを大きくしようなんて考えるからですわね――」
細い目をギンっと見開らいた。
ひいいいい!?
「怖い! 怖いから! 悪かったって!」
抜け駆けしようとして、すいませんでした!
出来心だったんです! ホントすいませんでしたああ!
「う・ふ・ふ。冗談ですわよ」
ササレクタはにやりと笑うと、シトエスカに注いでもらったお酒を飲み始めた。
「いや、今のは絶対冗談じゃないだろうがっ!」
「う・ふ・ふ」
笑うだけじゃあ答えになってないですけど……。
ていうか、いきなり目を見開くなよなあ。ホント怖いよ。
「ふああ……」
ん?
――ふふっ。
「さて、お前たちはそろそろ向こうに戻って、仮眠でもしていろ」
私は、ササレクタの両脇にいるシトエスカとゼニシエンタに、そう伝えた。
何故かというと、
「はい、畏まりました」
「ふあい……、戻りまあす」
シトエスカは大丈夫そうなんだが、ゼニシエンタがもう限界だ。
目つきがとろんとして、瞼が今にも閉じようとしていた。
ゼニシエンタが、さっき眠そうに欠伸をしていてたので気付けたんだ。
あの子も沢山お酒を飲んだ。
このまま夜遅くまで起きておくってのは、ゼニシエンタにはまだ辛いだろう。
むしろ、よくここまで付き合ってくれたと褒めてあげたいよ。
「シトエスカ、すまんがゼニシエンタを頼む」
「ふふっ。はい殿下」
私の言葉にシトエスカが席を立った。
「ああ、今日は私に付き合ってもらったんだ。シビアナに聞いていると思うが――」
「はい。心得ております」
良かった。聞いているみたいだな。
こういう時は、私が無理を言って宴会に連れ込んだことにして、彼女たちに責任がいかないようにしているんだよ。
面倒くさいから、そういう事にしているんだ。
「ああ、無理せず休め」
「はい。畏まりました」
寝ていても、私のせいにするようにさせている。
たくさんお酒を飲まされったってね。
そんで、私が寝ろって無理矢理命令したと口裏合わせしているのさ。
これで問題は無い。
例え万が一があっても、そこはきちんと対処できるようにしてあるからね。
今日みたいな宴会とか関係なしでね。
まず、廊下に続く前室の扉。
これは頑丈にできている。そう簡単には壊れない。
そして、この扉は施錠できるようになっており、さらにある細工が施されている。
夜間は施錠だけでなく、この細工も仕掛けておく。
これは外から開けると、鍵の開錠関係なしに前室と私の寝室で、鈴が鳴り響くようになっているんだ。
この音を聞けば、私はすぐに飛び起きる。
そうできるよう、子供の頃から訓練をしてきたんだ。
火急の用件の場合は、外に備え付けられた取っ手を下に引く。
この取っ手は、細工と繋がっている。
同じように音が鳴る仕組みになっているんだよ。
窓や衣裳部屋から侵入されても大丈夫。
寝台はどちらからも離れているので、気配を感じて体勢を整える時間は十分にある。
私もお酒は強い方だ。
お酒は飲んでも飲まれるなを、きちんと守ってるし、深酒で不覚を取るようなこともないからね。
これで対処が出来るってわけさ。
最悪、壁でも蹴破ってそこから脱出って事も出来るしね。
まあ、こんな感じで色々と厳重に警戒していてもそれ以前に、王宮内へ賊が入り込む事自体、至難の業だと思うけど。
「さっ行きますよ、シエンタ」
「ふあい……」
シトエスカに支えられて、ゼニシエンタがふらふらと立ち上がった。
「ササレクタお姉様。申し訳ございませんが、私たちはこれで――」
「ええ、楽しかったですわ。また一緒に飲みましょうね」
「はい、お姉様。ほらシエンタも」
「――ふあい。ササレクタ様おやすみなさあい……」
「う・ふ・ふ。お休みなさい」
ふふふっ。ゼニシエンタはもう半分夢の中なんだろうな。
ていうか、シトエスカはどんな酒癖出てたんだろ?
見た感じ、さっきのちゅっちゅ魔神の様な勢いはないよなあ。
なんか普段のシトエスカと同じに見えるよ。
最後までササレクタの事をお姉様って呼んでるし、酔ってはいるんだろうけど。
そういえばササレクタは、その呼び方を平然と受け入れてたな。
なんかいいな。
私も一度くらいリリシーナお姉様って呼ばれてみたいなあ……。
――あ、そうそう。聞くの忘れてたわ。
「シトエスカ」
「はい、何でしょう?」
ゼニシエンタの体を支えてたシトエスカが、私の方に顔を向ける。
「月に青い光がちらつくやつって何て言ったっけ?」
「はい?」
言われた意味が分からないのか、シトエスカが目をぱちくりする。
ああ、ごめん。そりゃそうなるよね。何の脈絡もないんだもの。
「ふふ、いきなりですまん。ちょっとど忘れしてな。知っていたら教えてくれ。現象の名だよ。ほら、お月様を見る時に、青い光がちかちかしてる時あるだろ?」
「ああ」
シトエスカは得心がいったように何度か頷いた。
そして、
「『静寂の調べ』です。殿下」
と、教えてくれた。
「ああ! そうだったな。ふふ、ありがとう。おかげで喉のつっかえが取れた気分だよ」
そうだ、そうだ。
『静寂の調べ』って言うんだよ。
「ふふっ。いえ、お役に立てたのであれば幸いにございます。――そうですね、雨が降らなければ、今夜見ることが出来たと思うのですけど」
「そうなの?」
そりゃ、残念だったかな。
「はい。ああ、そういえば最近『ロック教団』が、その名で曲を作ってましたね」
「え? それは初耳だな」
「はい、中々に美しい曲でございました」
「へえ……」
流石はシトエスカだ。色々知ってるねえ。
シトエスカが話していたこの『ロック教団』というのは、トゥアール王国で広まっている宗教の一つだ。
歌って踊る宗教さ。
まあ、変な奴も多いが、大抵の奴はいたって普通だ。
音楽が大好きな奴らだよ。
「ああ、すまん。呼び止めてしまったな。もう休んでくれ」
「はい、では殿下」
「ああ、お休み」
お辞儀をするシトエスカに、私は頷いて返した。
「ひめさまあ、おやすみなさあい……」
ふふっ。目を瞑っているから、まるで寝言の様に聞こえるな。
「ああ、お休みゼニシエンタ」
私は、ゼニシエンタのそんな言葉に、苦笑いをしながら答える。
そして、シトエスカと彼女に肩を貸してもらったゼニシエンタは、ゆっくりと大広間から出て行った。
「――ここはいつも賑やかですわね」
パタンと扉が閉まると、ササレクタが感慨深そうに呟いた。
「そうか?」
私は、シトエスカとゼニシエンタだってのもあると思う。
他の侍従官だったら、別の印象を受けるんじゃないかな?
「私もここで雇ってもらおうかしら」
いきなり何言ってんだよ、こいつは。
「やめろ。シビアナにお前まで加わったら、私の手におえんわ……」
本当に勘弁してください。
シビアナだけでも酷い有様なんだよ?
これ以上私に優しくない奴が増えたら、私は心労で倒れてしまうわ。
ていうか、ササレクタとシビアナが一緒になって働くって、想像しただけでも恐ろしいんですけど。
私は、二人が非常に仲が悪かったのを思い出した。
シビアナの謀略にササレクタの暴力。酷い組み合わせだよ。
「う・ふ・ふ。その点は大丈夫ですわ。――私があの女と一緒に仕事するわけないでしょ?」
「――え?」
それってどういう意味だ?
「思いつきで言った事ですけど、中々どうして案外いい案ですわね。こっちの方が将軍やってるより面白そうですし、本当に悪くないかもしれませんわねえ……」
そう言うと、ササレクタは何度も頷きながら、手に持った杯を傾けた。
「お、おい。何言ってんだよ?」
こいつ、もしかして本気で言っているのか?
「ササ? お前――?」
「……う・ふ・ふ・ふ」
え? 何その笑い。超怖い。
冷たい。背中がぞくぞくするんですけど。
――やばい。
何かやばくないか?
私は、言い知れぬ凍えるような恐怖を感じていた。
「お、おい、お前何をする気なんだよ?」
シビアナと一緒に働く気がないって事は、それはつまり――。
あいつを追い出すって事か!!
おおう、何という恐ろしい事を考えるんだ、こいつは!!
いや待て、できるのか!? 相手はあのシビアナだぞ? 無理だろ、それ……。
私が一人で結論に達していると、ササレクタの手がゆっくりと動き出す。
そして、
「う・ふ・ふ……」
その手を首元に持ってくると、そのままくいっと横に掻っ切った。
…………。
え? 始末すんの?
――おい!
冗談じゃないぞ!!
「いや、駄目だから! 絶対に駄目だからな!? やめてくれよ! 私そんなの見たくないからな!?」
シビアナは、あんなんでも私の大切な侍従官だぞ!
それにテレルもいるんだ! あの子が母親を失ったらどう――。
「冗談ですわよ」
「だから、冗談に聞こえないんだよ!」
私は声を荒らげた。
お前ふざけんなよ! 性質が悪すぎるわ!
「う・ふ・ふ」
ササレクタは、微塵も悪びれることなく優雅に笑った。
「――ああ、そうそう。イージャンの鍛錬いつからしますの?」
ササレクタの性質の悪い冗談を聞いて少し経った頃。
シビアナ繋がりで思い出したのか、彼女はそう尋ねてきた。
「そうだなあ……」
えーと?
私っていつ暇だっけ?
私も一緒に見たいから、私の予定に合わせてもらわないといけない。
ああ、しまったな。
シトエスカに予定聞いておけば良かった。
「私は、明後日からなら大丈夫ですわよ」
「あれ? 仕事は?」
私は首を傾げた。
王都でやらなければいけない仕事があったはずだけど。
父様への定期報告とか謁見とか……。顔を出しときゃいけない所は他にもいくつかあったと思う。
それに、将軍が目を通さなければいけない事務処理もあるだろう。
忙しくはないが、日数は取られるはずだ。
「明日で、粗方終わりますわ」
「…………そうなの?」
おい、何でそんなに早く終わるんだよ……。
無理しなきゃ、そこまで早く終わるわけないだろう。
こいつ――もしかして、何気にイージャンとの鍛錬を楽しみにしていないか?
馬車の中じゃあ、あれだけしぶしぶだったのに……。
「何か問題でも?」
ギロリと睨まれた。ひえっ。
「ないです……」
「よろしい」
余計な事は考えまい。見透かされてそうだ。
ん? 待てよ。
明日で仕事が終わるって事は――。
「じゃあ後は休暇になるのか?」
「そうなりますわね」
「えー!? ……いいなあ。あーん。私も遊びたいよおー」
「う・ふ・ふ」
いいよなあ、将軍職ってさあ。まとまった休暇を公式で取れるんだもなあ。
ササレクタといった将軍は、定期報告の期間中、王都に滞在しなければならないようになっている。
実はこれ、休暇を取らすようにという王家からの計らいの面もあるんだ。
将軍は、東西南北の都に一人ずつで、計四人。
王家直轄地である各都を、王家に代わって守護することを任せている。
規模は小さいが、王都で行われいる政と同じようなことをしているんだよ。
だから、そんな大役をやってもらっている感謝を込めてってとこかな。
将軍職は、特に忙殺されかねないからね。
こうでもして、無理矢理にでも休ませないと参ってしまうだろうって事で、そうなったらしい。
もちろん各都は、この定期報告に合わせて機能を維持できるように調整されている。
期間は大体、一カ月強かな。
王都の戻ってきた将軍は、定期報告やら顔見せやらで十日前後取られはするが、後はのんびりするのが恒例になっているね。
定期報告によるこの王都滞在は、強制力は確かにあるが基本自由にしていい。
用事があれば、申し立てて各都に戻っても構わないしね。
ただ、これは父様が良いと言わなければ駄目なんだけどね。
でも、こういう事では無茶を言う人じゃないから大丈夫だろう。
ちなみに私は不定期休暇であります。
おかげで、予定が立てにくいので何とかしてほしいであります。
「――で? どうするんですの?」
「イージャンの方と予定を調整する必要があるだろうから、決まったら伝えるよ」
あと、私との予定ともね。私も見物したいのだ。
イージャンは、近衛騎士隊の副隊長だから、昨日今日で調整はできんだろう。
ササレクタのやる気には申し訳ないが、少し待ってもらうしかない。
「――分かりましたわ」
ササレクタはそう言うと、杯に残ったお酒をくいっと飲み干した。
「ああ、確認ですけど――、鍛錬は『カトゼ大神宮』でやるんですわよね?」
「ああ。まあそうなるな」
『カトゼ大神宮』は、武術の神様『カトゼ』を祀る大きな神社だ。
王都の東北にある、とても大きな神社さ。
武闘大祭は、『カトゼ大神宮』のお祭りの一つとして、ここで開催されているんだ。
専用の闘技場があるんだよ。
ここにはこの闘技場の他に、大きな屋外鍛錬場がある。
まあ、他には何もない広場みたいなもんだけど、至極天を振り回すには丁度いいんだよね。
イージャンの鍛錬は、ここを使おうと思っている。
この鍛錬場を使うのは、それだけが理由じゃない。
『カトゼ大神宮』には、使われていない至極天が納められているんだ。
至極天の使い手たちにも由縁が深いの場所さ。
だから、至極天の扱いを学ぶには、何かと都合がいいんだ。
すぐに使えるしね。
「はあ、鍛錬には丁度いいんですけどね……」
ササレクタがうんざりとしたように溜息をつく。
ああ、然もありなん。
エロ爺がいるからな、あそこ。
このくそじじいは、隙あらば若い女の子のおっぱいを、揉もうとしやがるのさ……。
「まだ生きてんぞ」
「ふう……」
しかもカトゼの最高責任者が、そのくそじじいなんだよ。
「相変わらず元気でしたわねえ、あのお爺ちゃんも……」
「変なことしやがったら容赦しえねよ……」
「ええ」
私たちは頷きあった。
さっさと孫にでもその座を譲ってほしいよ。
あの子は真面だからな。
まあ、何かちょっかいを出して来たら、私が直々に引導をくれてやる。
――ん?
相変わらず元気だった?
ササレクタはくそじじいと会ったのか?
『カトゼ大神宮』に行って来たのかな?
てことは――。
「ササ、至極天持って帰ってたのか?」
持って帰った至極天を、王都で正式に置く場所が『カトゼ大神宮』なんだ。
至極天はバカでかい。
王都でも置くところが限られてくるからね。
ササレクタは至極天を持って帰ることを、あんまりしたがらないんだ。
面倒くさいんだと。
他の将軍は持って帰るんだけどね。
「ええ、シカルアヒダの護衛がありましたから。武力の誇示も兼ねて、持って帰りましたわ」
「ふふっ。珍しいと思ったら、そういう事かい」
「ですわ」
ミーレちゃんは、さぞかしビックリしたことだろう。
ふふっ。あんなものを持ち歩けるササレクタにもびっくりだろうな。
あっ。
先生はローリエと婚約したって、ミーレちゃんに言ったのかな?
くくく。もしそうだったら、それもびっくりしたに違いない。
私は、ビックリしたミーレちゃんの顔を思い浮かべながら、海葡萄をほうばった。
ミーレちゃんは、先生のこと大好きみたいだったから、一体どんな反応をしたのかな?
その現場を見てみたかったねえ。
まあ、先生が言ったとしたなら、だけどさ。言ってないかもしれないし。
「ねえ、姫ちゃん」
私が海葡萄をパクついていると、ササレクタが話し掛けてきた。
少し真面目な顔をしている。
「もぐもぐ……。何だ?」
ん? どうしたんだろ?
「姫ちゃんの髪の色、全然変わりませんわね」
「え?」
………………。
おお。そうだな。
確かに変わってないわ。
私は、耳の辺りにあった髪の毛を、手に取った。
今の私の髪は、頭の後ろに大きなお団子を作っている。
シビアナが西黄服に着替えたときにしていた、うなじが美しく見えるようにしたものと同じような髪型だ。
私は、今日一日の記憶をできるだけ思い返してみた。
おそらく、先生の所で暴れて、赤髪になってからそのままだろう。
私も変わったら気付くよな。……うん。
自信はないが、まあ多分。
髪は下しておさげにしてたし、自分の髪の色は良く見えていたはずだ。
「そういえば、そうだな」
「大丈夫なんですの?」
ササレクタが、不安そうに声を掛けてくる。
「ん? 何が?」
「いえ、何かこう……。違和感を覚えますわね」
「まあ、コロコロ変わっていたからな」
「ええ」
まあ、言いたいことは分かる。
一旦変わりだすと、強い感情でコロコロと色が変化していく私の髪。
それがないんだもんな。
そりゃあ違和感はあるだろう。
でも、この強い感情でってのが重要だ。
弱い感情では変わらないからな。
つまりだ。
「ふっ、ササ。私は、自分の感情を抑えることができているのだよ」
ふふふ……。
ササレクタに言われて気付いたが、実は今の私って凄いんじゃない?
父様に言われている銀髪を維持することも、もはや時間の問題なのではなかろうか。
鍛錬に明け暮れていた頃。
昨日までできなかった事が、その翌日になって急にできるようになったってのは、よくあることだった。
これは、それと同じことなんじゃないのかな、ササレクタ君?
「そうかしら?」
ササレクタの目が、胡散臭いものを見る目に変わった。
あっ。失礼なやつめ。
私は長椅子の上に立ち上がる。
「ふふん。そうだとも。私は日々成長しているのだよ! はっはっはっは!」
そうさ、私は常に成長をし続けている凄い王女なのだ!
だから、おっぱいも大きくなる可能性だって残っている筈なのだよ!
「ササ! こんな私を褒めてくれてもいいんだぞ!?」
私は、両手を腰に当て堂々と胸を張った。
「はあ……。何だか急に、どうでもよくなってきましたわね」
「おい! そりゃあ、どういう意味だ!?」
ここは「姫ちゃん凄いですわ! 最高、素敵、抱いて!」とか言う所だろうが!
まあ、私にそんな趣味はないけども!
とにかく私を褒め称えろよ!
よくぞ感情の高揚を抑えれるようになったってさ!
酔ってるんだから、それくらいは言ってもいいじゃない、ねえ!? ササレクタお姉様よおお!
「さて、私はそろそろ寝ますわ」
…………。
えぇええー……。うそお……。
「お前さ、興味無くすの早すぎない?」
シビアナに匹敵する早さだわ。
急激に冷え込んだよ。
「ほら、姫ちゃんも寝なさいな」
しっしっと手を振ると、ササレクタはそのままゴロンと横になって目を瞑った。
「……聞けよ、おい」
シビアナといいお前といい――何なのお前ら?
王女だよ、私は……。敬う心とかないのかね?
「すー……」
ササレクタは、寝息をたてはじめた。
早い、早いよ。寝るのも早いよ。
…………。
ササレクタが眠りについたことで、大広間に静寂が広がってしまった。
私はそんな大広間にぽつんといます。
「はあ……。私も寝よ」
まあ時間的にそろそろお開きだったしね……。
私はとぼとぼと自分の寝室に向かった。
「ん……」
視界が白く明るい。
瞼は閉じているのに、眩しいと感じた。
私の寝室に朝日が差し込んできたようだ。
眩しい……。
私は眩しさから逃れるよう寝返りを打った。
すると、
「――ふんご!」
体が浮かんだと感じた瞬間、堅いものにぶつかった。この感触は覚えがある。
私は寝台から落ちてしまったのだ。
「んだよ……」
寝台から落ちた衝撃で、急激に目が覚めていくのが分かった。
またやっちまったか。
寝相が悪いんだろうな。
私は寝ている間、ごろんごろんとよく動いているみたいだ。
「ふぐぅ……」
床に転がってしまった体を気怠く引き起こすと、そこに座り込んだ。
すると、何かが顔に覆い被さってきた。
髪だ。
目を瞑っていてもすぐに分かる。
私は寝る前に、頭の後ろで作った三つ編みのお団子を解いていた。
それから、ただの三つ編みにして寝たのだが、その三つ編みも解けていたようだ。
私の寝相が悪いからか、偶によくある。
「ふぁああ……」
私は欠伸をすると、目をこすりながら瞼を開く。
そして、目にかかった前髪を横に払った。
だけど、俯いていたから、払った髪の毛は再び私の顔にかかってしまう。
はあ。
私はもう一度、髪を払おうとして、
「――え?」
そして、気付いた。
目の前に髪の毛が掛かっている感触があるにも関わらず、目の前に化粧台が見えていることに。
そして、気付いた。
化粧台の鏡に映った自分の姿に。
私の髪の毛が透明になっていることに。




